10.夜会にて その1
「私、レイラ・ナイトレイの名において、この場で大罪人アシュリー・カルムにしかるべき罰をお与えいただきたく、すべての罪を告発させていただきますわ!アシュリー・カルムの極悪非道な行いはとても王太子殿下の婚約者にふさわしいとは思えません!この場にて婚約を破棄し、アシュリー・カルムは速やかにこの場から出ていきなさい!」
まさかの茶番劇はレイラ様の発言から始まった。
さかのぼって、夜会開始前。
卒業式が恙なく終わり、夜会の準備もひと段落したため、サロンに集まって一息ついていた。
「さて、種は蒔いたけどうまく発芽してくれるかな?」
ニヤニヤしながら、お茶に口を付けるセルジュ様。ニヤニヤしてても酷い顔に見えないあたり、美形は本当にズルいと思う。
「恐らくは……例のご令嬢が一派の者達とコソコソ動いていたので。ただまぁ、ご令嬢の方は大したことはできないでしょうね。この機会に親の方がどう出るかといったところでしょうか。最悪の事態も考えて、いつもより騎士を多く配置しておりますし、結界魔術の得意な者も参加者に紛れ込ませています」
お兄様、レイラ様の評価がしょっぱ過ぎます……
「しっぽ出すかなぁー。特に魔障石の方。あれホントわかんないんだよねー。ナイトレイ侯爵も魔障を研究していたって聞いたことなかったしー」
「まぁ、少なくとも何かしらやらかして、親子共々引っ張る事にはなるだろうね。何があるかわからないから各々油断しないように。あー。聖女殿のエスコートはどうしようか。作戦としては私がエスコートするのが効果的なんだろうけど、アシュ以外をエスコートする気はさらさらないからね。この部屋の中で好きなのを選ぶといいよ」
セルジュ様、効果的とわかってらっしゃるのに……ちょっとじとっとした目で見てしまう。そして聖女様への投げ方が雑です。聖女様のエスコートともなれば『覚醒者』への期待が高まることでしょうに。なのに適当に投げた感じが酷い……。
「エスコート、アシュリー…」
「ダメに決まってるだろう」
セルジュ様、早口過ぎます。あと、聖女様エスコートは基本的に男性です。
「えー、殿下のケチー。アシュリーと並んで初夜会したかったー。この中と言われても……」
聖女様の視線が室内をうろうろ見渡す。
わたくしはくすっと笑って、少しだけお手伝いをすることにした。
「セルジュ様、この部屋の中にいる方だったらどなたでもよろしいんですわよね?」
「ん?あぁ、この中ならだれでも問題ないよ」
「では、聖女様。トーマ様にエスコートいただくのはいかがでしょう?」
「「はっ?」」
あら、動揺を表に出さないよう訓練されている護衛騎士の方でもさすがに驚かれたようだ。
「トーマ?まぁ、今日は聖女殿から離れるつもりもないから、トーマでも問題ないが…聖女殿もそれで……って聞くまでもないね」
そうセルジュ様が苦笑される。
それほどわかりやすく、聖女様のお顔は真っ赤に染まっていたのだ。
「いかがですか?聖女様。よろしければ……」
「はいよろこんで!!」
どこの居酒屋ですかと言いたいところですが、喜んでいただけるのならわたくしも嬉しい。思わずニヨニヨしてしまう。
そう、聖女様がたびたびセルジュ様の方に熱い視線を送っていたのは、セルジュ様の背後に控える護衛騎士の一人、トーマ様を見ていたからだ。
このトーマ様、暗青色の髪に黒に近い深い藍色の瞳の細マッチョで騎士然としていらっしゃるが、セルジュ様や同僚の護衛騎士様とお話しされるときに飛び出す毒舌がSっ気と頭の回転の早さを感じさせ、聖女様のお好みに合うのではと常々思っていたのだ。
「策士系細マッチョ、聖女様お好みのタイプでしょう?」
そっと聖女様の耳元にささやくと、驚いた顔で聖女様がこちらを向きました。
そしてまじまじと私の顔を見つめると、
「大好物です!ゴチになります!」
……食べないでくださいね?(性的な意味で)
「じゃあ、トーマ。聖女殿のエスコートと護衛、よろしく頼む」
「……はっ。謹んで承ります。聖女様、自分でよければよろしくお願いいたします」
「はぇ!こちらこそ!よろしくお願い!いたしましゅ!」
聖女様、噛んだ。興奮し過ぎです。
さて、そろそろ他の参加者が会場に集まったようだ。
ここに残っているのはセルジュ様を筆頭に高位のものばかりだから、入場は一番最後になる。
さぁ、いよいよ茶番劇の始まりだ。
……と、勢い込んで入場し、そのまま開会のあいさつをするためにセルジュ様が舞台に移動されたのを見計らったかのように、いえ見計らっていたのでしょうが、レイラ様のお声が会場に響き渡った。
お兄様方が色々仕込んでいたことは知っておりますが、ここまでこちらの思惑通りの発言をするとは…レイラ様はたんじゅ……いえいえ、扱いやす……いえいえ。
あまりの(思い通りの)展開に一瞬呆然としてしまい、セルジュ様に腰をつつかれた。
セルジュ様は相変わらずエスコートで腰に手を回し、後ろから抱き込むような形がお好きなようで。
「なんとか言ったらどうなの?!アシュリー・カルム!」
呆然としていたのが罪を暴かれそうになって慌てていると勘違いしたのか、レイラ様が言葉を重ねる。ここでお約束の「ナントカ」と言ったら、さすがに怒られそうだ。
気を取り直して、持っていた扇を、口元を隠すように広げた。
「レイラ・ナイトレイ侯爵令嬢、何をおっしゃっているかわかりかねますわ」
あえて、家名と爵位を付け呼びかけることで、誰に何を言おうとしているかの最終確認を行う。まぁ、これで引くようなら初めからこんな場所でこんなことをしないだろう。
ところで気になるのが、レイラ様が一人でこの場に立っていることだ。カサンドラ様は相変わらず行方不明扱いだが、いつも一緒にいるご令嬢がもう一人いたはずである。
確か、ローザ・スロウル伯爵令嬢。学苑では常に行動を共にしていたため、この場にいないことに酷い違和感を覚える。そして嫌な予感も……
「貴女の罪は明白ですわ!貴女は殿下の婚約者にも関わらず、聖女様を不当に虐げておりましたわ!聖女様を酷く叱責していた場面を何人も見た方がいらっしゃるのよ!しかも訓練場で聖女様に剣や魔術を向けたとか!さらに嫌がる聖女様を無理やり魔獣討伐に連れて行って残酷に魔獣を屠る場面を見せ、そのお心に消えない傷をつけられたのです!
しかも、貴女は殿下と聖女様が思い合っているにも関わらず邪魔ばかりして、殿下が『覚醒者』として選ばれる事を妨げております!聖女様のご成長を妨げるなど、これは立派な反逆行為ですわ!」
どやぁ!と聞こえそうな勢いで扇をこちらに突き付けてくるレイラ様。
すごい、完璧だ。思わず感心してしまう。
もちろん、感心しているのはレイラ様にではない。先程レイラ様が挙げられたわたくしの罪とやら、すべてセルジュ様とお兄様が操作した情報ままである。さすがである。さす殿、さす兄である。それに引っかかるレイラ様…単純。あ、皆まで言ってしまった。それに裏付けとかも取っていなさそうなあたり、残念度爆上がりである。
なお、周りの状況としては、この告発を信じている者は半数以下のようだ。
さて、軽く打って出てみるか。




