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青春の道草  作者: ノコギリマン
3/21

完全犯罪ごっこ

 先輩の部屋でしたはじめてのキスは、歯と歯が当たって思わず笑ってしまったから台無しだった。


 それが気に入らなかったみたいで、先輩がわたしにも聞こえるくらいの大きさで舌打ちをする。


 で、なんとなく悪いのはこっちのような気がして、


「ごめんなさい。おかわり」


 って、テンパりながらヘンなこと言ったら、先輩がドン引きした。


 で、付き合って——たのかどうかもよくわからないけど——まだ一週間しか経ってないのに、あっさりフラれて、部屋も追い出された。


 でも大してショックじゃなかったのは、たぶんわたしは先輩のことがべつにそんな好きだったわけじゃなくて、ただなんとなくの流れで付き合いだしたからだったんだと思う。


 先輩と付き合う前、わたしは同級生にフラれた——



◆◆◆



 ——その同級生は菊田くんといって、うちの中学校でも一番とか二番目くらいに人気の男子で、わたしもそんな《《大勢いるファン》》のひとりだったんだけど、友だちの友だちに菊田くんの誕生日を教えてもらっちゃったせいで、普段はそんな勇気があるほうでもないのに、誕生日に告白をすることを決意してしまった。


 自分でもイヤになるんだけど、「思い込んだら突っ走る性格」だから、告ることを決めてからすぐに、誕生日プレゼントを買いに友だちと駅前のデパートへ行った。


 いろいろと悩んで、菊田くんは野球部だったから、ベタかもしれないけどスポーツタオルをプレゼントに選んで、ついでに百均ではじめて爪磨きも買った。


 で、誕生日。


 友だちにお願いして道場裏へ菊田くんを呼び出してもらって、けっこう待って「もしかして来ないんじゃない?」と思って帰ろうとしたら菊田くんがやってきたんだけど、なんかすごいめんどくさそうな顔で、右手に紙袋を提げていた。


 わたしは推理が得意だから、紙袋のふくらみ具合とうんざりした菊田くんの表情から、ここへ来るまでに二、三人から告られてフって来たんだなって分かって、ついでにわたしも100パーフラれるなって分かってしまった。


 で、なんか急に冷めて、冷めただけじゃなくて、「こいつ、そういうとこ気を遣えないのかよ」って思ったら腹も立ってきたんだけど、いちおうプレゼントを渡して、告って、フラれた。


 しかもその日は帰る途中で雨になってめっちゃ濡れて、いろいろ悲しすぎるだろって思ったら、なんか泣けてきた。


 で、雨と涙でびしょ濡れになりながら家に着いて入ったら、ちょうどお父さんがトイレから出てきた。


「あー、お帰り」

「……」


 ちょっと前から、なんとなくお父さんと口をきくのがイヤになって普段でもしゃべるのイヤだったから、こんなときはもっとしゃべるのイヤだった。


 早くどっか行ってくれないかなあと思ってたら、お父さんはわたしをじっと見て、なにもかも分かったような顔で、


「風邪ひくから、お風呂入れよ」


 って、言った。


 わたしは黙ったままうなずいて、お風呂に行って、入った。


 で、熱々のシャワーでサイアクの一日を洗い落としながら、「たぶん、お父さんにはぜんぶバレてるな」と思った。


 お父さんは、わたしよりぜんぜん推理が得意だったから。


 推理が得意っていうか、お父さんは推理小説家だったから、推理すること自体が仕事なんだけど。


 小説家として、お父さんがどれくらい売れているのかは分からなかった。お父さんの小説が原作の映画とかドラマとか作られたことなかったから、すごい売れっ子じゃないのかもしれないけど、こうやって普通に生活できてるから、推理小説が好きな人なら知ってるレベルの人なのかもしれない。


 で、わたしがもっとちっちゃかったころ。出かけたとき、そこにいる人たちがどういう仕事をしている人なのかをお父さんとよく推理してた。推理した相手に「正解」を聞くことはできなかったから、自分の推理が当たっているかどうかは分からなかったけど、そのおかげで、わたしは推理が得意になった。


 それともうひとつ、わたしが同級生のイヤなヤツにイヤなことをされたときにそれを言ったら、お父さんが「完全犯罪」を考えて、わたしのためだけのオリジナル小説のなかでその子を殺してくれる遊びも何回かやった。


 さすがにこっちのほうはお母さんがあんまりいい顔をしなかったし、お父さんが書いてくれた小説はトリックが難しすぎて一度も真相にたどり着けなかったし、今はもうお父さんとしゃべること自体ほとんどなかったから、もう「完全犯罪ごっこ」もぜんぜんやってない。


 で、はじめて好きになった男はお父さんで、はじめて嫌いになった男もお父さんだなって思って、お父さんのことがイヤになった理由も、菊田くんのことを好きになった理由も、みんながそうだから、自分もなんとなくそうなっただけなんだろうなって推理した。


 いつも周りに流されてる自分がなんかイヤになったから、これからは「自分らしさ」ってのを大切にしようと思って、わたしはお風呂を出た——



◆◆◆



 ——で、あの日の決意もけっきょくグダグダになって、なんか流れで先輩と付き合うことになったんだけど、それは菊田くんのためにがんばってキレイにしたのにぜんぜん気づかれなかった爪のことを先輩が最初に気づいたってのが、いちばん大きな理由だったんだと思う。


 ちっちゃいことだけど、わたしにはそれが大きかった。


 なのに結局、先輩にもフラれた。


 先輩のことも菊田くんのことも本気で好きじゃなかったくせに、短いあいだに二回もフラれて、わたしの心はボロボロだった。


 でも今度は、泣くのガマンできた。


 で、家に着いて入ったら、ちょうどお父さんがトイレから出てきた。


 この人は、なんでいつもわたしがフラれて帰ってきたらトイレから出てくるの?


 って、ちょっとムカついた。


 そんなわたしをまたお父さんがじっと見て、


「またか」


 って言って、「あ、しまった」って顔した。


 それ見て、やっぱぜんぶバレてるなって思った。


 だから、


「殺してよ」


 って、久しぶりに口きいたら、


「じゃあ、殺すか」


 って、嬉しそうにお父さんが言って、笑った。


 それ聞いて、わたしも笑ってしまった。


 で、菊田くんと先輩のことを詳しくお父さんに教えた。


 小説ができたら、今度こそ真相にたどり着いてやる。

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