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「よお、相棒。生きているか?」
出会い頭に敵を一撃でぶちのめした心友殿がいつも通りの挨拶を掛けてきます。
「な、何とかね……」
息も絶え絶えに僕は何のひねりもない返事しかできませんでした。
正直、相手に実戦経験があったら僕が負けていましたね。
体力差は本当にじわりじわりと追い詰めてくれます。
ただ、生かしたまま捕らえるという条件さえなければ、ある意味で苦戦しなかったかも知れません。殺せば相手は動かなくなりますからねえ。
まあ、精神は荒んだでしょうけどね。
「そっちはどうだったんですか?」
「楽勝と言う気はないが、些か拍子抜けではあったな。戦場往来の経験持ちの用心棒の一人や二人いると思っていたからなあ」
「全員学生だけでしたか?」
流石にそれはおかしいと思いました。
資料を読む分にほぼ学園ができた当初から存在する組織が、卒業生がたまたま訪れていなかったはあっても、学園運営側の人間すら存在しないとは考えられない。
「逃げ出しましたかねえ?」
「殿下に連絡は?」
「まあ、ここ抑えたから、無線封鎖は終わりで問題ありませんかね」
前世の世界とある意味同じで、遠距離通話の術式は途中でそれを受け取れる人間に傍受される可能性があります。
隠密行動の上、殿下と繋がっていることを気が付かれたくなかった以上、連絡は終了してからと言う取り決めがありました。
襲い掛かってきた人間は大凡始末し、必要な資料を確保したあとならば残党に気が付かれても問題はありません。
「ヴァルター君。周りに敵はいないのですね?」
「今現在、核を覚醒させている人間は一人もいない」
要するに、臨戦態勢にはないが、敢えて隠れている人間はいるかも知れないということです。
とは言え、連絡せずに待っていれば殿下の手の者が突入してくるのは、明日の朝より後になるでしょう。流石にそこまでは待っていられません。
「……んー、事態を動かしますか。盗聴されて、敵方が来ても良しとしましょう。学園内にヴァルター君が敵わない相手は居ませんからね」
自分で言いながら、確実にフラグを立てているなあ、と自覚しております。
現状、心友殿より優れた騎士は王国内でも数える程度しかいません。学園に限って言えば、間違いなく最強です。
何せ、初陣の時点で単騎百人斬りを平然と行った男、強さのランクが桁違いです。
むしろ、今の王国でそれと同じことが出来るものが本当にいるのかが怪しいところです。
従って、学園内の教師陣まで含めたとしても、心友殿に勝る騎士はいないわけです。
よって、この場に心友殿が負ける要因はないと言い切っても良いのですが、古くから存在する特殊な売春組織に卒業生が通い込んでいないと誰が決めたのでしょうか?
学園内にはいないが、学園関係者の中には心友殿より強い騎士が居る可能性は否定できず、僕の発した台詞が言霊となって面倒事が起きる、そんな可能性を否定しきれずにいました。
「……ヴァルター君、格上相手に勝てるだけの余力、残っていますよね?」
最悪を想定しながら、心友殿に最終確認をとります。
「相手にもよるが、消耗していないからなんとでもなる。お前はどうなのだ? 隠し球はいくつ残している?」
「生死問わずで良いならまだありますよ。ただし、学生レベルだったらという条件付きですけど」
「それは厳しいな」
かんらからと豪傑笑いをしながら、心友殿は僕の背中を数度叩きます。
それで僕も覚悟を決めました。
「こちら先遣隊。司令部、応答せよ」
『こちら司令部』
「目的の書面の確保及び抵抗勢力の排除に成功。作戦を第二段階に移行、突入部隊を突入されたし、どうぞ」
『了解。急ぎ突入させる』
通信を切ってから、
「どの程度の相手が来ますかね」
と、心友殿に今日の夕飯の献立をどうするか程度の気軽さで尋ねてみる。
「俺の立ち回りを見ても尚勝てると思う猛者だろう。楽しみだな、相棒」
「全く以て心が揺れませんね。僕は文官ですよ」
戦闘狂らしい答えに僕は肩を竦めます。
「お前の様な文官がいてたまるか。どこの世界に重装甲を纏った俺を殺れる軽装甲使いが居るんだ? 俺は今まで戦場で相対してきたどの相手よりも、お前が怖いぞ、相棒」
「そちらの攻撃を全て避けた上で、勝つ為には少なくとも一万回は攻撃を当てないといけないのが最低勝利条件なのに? 冗談が上手いですね、ヴァルター君は」
「普通はな、一万回当てようとも勝てないんだよ。俺の甲冑はそんな柔なモノじゃないんだぜ?」
「でしょうね。辺境伯家に伝わる八領の伝説の甲冑。その内の一つなれば、王国でそれ以上の甲冑はまず存在し得ない」
「それに互角以上に戦えるお前が何者かということだぞ?」
「殺し合いなら直ぐに僕が野垂れ死にますよ。残酷なものですね、才能の差って」
「才能か。成程、確かに残酷だな。お前が俺に勝てないと判断するように、俺もお前には勝てないと判断する。全ては才能に集約されるのだろう。如何なる方向性のモノかは別として、な」
言い返そうかと反論を考えていると、甲冑を纏った何者かが数名近づいてくるのを感知します。
心友殿が目線を送ってきたので、一つ頷きます。
それを見て、心友殿は僕よりも数歩前に立ちました。
そのまま、近寄ってくる騎士達を待ちます。
「見張り御苦労。交代する、上がりたまえ」
「その前に割り符を」
にこにこ笑いながら、僕は割り符を見せ付けます。「貴方達が殿下の傘下ならば、割り符を持っているはずです。ええ、殿下から直接渡された割り符の片割れをね」
「何だと?」
「割り符ですよ、割ーりー符ー。知らないのですか、ジョン兄が殿下の親衛隊を騙る阿呆が出ないために作ったシステムですよ? まあ、知らないんでしょうけどね。知っていたら最初から割り符を持って近寄ってきたでしょう、贋物であろうとも」
嘲笑しながら、僕は割り符を懐に仕舞いました。
それを合図として、心友殿が得物を構えます。
「冥土の土産に教えてあげましょう。僕は個人的に自分の意思を無視して理不尽な事を強要する輩が大嫌いでしてね。ええ、あんたらみたいな存在ですよ。本来ならばここまで肩入れするような話じゃなかったんですけどね、態々殿下を巻き込んだ理由、分かりますか? あんたら全員、合法的にこの世から消し去るためだよ。僕は優しいから教えてあげますがね、殿下の傘下で知らない相手は一人たりとも居ません。ジョン兄がそこら辺の不備をするような男だと思っていたんですか? だとしたら、あんたらはジョン兄を何も知らなかったということです。それが敗因ですよ」
ケラケラ笑いながら、僕は先程使っておきながら回収していない棒手裏剣全てを起動します。
先程の戦いの時点で仕込んでおいた格上殺しの罠が連鎖的に火を噴きました。
ま、重装甲相手なら装甲を削れれば御の字程度ですけどね。
「これだからお前は怖いんだ」
苦笑しながら、一番手前にいた騎士を手にした得物で心友殿は吹き飛ばします。
通路の広さから、重武装の甲冑だと一人が大暴れしたら脇を抜けて通り抜けることもできません。普通なら、これで詰みなのですが、元々ここは相手方の自陣、油断はできません。
先程の罠の発動により、隠密術式や相手の探知術式の阻害に通信妨害も平行して発動しているのでこの通路をどさくさに紛れて突破することは不可能でしょう。
僕一人なら兎も角、戦人と化した心友殿の感知を掻い潜れる化け物はいないでしょう。
有り得ることは、単純にこの通路に通じる隠し通路がどこかにあるか、若しくは隣接する部屋をぶち抜いて資料室まで強引に入り込むぐらい。それをするにしても合図なしで行えるほどの息の合った者たちがいるかどうか、なんですけど……流石にいなさそうですね。
だとすれば、この壁の向こう側にいる方々はバックアップ、若しくは動きがあったら突っ込んでくる予定、と言ったところでしょうか。
当然の様に心友殿はそれに気が付いて気が付かぬふりをしているようですので、お前がやれ、と言っているってことなんですけど……標準装甲以上が数人って、僕一人でどうにかする相手じゃないんですけどねえ。
さっきと同じで援軍は近くまで来ているのは確か、これだけの魔力量のぶつかり合いに気が付かないほど殿下の親衛隊は間抜けではない、上手いこと心友殿の間合いに放り込んでついでに始末させるという先程より相当楽な条件ではありますが、僕の方のリソースが尽きかけているって問題を無視すれば何ですよねえ。
荒事は覚悟していましたが、赤字も良いところです。
さて、相手が仕掛けてくる前に有利に事を進めるための仕込みをしておきませんとね。
通路側は心友殿に意識が集中していますから、僕の動きを監視する余裕はないでしょう。
仕込みたい放題ですね!
当然、僕も通路にだけ集中しているふりはしないと不味いので、向こう側に気が付いていないふりをしながら、壁が破壊された際に被害が及ばない場所に陣取り、心友殿が複数に攻撃されそうになったら敵後衛を妨害して、あたかも前にしか敵がいないと思い込んでいるふりをします。
ええ、気配も魔力も注意力も前に向けていると完璧な演技をしましたよ。
だから、間抜けが壁抜いてくれた時は思わずガッツポーズしてしまいましたね。心の中で、ですが。
「はい、間抜け様、御案内!」
通路に抜けてきた瞬間、当然の様に罠を起動しましたよ。
ええ、隠し扉前の通路を破壊して瓦礫で埋めました。
隠し部屋内で雁字搦めに縛っている約一名の生死が微妙に不安になりましたが、彼も悪事を犯した者の一人、窒息死したとしても自業自得と言えましょう。
時間は我々の味方なのです。
でしたら、こっちに有利な状況を作らなくてはねえ。
予測通り、僕の行動はあちらの想定外だったようで、動きが完全に止まります。
まあ、こっちは後から掘り起こせば良いですけど、彼らは掘り起こしている暇があれば逃げないと不味いですからねえ。
あの隠し部屋に通じる他の道がないのは確認済み、扉の直前を破壊したために迂回して入ることもできない、戦闘を無視して瓦礫を取り除く暇はない。
あちらさんにとって不都合な状況を作ったことで、僕たちの勝利は揺るぎないものとなりました。
別に、戦って勝つだけが勝利ではありませんし、干戈を交える時は既に勝ちを確信した時にそれを確認する儀式であるべきです。根回し、段取り、コネ、そして、多少の運。全てを兼ね備えた者が勝者ならば、今回の僕は勝者になるべくしてなっただけのこと。後は、所謂ボーナスタイム、好き勝手にやらせて戴きましょう。
「我が心友殿。御随意に」
「そう来なくてはなあ!」
最後の重装甲の騎士を殴り倒し、逃げようとし始める伏兵たちを一人一人着実に叩き潰していく様を見た時はやり過ぎたかな、とも思いましたが、ここでこの組織を完膚なきまで破壊しないと殿下の名に傷を負うことになりますからね。
殿下の名声の礎となって戴きましょう。
きっと、名誉あることです、多分、おそらく、メイビー。