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転生令嬢は愛を捧ぐ  作者: ニノハラ リョウ
第一章 学苑編
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10.夜会にて その4

 国王陛下は真っすぐこちらへお越しになると、すっくと舞台の中央へお立ちになられる。

 会場に集まっていた人々は一人残らず頭をたれ、お言葉を待つ。


「面を上げよ。此度は学苑をめでたく卒業した者達に祝いを述べる。今後、世の為国の為、その力を活かしてほしい。

 さて、何やら騒いでおったようだが、何事だ?公爵令嬢が身分を笠に聖女を虐げていたといった話であったようだが……」


 陛下からのそのお言葉に我が意を得たりとナイトレイ侯爵が叫ぶ。

 ……陛下から発言の許可を取らないのは不敬だと思うのですが……先ほどの宣言は何だったのでしょう。


「恐れながら陛下!こちらにいるカルム公爵令嬢は、一介の令嬢ごときにも関わらず、聖女様を虐げ、聖女様を元の世界に送り返すといった反逆を企んでいたのみならず、賢しくも侯爵家当主たる私に苦言を呈するといった不敬を働いたものであります!王太子殿下のご婚約者でありながら、身分を笠に着た無礼な振る舞い、王家に嫁ぐものにふさわしくありません!厳しい沙汰を!」


 ……この方、先ほどセルジュ様他皆様がおっしゃったこと、微塵も理解していなかったようだ。


「ふっ。想像以上に愚物であるな。さて、ナイトレイよ、貴様我が息子の言葉を微塵も理解していないようだな。息子は貴様にこう言わなかったか?聖女殿の召還術の研究は我の指示の下であると」


「そ、それは……?!」


 どうやら、本気にしていなかったらしい。残念だ。


「それにアシュリーが一介の令嬢とはな……節穴もここまでくると潔いな」


 セルジュ様の煽り技術はどうやら陛下譲りのようだ。

 ナイトレイ侯爵がお言葉に顔を赤く染めるのが見えた。レイラ様は既に理解を放棄したのか、父親と陛下の顔に視線を行ったり来たりさせている。


 そういえば、ナイトレイ侯爵夫人のお姿が見えない。こういった公の場では、夫婦同伴が基本だ。陛下やお父様、騎士団長方は公務の一環、すなわち陛下の護衛としてきているので、例外である。

 わたくしのお母様と、魔術師団長の奥様はご子息の卒業でもあるので、この会場のどこかにいらっしゃるだろうが…と、よく見たら、お二人のご婦人方はちゃっかり夫君の隣についていた。我が母ながら素早い動きである。


「さて、ナイトレイの訴えは後程明らかにするとして……此度我が息子セルジュが卒業し、成人を迎えた。これを機に重大な発表をしようと思う。セルジュ、アシュリー近くへ」


 レイラ様の顔色がパッと明るくなる。この調子ではセルジュ様とわたくしの婚約破棄が行われるとでも思っているのだろう。


 周りの貴族たちは、陛下がわたくしの事をアシュリーと呼んでいる事に疑問を感じているようだ。ここは公の場、本来であればわたくしの事はカルム公爵令嬢と呼ぶのが正しい。なので、貴族方の疑問は当然のことである。

 そっとセルジュ様にエスコートされ、陛下のお近くに侍る。そして、促されるまま、正面を向き、会場に集まる貴族たちの視線を一身に受けた。


「まずはこちらの都合により公表が遅くなったことを詫びよう。聖女殿の召喚に合わせて万全の体制を整えるため、また、魔障の脅威が迫っていることもあり、公の披露目を直ぐに行えないことから、この場での発表と相成ったことを理解してほしい。

 セルジュ、アシュリーこちらへ。この二人は以前より仲睦まじい婚約者であったが、実は1年前に婚姻を済ませている。これは聖女殿をお迎えするにあたって、聖女殿を心身ともにお支えし、『覚醒者』の選定を速やかに行うために必要であったことから、聖女召喚時特例措置を適用したものである。こちらの都合で公表が遅くなったことは申し訳なく思うが、ぜひとも若い二人を祝ってほしい」


 陛下のお言葉が終わると同時に頭を下げる。

 内容があまりに予想外であったため、一瞬辺りは静寂に包まれたが、一拍の後歓声に包まれた。主に歓声を上げているのは討伐をご一緒していた騎士団、魔術師団の方々と、学苑の生徒たちのようだ。どうやらセルジュ様とわたくしの婚姻は恙なく認められたらしい。……一部を除いて。


「そ、そんな……馬鹿な…」


 ナイトレイ侯爵が呆然としているのが見える。レイラ様はふらふらとその場に座り込んでしまった。


 陛下がすっと手を挙げると、辺りは静寂を取り戻した。


「さて、ナイトレイよ。そなたは誰に対して言いがかりに等しい訴えを起こしていたか理解できたか?

 アシュリーは聖女殿が召喚される前に既に王族の一員であった。故に、聖女殿がこの世界で恙なく過ごせるよう王太子夫妻に我が命じたのだ。その為の淑女教育、武術指導だ。さらに聖女殿の心因を取り除く為、召還術の捜索を命じたのも我だ。アシュリーは年若い少女の未来を強制してしまうことに疑義を持っていたため、快く研究に邁進してくれている。

 しかも彼女はそれだけでなく、『浄化魔術』の研究を魔術師団と共に行っている。これもまた、本来であれば無関係の聖女殿を無理やり連れてきて働かせるといった現状のやり方に疑問を持ったからだ。

 アシュリーは我にこう言ったぞ。この国は、この世界はここに生きている人間が責任を持つべきもの。異世界の少女の手を借りることなく対応できることが本来望ましいと。それが出来なかった故の女神様のお力をお借りした聖女召喚なのであろうが、そこで聖女殿のお力に頼りきりになって思考停止してしまうのは、ただの怠慢であるとな。

 誠この国に、この世界に対して責任を持ってよりよくしようと努力してくれる得難い女性だ。その王太子妃に対して貴様はどのような発言を行ったか理解しているのか?」


 さすが王太子時代に前線にたって魔獣討伐を行っていた陛下。覇気というか圧が強い。

 陛下のプレッシャーに気圧されたのか、床に膝をついて青白い顔をしていたナイトレイ侯爵だったが、ぐっと胸元を押さえると、再び立ち上がった。


「女神様がお認めになって召喚された聖女様にお力をお貸しいただくことに、何の咎がございましょう!そのような無駄な研究に割く時間があるのならば、その無駄な才能で魔獣の一匹でも狩っていればいいものを!!」


 淑女に魔獣討伐は必要ないといった口で、そのような事を言うとは……

 陛下もセルジュ様も呆れたような表情を隠さない。周囲の貴族たちも同様だ。

 ここにいる学生達はもちろん保護者の方々も魔獣討伐に参加している者が多い。魔力量や身体の条件によって討伐自体に参加しなくとも、何らかの形で魔獣討伐に関わる事が貴族社会の常識なのだ。その中で、ご令嬢による魔獣討伐を全否定しているナイトレイ侯爵一派は異端と思われ、その思想を周囲に押し付けることもあったせいか、煙たがられていたのも事実だ。


 さて、せっかくの夜会だ。そろそろお終いにしたいところだ。そう思って、持っていた扇を畳み握りなおしたとき、ナイトレイ侯爵が叫んだ。


「そもそも!聖女様は異世界にて血縁がほぼない者が選ばれると伝承にあるではないですか!今代の聖女様もそうではないのですか?血縁もない孤独な異世界より、こちらの世界で見目麗しく地位も名誉もある者たちに囲われる方がよっぽど幸せなのではないですか?!血縁者がいないのであれば、聖女様お一人消えても異世界には何の影響もないではないですか!聖女様が消えて悲しむ者が異世界にいたというのですか?!血縁者もいないのに!」



 バキン!!


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