15.穴の中 その2
「……!……シュ!…アシュ!!『アシュリルーナ・アスカ!目を覚ませ!』」
バチンと弾かれるように意識が浮上した。恐らく真名を呼ばれたからだろう。
ふっと目を開けると、至近距離にセルジュ様のお顔があった。その目がうっすら濡れている様に見える。
「……セルジュ様?」
「目が覚めたかい?どこか身体に異変は?辛いところはないかい?」
どうやら、片膝をついたセルジュ様に抱えられるような状態らしい。どうりでお顔が近いと思った。
「身体は特に……セルジュ様こそわたくしのことわかりますか?あ!みゃーちゃん!みゃーちゃんは?!」
「?何を言っているんだ?君は私の大切なアシュだろう?聖女殿も大丈夫そうだ。あちらでトーマが支えている」
「セルジュ様、みゃーちゃんの事もわかりますか?」
「本当にどうした?聖女殿は聖女殿で、アシュの大切な親友でトーマの妻だろう?」
心底不思議そうな様子で尋ねられる。
どうやら女神はお願いを聞いてくれたらしい。向こうの世界でどういった形になっているかはわからないが、こちらの世界では可笑しな齟齬は出ていないようだ。
「あら?そう言えばセルジュ様は何故ここに?というかここは……?」
辺りを見回すと、魔障が発生していた穴の底のようだ。どうやら、あの白い空間から元の場所に戻ってきていたらしい。
そもそもあちらに行っていたのが全部だったのか、意識だけだったのかという疑問も残るが、今となってはささやかな問題だろう。
「アシュ達が穴へ向かってしばらく経つと、聖女殿の『浄化』の光が穴から立ち上って……それが落ち着いたのを見計らって穴に近づいたら、私達も入れるようになっていたので、降りてきたんだ。穴の底で倒れているアシュと聖女殿を見つけた時には焦ったが……特に大事ないようで良かった」
そう言って、ぎゅうと抱きしめられる。前回穴から飛び出した時とは違い、落ち着いた心音が胸元に押し付けた耳にこだまする。トクトクと響く心音に生を実感する。
「ああああああああああーぢゃんーーーーーーーー!!!!!」
「ぐふっ」
もう何度目になるか。淑女らしからぬうめき声が穴に響く。
「聖女殿!アシュに飛びつくのは……今回は仕方ないとして、もうちょっと力加減をだな」
珍しくセルジュ様が折れた。
「あーちゃん生きてる!?生きてるね?!ちゃんと覚えてる!?記憶ある?!女神様に自分をあげるとか言い出すからホント……」
「みゃーちゃん!しー!!!」
慌ててみゃーちゃんの口を塞ぐもどうやら間に合わなかったらしい。わたくしを抱きかかえる存在から冷気を感じる。寒い……
「……聖女殿、その話詳しく教えてくれるかな?」
みゃーちゃんの顔にしまったと言わんばかりの表情が浮かぶが時すでに遅し。一番知られてはいけない人に知られてしまった。
「みゃーちゃんも自分の身を差し出すとは思いませんでしたわ」
「あーちゃん?!」
こうなったらみゃーちゃんも巻き添えだ。嘘ではないが、真実でもない言い方をすると案の定、みゃーちゃんの後ろに控えていたトーマからも冷たい空気が広がった。
「妃殿下、その辺りまとめて詳しくお話しいただいても?」
「あーちゃん?!売ったね!私を売ったね?!うらぎりものぉぉぉぉ!!」
「みゃーちゃんが先に口を滑らせたのですわ!」
二人でぎゃいぎゃい騒いでいると、ひょいと身体が浮かんだ。どうやらセルジュ様に抱きかかえられたらしい。みゃーちゃんの方を見やると同じようにトーマに抱えられている。
「そこまで元気に話せるなら、体調も問題なさそうだね。一先ず穴から出て、セーンの街に戻ろう。そこで詳しく報告を受けようか。ね。我が妃。余すことなく報告してくれるよね?」
にこやかに微笑んでいるが圧が凄い。青ざめていると自覚のある顔をコクコクと縦に動かすことしか今のわたくしに出来ることはなかった。
それから無事セーンの街に戻り、穴の中での事から白い空間での取引まで洗いざらい吐かされた。あれはもはや報告ではない。立派な取り調べだったと思う。それだけでもぐったりだったのに、そのまま滞在していた部屋に引きずり込まれた。部屋に引きずり込まれる寸前、同じように抱えあげられて連れていかれるみゃーちゃんが見えたような気もしたが、部屋に入ったらもはやそれを気にする余裕はなかったとだけ。
流石に翌日の昼になって、スレイがまだ浄化が終わっていないんですぅーと扉の前で懇願し始めたので、ようやっと解放されたが。
どうやら、根本はなくなったが、まだ一部森に魔障が残っているらしい。ただ、今後魔障が増える事はないはずなので、今漂っているものを浄化して魔獣を討伐してしまえば、もう魔障や魔獣に悩まされることはないだろう。
これで、今後異世界誘拐が行われる事もないはずだ。今代の聖女を元の世界に還す術は結局手に入らなかったが、ある意味聖女を元の世界に還すことが出来たので、それでもう満足するべきなのだろう。結局自分の力では出来なかったし。それでも最善を尽くしたと言えるはずだ。
魔域とその周辺の浄化を終わらせ王都に戻ると、わたくし達は歓声をもって迎えられた。
王城に入ると、陛下や王妃様、リリアン様を始め、わたくし達や他のメンバーの家族が勢ぞろいしていた。
泣きながらわたくしを抱きしめる『真紅の魔女』の姿に、周りが唖然としていたのはご愛敬だ。何やら落ち込んでる方と頬を染めている方がいたが、それは『真紅の魔女』に変な願望を持っていた方の落胆と、ギャップ萌えにやられた方々なのだろう。お父様が牽制よろしく周囲を睨みつけていたので、変な事にはならないと思う。
その場にいた王家の方々と家族一同で簡単な宴席を設け、ひとしきり盛り上がったところで、セルジュ様と部屋へ引き上げた。
「この部屋も久しぶりだね」
そう言って、王太子夫妻の寝台に腰掛けるセルジュ様は、薄手の夜着も相まって、妙になまめかしい。わたくしより色気があるんじゃなかろうかと思ってしまう。
「信じていましたが、またセルジュ様とこの部屋に戻ってこられて嬉しいです」
そう伝えると、すいっと手を引かれ、気づいた時には寝台に押し倒されていた。
「セ、セルジュ様?!」
「この部屋にいるのが嬉しいという事は、アシュもこういった行為を気に入ってくれているんだね。もちろん愛を確かめ合うものだから、君も好きだとは思うのだが……言葉にしてもらえると、嬉しいものだね。今日も誠心誠意伝えさせてもらうよ」
そう言う間に既にわたくしの夜着の前は開かれて、不埒な手の侵入を許していた。
「セ、セルジュ様!?そ、それだけではなくてですね!?…やぁん。あ…の…ちょ……あんん」
「わかってるから、もう黙って……」
そう言って、深く口づけられるともうダメだ。意識も身体もぐずぐずに融かされ、後はセルジュ様に溺れるだけ。
そして、夢を見た。




