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転生令嬢は愛を捧ぐ  作者: ニノハラ リョウ
第一章 学苑編
23/85

12.王太子妃の部屋にて その4

「そ、そんな……」


 そのつぶやきと共に、部屋に魔力による圧がかかった。出元はみゃーちゃんだ。


「なにそれなにそれ!その女神なんなん!!その女神が召喚なんかさせるから悪いんじゃん!!その女神のせいであーちゃん巻き込まれて死んだようなものじゃん!なのに転生させて面倒ごと押し付けるとか!何様なの!?」


 勢いよく立ち上がる、怒れる聖女様。彼女から溢れる魔力によって、防御結界が軋みを上げ、術者のテオも辛そうな表情だ。


「みゃーちゃん落ち着いて!わたくしなら大丈夫ですから!そのクソ女神のおかげで、またみゃーちゃんに会うことが出来ましたのよ!」


 うっかりクソ女神と本音が出てしまったが、かまっていられない。みゃーちゃんを抱き込んで落ち着くように背中を叩く。効果は抜群だったようで、みゃーちゃんの身体から力が抜け、二人崩れるようにソファーに座ることが出来た。


「そうは言ってもさ……あの時私が側にいなければ、あーちゃんは巻き込まれることなかったんだよ。おじさんとおばさんと離れ離れになる事もなかったんだよ」


 そう言って大粒の涙を零すみゃーちゃん。ぎゅっとその体を抱きしめて、伝える。


「確かに白い空間にいた時は向こうの両親に申し訳なかったけど、こちらで思い出したときには気持ちの整理がついてましたわ。こちらの両親もお兄様もとても大事にしてくれますし、わたくしも大切に思ってますわ。それにセルジュ様と会えましたし。召喚される聖女様がみゃーちゃんである可能性も高かったですし……

 だからわたくし、この世界で頑張ってこれましたのよ?また会えるって。ただそうやってご自分を責められるかと思って、なかなか言えませんでしたの。そしたら案の定こんなに泣いて……何度も言いますが、みゃーちゃんに責はありませんのよ。女神様の詰めが甘いのは否めませんが……」


 そう苦笑しながら、ハンカチでみゃーちゃんの涙をぬぐう。大きな黒目が充血して赤く染まっている。

 とりあえずお茶も渡して飲ませると、何とか落ち着いたようだ。


 その様子を見ていたセルジュ様が話の続きを始めた。


「そう言ったつながりだったのか。アシュがやたら異世界から呼ぶ予定の『聖女』に肩入れするからと疑問に思っていたんだが、君も巻き込まれた被害者だったんだね。アシュ今までよく頑張ったね」


 そう言って、そっとわたくしの頭を撫でられた。その優しい仕草にほっとしていると、ひょいっと持ち上げられ、何故かセルジュ様のお膝の上に下ろされた。


「ちょっとなんで連れてっちゃうんですか!でも美男美女のお膝抱っこ!尊い!」


「アシュは私のものだからね。前世からの繋がりがあろうがそれは譲れないな」


「むきー!!」


 ……実はセルジュ様とみゃーちゃん気が合うのではと思うのですが、どうなのでしょうか?今の様子など兄妹がじゃれ合っているようにしか見えない。


 後、みゃーちゃんのテンションが色々おかしい。いや、元々あのテンションであんな性格だったと言われればそうなのだけど。どうやら異世界に来て緊張していたのが解けて、素の感情が出ているようだ。それがわたくしの存在に気づいたからだと思うのはうぬぼれだろうか。


「ところで、先ほどからアシュは聖女殿を『みゃーちゃん』と呼んでいるが、それが聖女殿の本名かい?」


 セルジュ様の疑問にみゃーちゃんと顔を見合わせる。

 みゃーちゃんはちょっと思案して、1つ頷くと皆の方へ顔を向けた。


「確かに私の名前は『アスカ』ではありません。というかぶっちゃけると『アスカ』はアシュリーの、私の大事な友人の名前です。召喚された時あーちゃんに偽名をと言われて、とっさに出てきた名前でした」


 その言葉に少し嬉しくなってしまう。本名の次に思い浮かぶ名前が私の名前だったのだ。


「こちらにいる皆様はあーちゃんが信頼している方々なので、本名をお伝えします」


「お!アシュリー嬢に信頼されているとか嬉しいねー」


「テオの事はどうかしら?」


 茶化すテオに突っ込みを入れる。


「……たまに君たちの仲の良さに嫉妬するよ」


「「仲良くありません!」ない!」


 テオとの仲はライバルというか悪友なので、セルジュ様が気にされることないのですが……


「仲良しのお二人はほっといて。改めて私の名前はミヤコです。よろしくお願いします」


「ミャーコ?嬢?」


「いや、ミャ、ミャ、ミャ、ミャーコ?嬢?」


「だからミャーコでしょ?あれ?」


「ミャーコ殿…?」


「デジャヴ!!特にカイン様!ネコじゃないんだから!」


 どうやらミヤコもこの国の人達には発音しづらいらしい。

 そういえば、真名と言えばわたくしあの時セルジュ様に真名の制約を受けたような……


「そういえば、あの事件の時アシュに真名の制約が効かなかったな。その件については何か心当たりはあるかい?」


 どうやらセルジュ様もあの時の事を思い出したらしい。


「やはりあの時わたくしを止めようと真名の制約をお使いになりましたよね?わたくしも少し制約の魔力を感じたのですが、完全ではなかったようなので、振り切ってしまいました」


「……うん、お説教時間追加だね」


 まさかの藪蛇です。


「んー、その件なんだけど、ちょっとここで制約の状況見せてくれないー?はっきりしたことはまだ言えないけど、1つ推論があるんだー」


 テオが珍しくまじめな顔をしている。


「それは構わないが……アシュもいいかい?」


「構いませんわ。どうぞ」


「ではいくぞ。『アシュリルーナ、動くな』」


 真名の制約による魔術が絡みつきますが、ふっと身じろぎをすると動けるようになった。

 ちなみに真名を用いた制約魔術を行使する際、真名の部分は他の方々には聞こえないようになっている。


「ふぅん、わかった…かな」


 どうやらテオは魔術から出る魔力の流れを見て、推論に確信を持ったらしい。


「恐らくアシュリー嬢が前世の記憶を思い出したことで、魂の名前が書き変わったんだ。今の君はアシュリー嬢であり、前世の君でもあるんだねー。だから、アシュリー嬢の真名だけだと君に制約を課すことが出来ないみたいだー。

 まぁ、今回に関してはそれがいい方向に進んだねー。アシュリー嬢、君浄化魔術使うときに、真名も使ったでしょ?

 これ、真名がそのままできっちり魔術が発動してたら、魔力切れが酷くて、せいじょさまの治癒魔術でも足りなかったかもしれないよー。

 真名が不完全でよかった珍しい形だよねー。

 んで、アシュリー嬢の真名は今の真名と前世の真名の両方かなー。ちょっとやってみて」


 一つ頷くと、セルジュ様がこちらを向きます。


「アシュ、前世の名前は聖女殿の偽名で間違いないかい?」


「はい」


「では…『アシュリルーナ・アシュカ、動くな』」


 ……まさかの発音問題、自分の身に降りかかるとは……


「……セルジュ様、わたくしの名前は『アスカ』ですわ」


「『アシュカ』」


「いいえ、『アスカ』」


「『……アシュ…カ』」


「『アスカ』ですわ」


「……発音の練習をしよう。後、真名を使って浄化魔術を使った件、お説教追加」


 セルジュ様が落ち込まれました。

 そしてまた、藪から蛇が……


「……殿下、要練習ー。聖女様ちょっとやってみてくれる?真名を使った魔術の行使の仕方はこの前教えた通りだよー。今世の真名はアシュリー嬢からこっそり聞いてくれるー。『聖女』と『覚醒者』の関係だから、真名の契約を結ばなくても把握していれば使えると思うー。たぶんねー」


「はーい!いっくよー!あーちゃん!『アシュリルーナ・アスカ、立ち上がってこっち来て!』」


 制約に縛られ、意志に反して体が動く。ふらふらとみゃーちゃんの方に近寄ると、ぎゅっと抱き着かれた。


「これぞ愛の力!どうだ殿下!」


 ものすごいドヤ顔です。セルジュ様がますます落ち込まれました。


「うん、やっぱりアシュリー嬢の真名が変わってるね。聖女様の魔術ではちゃんと流れてたのが見えたよー。殿下、がんば!あと、関係各所の書類も訂正しといてねー。変わった件は魔術師団長にも報告するけど悪いようにはならないと思うよー」


 まさか、真名が変わっていたとは。そして発音問題シビアだな。


「さて、報告すべき話はこれで全部かな?」


 セルジュ様が立ち直ったようだ。コクリと皆が頷くのを見て、とてもイイ笑顔を浮かべた。その笑顔に背中がぞくりとする。



「それではお待ちかね、お説教の時間だ。とりあえずテオから言ってみるか?」


 嫌な時間が始まってしまった。


「はいはーい!と言っても僕からはあんまりー。まぁ、無茶して死にかけて心配かけたのは怒ってるけど、魔障石の謎や、真名の新しい事実、せいじょさまの覚醒を間近で見られたから、それでチャラにしてあげるー。僕優しー!」


 魔術オタクは一切ぶれなかった。が、一応心配してくれたらしい。ありがたく思う。

 ぼそっと、殿下とカインが長そうだから、短めにしてあげると言ったのは聞こえないふりをした。


「次はヘリオン。何かあるか?」


 部屋に入ってから一言も話していなかったヘリオン。何を言われるのだろう…


「そうですね。自分からは1つ。魔獣討伐中はともかく、ああいった夜会ではご自分も護衛対象だという事を自覚していただきたい。護衛対象が率先して危険に身を晒すのはいかがかと思います。護衛の士気にも関わりますので、今後はご自重ください。特にこれからは公に妃殿下となりますので、なおのことです」


 ぐっ。正論が耳に痛い。


「……以後気をつけますわ」


「さて、次。カイン」


「私からは、一言。今回の件、機密事項を除いて母の耳に入ってる。まぁ、夜会にもいたしな。早めに顔を見せるように」


「それだけでいいのかい?」


 セルジュ様は一番お説教が長引きそうなお兄様の言葉に疑問を持ったようだが、わたくしの方は冷や汗が止まらない。


「私がここで何か言うより、母からの方が妹には効果的なのですよ。ですので、殿下。早めに一度実家に帰してやってください」


「あぁ、近々公爵家に行く時間を取ろう」


 ……セルジュ様、お兄様の実家に帰すという言葉が気に入らなかったらしい。『公爵家に行く』のところにやたら力が入っていた。

 それにしてもお母様のお説教か……声を荒げるわけでなく泣きながら滾々とお説教されるため、一番心に来るのだ。

 さすがお兄様、的確なダメージの与え方を心得ている。


「じゃ、今日はこれくらいでいいかな?」


「えっ?私の番は?!」

 

 みゃーちゃんが抗議の声を上げるが、その時既にわたくしはセルジュ様に抱き上げられていた。


「私のお説教は長引くから、別室で行うよ。各自関係各所へ報告を行ってくれ。後、トーマ、聖女殿を部屋までお送りしろ。その後は私の部屋はこちらが呼ぶまで誰も通すな」


「はっ?!えっ?!」


 みゃーちゃんの抗議はトーマ様の出現で不発に終わり、わたくしは粛々とセルジュ様に運ばれていく。逆らいたいのは山々だが、ここで反抗すればお説教が長引くだけだというは明白だ。どうか食事は取れますようにと無駄になりそうな願望を思いながら、寝室へと運ばれていった。


 その後のお説教は長くしつこくねちっこかったとだけ。

 というか、わたくし3日寝たきりだったのでは?とか、死にかけたのでは?と思ったのだが、それで心配をかけた自覚もあったので、甘んじて受け入れるしかなかった。

 翌日げっそりとソファーに座るわたくしを見るみゃーちゃんの目が哀れみに満ちていてそれはそれで辛かった。


2021.8.5 護衛騎士トーマの名前が一部トールになっていたので修正しました。混乱させてすみません。

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