0.プロローグ
初投稿です。第一章執筆済み。お手柔らかにお願いします。
召喚の魔術陣から溢れていた目を刺すような眩い光が徐々に治まると、陣の中央に朧げな人影が見て取れるようになった。
「聖女様が召喚されました」
厳かに告げる魔術師団長の声に、この部屋に集まっていた人々から、一先ずといった安堵の息がわずかに漏れる。
聖女と呼ばれる人影をじっと見つめていると不思議なほど心惹かれることに気づく。
それはこの国を救うという聖女への関心だけではないように思えた。
じっと見つめ続けていると、徐々に明らかになっていく聖女の姿に息を飲む。
艶々とした真っすぐな黒髪は肩につくかといった長さで、ぱっちりとした二重に髪と同じ真っ黒な瞳は意志の強さを感じながらも、今は困惑に揺れている。
白い半そでの開襟シャツにチェックの膝上スカートは、この国の女性にはありえない露出であり、彼女がこの国の人間ではないことを表している。
そう、確かにあれは夏だった。
(あぁ。なんと。なんということでしょう)
聖女の姿を見止めたとき、胸に去来した感情は喜びか悲しみか。
ただその強すぎる感情の波は、貴族令嬢として王太子の婚約者として感情を露わにすることを良しとしない教育を受けていた身としても抑えきることができず、ただ一筋の涙として頬を伝っていった。
そっと感情の発露を振り払い、聖女へと近づいていく。
聖女が女性だった場合、唯一女性としてこの場に立つことができた己が最初のコンタクトをとることはあらかじめ決められていたことだった故の行動だ。
その涙をじっと見つめていた人物がいたことに気づかぬまま。
魔術陣の中央に座り込んだままだった女性にそっと近づくと、怯えを孕んだ視線を向けられた。
「あの…ここはどこ?その格好はコスプレ?てか何?!フラッシュモブにしてはガチ過ぎない?!」
動揺もあり段々声高になって、興奮していく彼女のそばに膝をつき、そっとその背をなでる。独特のリズムをつけて。
これは『彼女』が落ち込んだ時に『私』がよくやっていた行動だ。
懐かしさを感じ、ふっと口角が上がった。
それを見た彼女の目が驚いたかのように軽く見開かれた。
「初めまして。聖女様。色々とお伝えせねばならないところですが、ここは冷えます故、まずは部屋を移動いたしましょう。そちらで詳しいお話をさせていただければと思います。
よろしければこちらをお使いくださいな」
そう言って自分が羽織っていたマントをそっと聖女にまとわせた。
この世界では、女性は足をさらしてはならないというのが一般的であり、彼女のスカート丈だとなかなか刺激的なのだ。
そっと手を引くと、思ったよりしっかりと立ち上がることができるようだ。
「えーっと。ありがとうございます?」
いまだ不信感が拭えないようで、若干の疑問形で礼を言われた。
それはそうだろう。謎の光に包まれたかと思えば、いきなりこんな石造りの見ず知らずのところにいて、見ず知らずの人々に囲まれていたのだ。普通に考えて怪しすぎる。
しかも、黒目黒髪が多かった元の世界に比べて、この世界の人たちは多種多様な色彩をまとっている。
いうに及ばず私も銀髪紫眼という、どこのファンタジー小説だといった見た目をしている。いやまぁファンタジーな異世界なんだけど。
今あまり動揺して見えないのは、驚きが先行しているだけで、しばらくすれば激しい感情の揺さぶりが来ることだろう。
聖女様をエスコートしながら、周りを取り囲んでいた人々の一角に近づく。
そこにはこの国の王太子殿下をはじめとした、今後聖女様にかかわるであろう若者たちが待っていた。
「とりあえず部屋を移って、聖女様にはお茶でも召し上がっていただきましょう」
「それもそうだな。では聖女様こちらへ」
そう言って笑みを浮かべながら扉を指し示すのは、この国の王太子殿下でもあるセルジュ様だ。
セルジュ様は異世界ファンタジーの例にもれず、キラキライケメンのお約束ともいえる金髪碧眼で、その容姿とそれを活かした正統派王子様然とした優し気な態度は王宮内や学園内の女性たちのみならず、男性陣も虜にしている。
これまたお約束の腹黒さは、近しい人間にしか明かされていない。
まぁ、将来国のトップに立つ人間が優しいだけでは困るので、多少の腹黒さは必要なのであろう。
主に餌食になっているのは側近の方々だし。私への被害は軽微…だと信じたい。…いやむしろ一番の被害者かもしれない……
そんなセルジュ様の微笑みに、青ざめていた聖女様の頬にもうっすらと温度が戻ってきたようだ。うむ。イケメンは心の活力。異論は認めない。うむうむ。
心の中でどうでもいい納得をしながら、セルジュ様に聖女様のエスコートを託そうと促すが、なぜかにっこりと微笑まれ、やんわりと拒否される。そしておもむろにセルジュ様が羽織っていたマントを羽織らされた。そして肩から二の腕までをそっと撫でられる。
て、いやいやそうじゃない。その行動はいま求めてない。
「女性が身体を冷やすものではないよ。ましてや君は私の大切な妃。王太子妃なのだから」
「……まだ妃としては……」
……て、いやいやいや!そうじゃない!その言動はいま求めていない!
確かにエスコートをセルジュ様に託そうとしたが、それはあくまでこの場で一番高位だっただけであり、他意はなかったのだ。
何も知らない後ろに控えていた神殿関係者は目を剥いているし。何故か殿下の周りにいる側近たちの目はあきれたような、あきらめたような微妙なまなざしだったが。
そう、元の世界でいうところのチベットスナギツネ顔というやつだ。
「もしやお二人は婚約者というやつですか?!」
聖女様からピンポイントでセルジュ様との関係性を指摘され、ただにっこりと微笑むセルジュ様。
キラキラした目でセルジュと私の間を行き来する聖女様の視線。
この反応はあれだ。元の世界で乙女系小説や少女漫画を読んでロマンチックな場面が出てきたときと同じ反応だ。
そして側近たちと同じようにチベスナ顔になるわたくしと神殿関係者達。、その中に、顔を歪ませてぶるぶる震え始めた神殿関係者が一人だけいたのが印象的だった。
「ほわぁ~。美男美女のカポーは眼福です!ゴチです!」
……て、いやいやいやいやっ!そうじゃない!!
その反応は今もこれからも求めていないってば!
そして握っている手に興奮して力を入れるのはやめて聖女様!地味に痛い!
というか、あなたが目指すのはヒロイン枠だから!ヒロインといっても、今流行り?のざまぁ系ヒドインではなく、純粋に言葉のままのヒロインだ。逆ハーも可。
そうなっていただかないと、色々困るのだ。主にこの世界が。
なんだか頭痛がしてきた。
彼女の姿を目にしたせいか、元の『私』に引きずられて、思考が令嬢らしさから乖離していってる気がする。
10年近く頑張ってきた淑女教育どこ行った。あんなに苦労したのに。
聖女様の手を引いて別の部屋に案内しながら、いわゆる前世の記憶を思い出した2年前のことをつらつらと思い出していた。