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そこら辺にあった丈夫な縄を使って縛り上げ、逃げ出せないよう尋問の準備を終えます。
相手の正体を知った際は驚きを隠せなかった心友殿も、縛り上げた男を見て気を取り直したのか、いつもの不敵な笑みを浮かべていた。
これなら大丈夫でしょう。
僕も安心して、気付けの呪文を唱え、男の意識を取り戻します。
「……う……っ」
呻き声がしたので、目は覚ましたのでしょう。
そこら辺に転がっていたバケツに、予め魔術で集めた水を溜めておきました。
いや、魔術って便利ですよね、本当に。
水を何に使うかって?
そんなもの、時代劇でよく見るアレですよ、アレ。
にこにこ笑いながら、未だに夢うつつのシャモニー伯爵家公女の許婚にぶちかまします。
いやあ、力業で面倒事が解決しそうになるとスカッとしますね。
そりゃ、暴力は良いぞとか言う敵キャラも現れるわけです。
この場合、権力で何とかするわけですけどね。
まあ、真相知っても、何の解決にもならないってオチもあるわけですが、今は考えないことにしましょう。
多分、突入することには変わらないので。
あ、これからの苦労を考えたら泣けてきそうになってきたので、さっさと尋問に入りましょう。
「お目覚めですかな、公子殿」
僕はなるべく感情を殺した声で語りかける。
「だ、誰だ!?」
「知りたいですか? 知らない方が後で都合が良いかも知れないのに?」
くつくつと笑いながら、「まあ、これだけはお教えしましょう。王太子殿下の命です」と、冷徹に言い放った。
公子の顔が見るからに青ざめて内心で大笑いしました。
いやあ、いきなり襲撃されて、拘束された上に拷問紛いな尋問ですからねえ。
それが王太子殿下の令旨で動いていると言われれば怯えるのも当然です。
その上、心当たりがあればねえ。
「わ、私を誰か知っての狼藉か! 殿下の命を騙る不埒者めッ!」
「騒ぐのは大いに結構。然れど、貴方が違法地下売春組織に関わっていることは既に殿下も頭を悩ませていることなのです。協力的ならば兎も角、その様な態度では殿下の御慈悲を引き出すこともできませんぞ」
「な、何を云い出す?!」
「おや、こちらが何も知らないとでも? 貴方の御実家が借金で火の車なのは先刻承知、それ以外にも貴方の火遊びが洒落にならない額の借金をさらに上乗せしていることも存じ上げておりますとも。その返却に、如何なる手法を使ったのか、問題はこれだけで御座いますなあ」
まあ、裏が取れていないだけで、証拠は全て揃っているんですけどね。
自分を信じている婚約者を売り払うって、どんな気持ちなんでしょうね。
それも売春で作った借金の返済のためにですから、心証悪いったらありゃしない。
ええ、先程殿下に説明したのは、この辺の状況証拠から一番起きていて欲しくない事態を解説していました。
諸侯の借金の内容は表立ったものならば王宮も把握しています。
裏帳面で誤魔化しているものも、割と正確に知っていたりするんですよね。
だから、僕の推理を殿下はあっさりと受け入れたわけです。
最近の羽振りがね、明らかにおかしいのよ、この公子殿。
悪い噂ばかりの人物がある時を境に羽振りが良くなったら、ねえ。
いやはや、悪い予感ばかり世の中当たるものです。
「し、知らん。何も知らんぞ!」
「まあ、素直に全て話して貰えるとは考えておりません。私、殿下から全権委任を受けております故に、多少の荒事程度ならば裁可なく独断で行えまして。ええ、別に五体満足で渡せとは云われておりません故」
淡々と感情を含まぬ声で僕は公子を追い詰めます。
まあ、やりたかないですけどね、素直に喋ってくれない場合は拷問も選択肢に入るわけですよ、時間もないですし。
どうせ、僕がやらなくても、殿下は容赦なくやりますからね。
「ああ、無傷の儘、喋りたいなら今の内にどうぞ。別に私も好き好んで痛め付けたいという趣味は持っておりませぬからな」
ええ、後ろに控えている心友殿は幼馴染みの姉的存在を傷付けたものとしてぶっ殺そうとしていますけどね。
僕は少なくともどうでも良いです、そこら辺。
殿下の名に傷を付けず、ジョン兄に見捨てられるような真似さえしないですむならどうでも良いのです。
まあ、今回の件は、きっちり解決しないとそこら辺がクリアできないとか言う鬼難易度なんですけどね。
だから、喋ってくれないかなあ、って期待しているんですが、無理っぽいかなあ、無理かなあ。
そう考えた僕は、先程から殺気を隠そうとしていない心友殿に手で合図を送ろうとしました。
ま、半殺しぐらいまでは殿下も赦してくれるだろうと期待して。
「ま、待て。喋る。話す、待ってくれ!」
あ、察知しやがった、こいつ。
僕の正体を知らなくても、後ろにいる心友殿を知っている可能性高いものなあ。
何せ、学園最強の騎士にして、自分の婚約者の弟分なのだから、姿形見ただけで気が付かない方がおかしい。
そんな男の殺気を一身に受けていれば普通は発狂する。
僕が許可だそうとした瞬間、さらに膨れ上がったからね。
ぶっちゃけ、殺さなければ情報吐かなくても今は問題なしだったから、半殺しなんかじゃ済ませなかっただろうしなあ。僕には一切向けられていない殺気なのに、金玉がひゅっとし続けているんですから、実際に向けられている人間ならこの反応は当然かなあ。
何だ、肉体的拷問はまだしていなかったけど、精神的拷問は最初からしていたのか。
それは想定外だったなあ。
嘘ですけど。
心友殿に動くなと目線をくれてから、
「何を話すというのです?」
と、静かに尋ねる。
いや、実際、下らないこと言い出したら、今度こそ本気で心友殿を嗾けるかと考えながら、男が話し出すのを待ちます。
「ぜ、全部だ」
「具体性がありませんね」
失望したとばかりに溜息を付いて見せます。
いえ、失望はしているんですよ。
最初から喋るぐらいなら問題を起こすなって。
誰が後始末をする羽目に遭うと思っているんでしょうね。
まあ、誰も僕がやるなんて考えていないでしょうけど。
そこら辺の内心の苛つきが態度に出ないよう努力して成功している僕を褒め称えて欲しいものです。
後ろで先程よりも強い殺気を発し始めている人物と比べれば本当に偉いもんだと自分でも思いますよ。
その内、殺気で呼吸困難になるんじゃないかな、この公子。
僕はそれでも良いんですけど、殿下が困るかなあ。
「お前たちはここが入り口だと思っているのか?」
「いいえ」
明らかに取引して、僕らを遠ざけようとしている公子に僕は容赦なく事実を突きつけます。「流石に、それはないでしょう」
「なら、なぜここを調べていた!」
「莫迦が釣れないかな、と考えていたのと……もう一つは貴方が知る必要のないことですね。取引出来るとは思わないことです。私は私で出処進退が懸かっていますし、後ろの男は──言わずもがな、ですね」
時間稼ぎにうまうまと乗ってやらないし、するなら心友殿の好きにさせるという意味合いで淡々と答えます。
心友殿が勢い余って殺した場合は、流石に殿下も苦笑して赦してくれるでしょう。
ただし、それ以外を全て成功させていた場合、ですけどね。
だから、なるべくなら、この男を生かしたまま、なおかつさっさと売春組織の違法な手続きの証拠を押さえ、組織の存続を不可能にする打撃を手早く与えたいわけです。
あれ? だったら、入り口の場所を確定させて、こいつは動けないようにして時計塔の鍵を掛けておけば、後は潜入後の出たとこ勝負で何とかなるのでは?
やれることをやっておくに越したことはありませんが、現在は巧遅よりも拙速が求められている場面でしたね、そう言えば。
少しばかり、予想外の大物が釣れて僕としたことが舞い上がっていましたか。
反省、反省。
「手短にお聞きしましょう。なぜ、貴方の許嫁とモンビーゾ侯爵の公子殿を時計塔の前で出会させたのですか? 他にも場所はあった筈です」
「それは、学園の噂話に合わせれば、二人がいなくなった時に勘違いする者が出るだろうとの判断だ」
「確かに。勘違いする者が出て来ましたね。ええ、明らかに仕込みでしょうが」
僕は静かに笑いながら、「今迄もそうしてきた。今回もそうした。貴方はそう誘導するための最初の人員だったということでしょう。それに、ここからなら商品搬入口が近い、違いますか?」と、自分の推理を開陳した。
男は明らかに動揺して挙動不審になる。
まあ、そうなるでしょうね。何せ、見当違いの時計塔の鍵を開けてまで調べていた相手が真相一歩手前にいると知ったのですから。誤魔化そうにも時間を稼ごうにも無理だと思わせたと確信します。
「私の調査が正しいならば、それはこの近くにある焼却炉近辺でしょうね。本来ならば、時計塔の動力炉の管理通路も調べておきたいところでしたが、答えを知っている者がそちらから来てくれたのは好都合です。開け方は、入った後どの辺りに出るのですか? 今ならば、殺さずにおいてあげますよ」
そこで初めて僕はニタリと笑って見せます。
獲物を見つけた肉食獣の笑み、前に心友殿がそう評した、僕が自分の推理が全てカチリと嵌まった時に容疑者相手にだけ見せる表情だそうです。
今回は、もっと後ろに怖い笑みをずーっと浮かべている化け物がいるから、余り効き目はないでしょうけどね。
怯える公子に、
「教えて、頂けますよね?」
と、念を押しながら、心友殿に合図を送りました。