大柄男女の異世界漫遊録
思いつきで書いたら訳の分からない話になりました。
もちろん作者も太ってます。
ユキと俺は家が隣同士の幼馴染である。
こんな事を言うと「羨ましい!」だの「俺も可愛い幼馴染が欲しい!」だの、まわりがとても煩い。まあ気持ちは分かるよ。でも、そんな連中もユキをひと目見るなり「が、がんばれよ……」といきなりトーンが駄々下がりになったりするので、読者も勝手に「わたしを甲子園に連れてっ」的な展開は期待しないでもらいたい。そもそも俺は双子じゃないし、ユキも新体操はやってない。あくまでもこの物語は俺とユキの異世界転移の話なのだから……。
◇◇◇
ユキと俺は恋人関係ではない
けど、何故かユキはいつも俺のクラブ活動が終わるのを図書館で待っている。
「ごめん、待った?」
「いいよ、読んでた本がちょうど読み終わったところだったから」
こういう会話を書くと甘々のラブコメが始まりそうな気配がしないでもないが、残念ながら始まらない。
「おまえ、学校の図書館の本は全部読み切ったんじゃないのか?」
「そんなことないわよ、まだ辞典とか残ってる」
「辞典は本なのか」
ユキの知識欲というか活字中毒ぶりは小学生の頃から凄かった。
どれくらい凄かったかと言うと、小学一年生で家の近くの児童図書館の本は読み尽くし、街の中心にあった市立図書館の本も三年生の段階で読み尽くしていた。お小遣いが入ると街中の古本屋をまわっては百円均一の本を買い込み、ミステリーから宗教や植物の本までジャンルを問わず貪るように読んでいた。しまいには翻訳前の原書が読みたくて小学三年生で英語を勉強し始め、小学五年生の頃にはビジネス用の英語検定で満点を叩き出し、六年生になる頃には自分で出版社に売り込んで翻訳の仕事をするまでになっていたのだ。
「翻訳の仕事って全然儲からないのよ。はっきり言ってボランティアよボランティア。私が翻訳する本なんてマニア向けだから千部も売れたらいい方だし……」
「でも好きなんだろ?」
「そうね、あまり知られてない本を自分の翻訳でみんなに紹介できるのは嬉しくはあるわね。ま、結局、私が読みたいだけなんだけどね」
「ラノベしか読まない俺から見ればユキの読んでる本は難しくて」
「あら、ラノベだって面白いと思ってるわよ? ファンタジーなんて作者の頭の中を全てさらけ出す物語だもの。よく恥ずかしくないなあと尊敬するもん。文学よりもファンタジーの方が作者の思いが色濃く出ていて私は好きだわ。残念なのは、あまりに早く読めちゃって時間が持たないことね」
前にユキにラノベを貸してやったことがあった。全十巻の長編だったのだが、ユキにとっては全く読み応えがなかったようだ。
「それより早くコンビニに寄りましょう。頭を使うとお腹が減るのよ」
学校帰りに毎日コンビニに寄るのが俺たちの日課だ。ユキ曰く「体の中で一番カロリーを消費するのが脳なのよ。図書館で大量にカロリーを消費したんだからその分食べないとね」だそうで、確かにユキの頭は相当カロリーを消費しているのは理解できる。
しかし、俺から見ると、どう考えても消費したカロリー以上にカロリーを摂取しているようにしか見えないんだが。
「おまえ、今何キロ?」
普段は俺の質問に秒速で答えてくるくらい頭の回転の速いユキなのに体重に関しては別らしい。
「そういうアキラは何キロなのよ?」
「えーと、先週計った時は108キロだったかな」
「何それ? またデカくなったんじゃない? ほんとにクラブ活動やってるのかしら。もしかして美術部だったりしない?」
「失礼な、ちゃんと運動部だよ」
都合の悪い質問には質問で返す。ユキの癖だ。こうやって質問をはぐらかす。
「で、何キロ?」
「あんたねえ、女の子に体重聞くとかデリカシーの欠片もないわね」
「おまえの体が心配なの」
俺がそう言った時、一瞬だけユキの顔が赤くなったのを俺は見逃さなかった。こういう事を書くと「やっぱりラブコメか! これからラブコメが始まるんだな!」とか言われそうなんだけど、始まらない。
「えーと、確か去年計った時は、〇十キロちょっとだったかな」
「去年かよ! しかも去年の時点でかなりやばくないか?」
「いいのよ! こんなデブでも良いって言ってくれる人を探すんだから!」
そう言って胸をはるユキ。
かなり大きい胸の持ち主なのだが、残念なことにそれ以上に大きな腹のインパクトが大きすぎる。
「アキラだってデカい体でも良いって女の子を探すんでしょ?」
「まあ、そうだな。痩せる気なんて全くないし」
「大丈夫よアキラなら。ちゃんと好きになってくれる女の子が現れるわ」
「ほんとかよ。どっから出てくるんだ?」
「出てこなかったら責任取ってあげるわよ!」
どっからどう見てもラブコメがスタートしたような会話をしつつ、俺たちはコンビニで買い物をした。
良い感じに進んでいた俺たちだったが、色気より食い物。
「見てアキラ!! ケースの中に揚げたてのナ〇チキが!」
この時間はクラブ活動が終わった運動系の高校生が光に集まる蛾のようにコンビニに集まってくるので、ユキの大好きな揚げ物がケースに積み上げられているのは大変珍しいのだ。
「この世に神が存在するのなら、今なら信じられる!」
ナ〇チキくらいで神の存在を信じるユキ。 「五つも買うことができるなんて今日はなんてついてるのかしら!」普段はせいぜい三つしか買えなかったナ〇チキを五つも買うことができて満面の笑みを浮かべている。安い女だ。
「今日はなんだか良いことがありそうだわ」
今思えばユキのこの言葉がフラグだったんだな。
歩きながらユキがナ〇チキを口に入れようとした瞬間、ユキの足元が輝き始めた。その光がどんどん大きくなっていき、まわりの物を吸い込み始める。その光に驚いて思わずナ〇チキを落としてしまうユキ。
「ああ! ナ〇チキが!!」
ナ〇チキなんかどうでもいいんだよ! なに拾おうとしてんだよ!
というか、ナ○チキなんか召喚してどうするつもりだ異世界人!
「ユキ危ない!!」
ナ〇チキに手を伸ばし、自分も吸い込まれていくユキ。おまえどんだけ!
光の穴に吸い込まれていくユキに手をのばし、その手をしっかりと握って必死に引き上げようとした俺だったが、ユキの体が重くて持ち上げることができない。
「お、おまえ……ほんとは〇十キロあるだろ?」
「ご、ごめん」
こうして俺たちは召喚されてしまったのだ。実に馬鹿馬鹿しい召喚のされ方なので絶対に他言無用にしてほしい。
◇◇◇
「何これ?」
異世界に召喚された俺たちの耳に、最初に入ってきた言葉がこれだった。
いや、まったく失礼にもほどがあるだろ。
「あ、あれ? たしかに勇者様を……召喚したはずなのですが……」
俺たちの前に女が立っていた。とんでもない失敗をしたかのように青ざめた顔で俺たちに失礼な言葉を呟いたのがこの女だ。
よく見れば全身が細かく震えている。胸の前で両手を合わせようとするが上手く合わない。いくら何でも狼狽しすぎだろ!
着ている服から察するに教会のシスターのようだ。話の内容からしてどうやら俺たちを召喚した張本人らしい。
こう見えても俺はラノベを読んでは都合の良い妄想をするのを日課としているから、自分が今置かれている状況を瞬時に理解することができた。
俺とユキは異世界に召喚されたのだ! やっとだ! 今や高校生の百人に一人は経験しているという異世界転移。はっきり言って女の子とのS〇Xよりも敷居が低いんじゃないかと言われてる異世界転移。
もっとも、勇者を召喚したはずなのに現れたのが体重100キロオーバーのデブの男と体重〇〇キロオーバーの女だからな。異世界の人間たちが落胆するのも無理はない。
「見、見た目は関係ありません!彼らはこの国を救う勇者様のはずです…たぶん…おそらく…」
震えた声で何とかこの場を取り繕うとするシスターとは裏腹に、まわりにいる人間たちの顔は明らかに落胆の表情を隠せない。
そりゃそうだろう。カッコいい勇者を期待していたのに、あきらかに運動不足の大柄の男女が現れたんだから。俺が逆の立場だったら絶対蹴り飛ばしている。
「いや、しかしだな。勇者というものは、もっとこう、なんと言うか…なあ?」
「う、うん。そ、それにだな、聖女様ってもっとこうボン!キュ!ボン!みたいな」
「そうだ。あれではボン!ボン!ボン!じゃないか」
「男が楯の勇者としての力を持っているのは、あの体格を見れば一目瞭然ではあるが…」
などと思い思いに好き放題なことを言っている。
おいおい、勝手に呼んでおいてものすごい言われようだな。もちろん全く反論はできないけど。
「ま、まずは二人のステータスを確認しようではないか。すべてはそれからだ」
一番貫禄のありそうな男がそう言った。するとまわりの連中も「そうですな」と一様にうなずく。どうやらこの男が一番位の高い男らしい。あとで聞いたら国王陛下だった。
「そ、そうです! きっと素晴らしいステータスを持っておられるに違いありません!」
シスターが叫ぶ。その声はすでに涙声になっている。何も悪いことしてないけどシスターには申し訳ない気持ちで一杯になる。
ステータスとかよく分からないが異世界もののラノベだったら、俺たちにはギフトやらスキルやらが付与されていてステータスとかも凄いものが付いてるはずなんだよな。日本人だし。だって日本人だし。
まあ、俺たちのことよりもシスターに悪いから、どうか凄いスキルを付けてください神様!
◇◇◇
召喚された広間に大きな水晶が運びこまれてきた。水晶はかなり重量があるらしく大きな男が2人がかりで運んでいる。
みんなの前に水晶が設置され、処刑台に連れて来られたかのような表情のシスターが水晶の前に立つ。これで俺たちが無能力者だったらどうなるんだろう?
水晶を前にしてシスターが重々しく口を開いた。
「では、お2人のステータスを確認させてください。この水晶を…」
水晶に手をかざすんだな。異世界もののお約束だ。
「頭の上に乗せてください」
っておい! こんな重たい水晶を頭の上に持ち上げるとか、どこかの世界の祭りか?
しかもこんな重たい水晶を女の子に持ち上げさせるとか無茶にもほどが…っておいおいユキ!
「よっこいしょ」
ユキは軽々と水晶を頭の上に持ち上げている。
「おおおおおおおおー!!!」
ちょっ! まだステータス見てないだろ? 驚くのはそこじゃない!
「凄い…」シスターまで目を丸くするんじゃねえ! そもそもお前が持ち上げろって言ったんだろ。
その瞬間、ユキの頭の上の水晶が光り輝きはじめ、その上に【聖女】という文字が浮かびあがった。
「「「「おおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!」」」」
いや、光り輝くのはいいけど、なんだその安物っぽいLEDは? 絶対大阪日本橋の怪しげな店で買ってきたやつだろ?
「やはり聖女様でした。私の眼に狂いはありません。よかったあ……」いやシスターめっちゃホッとした顔してるやん。泣いてるやん。
「我は最初から疑ってはおらぬ」いや、陛下お前。
「思えばこの全身からでる抱擁感」いや、見た目で言ってるだけやん。
「やっぱり聖女様はボン! ボン! ボン!」お前さっきと言ってることが違うやん。
国王陛下が畳みかけるように言う。
「ス、スキルは? LVはどうなっておる?」
シスターがユキに近づき安物のLEDを覗き込んでいる。というか、ずっと持ち上げているユキもすげえな。
「す、すごい! LVが168も!」
「ほ、ほんとうかそれは?」
「はい!」
「スキル、スキルはなんだ?」
「はい、えーと、えーと、なんだこれ?」シスターがLEDを覗き込んで固まった。
「空腹時…血糖ってなんなの?」
「空腹時血糖? そんなスキルは聞いたことがない」
「こちらのスキルもLVが176! 凄い…でも、中性脂肪なんてスキル聞いたことが…」
ユキ。お前、その数値、糖尿病予備軍じゃなくてもう糖尿病だぞ。あれほど夜寝る前のラーメンライスはやめろと言ったのに。
「なんだかよく分からんが、LVがそれだけ高いのだから能力が高いのであろう」
いやいや、高いどころか半分病人みたいなもんだから。ほんとすいません。勇者的には最低です。
「それではアキラ様、ステータスの確認をお願いいたします」
シスターがうやうやしく俺に頭を下げる。どうやらユキが聖女だったことが分かって俺への期待がいっそう高まったらしい。これで大したステータスじゃなかったらどうしよう。
「よし、え? これ、めちゃくちゃ重い…」
水晶を頭の上に持ち上げようとするが、重いうえに丸くて持ちにくい。これをあっさり持ち上げた聖女様の力に今更ながらに恐れ入る。
凄いでしょ? と言いたげにドヤ顔のユキが俺を見つめる。これは男として弱みを見せるわけにはいかない。
水晶を頭の上で支える腕がプルプルと震える。頼む。頑張ってくれ俺の腕。というか、早くステータス見ろステータス!
「ああ!! 勇者、勇者様です!!」
シスターが俺のステータスを見て心底安心したような声で叫ぶ。不安だったんだな本当は。ごめんね不安にさせて。
「「「「おおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」」」」
まわりのみんなも喜んでいる。泣いてる人もいる。よかった。俺も思わず貰い泣きだ。
「スキル、スキルは?」
「勇者様、勇者様はなんと184です! 高血圧と言うスキルは聞いたことがありませんが、過去にこんな数値の高い勇者様を見たことがありません!」
ユキのことを言ってる場合じゃなかった。
「やっぱりすごいねアキラは」とユキが俺を見つめて言う。
微笑むユキに問いつめたい。一体なにがすごいんだ?
最後までお読みいただきありがとうございました。