8.トッツィの街にて その1
しばらくすると人々の往来も増え、トッツィの街が見えてきた。
以前はもう少し活気があったのだが、やはり落ち込みが見てとれる。
ちなみにこの国の主要な街のほとんどは、魔獣からの被害を防ぐため、それなりの高さの石壁に覆われているのが基本だ。セーンの街へつながる街道沿いにあるトッツィの街も例に漏れず、石壁に覆われており、街道へ続く部分に大きな門が置かれ、騎士の詰所があり、街への人の流出入を監視している。
詰所が見えたあたりで、カインお兄様からの指示通り色変えの魔術を解除し、普段通りのわたくし達となる。これなら一目で聖女様ご一行とわかるだろう。
案の定、門をくぐり、入出者の管理をしていた騎士達が馬車の中を覗き込んでくると、わたくし達に気づいて、慌ただしくなった。
しばし待つよう指示され、詰所側へ馬車を寄せ待っていると、慌ただしく馬に乗ってこの街の騎士を取りまとめる騎士団長と思われる人物が近づいてきた。
「失礼いたします。私はこの街の騎士団を取りまとめております、ニック・スペンスでございます。王太子殿下及び聖女様のご一行とお見受けいたしますが、お間違いないでしょうか?」
馬車に程近いところで騎士の礼を取られ、そのような声掛けをされた。
御者席にいたトーマが馬車から降り、同じく騎士の礼を取る。
「さようでございます。私は殿下の護衛騎士ファルシオと申します。この度辺境の街セーンに赴く為、この街に立ち寄らせていただきました。つきましては一夜の宿と食料等の補給をお願いしたいのですが……」
「畏まりました。現在我が街の領主は街中にございます領主館に滞在しております故、そちらで指示を仰ぎ、準備を整えさせていただきます」
そう言うと、再び礼を取った。その際、腰に下げた剣の鞘がカチリカチリと音を立てる。
諾の礼を取るトーマに合わせてわたくしも目礼を返すと、わたくしが手に持っていた細剣の先が馬車の床に当たり、コツコツと音を立てた。
「では、今しばらくお待ちください」
そう言って、スペンス騎士団長は来た時と同様に慌ただしく馬で走り去っていった。
走り去るスペンス騎士団長を眺めながら、セルジュ様が苦笑交じりにぽつりとつぶやいた。
「全く、カルム公爵家は底が知れないね」
「これが我が家の務めですから」
そう言って軽く肩をすくめ、セルジュ様には久しぶりに見せる淑女の微笑みを披露すると、益々苦笑いを浮かべられた。
「どうかしたの?二人とも」
みゃーちゃんが不思議そうな顔になった。
「いや、アシュが私の妃で良かったという話だよ」
そう言ってわたくしの手を取ると、そっと口づけを落とされた。
「もー!隙あらばイチャイチャする!わたしもトーマとイチャイチャしたい!!」
みゃーちゃんが足をバタバタさせながら、遺憾の意を表明した。それはともかくトーマとうまくいって何よりだ。まぁ、あのトーマがあそこまでお膳立てして、みゃーちゃんを逃がすとは思えなかったが。
しばらくすると、再びスペンス騎士団長が馬を走らせ戻ってきた。どうやら調整がうまくいったのだろう。
「お待たせいたしました。今夜お泊りいただくのは領主館でとの事になりましたので、そちらまでご案内させていただきます。先導いたしますので、どうぞこちらへ」
そう言って馬首を巡らせると、わたくし達の馬車の前につけ、こちらの速度に合わせて先導を始めた。
馬車での移動中窓から街中を眺めてみるが、やはり活気がない。それどころか、暗い路地の片隅で俯いている人が多く見られた。これは思っていたよりも状況が悪化しているのかもしれない。
そうしてしばらく走っていると、豪奢な建物が見えてきた。どうやら目的地の領主館らしい。元伯爵家の本邸なだけあって、かなりの広さを持つ建物だが、いささか煤けている様にも見える。ナイトレイ元侯爵の失脚からそれほど時間も経っていないのだが、後ろ盾を失くすとここまで急速に斜陽を迎えるものなのかと、軽い驚きを受けた。
そう思っていると、どうやら玄関前の馬車止めに着いたらしい。
「では、手筈通りに」
そうぽつりとセルジュ様が呟いたタイミングで、御者席にいたトーマが後部座席の扉を開けた。どうやら手綱は同じく御者席にいたスレイに任せてきたようだ。みゃーちゃんのエスコートは誰にも譲るつもりはないと言わんばかりだ。
トーマはみゃーちゃんが降りるのに手を貸し、そのままエスコートの姿勢になった。
わたくしもと動こうとしたら、先にひらりと降りたセルジュ様がこちらに手を伸ばした。遠慮なく手を借りて馬車を降りると、いつも通り腰に手を回され、玄関先までエスコートされるのだった。
玄関をくぐると、そこにはマードル子爵家が使用人も含め集まっていた。その集まりの中央にいたまだ年若い男性が一歩前に出、礼を取る。
「ようこそいらっしゃいました。この街及び領地を治めております子爵家当主トレント・マードルと申します。この度はお目にかかれて恐悦至極。横におりますのは私の妹に当たります、マリア・マードルと申します。なにとぞよろしくお願い申し上げます」
そう言うと、男性の隣にいたわたくしとそう年の変わらなさそうな女性が淑女の礼を取った。
「顔を上げてくれ。こちらこそ急な訪問にも関わらず対応してくれたこと礼を言う。今宵一夜であるが、世話になる」
セルジュ様のお言葉に、さらに礼を重ねた後、マードル子爵家のお二人が顔をあげられた。マードル子爵の方は貴族然とした微笑みを浮かべ、いたって平然とされているが、マリア様の方はわかりやすく反応した。セルジュ様を見つめうっとりとした表情をしたかと思えば、私の方を睨みつけてきた。その視線に気づかないふりをして、そっとセルジュ様に身を寄せると、腰に回っていたセルジュ様の腕にも力が入り、さらに引き寄せられる。
それを憎々し気に見つめるマリア様。件の夜会でセルジュ様との婚姻を発表して以来、ご令嬢から絡まれる事もなく、というかそもそも絡んでくるご令嬢もレイラ様方くらいだったのだが、こういったわかりやすい視線は久しぶりだ。
そしてマリア様の視線に気づいたのか、みゃーちゃんの目が険しくなる。今にも「あぁん!」と言わんばかりだ。さらに、そんなみゃーちゃんを舐るように見つめる視線。そっとみゃーちゃんを隠すように体を動かすと、それが旅の疲れから来る身動ぎかと思ったのか、マードル子爵が部屋へ案内するよう使用人の女性に指示するのが見えた。
「この者が部屋へと案内させていただきます。今はなにぶん人手が足りず、使える部屋も少なくなっておりまして……申し訳ございませんが、王太子殿下に一部屋、聖女様とカルム公爵令嬢で一部屋、それ以外の方々で一部屋という形でお願いしたいのですが……」
マードル子爵がわたくしの事をカルム公爵令嬢と言った途端、セルジュ様から冷気が出て、場の温度が下がった気がするのはわたくしの気のせいだろうか。腰に回された手もなんだか力が入ってきてるような……
そっとセルジュ様の腕に手を重ねると、力が入っていたことに気づいたのか、ふっと力を抜かれ、わたくしを見ながら穏やかな微笑みを見せてくれたので、同じように微笑みを返す。その様子を見ていたマリア様の顔がいびつに歪むのを視界の端に収めながら。




