2.公爵家にて その1
王城から馬車で15分程度のところにカルム公爵邸はある。
そもそもが王家の分家から始まっており、王族も何度か降嫁してることもあってか、王城に程近いところに屋敷はあるのだが、何せ王城の敷地が広いので、馬車で15分もかかってしまうのだ。
ちなみに近年では、公爵家の一人娘だったお祖母様に当時の王弟だったお祖父様が婿入りされている。あら?婿入りでも降嫁というのだろうか?降婿?
「ひょあー、広いねー。堅牢な王城とはまた違って、優雅な感じのお家だねぇ」
みゃーちゃんがぽかんと口を開けながら公爵邸を眺める。
確かに日本の一般住宅事情から見るとだいぶ広いだろう。何せ敷地内に雑木林が存在して、何ならキャンプも可能だ。貴族令嬢はしないけど。
そういえば昔セルジュ様とピクニックに行った時、食べられるキノコや木の実についうっかりはしゃいでしまったら、引きつった表情をされていたな。
あの時は一緒に来た護衛騎士が食べられるキノコに詳しくて助かった。キノコは素人には危険だ。ちなみにキノコは持ち帰ってからアヒージョにして美味しくいただいた。
後日その話をセルジュ様にした時も引きつった表情をされていたな……ちょっと令嬢らしくなかっただろうか。
「やぁやぁ聖女殿!ようこそ公爵家へ!」
などと昔の事を思い出していると、どうやら玄関に着いたらしい。
入り口には何故か執事ではなくお父様、すなわちカルム公爵家当主ネイト・カルムその人が両手を広げ待ち構えていた。
「……お父様、何故こちらに?」
ちらりとお父様の傍らに控える執事のコートに視線を送るも、微妙に視線をそらされた。
どうやらお父様を止めきれなかったらしい。
「里帰りした娘と娘の友人を出迎えて何が悪い!というかもっと帰ってきていいんだよ!アシュリー!お父様は寂しい!殿下の事は気にするな!今日だって付いてこれないように山ほど仕事を押し付けてやったしな!」
と言って、わたくしをぎゅうぎゅうと抱きしめる。
「そして聖女殿もようこそ!アシュリーが友達を連れてくるなんて初めてで歓迎するよ!」
……お父様、その言い方だとわたくし友人がいないみたいじゃないですの。
そしてセルジュ様、午前中の執務は父のせいでしたか……申し訳ない。
「て、お父様!流石に聖女様を抱きしめてはいけません!」
わたくしを抱きしめた延長でみゃーちゃんに抱き着こうとするお父様を慌てて引き留める。
「ふふっ。素敵なお父様だね。アシュリーが大事にされてるのがよくわかるよ。……ホント良かった」
最後にぽそりと呟かれた言葉に涙の気配を感じ、そっと伺うと、心底嬉し気な顔をしたみゃーちゃんが目に入った。
「……みゃーちゃん……」
そっと手を伸ばし、みゃーちゃんの手を握ると、ぎゅっと握り返され微笑まれたので、こちらも微笑み返す。
「……父上、お客様をお招きしたのに、玄関先で何をしているのですか?」
そこへカインお兄様の呆れた声がかかった。
「それもそうだね!さぁさぁ聖女殿!こちらへどうぞ!アシュリーはね、残念ながらマリーが呼んでるから、マリーの部屋へ行っておいで。1時間で終わらせるように言ってあるから大丈夫!その間聖女殿のおもてなしは僕とカインに任せておいて!」
……忘れていたふりをしていたが、どうやらそうは問屋が卸さなかったらしい。
マリーとは、前魔術師団長を務めた我が母の事だ。夜会後皆様からお説教を受けた時に、カインお兄様からお母様のお説教を予告されていたが、非常に気が重い。
お母様は魔術師団長を務めていたころは『真紅の魔女』と呼ばれ、その強力な火魔術を以て魔獣を屠る様から、苛烈な女性だと思われていたが、意外にも可愛いもの好きの可憐な女性なのだ。多分子犬のような可愛さを持つみゃーちゃんを見ると喜ぶだろう。
ちなみに現魔術師団長とは姉弟でもある。つまり現魔術師団長の子息でもあるテオとは従姉弟関係に当たるのだ。
そんなお母様のお説教はひたすら泣き落としだ。烈女と名高い『真紅の魔女』の泣き落とし。辛い……
しぶしぶお母様の部屋を訪れると、既にソファーに掛けて待ち構えていたお母様がいた。その手にはタオル。もはやハンカチでは足りないと判断したらしい。
お母様の背後に控える我が家の侍女頭ミンネの手にも予備のタオルが……
席に着いてからはひたすら泣き通しだった。声を荒げる訳でなく、ひたすら自分の身を大事にしてほしいと切々と語られると、罪悪感でどうしようもなくなる。ひたすら謝り続けていると、1時間が経ったのか、ミンネから制止が入った。正直助かった。
お母様はまだまだ言い足りないようだったが、30分を過ぎたあたりから内容がループしていたので、これ以上は正直厳しかった。ここまで見越していたとはさすがお父様。『鋼鉄の宰相』は伊達ではない。
ほうほうの体でお母様の部屋から退出すると、みゃーちゃん達がいる応接室まで案内された。
実家なので案内はいらないと言ったのだが、どうやら案内を買って出たミンネも今回の件で一言あったらしい。
応接室の扉の前で、「お転婆はほどほどに」と呟かれた。さすがに生まれた時からの付き合いで、第二の母でもあるミンネにまで言われると堪えたので、素直にごめんなさいと言っておいた。どうやらわたくしの意識が戻らなかった3日間、公爵邸はお通夜のような暗さだったらしい。本当に心配をかけて申し訳ないと思った。みんなにもごめんなさいを伝えてとミンネに言づけておいた。
気を取り直して、応接室の扉を叩くと、お父様から入室の許可が出た。
扉を開けると、妙ににやにやした表情のみゃーちゃんが目に入った。何だか嫌な予感がする。
「……随分お話が弾んでいたようですが、何のお話をされていたんですか?」
「あーちゃんが噴水に落ちた話!」
「アシュリーが庭に生えている木の未熟な果実を食べてお腹を壊した話だよ」
「アシュリーがうちの図書室で行方不明になった件だ」
……全部黒歴史ではないか。
特にお父様、酷い。まるでわたくしの喰意地が張っているみたいではないですか!
「ちなみにアシュリーは殿下の婚約者になって王城に出入りするようになった頃、王城の書庫で同じように行方不明になった」
「あぁ、あの時だねー。殿下が血相変えて執務室に飛び込んできたときは何事かと思ったよ!」
……お兄様、追い打ち止めて。ちょっと読書に夢中になって、周囲の探す声に気づかなかっただけではないですか。
扉の前でがっくりとうなだれていると、お父様からお声が掛かる。
「まぁまぁ、アシュリーこっちへ来て座りなさい。聖女殿と仲良くなるためには共通の人物の話題は最適だろう?特に我らが愛しのアシュリーの話なら盛り上がること間違いなしだしね」
そう言って片目をつぶろうとするお父様。うっかり両目をつぶってしまうのもお約束だ。
「さて、ちょっと話をする前に必要な資料を持ってくるよ。三人はくつろいでいてね。特にアシュリー、料理長がお前のお気に入りの菓子を用意してくれたよ。ゆっくり食べなさい。勿論聖女殿がお好きだと言っていた焼き菓子もあるからね」
「ありがとうございます。お父様」
にこりと微笑むと、お父様も微笑みながら退出された。
お父様が部屋から出られるのを見送って、みゃーちゃんの隣に腰を下ろした。
みゃーちゃんは楽しそうにお茶を飲みながらくすくす笑っている。
「あーちゃん、転生しても行動パターンが変わらないとかホントもう……。本の虫は生まれ変わっても本の虫とか……ふふっ」
そう言って、涙まで浮かべて笑い始めたのだが、話がイマイチ理解できない。
「?なんのことですの?」
「だって、あーちゃん。高校入ってすぐの時、学校の図書室で迷子になってたじゃん。すわ神隠しか!って騒ぎになってさー。そんでたまたま通りかかった侑一郎先生に助けられて、教室まで案内されて戻ってきたの覚えてないー?」
あー…そんな事もあったなぁ。あの時もちょっと読書に集中し過ぎて、チャイムが聞こえなかったのだ。
「……みゃーちゃんよく覚えてますわね。それにしても侑一郎先生かぁ。お懐かしい。日本史の先生でしたわよね?」
「そうそう。数学にもう一人田中先生がいるからって、下の名前で呼ばれてたよねー。そこそこイケメンだったから女生徒にモテモテで……。……今思うとそこまでイケメンじゃなかったよーな?雰囲気イケメン?そんな侑一郎先生に通りすがりに会って保護されるとかみんな羨ましがってたんだよー」
田中侑一郎先生、そんなにイケメンだったかしら?雰囲気イケメンの方が納得できる。というか、この世界の顔面偏差値が高すぎて、正直あまり覚えていない。それに、あの場所であったのも果たして偶然だったのかというと微妙なところだ。
「あの時侑一郎先生に会ったのは偶然ではありませんわ」
「え?あーちゃんがそこにいるって知ってたってこと?」
「そうではないですわ。あの時先生は……」




