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転生令嬢は愛を捧ぐ  作者: ニノハラ リョウ
第一章 学苑編
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7.学苑にて(2学年目)

 学苑の新学期が始まった。

 わたくしとテオは2学年、セルジュ様とカインお兄様とヘリオンは3学年に進級した。そして聖女様は編入という形で無事2学年から編入することが出来た。


 そもそも聖女様は1学年から入学すべきでは?と言った声もあったが、『覚醒者』候補との関係や、護衛の絡み、そもそも1学年時に必要な基礎学力(これは語学や算術等がそれにあたる)を十分に満たしていたため、2学年からの編入に問題はなかった。


 これに関しては、さすが異世界転移者というべきか、語学に関しては異世界転移チートが発動し、この国の言語や大陸共通語、隣接する近隣諸国の言語は特にお教えしなくとも、あっさり理解出来ていた。異世界転移チートうらやましいと遠い目をしてしまったのは致し方ないと思う。

 算術に関しては、前の世界で現役高校生だったこともあり、むしろ向こうのほうが算術は進んでいたため、これまた問題なかったそうだ。


 ちなみにうっかり忘れそうになるがわたくしも異世界にいた転生者。というわけで異世界転生チートの一つや二つと期待しなかったと言えば嘘になる。

 が、語学は異世界転生チートなぞわたくしには存在せず、にも関わらず王太子殿下の婚約者として複数の言語を理解することは必須と、王太子妃教育の中で学ばされた。死ぬかと思った。

 算術については、いわゆる四則混合や分数と言った算数と呼ばれる分野は忘れていなかったが、数学と言った分野については記憶を取り戻した15歳の段階で綺麗さっぱり忘れていた。そもそも数学の複雑な公式は、試験の為だけに脳に詰め込み、試験と共に吐き出してしまうものである。異論は認める。

 前世でいうところの理科社会は、そもそも魔術があるこの世界で物理化学の法則が元の世界と一緒かと言うと怪しい事この上なく、言わずもがな歴史は全く異なる。政治経済に関しても同様だ。そもそもこの世界の大半は王制ですし。

 異世界転生あるあるの食事や医療、内政チートに関しても、完全に不発である。そもそも前世高校生で人生を終えているので、専門知識をそこまで持ち得ていない。

 前世は趣味でお菓子作りをしていたが、それもレシピがあったからこそ作りえたものだ。特にお菓子は材料の分量が味や風味に直結することから、レシピ無しなど無謀な挑戦は滅多にしていなかったので、レシピのないこちらではお手上げ状態である。ライトノベルの異世界転生主人公で料理チートを発揮している人達は、前世平凡なOLや女子高生だったとか言ってるが、料理チートが出来る時点で十分非凡であると思う。

 内政チートにしても、この世界では魔術を用いているため、生活もそこそこ快適で衛生観念も驚くほどしっかりしている。エアコンがなければ魔術で冷風を出せばいいじゃない、汚れは魔術ですっきり消せばいいじゃないの世界だ。うん。出る幕無し。


 というか、最近聖女様と行動を共にすることが多いせいか、思考が今世のわたくしではなく、前世の私に流されている気がしないでもない。

 前世の記憶が戻ったときに、二つの人格は混ざり合って『わたくし』になったはずなのだが、ふとした拍子に『私』が顔を出す。優等生ぶった真面目キャラだったけれど、実はコミュ障の人見知りで、親しい友人には雑な物言いをしてしまう『私』

 うっかりその面を外に出してしまうのは、対外的に公爵令嬢として王太子殿下の婚約者としてもよろしくないので、くれぐれも気を付けねばならないところだ。うん、わたくしは淑女、淑女ったら淑女。


 さて、そんな内面の混乱は置いておいて、学苑生活新学期の方は恙なく……と言いたいところだが、レイラ様の猛攻は相変わらず続いている。

 それどころか、聖女様がわたくしを重用してくださることから、自然聖女様の保護はセルジュ様を責任者とした王家側預かりが主となり、神殿側はあまり口を挟むことが出来なくなったのだ。

 その結果、ルイ神官が思うように聖女様やセルジュ様と接触できないようになっている。

 その焦りもあるのか、レイラ様のわたくしに対する風当たりはかなり強くなっていて、それは聖女様と行動を共にしていてもお構いなしだ。

 そんなレイラ様に対して、最初は驚いていただけの聖女様だったが、回数を重ねるにつれて、言いがかりに等しい内容に聖女様の方が憤慨し始め、レイラ様への心証は地の底まで沈んでいる。

 聖女様の心証を悪くするなど、聖女様の後ろ盾を狙っていたナイトレイ侯爵家としても非常に悪手だと思うのだが、一体何をしたいのだろうか。


 と思っていたら、事は意外な方向に展開した。

 それは、聖女様を含めた学苑生活が半年を過ぎた頃の事だった。


「最近ナイトレイ侯爵家とその一派はレイラ嬢以外随分大人しくしているんだよね。末端ばかりとは言えだいぶ手駒を殺いだから、その効果が出たとも言えるんだが……ちょっと静か過ぎて気味が悪い」


 そうセルジュ様が零された翌週から、レイラ様の突撃がピタリと治まったのだ。

 心境の変化か、家から何か言われたのか、3日と空けず絡んできたのが、近づきもしなくなった。確かにこれは気味が悪い。


「セルジュ様が何かされたわけではないのですよね?」


 恒例のお茶会は聖女様も参加し、学苑内で相変わらず続けている。その中で最近気になっていたレイラ様について確認することにした。

 レイラ様が大人しくなった件に関しては、猛攻が酷かった時、それに合わせてセルジュ様の微笑みがどんどん黒くなっていくのが恐ろしかったのもあり、何かお仕置きしたのかと、セルジュ様を一番に疑ってしまうのも仕方ないと言える。


「私からはまだ何もしていなかったよ。まだ…ね」


 若干黒い含みを感じるが、何もされていないのも事実なのだろう。


「じゃあ、諦めたんですかねー?ていうか、あんなのの突撃を1年間も許すなんて、アシュリー優しすぎ!私だったら3回で張り倒す!」


 憤慨してくれる聖女様のお気持ちが嬉しくて、自然に口元に笑みが浮かんでしまう。


「確かにアシュは我慢し過ぎだよ。もっと早いうちに手を打っちゃえば、静かになったのに。それにしても急激な変化は気になるところだね。あの家にしてもご令嬢にしても、諦めの悪さだけはどの家にも負けないからね。何を企んでいるのやら……」


「そう思って、公爵家の影に調査させたのですが、特に何も出てきませんでした。強いて挙げるなら、最近のご令嬢はいつも一緒に行動している2人のご令嬢とちょっと変わった場所で茶会をしている事でしょうか」


 そうカインお兄様が報告する。というかいつの間に我が家の影まで使って調査していたのかしら。相変わらず仕事がお早いわ。


「ふぅん。その場所ってどこなの?」


「校舎の裏手にある森の中に少し拓けた広場になっていて、そちらにテーブルを運んで茶会を開いているようです。これまで森の中に足を踏み入れる事などなかったにもかかわらず、最近になって毎日のようにその場所へ訪れておりまして。それもあって、茶会が開催されていない時に影が周囲を含めくまなく捜索したのですが、特に何もなかったとの事でした」


「ふーん。何もないねぇ。公爵家の影は優秀だから間違いはないのだろうけど、少し気になるな。行動の変化には必ず因果があるものだし。ご令嬢方の監視、公爵家でしばらく続けてくれるかい?」


「御意に」


「ところで話は変わるけど聖女殿の魔術の進み具合はどうだい?」


「うーん、正直言ってイマイチです。初級の治癒魔術なら使えるようになりましたが、擦り傷を治せるレベルですねー。聖女が使えるっていう『浄化』?の方はどうやったら発動するのか見当もつかないです。ただまぁ、初級でも魔術が使えたので、自分にも魔力があるんだなぁという事は理解できました」


「初級でもこの半年という短期間で治癒魔術が使えることはすごいことなんだけどねー」


 テオが苦笑いを浮かべながら焼き菓子を口に放り込む。


「そうなの?擦り傷なんて唾つけときゃ治るんだから、治癒魔術いらなくない?治癒魔術っていうからには重傷も治せるくらいじゃないと……」


「せいじょさま、ずいぶん志が高いねー。まぁ、そこはおいおいだよー。治癒魔術は魔術の中でも難しく、使える人が限られてるんだよー。それに初めからそんな上級治癒魔術使われたら、僕らも立つ瀬がないからねー。練習あるのみだよー」


「コツコツとか一番苦手なんですが!そういうのは私の友達が得意だったなぁ。まぁ、練習あるのみですね!」


 そう明るく笑われている聖女様だけど、その胸の内はまだ落ち着かれていないのだろう。友人の話をされた時、一瞬歪んだ微笑みがわたくしの罪悪感を刺激する。


「一先ずは色々様子見かな。聖女殿のお力もそうだし、ナイトレイ侯爵家の動きも注意するに越したことはないからね。各々油断しないように。あと近々大規模な魔獣討伐が行われる予定だ。王都からほど近いところで魔獣の被害が増えているらしい。私達も参加することになるので、準備をしておいてくれ。できれば内密に一度聖女殿には立ち会っていただきたい」


「えー…討伐ってことは、魔獣を剣や魔術でどうにかしたり、ケガ人が出たりするんですよね?スプラッターとかホント苦手なんで勘弁してほしいんですが……でも慣れないといけないんですよね。この世界にいる限り。わかりましたぁ。心の準備しておきます。その時はアシュリー、側にいてくれる?」


「その時の総指揮団長の指示によりますので、そこは何とも…」


 嘘はつけないので正直に告げると、聖女殿が泣きそうな表情になる。


「うぅ、アシュリー。そこは嘘でも側にいるよって言おうよー」


「まぁ、その旨騎士団長には伝えておくよ。アシュは護衛としても優秀だから、おそらく聖女殿の希望は通ると思うよ」


「わーい!殿下頼りになるー!!」


「聖女様聖女様。大きな声はいけません。身振りも小さめに…」


 大きく手を挙げて喜びを表現する聖女様を窘める。

 その大きな声と言動に遠くを行く学生たちが眉根を寄せるのが見えたからだ。大きな身振りで大声を出すことは、淑女としてあるまじき行為である。わたくし個人としては元の世界のこともあり、聖女様の言動はさして気になるものではないが、ここはやはり貴族社会。動作一つで嘲笑の的になることもある。そのような事で聖女様が侮られることがあってはいけない。それもあって、聖女様には淑女教育を受けていただいているのだが、一朝一夕に身につくものではない。そのため、逐次わたくしが指導することになっている。その様はまるで小姑のようだ。というかやっぱり悪役れいじょ……いやいや。


 その時、すっと遠くを通りかかったのは、先ほどまで話題に上がっていたレイラ様だった。

 こちらにちらりと一瞥を向け、口元だけを歪めた微笑のようなものを浮かべられたのが、遠目にも分かった。それを見て、何だか落ち着かないような嫌な予感が胸に広がる。


「ホントにこちらに近づいてこないんですねー。むしろアシュリーの事好きなんじゃないかくらいの勢いでまとわりついてきたのに。しかも今の笑い方感じ悪いー。なんか取り巻きの人もモヤモヤしてるしー。嫌な感じー。ホント、アシュリー気を付けてね!」


 そう言ってわたくしに抱き着いてくる聖女様。

 ん?と聖女様の台詞に引っかかるものを感じたが、抱き着いた聖女様を引きはがそうとするセルジュ様と聖女様の攻防を治めるうちに忘れてしまった。

 この時の引っ掛かりをちゃんと確認していればと後悔することになるのは、この3日後の事であった。




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