1.禁書庫にて その3
「……恐らく歴代の聖女様は根本を解決できなかったのかと。
女神様曰く、この世界に巣食っているワルイモノをどうにかしないと、魔障も消えないですし、『聖女召喚』も繰り返すことになると……
でもそのワルイモノをどうすればいいのか……現状を鑑みるに『聖女』の『浄化』だけでは、ワルイモノをどうにかする事が出来ない事が考えられます。かといって他の方法も思いつきませんし……」
「あー。女神様があーちゃんにお願いした件だねー。ワルイモノねぇ。今までの話で行くと一つ目巨人がそれっぽいけど。それで決めつけるには情報が足りないね。早速だけど、この部屋の本、読んでみよっかー」
そう言って、みゃーちゃんが立ち上がる。わたくしも一冊取ろうと立ち上がったが、そこでふと、隣のセルジュ様の沈黙が気になり、ちらりとお顔を見ると、随分深刻な表情で手元の本を読んでいる。
「セルジュ様?何か良くない情報でも書かれてましたか?随分お顔の色がすぐれないようですが……」
声を掛けると、幾分緊張をはらんだ顔でこちらを見上げてきた。
「あー……いや。いやしかし……ホウレンソウは大事なんだよな」
何やらぶつぶつ呟いている。突然ほうれん草とは一体?鉄分でも不足しているのだろうか?
「セルジュ様?」
はて?と小首をかしげると、軽く整えてあった前髪をぐしゃりと手でつぶし、乱し始めた。
「うーん。うん。どうせ読めばわかる事だ。ちょっと話をまとめたいから書く物を用意しよう」
そう言って立ち上がると、禁書庫へ続く壁に近づいていき、半身を外に出した。しばらくすると手に白紙の束とペンを持って机に戻ってくる。
「あれ?外誰かいるんですか?」
半身出すだけで目的の物を持ってきたセルジュ様に怪訝な顔を向けるみゃーちゃん。
「あぁ、トーマとスレイを壁の外に待機させてる」
「?スレイ?様?」
初めて聞く名前にみゃーちゃんがきょとん顔を返す。
「スレイはトーマとよく一緒にセルジュ様の護衛を務められている方よ」
「………?トーマ様はガン見してるけど、その隣の方はあんまり覚えてない。いつも一緒の人だっけ?」
みゃーちゃんが何気に酷いことを言っているが、スレイの特性上それは致し方のない事だろう。
「そうね。セルジュ様の護衛は大体いつもスレイとトーマが務めているわ。日中は特にね」
「ふぅん。そうなんだ。で、殿下さっきの本、何が書かれてたんですか?」
あまりスレイに興味がない…というか、興味の方向がトーマ一択のせいなのだろうが、あまり気にした様子もなく、セルジュ様に話を戻した。
「……どうやら、『浄化』は『聖女』の命を著しく削るものらしい。この本によると、魔域への旅から戻られた『聖女』はほぼ1年以内、長くても2年程度で没している……。その2年生きた方もほぼ寝たきりの状態らしい……」
ガタンと、わたくしの手から持っていた本が滑り落ちた。
「……な、なんとおっしゃいました?」
「アシュ、顔色が青い。とりあえず一度椅子に戻るんだ」
そうセルジュ様に促されるが、それを無視する形でセルジュ様の腕をつかむ。
「魔域へ浄化の旅に出ると、1年後には死んでしまうという事ですか?!そんな旅、みゃーちゃんにさせられませんわ!そんなのダメですわ!いやですわ!!いやよ!いやぁーーーー!!」
混乱して暴れるわたくしをセルジュ様が胸にぐっと抱き寄せる。目蓋の裏がぶわっと熱くなり、涙が溢れ、セルジュ様の服に染み込んでいく。
言葉にならない嗚咽がひっきりなしに溢れ出す。
「嫌ですわ…ダメですわ…」
そう呆然と呟いていると、抱きしめられているセルジュ様の腕とは別のぬくもりがそっと背中に当てられた。
「あーちゃん落ち着いて。あーちゃんらしくないね!私も浄化したら死ぬってまだ決まったわけじゃないし!まだこの部屋も調べ切ってないよ!もしかしたら、死なないで浄化できる方法もあるかもだし!それに、思うんだけど、今までの『聖女』が短命だったのは根本のワルイモノを対処していないからの気がするんだよねー。浄化をする聖女が根本を浄化できなくて逆に呪われるのとか、結構あるある展開じゃない?」
そっと振り向くと、にやりと微笑むみゃーちゃんがいた。異世界に拉致されて、挙句旅の果てに死ぬかもしれないと言われたのに、明るく返してくれるみゃーちゃんに頭が下がる。
そんな彼女を見て、思いが湧き上がる。ぐっと目に力を入れると、頬を自らの両手でぺちぺちと叩いて気合を入れる。
「そうですわね。まだ何もわかってませんもの。絶対何か方法があるはずですわ!わたくし、あきらめませんわ!将来の夢はお互いの孫の話をしながら、縁側でお茶を飲むことですもの!」
「いやー、それはどうだろうー?うち、短命の家系だし。あっちの世界で両親早死にして天涯孤独だったの知ってるじゃんー」
と、笑えない冗談を言いながら、にししと笑うみゃーちゃんに力が抜けた。
「それ、なかなか笑えませんわ」
だから、わたくしも苦笑を返すしかないのだ。
「……えんがわ?ところで、二人で孫の話をするという事は、孫の前に子供が必要だよね。まぁ、全面的に協力するのはやぶさかでないよ」
そう言って意味ありげにわたくしを抱きしめていた腕が腰のあたりまで降りてくる。
「もう!セルジュ様!」
「殿下、ぶれなさすぎデス……」
みゃーちゃんの呆れた声にもキラキラ王子様スマイルで答えるセルジュ様。先ほどまでの悲壮な空気感を変えてくれたことが嬉しい。……内容はアレですが。
「さて、とりあえず歴代聖女の事を紐解くか。この本、どうやらこの部屋から持ち出せないみたいなんだよね。さっき壁を抜けようとしたとき、引っかかって外に出せなかったんだよ」
「……不思議な魔術?なのでしょうか。そうなるとしばらくこの部屋に居座ることになりそうですわね」
「まぁ、しっかり調べないとおちおち『浄化の旅』に出られないし。ここは念を入れてやろう。アシュ、明日の午前中は公爵家に行くんだろう?聖女殿も呼ばれているとか。私も午前中にある程度執務に目途をつけておくから、午後はこちらに籠ろう」
「ですわね。みゃーちゃんもそれでいいかしら?」
「いいともー。ところで、公爵様にお呼ばれって何の件かなー?もしかして、あーちゃんを『覚醒者』にして危険な旅に連れて行くことに対するお説教かな……」
そう言って、みゃーちゃんが暗い顔をするので、慌てて声を掛ける。
「それはないですわ!だから安心して当家にお越しくださいな。明日はみゃーちゃんの好きなお菓子も用意するよう言ってありますし……」
「……当家?アシュ、君の家はここだろう?」
……セルジュ様、細かいです。そして家というには王城は規模が大き過ぎる。
「殿下……細かい男は嫌われるよー」
呆れたようなみゃーちゃんの視線も台詞もまるっと無視して、セルジュ様は2冊目の本を手に取っている。
「とりあえず、先代はフューミ殿、先々代はチャコ殿というお名前らしいな」
「ほぇー。そういえば『聖女』ってみんな私と同じ日本人なのかなー?」
そうみゃーちゃんが素朴な疑問を呈す。
「そう言われると……どうなのでしょう?お名前だけでは何とも言えませんが……」
「同じにほんじん?かはわからないが、歴代の『聖女』は大体黒目黒髪らしい。先々代のチャコ聖女がそうだったらしいが、不思議な事に召喚当初は茶色い髪色をしていても、浄化を進めていくにつれて黒髪になるとか。一説では浄化の際に魔障を吸い込んでいるから、黒髪になったり、短命だったりするのではないかとこの本では推察されているな」
黒目黒髪……特徴でいえば日本人ぽいですが……お名前が少し日本人離れしているというか、微妙なところだ。探せばいそうな名前というか。いやフューミは名前としては微妙か?
「うぇー?浄化使ったときに魔障吸い込んでる気はしないけどなー?」
みゃーちゃんが首を傾げる。
「それと先代のフューミ聖女はともかく先々代のチャコ聖女は日本人じゃないかなー?」
「?チャコって日本名ぽくない気がしますが……?」
いやありか?歌のタイトルにもあったし。いや、あれはチャコってあだ名で本名は全然違ったはず。
みゃーちゃんが手に持った本をパラパラめくり、思案しながら口を開く。
「いやぁ、チャコってあだ名じゃない?本名はチヤコさんとかさ。髪の毛が黒くなったのも、魔障を吸い込んだんじゃなくて、ただ単に染めてた髪が色戻りしただけじゃないかなー?」
あーっと妙に納得してしまった。確かに日本の女性なら髪の毛を脱色して明るくしたり染めたりしている場合が多い。それにチャコがチヤコさんのあだ名だというのも、納得できる。
「チャコ殿の本名がちゃこかもしれないって?」
「いえ、チヤコです。殿下」
「……ちゃーこ?」
「チヤコ……」
「……ちゃこー?」
発音問題根深いな。
「……聖女殿の世界では、髪の毛を染める技術があるのか?」
セルジュ様、話を無理やり方向転換した。
「ですねぇ。特に私の生まれた国はみんな大体黒目黒髪で、それだと重たく見えるんで、女性は髪の毛を染める人が多かったですねー。こちらでは染めたりしないんですか?」
「そうだな。直接髪の色を変える方法はないな。そういった場合、魔術で色を上乗せして変えたように見せる形になる」
「ほぇー。あーちゃんもその魔術出来るの?今度久々に黒髪のあーちゃん見たいんだけど!」
そうは言うが、前世とは顔が全く違うので、みゃーちゃんの思うような仕上がりにならないような気がする。それをやんわり伝えてみると、
「……あーちゃん何言ってんの?確かに色味は前世と全く違うけど、顔立ちはあんまり変わってないよ?」
みゃーちゃんこそ何を言っているのだろう?今世のわたくしは自分でいうのもなんだが美少女だ。というかちょうど美少女と大人になる狭間にあって、危ういナニカがあるらしい。ついでにセルジュ様にあれやこれやされているのもあって、色気増し増しとはいつも付いてくれる侍女の弁だ。それが前世の平凡を絵にかいたようなモブ顔と変わらないとは、口が裂けても言えない。
「……あーちゃん。納得してないみたいだけど、事実だからね?『ビブリオの君』って陰で呼ばれてたのは伊達じゃないからね?」
みゃーちゃんに念を押されるが、信じがたい。そして『ビブリオの君』って何?
反応に困っていると、セルジュ様が呟くのが聞こえた。
「黒目黒髪のアシュ……それもいいな。しかも私の知らない前世のアシュが見られるというのも良い……実に良い!よし!今度時間を取って色変えの魔術を使ってみよう!」
後半は聞こえるように言ってくるが、返事は一つだ。
「やりませんからね?」
セルジュ様とみゃーちゃんが捨てられた子犬のような顔をした。
この二人、こういったときの反応が悉く被る。本当に仲いいな。
「……やりませんからね?さ、調査を続けましょう」
念を押して、本の続きを見る。しばらくするとお二人も本を読み始めるのが視界の端に映った。
それからしばらくすると、ふとセルジュ様が顔を上げ、胸元のポケットにある懐中時計を取り出した。
「どうやらそろそろ夕食の時間だな。今日はこれくらいにして明日に備えよう。それにあまり夕食に遅れるとマーサがうるさい」
「さんせーです!」
みゃーちゃんが両手を上にあげ伸びをする。
「一先ず今日わかったことは、先代と先々代のお名前と黒目黒髪である事。どちらも浄化の旅後短期の間に亡くなっている事。その為、いわゆる『聖女』の血筋が存在していない事。このくらいだな」
セルジュ様が、要点を紙に書きながら確認する。今日一日で分かったこともあるが、根本的な解決方法が見えてこない。心のうちにじわりと焦りが顔を出す。
「血筋と言えば、さっきの話だと殿下は勇者の血筋になるんですか?」
「いや、血筋と言えば血筋だが、どうやら建国王には妻子がいなかったらしい。建国王の弟の子を養子にして跡を継がせたようだ。私の血筋はこちらだな」
「え?まさかの勇者不能説?!若しくはベーコンレタス的展開か?!」
「こら!みゃーちゃん下品!」
「一説では、仲間の治癒魔術師と恋仲だったらしい。しかしながら、その治癒魔術師が巨人討伐で亡くなってしまったそうだ。勇者は治癒魔術師を深く愛していた為、その後誰も娶らず一生独身で過ごしたとか。まぁ、勇者の気持ちもわからないではないな。私もアシュがいなくなったらと思うと……」
「……殿下、ぶれなさすぎデス……」
とうとうみゃーちゃんがチベスナ顔になった。
「それにしても、初代聖女と目されている治癒魔術師が、巨人討伐の時に亡くなっていたとは……それで浄化が不十分になって、一つ目巨人から魔障が出るようになったのでしょうか?あ、そもそも聖女だったのかも、浄化が出来たのかもわからないのですね」
「その可能性は否定できないな。まぁ、とにかく続きは明日にしよう。そろそろマーサが怒り始めそうだ。明日ここに来るときは茶と茶菓子も持ってこようか」
「さんせーです!」
みゃーちゃんがこぶしを突き上げながら、壁に吸い込まれていった。
続くようにセルジュ様と二人壁をすり抜け、禁書庫を出ると、冷たい顔で微笑むマーサが待ち構えていた。
どうやらお夕食の時間に間に合わなかったようだ……




