3.王城にて その2
それは『聖女』と『浄化魔術』の研究の一環で、王城の禁書庫の本を閲覧できないかと殿下に相談した時のことだった。
殿下は快く引き受けてくれ、1週間程度で陛下のご許可をいただいてくれたのだ。
許可が下りたと殿下からの連絡を受け、ウキウキ気分で禁書庫の扉の前に立った時、突然殿下が言ったのだ。ご褒美が欲しいなぁと。
浮かれていたわたくしは深く考えずわかったと伝えてしまった。これまでも同じような事があったが、その時は手をつなぎたいとか、膝枕をしてほしいとかささやかなものだったからだ。
……というか、今思えば膝枕もなかなか距離感近いし、色々アウトでは……?
と、後から気づいたもののそれこそ後の祭り。
君の口づけが欲しいと伝えられ、理解が追いつく前にがっつりといただかれたのだ。むしろあれは蹂躙されたといっても過言ではない。口の中を自分以外のもので弄られることがあんなに気持ちいい……じゃなかった、とりあえず初めての事態に翻弄され、初心者に優しくない行為が終わったころにはわたくしの足には力が入らず、腰も抜けていた。
控えていた侍女達には扉の影になっていて、行為自体は見えていなかったようだが、腰の抜けたわたくしを、いわゆるお姫様抱っこで運ばれるのはしっかり見られたわけで。
その状態で禁書庫の中を確認することもできず、その日はただただ羞恥に見舞われただけの日と相成った。
その後、禁書庫の扉を見るたびにそわそわして赤面するわたくしと、それを見てわずかに色を乗せた微笑みを浮かべる殿下といった一連の流れが、禁書庫でのお約束展開となった。
「何を思い出しているのかな?今は目の前の私を見てほしいな」
その時の事を思い出して、ますます赤面していくわたくしを見て、それが気に食わないのかどんどん近づいてくる殿下の美麗なお顔にパニックになるが、無理やり気合で両手をわたくしと殿下の顔の間にねじ込み叫ぶ。
「お話!お話をお願いします!!大事なお話があるとおっしゃってたじゃないですか!?」
若干涙目になりながら、そう主張すると、すっと殿下のお顔が遠ざかっていった。
「そうだね。大事な、大事な話があるんだった。とりあえずお茶でも飲んで落ち着いてから話を始めようか」
そう言って、お茶のポットに手を伸ばすと、自分のカップとわたくしのカップにお茶を満たしてくれ、そっとわたくしの分のカップを差し出した。
体勢を整え、カップを受け取ると、一口紅茶を飲む。少し冷めていたが、先ほどとは異なる香気と温かさにほっと気が緩む。
その様子を見ていたらしい殿下が、カップをテーブルに戻し、わたくしに向き合うように上半身を少しひねった形で座りなおした。
「さて、どこから話そうか。とりあえずこれから話す内容は他言無用だ。既に知っている人間については後で説明するけど、その者達とも不用意に外でこの話をすることは避けてほしい」
これは、なかなかの重要案件のようだ。ここまでしっかり釘を刺されたのは、それこそ城の地下通路とかそのレベルだ。
先を促すように、わたくしも殿下に向き合う形で座りなおす。
「まずは…そうだな。現状『聖女』と『浄化魔術』の研究についてはどうなっている?」
意外な質問に驚いた。
「そうですわね。正直言って芳しくありませんわ。聖女様の『召還』については手立ては全くと言っていいほどございません。ただ『浄化魔術』に関しては、一縷の望みは出てまいりました。ただこちらは必要な魔力が膨大なため、使用に関しては現実的ではございませんわ」
そう、『浄化魔術』に関しては、禁書庫にあった古の本にそれに該当しそうな魔術があったのだ。禁書庫に入るための、羞恥心とか乙女心とかそのあたりの尊い犠牲は無駄ではなかった。
ただ、当時は現在とは異なる魔法と呼ばれる術が主だったらしく、発見した方法も魔法に則った形式で書かれていた。
発動方法か、そもそも基にしている力が異なるのか、その魔法を現代の魔術で試そうとすると膨大な魔力が必要となり、うまく発動できないのだ。
テオと二人掛かりで全力で魔力を通し、やっと発動するかしないかで、発動したとしてもとても魔獣を浄化できるようなレベルではなかった。
魔力を使い切りフラフラの状態になっても発動しないとか、発動しても魔獣を浄化しきれないとかでは無駄死にもいいとこなので、まだまだ使用できるとは言えない。
さらに、これは憶測でしかないが、召喚された『聖女』が使える『浄化』がそもそもこの『魔法』ではないかと考えられている。
それならば、誰も解析することができず、女神の御業と言われるのにも説明がつく。
ただ、膨大な魔力が必要としても『魔術』として発動しないわけではないので、と言ってもその膨大な魔力が最大の弊害なのだが、研究をあきらめたわけではない。
これからも少ない魔力量で発動するよう魔術解析を進めるつもりだ。そのためにも、一度聖女様のお力を近くで拝見したいというのが、魔術師団長とテオ、わたくし3人の希望なのだが、こればっかりはどうしようもない。
そのあたりの進捗を思い出して深いため息をついていると、一度離れていた腕がまたも腰に回って引き寄せられた。
「研究のためとは言え、テオと一緒にいる時間が長いのは許せないな」
ニコニコ微笑んでいるように見えるが、殿下のパライバトルマリンにも例えられる綺麗な目が笑っていない。むしろ凍り付いている。正直怖い。
「と、とにかく研究の進捗は残念ながら芳しくありませんわ。なのでお話を。お話の続きをお願いいたしますわ。進捗報告だけではありませんわよね?」
「あぁ、そうだね。……来月聖女様が召喚されることになった」
殿下の台詞に思考が一瞬硬直した。その後ものすごい勢いで様々な思いが駆け巡るが、自分が何を一番強く思ったかは気づかないふりをして、思考を押しとどめる。なのに、
「さようで…ございますか」
動揺は隠せなかったようだ。自分でも表情に、声に動揺が乗っているのがわかる。
その様子をつぶさに観察していた殿下から、わずかに笑いが漏れる。
その微笑みは先ほどの目が笑っていないものとは異なり、こみ上げてきた喜びが思わず漏れてしまったといった感じの実に穏やかなものであったが、このタイミングで喜ばれるような事をしただろうかと、疑問に思う。その疑問すらもその後の殿下の発言と行動によって、更なる混乱を招くことは、この段階では予測できなかった。
「ふふっ。嬉しいな。どうやら私の一方通行ではなかったようだ。今まで頑張ってきた甲斐があったというものだね。では、行こうか」
そう言って、ひょいっとわたくしを抱き上げると、奥の扉へ向かって歩き始める殿下。
わたくしを抱えているにも関わらず器用に扉をあけるとさらに奥へ進んでいく。
その部屋は落ち着いた色味でまとめられ、中央に大きな寝台がしつらえられている。これはいわゆる寝室というものではなかろうか?と思い至るころには、そっと寝台の上に下され、あおむけの状態になって、わたくしの体を挟むように乗り上げる殿下を見上げていた。
唐突な展開に鈍る思考回路が、これは押し倒されているんじゃ…と思い至る間に、すでにワンピースの前ボタンはすべて外され、殿下の手が服の中へもぐりこんでいた。
「で、で、で、で、で殿下?!何をなさっておいでですの?!」
「残念ながら、私の名前はででででででんかじゃないんだ。これからはセルジュと呼んでほしいな。それから何をなさっているかというと、君を押し倒しているね。ちょっと既成事実でも作ろうかと思ってね」
キセイジジツ!?そんなちょっと遠乗りに行くくらいの勢いで作られるものではなくないですか?!本当になんで?!何がどうしてこうなった?!聖女様が召喚されることと既成事実が結びつかないのですが?!
「で、殿下!一先ず落ち着いて!お話を!」
「うん、落ち着いていないのは君の方かな。あとセルジュって呼んで。話の続きはこれが終わったらじっくりしてあげるよ。大丈夫。公爵家には使いを出してあるから。今夜は城に泊まりますって。さて、おしゃべりはこのあたりにして、続きをしようか。大丈夫。君とならすべてが気持ちいいと思うよ」
「で、でんかぁぁぁぁあぁん。やん!そんなところ触らないでくださいませぇ!」
そうして、わたくしは貞操やらなんやらをがっつり持っていかれ、それどころか空が暗くなり白々と明けてくるまであれやこれやと付き合わされ、気絶するように眠りについた頃には既に日が高かったように思える。疲れすぎやらなんやらで記憶が曖昧だったが。
記憶が曖昧の時に、何やら説明された気もするが、正直あまり覚えていないのは仕方ないと思う。
そしてこの一月後、聖女様を召喚する儀式が神殿の魔術陣にて行われ、異世界より1人の少女が召喚されたのだった。