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青春の道草  作者: ノコギリマン
4/21

願い事は、世界平和

「マジでヤバイんだよ」


 って、冷や汗をかきながらデブのペーが言う。


「はあ……」

「はあ、じゃなくて。だから今日さ、夜に屋上であんじゃん、《《天体観測部》》で『流れ星を見よう』みたいなの。サノチン、頼むからそれに参加させてくれよ」


 ペーが言ってる天体観測部は、ほんとうはまだ正式な部にもなってない同好会みたいなもんで、まだおれを含めて入ってるのは三人しかいない。


「いいんじゃないの? 自由参加だし」

「ひとりじゃ行けないから言ってんだよ!」


 今日は一学期の終業式。


 明日から夏休みで、もうみんな浮かれてるのに、なんでペーはこんなに焦ってるんだろう?


「でもお前、なんで参加したいの? 星とか興味ねえだろ?」

「ねえよ!」


 なんで急に怒るの?

 意味わかんねえ。


「おれさ、いつも屋上にいるだろ」

「うん」


 ペーとミヤオとガラシの三人、帰宅部のくせにいっつも屋上でダラダラしてる。


「そんでさ、きのうエロ本もってったんだよ、屋上に」

「持ってくんなよ」

「しょうがねえだろ、読みてえんだから!」


 だからなんで急に怒るの?

 意味わかんねえ。


「で、みんなでエロ本読んでたら、小宮先生(コミセン)が来ちゃってさ。マジビビって上に投げちゃったんだよ、エロ本」

「上って、あの給水塔のとこ?」

「そう。そんで、そのときはなんとかごまかせたんだけど、安心しちゃって、エロ本忘れてきちゃったんだよね」

「いま取りに行けばいいじゃん」

「さっき行ったんだよ。そしたらカギ閉まってた。たぶんコミセンだな」

「明日から夏休みだから?」

「明日から夏休みだから」

「だから今日のやつ来たいってこと?」

「そう。あのエロ本、兄ちゃんのやつなんだよ。兄ちゃんの部屋あさってたらあったやつ。バレたら、おれ、殺されるぞ!」


 おれにはなんの関係もない話だけど、めっちゃ青ざめてるペーがかわいそうだったから、「体験入部したがってる」ってことにして、連れてってあげることにした。



◆◆◆



 で、いま、夕方の六時四十八分。


 屋上には顧問の東初菜(あずまはな)先生と、部員の森田航(もりたわたる)山中笑美(やまなかえみ)、そしておれとペーだけ。


 集合時間は六時半だから、たぶんもうだれも来ない。


「うーん。やっぱり、だれも来なかったねえ」


 言って、東先生が苦笑い。


 無地の黒いTシャツに下は黒いジャージ、いつもの格好だ。


「でもあれだねえ、(たいら)くんが星に興味あるなんて、意外だねえ」


 急に話を振られたペーが、完全にテンパりながら、


「ぜんぶ興味あります」


 って、よくわからないことを言った。


「いいねえ。ぜんぶに興味があるのはいいことだよ。人生、勉強だからねえ」


 言って笑う東先生の、生徒を全肯定してくれる感じと語尾を伸ばすクセが、おれは大好きだった。


 十コ上の東先生は、ショートヘアに黒ぶちメガネで、オシャレな服のときをぜんぜん知らない。


 だからほかの男子は東先生を《《そういう気持ち》》で見たことがないんだろう。でもおれは、ペーじゃないけど、《《東先生のぜんぶ》》に興味がある。


「先生、これでいいっすか?」


 東先生の私物の天体望遠鏡をセッティングしていた森田が言う。


「そうだねえ、いいよお。大丈夫」


 森田はおれとちがってマジで星に興味があって、だから東先生とよく話が合った。


 ちょっとそれは悔しいんだけど、おれもいま星の勉強をがんばってしてる。


「まあ、きょうは天体望遠鏡はあんまり使わない予定なんだけどねえ。『流れ星を見よう』の回だからさあ。結局、だれも来なかったけど」


 自虐みたいなこと言って、東先生が足元の段ボールを見た。


 中には小さな双眼鏡がいっぱい入っていて、この日のために東先生がいろんなとこから集めてきた物だとかで、「これも無駄になっちゃったねえ」って言いながら、中から取り出した双眼鏡をおれらに配っていく。


「先生、ほんとに見られるんですか? 流れ星」


 山中が疑いの目を向けて言う。山中は占いとかロマンチックなものが好きなヤツで、それで星とか星座に興味をもって入ってきたヤツだ。


「大丈夫でしょー。流れ星ってけっこうあるし。一時間もあれば、十個くらいは見られるんじゃないかなあ」

「そっか。なら、願い事し放題ですね」

「あっは、そうだねえ。時間は一時間しかないけど、いっぱい見つけて、いっぱい願い事しちゃおう」

「そうしますそうします」


 呑気な会話を聞きながらペーを見ると、分かりやすすぎるくらいテンパってた。


 そうだった。忘れてた。


「先生、あの、給水塔のとこ行って、そこから見てもいいですか?」


 ガマンできなくなったみたいで、ペーが急に言う。


「給水塔?」


「はい。あの——」入口の脇の壁から生えたハシゴを指さすペー。「——あそこから」


「うーん。でも危なくないかなあ?」

「大丈夫です。気をつけるんで」

「うーん」


 東先生が困った顔をする。


 東先生を困らせるぺーにちょっとムカついたけど、それが理由で連れてきちゃったし、助けてやろう。


「先生、とりあえずぺーに行ってもらって、安全かどうか見てきてもらったらいいんじゃないすか?」

「そうだねえ。じゃあ、そうする?」

「はい! そうします!」


 言って、ペーがおれに「グッジョブ!」の視線を送ってきた。


 で、ふたりでハシゴのとこまで向かった。


「ありがとな」

「いいから、すぐ行って、すぐ取って、すぐ降りて来いよ。先生に迷惑かけんな」

「オーケー」


 バカみたいに親指を立てて言って、ペーがハシゴを上っていった。


「あったか?」

「……あったよ」


 なんか、ヘコんでんな。


「大丈夫か?」

「大丈夫じゃねえよ!」


 だからなんで急に怒るの?

 てか、どういうこと?


「どういう—」

「なんかあったあ?」


 おれの声を、東先生の心配そうな声が遮った。


「プギッ!」


 急な東先生の声に、ペーが豚声でこたえる。


「だ、大丈夫でーす。でもダメでーす。下りまーす」


 言って、ペーが下りてきた。


「大丈夫だった?」

「はい、大丈夫です。でも上、めっちゃ汚かったから、ダメです」

「そっかあ。そりゃ残念だねえ。じゃあ、もどろっか」


 言って、森田たちのほうにもどっていく東先生。


 おれもペーと一緒にもどりながら、


「回収したか?」


 って聞いた。


「うん。できたんだけどさ。上、マジで汚かったんだよ」

「さっき聞いたよ。なんだ、マジ上で見る気だったのかよ?」

「そんなわけないだろ。汚れてたんだよ、エロ本が」

「あー」


 そういうことか。


「なんとかなんねえの?」

「とりあえず流れ星みつけて、願うわ」

「なんて?」

「決まってるだろ。『エロ本、キレイにしてください』ってだよ」

「ははっ」


 史上最低の願い事だ。


 で、もどったら、森田と東先生が並んで夜空を見上げていた。


「ありました、先生?」


 森田と先生が一緒に並んでるのがなんかイヤで、つい言っちゃうと、


「うーん、ないねえ」


 東先生が夜空を見上げたまま言った。


 その横顔に見惚れてたら、


「ねえ、みんな願い事ってなに?」


 って、山中が興味まるだしで聞いてきた。


「それ、教えたらダメなやつじゃねえの?」


 森田がブスッとして言う。


「どうせ流れ星みつけたら三回いわなきゃいけないんだし、いま言っても同じでしょ。ねえ、先生も知りたいでしょ?」

「うーん、まあねえ」

「じゃあ、決まりで。ほら森田、言ってよ」

「……志望校に受かりますように、かな。あと世界平和」

「つまんねえ。なんだよ、それ」


 ペーがブーイングして、森田がにらんだ。


「いいねえ。それでこそ中学生だよ」


 東先生のフォロー。


「ペーは?」


 山中に言われて、ペーがテンパる。


 さっきペーの願い事を聞いてたおれは、笑いをこらえるのが大変だった。


「おれは……おれもあれだよ、世界平和」

「ウソつけ。一緒じゃねえかよ」


 森田がブーイングして、ペーがにらむ。


「いいねえ。それでこそ中学生だよ」

「佐野は?」


 山中に言われて、おれもテンパった。


 ほんとの願いは「東先生のことがもっと知りたい」なんだけど、そんなこと言えるわけない。


「……おれも、世界平和かな?」

「うわーつまんない。ぜったいウソでしょ、それ。なんでみんな一緒なの?」

「うるせえな。じゃあ、お前はなんなんだよ?」

「……あたしは決まってるよ。世界平和」

「ウソつけ!」

「いいねえ。それでこそ中学生だよ」


 言って、東先生が笑った。


 笑ってくれたのはうれしいけど、なんか、いろいろバレてるような気がする。


「じゃあ、先生はなんなんですか? 願い事」


 山中が聞く。


「うーん、なんだろ? ほとんど叶っちゃってるからなあ」

「叶ってるって、なにがですか?」

「そうだねえ。まず先生になるって夢は叶えたし、天体観測部を作るってのも叶えちゃってるしねえ」


 それ聞いて、なんか……こう……胸がすげえ熱くなった。


「先生、まだ部活動になってませんよ」


 森田が水を差す。バカ。


「あー、そっかあ。そうだよねえ」

「大丈夫ですよ、先生。ペーも入ってくれるし」


 って、思わず言っちゃうと、


「あー、そっかあ。平くん、入ってくれるんだあ?」


 って、先生が真に受けてしまった。


「はい。あ、いえ、うん、はい……」


 これでペーの入部が決まってしまった。

 ごめん。


「とにかくあたし、流れ星さがします」

「そうだねえ。じゃあ、みんなで探して、みんなで世界平和を願おう」


 東先生に言われて、おれたちみんな夜空を見上げた。



 星。

 星。

 星。

 星。

 そして、流れ星。



 おれたちみんなで、世界平和を願った。

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