12.王太子妃の部屋にて その2
セルジュ様が腕を組んで天井を見上げた。目をつぶっているから何から話すか考えているのだろう。
うむ。イケメンはどんなポーズでも似合うな。うむうむ。
と、横眼で眺めていると、冷たい視線が別方向から注がれていることに気づいた。
「……とりあえず、無茶をした我が妹への説教は最後でいいのではないでしょうか?」
冷たい目線はまさかのお兄様だった。これはだいぶお怒りで、しかも心当たりが多すぎて逃げられない。
「それもそうだね。とりあえずアシュが倒れてからどうなったかを話そうか。まずはナイトレイ侯爵についてだが、アシュの放った浄化魔術によって魔障を消すことが出来た。その後意識を取り戻したのだが、どうやら思った以上に長期間魔障に憑りつかれていたらしく、精神に異常をきたしていて、支離滅裂な言動を繰り返していたのだが……そこの聖女殿の治癒魔術で正気を取り戻したんだ。その後は取り調べで洗いざらいしゃべってもらったのだが……なかなか根が深かったな」
ふぅとため息をつくセルジュ様。憂い顔もなかなかと思っていたが、気になる発言があった。
「聖女様の……治癒魔術ですか?精神異常を治癒するには上級魔術でないと出来ないはずでは?」
みゃーちゃんはまだ中級の治癒魔術しか使えなかったはずだ。それが使えると言う事は……
「まさか!『覚醒者』が選定されたのですか?!」
その可能性に至り、どなたが選ばれたのかはしゃいで伺ってしまったのだが……皆に微妙な反応を返された。まるで甘いと思って食べたクッキーがしょっぱかった時のような、微妙な表情だ。喜ばしい事なのに何故?
「あー……その件はお説教にも関わるから詳細は後でね」
お説教に関わるとは一体?
はて?と首をかしげていると、残念な子を見るような視線が送られた。
「で、ナイトレイ侯爵の証言なんだけど、驚いたのは魔障石の成り立ちだったな。
……これはテオから説明した方が早いか」
「はいはーい。説明するよー。女性の耳に入れるのはどうかって内容なんだけど、アシュリー嬢と聖女様には今後必要となる情報だから、残念ながら聞いてもらいまーす」
「その前置き怖すぎるんですが……」
みゃーちゃんの顔が引きつっている。それにしてもわたくしに今後必要な情報とはどういう意味だろう?
「ではいっきまーす。魔障石はね、魔障に憑りつかれた人間の心臓が魔石化したものだったんだ。魔障に憑りつかれると、魔障は自分や周りから魔力を集めようとするんだってー。で、それを憑りついた本体の心臓に溜めるんだ。で、魔力が満杯になると魔障石になるんだってー。後はご存じの通り魔獣が飛び出してくると……もちろん心臓の持ち主は絶命し、跡形もなく飛び出してきた魔獣に食われてしまう。
さらに憑りついていた本体が食い尽くされても魔障石としては残るんだって。それに再び魔力を溜めていけば、魔獣を呼び出すことが出来る。魔獣が出たら、また魔力を溜めてって、繰り返すことが出来るから、人の手にあればそれだけで恐ろしい兵器になる石だったよー。
聖女様が浄化してくれなかったらと思うと背筋が凍るねー。
今までそんなに問題にならなかったのは、意識して魔障石に魔力を込めようとした人間がいなかったからだねー。
んで、今回何故問題になったかというとー、意外にナイトレイ侯爵の頭が回ったせいかなー。
彼が魔障に憑かれたのは2年ほど前の大規模討伐に参加したときらしいー。本来魔障に憑りつかれた人間は意識が曖昧になり、ひたすら魔力を集め、魔障石を作り出そうとするんだけど、自分の異変に気付いたナイトレイ侯爵は、憑りついた魔障を人や動物にちょいちょい押し付けることによって、自分の意識がはっきりした状態を保っていたらしいー。
んで、魔障を押し付けられた側はどうなるかっていうと、魔障石を作る生贄みたいなものにされてたんだよねー。学苑や王都で起きてた魔障石絡みの事件がそれ。いくら侯爵の周囲を探っても魔障石の入手先がわからないはずだよ。ある意味自家生産してたんだから。
……カサンドラ嬢もその被害者だね。あらかじめ魔障を心臓に埋め込まれ、レイラ嬢やローズ嬢の近くにいることで二人の魔力を吸い取って、満杯になるギリギリで学苑内のあの場所に放置されたんだろうねー。学苑で騒ぎを起こすためだけにねー。で、あの時は聖女様が気づいて魔障石をこちらで回収できたけど、気づかなかったらナイトレイ侯爵の手によって残った魔障石も回収されていたってわけ。そうやって手に入れたらしい魔障石がいくつか侯爵家から押収されてて、既に聖女様が浄化済み。いやー、危ないとこだったねー。セイジョサマサマだねー」
何という事だ…人の命を何だと思っているんだ。混乱を招く為だけに人の命を利用するなんて、それこそ血も涙もない。それが魔障に憑りつかれたことによって人としての理性が減っていたからなのか、元々の資質だったのか……どちらにしても恐ろしいことだ。
「内容が内容だけに、このことは王家と上層部だけで秘匿することとなった。これが出回って、人を犠牲にするような馬鹿者が増えてはかなわないからね」
セルジュ様も暗い面持ちだ。この国の無辜の民が犠牲になったかもしれないのだ。その反応は当然だろう。それにしても……
「随分話が進んでおりますのね?」
そう、調査や何だと話が随分早いのだ。ナイトレイ侯爵の取り調べにしても、随分深くまで進んでいる。
「……3日だ」
「……何がですの?」
「君が倒れてから目覚めるまでにかかった時間。今日であの夜会から3日経っている」
「へっ?!」
びっくりだ。気持ち的には一晩くらいの心持ちだったのだが、どうやら随分と寝こけていたらしい。
顔を挟むように広げた手の親指と人差し指でぐりぐりとこめかみを押していたかと思うと、にっこりとこちらに微笑みかけるセルジュ様。但し目が笑っていない。怖い。
「だからお説教だと言っただろう。アシュ。
さて、魔障石の説明はこんなところだな。ナイトレイ侯爵と今回の件に関わった人間の洗い出しは継続して行っている。恐らく王都を危険にさらした罪で、ナイトレイ侯爵家は排されるだろう。侯爵本人も極刑になるだろうな」
「そういえば夜会の時侯爵夫人のお姿が見えなかったようですが……あと、レイラ嬢のご友人のお一人も」
「あぁ、彼女達も魔障をつけられて危なかったところを、そちらの聖女殿に救われた。と言っても、今回の件に無関係とは言えないから、何がしかの沙汰が下されるだろう。レイラ嬢も含めて」
……みゃーちゃん、わたくしが寝ている間に浄化の力も随分増しているらしい。さすが聖女様だ。話を聞く限り、ナイトレイ侯爵夫人にローズ嬢と、わたくしが全力で人一人がやっとの浄化を、余裕でやっていらっしゃるようだ。さす聖。




