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お付きの方に連れ添われて立ち去っていった先輩を見送ってから、
「さて、ヴァルター君。君の持ってきた面倒事なんだから、最後まで付き合うよね?」
と、心友殿に念を押す。
「分かってるよ。最初からその覚悟をして連れてきたさ、相棒」
僕が先輩から事情を聞いている間中、扉の前で見張りをしていた心友殿は当然とばかりに右の拳で胸をドンと叩いて見せた。
こういうところは頼りになるんだか、安請け合いなんだか悩ましいところですが、今回の件では彼の力を借りなければ絶対に解決不能なので一安心します。
「では、付いてきて下さい。殿下にお墨付きを貰うとしましょう」
「……殿下に?」
急に雲行きが怪しくなり、心友殿は警戒心バリバリの顔付きになりました。
うん、そうなんだ。
君の勘は正しいよ、間違いなくね。
「ええ。格上の家柄の方々との争いになるでしょうからね。流石に無策で手を突っ込むのは危険です」
「お前が然う云うなら然う何だろうが……もしかして、もう何が起きていたのか全て解明したのか?」
「確証はありませんがね。最悪の事態を考えると、殿下から全権委任の言質を引き出しておかないと、解決したけれど死刑なんてオチもあり得ます。急ぎの案件ですからね。さっさと行きますよ」
心友殿を閲覧室から押し出し、鍵を閉め、そのまま閲覧室の入り口辺りにいる管理人にその鍵を返却します。「中はいつも通り片付けていないので、次も継続してお借りできれば幸いです」
「分かりました。それでは継続貸与の手続きをしますね」
いつも通りのことなので、管理人の方も慣れたとばかりに返事をします。
普通は僕ぐらいの家の出だとここまで簡単にいかないのですが、殿下の後ろ盾があるからわりと無理が利くのですよね。
「しかし、いきなり殿下の部屋に押し掛けて問題ないのか? いつもならば、連絡を入れて返事が来てから出頭するだろう?」
「残念ながら、急を要する事態なので、御不興を買ってでも捻じ込まないと不味いのですよ」
図書館棟から殿下の部屋のある寮に向かいながら、僕は不安に駆られる心友殿に説明します。「僕の推測が外れていれば良いんですけどね、当たっていたら一日でも遅いと殿下の名前に傷が付きますから」
「それほどの問題なのか」
「ええ、誠に遺憾ながらね。僕の予測が外れていると良いんですけどねえ」
男子寮に到達し、殿下の部屋がある最上階へと向かう。
寮生活は基本二人一組だが、数少ない例外、それは王族である。
流石に王族の子女を他の貴族と同じ様な扱いをするわけにはいかなかったらしい。
だからと言って、寮生活させないのも問題あるので、寮の最上階を王族用とし、一人につき一部屋を与えることにしたようだ。
王族の仕事を領内に持ち込まざるを得ない場合、同室の者が居たら盗み見できてしまう環境は流石に不味いですからね。
ええ、今から会おうとしている方は特に王太子なので、変な文章覗いたら命が幾つあっても危ない、勘弁して欲しいです。
「何者か」
階段前で警備をしている見張り番に当然我々は誰何されます。
まあ、僕のことは知っている人なんですけど、仕事ですからね。
「これなるは、王宮図書番が子息、ミルディン・バーキル。王太子殿下の乳兄弟に当たるジャン・エストラーダの族弟に当たります。王太子殿下に至急言上したき儀、是あり、急ぎ罷り越した次第に御座います」
「暫し待たれよ」
主にこちらの応対をしていた見張り番の方が階段を上ってお伺いを立てに行きます。
流石に仕事中の方の前で世間話をしてだらけるわけにもいかず、心友殿共々直立不動で返事待ちです。
まあね、普通なら一刻や二刻待たされても仕方のないことしているわけですが、実のところ、僕には勝算がありました。
先程も告げたように、王太子殿下の乳兄弟が僕の従兄なのです。
その引き合いで、王太子殿下にはなぜか異様に気に入られておりまして、余程莫迦なことしない限りは後ろ盾になって下さるとても有り難い権力者なのです。
閲覧室を好き放題に使えるのも、禁書に近い禁帯出の本を無制限に閲覧できるのも、いきなりアポ無しで突撃できるのも全部ジョン兄のお零れに預かっているからです。
まあ、その分結果を出さないとジョン兄に締められるんですけどね!
今回もその恩恵か、こちらが吃驚するぐらい早めに戻ってきた警備の方が、
「殿下がお会いになるそうです。どうぞ、こちらに」
と、案内して下さいましたよ。
いやあ、これからお願いすること考えると本当に緊張しますねえ。
マジで失敗できない案件ですからね、ええ。
最上階、階段から最奥の部屋が殿下の居室で、他の部屋と比べると恐ろしく豪華な場違い感を感じさせられる場所です。
でも、王宮の殿下の部屋に比べれば質素なんですよね。
とは言え、案内されたのは謁見の間、応接室です。
居室には入れるわけがありません、普通なら。
殿下が部屋に入ってこられるまで、片膝付いて平伏して待ちます。
本当に、何で僕程度の木っ端下級貴族が対王族用の礼儀作法を完璧に身に付けているのか意味が分かりません。本来ならば、一生縁のない知識なんですけどねえ。
「殿下の御~成ぃ~っ!」
側役の方の宣言と共に、上座の方に何者かが部屋へと入ってきます。
当然頭はまだ上げられないので、確認はできませんが、幾度となく同じ場面を繰り返してきた僕にははっきりと分かります。殿下の気配です。
「又なんぞ面白い話でも持ち込んできたか、ミルディン。直答を赦す」
頭の上から威厳に溢れる声が降ってきたのを聞き、
「有り難き幸せ。臣としてこれ以上の誉れはありませぬ」
と、即答し、さらに平伏します。
子爵と男爵の違いが王族への御目見得権があるかないかだとしても、だからと言って、王族に対して直訴できるかというと普通はできません。
ぶっちゃけ、家格という点を考えれば、即座に対面を赦された上、直答を赦されることなどあり得ない話なのです。ジョン兄の引き立てがあったとは言え、他人から見れば殿下の寵臣と目されても仕方のない扱い。うん、殿下が不慮の死を遂げたら追い腹切らないと世間の目が厳しすぎて家が死んでしまうね。
だからこそ、殿下を守り通さないと不味いのです。
「で、此度は如何なる話を持ってきた? 当然、余の為になろう話であろうな」
表情を見たら絶対ににやにやしているのが分かるような口調で殿下は愉しそうにしておられます。
でも、ごめんなさい、殿下。
今回は、そんなに笑ってられる系の面白いお話じゃないんですよ、現状。
「はっ、臣、ミルディン、殿下よりの白紙委任状を戴きに参りました」
「白紙委任状とな? お前がそれを求めるとは……何が起きた?」
「殿下は昨今巷で噂されているとある公子と公女の駆け落ちの話を御存知でしょうか?」
察しの良い殿下に対し、先ずは前提条件を知っているかの確認をとります。
多分、知っているでしょうけど。この方、本当に手が広いんで。
「ふむ、なんであったかな」
敢えてすっ惚けたふりをして、気配からすると側近の誰かに知っているかどうかを試されているようです。
「ハッ、モンビーゾ侯爵家の公子とシャモニー伯爵家の公女が新学期に入り姿が見えなくなったことから、駆け落ちしたのではないかと噂されております」
流石はジョン兄に鍛え上げられた御学友、よく御存知だ。
ジョン兄は殿下から見て学年的に二つ上、殿下とは一年だけ学園生活を一緒に暮らしている。
今殿下の側に使えている方々が、後々殿下の親衛隊となり、殿下が即位した際には側近として辣腕を振るうことを期待されている。
その中心となるのが乳兄弟のジョン兄であり、殿下に有用ではないと見なした時点で容赦なく地位を剥奪し、殿下の側近くに侍れないように追い出したらしい。
本人がとんでもなく優秀で、他人にも高い水準を求めるものだから、ジョン兄が在学中は殿下の側に居る学友の方々は大変だったらしいです。
それを生まれてこの方親戚付き合いが深いせいで今もその環境にいる僕の立場を考えて欲しい。
そう言ったら、なぜか皆様、僕に対して優しくなりました。
どれだけ厳しく扱いたんだよ、ジョン兄は。
「ふむ、それだけならば、稀に聞くような気がするな」
「御意」
「それで、何が問題なのだ、ミルディンよ」
今度はこちらを試すかの様な愉しげな口調で、殿下が御下問されます。
「はっ、これは今現在持っている情報を勘案した結果の最悪の事態ではありますが──」
一応予防線を張ってから、僕が考えている最悪の事態をつらつらと殿下に説明します。
平伏したまま説明していますから、殿下の表情を見て取れませんが、話が進むにつれ、不機嫌そうな気配を漂わせてきているのは感じ取っています。
ついでに言えば、ずっと平伏して静かにしている我が心友殿も動揺している様子。
そうだね、君にも本当のところは一切話していなかったからね。知り合いが酷い目に遭っていると知れば、君の性格上落ち着いていられないだろうね。
「──以上となります」
説明を終わり、僕は殿下の御言葉を待ちます。
さて、どういったお返事を頂けるか……。
「相変わらず、まるで見てきたような話しぶりだなあ、ミルディンよ」
怒りを抑えた震え声でその様に問い掛けられましても、困ります。
でも、仕方ないんです、殿下。持っている情報を組み合わせると、そう言う話にしかならないんです。僕が悪いわけではないのです。だから、お怒りをお鎮め下さい。
言葉にはせずに内心で祈っていますと、
「まあ、良い」
そう短く気を取り直した言葉を発されました。
周りがホッとした気配を漂わせる中、
「ミルディン、顔を上げい」
と、平伏終了の言葉をかけられました。
でも、僕は知っているのです。
こういう時、殿下は怒りを収めたわけではなく、耐えられているだけだと。
激情家の殿下は短気ではなく、気は長い方です。
耐える分、後で行われる報復が呵責ないものとなるだけなのです。
僕に降りかかるものではないと知っていても、余り関わりたくはないのです。
でも、宮仕えは辛いからね。
言う通りに行動しないと僕にも降りかかってくる理不尽な話なのですよ。
「御意」
短く返事をしてから、恐る恐る顔を上げます。
そこにあったのは和やかな表情を浮かべる殿下。
当然、目は笑っていません。
こうなることは知っていましたが、本当にきつい。
威圧感が半端ないです。
「それで、余に何を求める」
「臣が請け負った話はフェルガナ方伯令嬢の親友の行方です。しかしながら、その最中に、騎士として見逃せない状況に出会した時、一介の子爵家公子では手も足も出ない事態に陥りたくないのです」
とりあえず、高貴なる者の責任論を前面に、綺麗事だけ並べて答えます。
まあ、実際動くとなったら気に入らないからお前を殴るというノリなんですけど、大義名分はあるに越したことありませんからね。
特に、心友殿を巻き込むなら、そこら辺は完備しないと気まずい。
「ククク、殊勝な心がけである」
これまた分かっていたことですが、僕の建前は当然の様に殿下に見抜かれています。
付き合い長いですからね、こっちの考えなど最初から承知の上でしょう。
「はっ、有り難き幸せ」
表向きお誉め戴いたので、感激の言葉と一緒に平伏します。
流石に今の殿下を真正面から見上げていたくない、怖いし。
「余も、お前の様な頼りになる臣下を持てて幸せである」
くつくつと笑いながら、殿下はまたも僕を敢えて持ち上げます。
僕を枕に嫌味を言われている御学友の皆様には本当に悪いことしたなあ、とは思うのですが……。僕だってジョン兄が怖いからね。これだけのことを知っていて見過ごしていたら、殿下の名に傷が付くし、お前は何をしていたのだと言うお説教だけで済めば良い方だからね。
僕だって命は惜しい。
「割り符を持て」
殿下は御学友の一人にそう命じ、「どうだ、ルディ。思い通りに事象を動かした感想は」と、御機嫌な様子で語りかけてきました。
正直申し上げて、その上機嫌が怖いです、殿下。
当然、その様なことを口にできるはずもなく、
「全てが解決した後で自慢たらしく高言することに致します」
と、逃げることにしました。