11.あの日
2021.09.19 第二章完結に伴い先生に呼び出された場所を職員室から進路指導室に変更しました。
何事もない平凡な日々だった。
季節は夏で、うだるような暑さが当たり前だったし、時間があれば遅くまで学校に残り、親友とおしゃべりするのが当たり前の平凡な高校生だった。おしゃべりの内容は最近読んだ本やおすすめのWeb小説、おしゃれは少し興味があって、芸能人、というよりは3次元にはあまり興味がなくて、どちらかというと2次元にハマるタイプで。
勉強はそこそこ。来年は受験だから、夏休みになったらそろそろ夏期講習で予備校を選ぼうかなとか考えていた。そんな平凡な日々だった。
その日は進路指導室に呼ばれたみゃーちゃんを待ちながら、最近お気に入りのWeb小説を読んでいた。最近流行り過ぎて、既に定番化した悪役令嬢転生物。ライバルのヒロインがヒドインだと思っていたら、いきなりまともになって……というところまで読み終わったところで、みゃーちゃんが帰ってきた。
「おまたせあーちゃん!カミ先話長いよ相変わらず!」
「おかえりーみゃーちゃん。先生の話大丈夫だった?何か悪いことしたの?」
そうじゃないとわかっていて、つい冗談を言ってしまう。
「ちがいますー。進路のことですー」
「そかー」
みゃーちゃんは既にご両親も亡くしていて、近しい親戚もいないらしい。
よく、両親とも天涯孤独ってことは早死の家系じゃん!そんなのがくっ付いたらこうなる事わかりきってたじゃん!と天に吠えている。
みゃーちゃんは優秀だから、先生たちも進学してほしいと思っているらしく、先立つものの相談をちょくちょくしている。
そんな境遇だが、ぐれたり、荒むことなく明るいみゃーちゃんは本当に尊敬する。
いや、もしかしたら心の中は荒んでるのかもしれないけど、少なくともそれを表に出さない程度には精神が大人びている。環境のせいでもあるけれど。
「で、あーちゃんは何見てたのー?」
「んー。悪役令嬢転生物ー。何番煎じだよ!と思いつつ、つい読んじゃうよねー」
「わかる。今回の登場マッチョは私好みそう?」
「みゃーちゃんの好みって、策士系マッチョだっけ?」
以前アツく語っていたことを思い出しながら言う。
「そうそう!なんでマッチョは脳筋にされちゃうかね!時代は策士系腹黒マッチョだと思うのよ!」
「そうすると、眼鏡キャラのキャラ設定が難しくなるからじゃん?」
「現実的!夢も希望もない!」
「あははー」
そんなくだらないことを話していると、帰る時間が近づいてきた。そろそろ帰ろうかと、立ち上がった瞬間、それは起きた。
みゃーちゃんを囲むようにして、光の輪が現れ、それは壁となって、私とみゃーちゃんを分けたのだ。
「みゃーちゃん!」
焦った私は光の壁に取り縋る。バンバン叩いてみても、壁に変化はない。向こう側からみゃーちゃんが同じように壁を叩いているのが見えたが、その姿が段々薄くなっていくのを見て、焦りが増す。
「あーちゃん!あーちゃん!何これ!」
「みゃーちゃん!!」
どんどん声も遠くなる。焦りと動揺が涙となって噴き出すのがわかった。そして、みゃーちゃんの姿が完全に見えなくなった瞬間、光の壁は爆発した。それに吹き飛ばされ、どこかに叩きつけられたような気がしたところで、私の記憶は途絶えた。
ふっと、意識が戻った。
目を開けるとそこは真っ白な何もない空間だった。
「ナニコレ……」
そう口を動かしてみたつもりだが、声になっていたかもわからない。よくよく見てみると手足もない。これで顔だけ残っていたらホラーなので、多分全身がなくなっているのだろう。
体を起こすといった動作をしたわけでは無いが、起き上がった気分で周囲を見渡しても、何もなかった。
「……異世界転生定番の世界の間ってやつ?まじで?」
呆然とつぶやくと、返事が返ってきた。
「実はその通りなのー」
そこには目の覚めるような美人がいた。人外の美人。ていうか多分人じゃない。格好も女神とかそれっぽい。
「実はうっかり事故でアナタの身体がなくなっちゃってー。こっちのミスだから、お詫びにワタシの世界で生き直してもらおうかなーっと思って。ついでにお願い聞いてくれるとウレシイなー」
……イラっと来た。どうやらそれが伝わったらしい。
人外美人、口を開くと残念だった。
「いやいや、ホント申し訳ないと思ってるのよー。こちらのうっかりだったから、魂が消える前に何とかすくい上げたのよー」
ほめてほめてと言わんばかりの表情にさらにイラっとしたが、ここでイライラしてても生産的ではない。
「で、私の選択肢は何があるんですか?」
「理性的な子は好きよー。えっと、このまま魂ごと消滅するか、ワタシの管理する世界セイルーシャで生きてもらうかなんだけどー。ウチの世界、今ワルイモノに侵されててねー。それをどうにかしてほしいのー。対処療法で異世界から人を呼んで一時的に何とかしてるんだけどー。それだとイマイチでねー」
「……は?異世界召喚やるやつとかクソなんですが……どう考えても私それに巻き込まれて死んでますよね?」
「そうなのよー。だから、転生して根本をどうにかしてくれないかなーと。そうすれば、もう異世界召喚必要なくなるじゃなーい?」
……イラっと来た(2回目)
そもそも自分を殺した原因をどうにかしろと言ってるらしい、この女神様は。
え?ある意味復讐を果たせってこと?
……受けて立ってやろうじゃないか。どうせもう元の世界に戻れないのだ。やれるだけやってやる。それに……
「会えるわよーもちろん」
……イラっと来た(3回目)
そりゃこの空間の支配者は彼女なんだろうが、そもそも引き離された原因も彼女だ。それなのにこの軽い感じがムカつく。少しは反省しろと思うのだが、人外には難しいのだろうか……
「一応反省してるのよぅ。じゃなきゃアナタの魂救わないわー」
言いたいことは山ほどあるが、この女神とやらと話しているとストレスマッハで溜まっていく。
とりあえず、消えたくないので提案に乗ることにした。
「では、セイルーシャとやらにお願いします。ところで貴女はやはり神様的なナニカなんですか?」
「そうよぅー。女神セラ・ウル。セイルーシャの創世神として、あがめられてるんだからー」
「あーそーですかー」
どうしても塩対応になってしまう。
「あ、この記憶はどうなるんですか?」
「んー、きっかけがあれば思い出せるようにしておくわー。じゃ、よろしくねー」
そして視界は暗転した。
こういうときって、女神の加護とか3つの力もらったりとかするんじゃなかろうか…
まさかの手ぶらかよ!あの女神許せん!!
と、心の中で罵倒を繰り返していたら、意識が消えていった。
そして、あの記憶が戻った日、私はわたくしになった。




