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都市伝説と作家と振り回されるだけの俺  作者: スズハラ
黄昏時の神隠し
28/29

●4 都市伝説机上議論



「――待て、待て待て待ってくれ。だ、騙されないぞ、いくら俺でもこんなのはおかしいってことくらい分かる」


 過去に戻って陽菜に告白する? 誰が? 俺が?

 こいつはいったい何を言ってやがるのか? そんなことで今の状況が解決するなんて思えない。

 突拍子もないことを言い出した小春に頭痛を覚えながら、哲太はこめかみを押さえつつ言う。


「過去は変えちゃいけない――変えられないんだ」

「へぇ、ちゃんと分かってるじゃないか」


 ニヤリと人の悪そうな笑顔。

 哲太の呟きに小春はさも当然と言わんばかりに頷いた。そっちが提案してきたくせに、こちらが否定すればあっさりと引き下がる。それはまるで甘言で人を唆す悪魔のようだった。気を抜けば取り込まれる、という点に関しては小春も悪魔も変わらないが。


「そうだとも。哲太の言うとおり、過去は変えられないし変えちゃいけないものだ。けど、この大原則を哲太は何を基準にして言っているのかな? 哲太さ、前に本は読まないって言ってたのに、結構詳しいじゃないか」


 少し疑問に思っただけ、と続ける小春を訝しがりながらも哲太はぼそりと答えた。


「……本というよりも、文字しかない小説が苦手なだけだ。たまにだけど漫画なら好きで読むし、映画だって観る。特にタイムトラベルものは一昔前に流行った時があっただろ? その時にゲームとか結構出ててさ、それでいくつか触れた程度だよ」

「そっか、教えてくれてありがとう。逆に私はそっちの方が疎いから、認識を擦り合わせながら話を進めようか」

「そっちの方が疎いって……まさか、お前は小説以外は認めないとでも言うんじゃないだろうな?」

「まさか、とんでもない! でも、触れる機会がなかったってところかな。ゲームなんて親の方針でやったことないし」


 なるほど、と哲太は渋面で頷いた。

 ゲームなどの娯楽を一切を不要として禁じている家庭というのは存在する。そんなことで遊ぶ時間があるのならば勉強しろ、というヤツだ。その言葉の裏には親として子どもの将来が少しでも良いものであるようにという願いがあるのだろうが、子どもにとっては同級生たちと同じものを共有できないという弊害もあり、それが良いものかどうかという議論は尽きない。

 哲太としては、そんな厳格な教育方針を持つ家に生まれてしまったなら生きていけないのではないかとすら思う。想像することしかできないが、そんな家は窮屈で心が休まる暇すらないのではないかと思う。

 だが、それを他人が口を挟むことは出来ない。他所は余所、家は家なのである。だから、哲太にはそれ以上、小春の生活環境について追求することはできず黙ることしかできなかった。


「でも、どんな形であれ、哲太が物語に触れてくれるのは実に喜ばしいね。私が一方的に説明するって流れもそろそろ飽きてきたところだし、これからは建設的な話し合いができることを期待してしまうね」

「勝手にハードル上げてんな。お前とケンセツ的に話し合えるのなんか、よっぽどの物好きか死ぬほどの暇人だけだからな」


 哲太の気も知らずに小春はくすくすと楽しそうに笑う。その様子を見て哲太は先程感じてしまった後ろ暗さを忘れることにする。哲太が想像した窮屈さと小春は無縁だったからだ。なんでもかんでも好き勝手、自由気ままな小説家様というのが哲太にとっての小春だった。

 まず、と機嫌良く小春がホワイトボードに書いたのは『タイムトラベル』という単語だった。


「タイムトラベルについて語ろうか。タイムトラベルとは、ご存じ、通常の時間の流れからは決してできない過去や未来へ移動すること。日本語では時間旅行なわけだけど、まさに読んで字の如くだね。他にもあとはタイムリープとかタイムスリップとか、厳密には移動形態が異なるから少し意味が違うんだけど物語的にはこっちの方が馴染み深いかな」

「物語的なんつーのはどうでもいいんだよ。もっと一般的に言え、一般的に」

「はははっ、そいつは無理な注文だな。そもそもタイムトラベル自体が非現実的で一般的じゃないからね。空想と妄想の産物である事象なんだから物語的以外には言いようがないのだぜ、哲太くん」

「……ああ言えばこう言うってのはお前のためにある言葉だって痛感するぜ。俺はな、お前のそのすぐに現実と物語を一緒くたにしたがる思考をやめろって言ってんだよ。てか、これ言うの何度目だ?」


 はいはい、というおざなりな口調は小春が少しも反省していないことを示していた。

 哲太の方も自分のたった一言が小春の何かを変えるなんて思っていなかったので、せめてもの抗議として大袈裟にため息を吐き出すことにした。

 そんな哲太のささやかな抵抗すらも小春は気にすることなく話を進めていく。


「タイムトラベルを題材とする場合、行き先は過去か未来かのどちらかである。でも、今回の都市伝説に未来は関係ないから過去にだけに注目する。過去は文字通り過ぎ去ったものであり、既に決定された事項だ。だから決定事項である過去を変えてしまった場合、哲太が心配しているタイムパラドックスが発生する」


 次に小春がホワイトボードに書いたのは『過去』と『タイムパラドックス』という単語である。『タイムトラベル』から矢印を伸ばして言葉を繋ぐ。


「過去改変によって現代及び未来が影響を受けること、これをタイムパラドックスと言う。日本語にすれば時間の逆説、あるいは矛盾。王道としては、過去で結ばれるはずだった男女がなんらかの干渉によって結ばれなかった場合、未来に存在していたその二人の子どもは生まれることがなくなってしまうってものかな。過去が変わるということは、その子どもからすれば自己否定、存在の危機へと繋がる大問題というわけだ。タイムトラベルを扱う多くの物語がこれをテーマとして扱っていることからも分かるように、改変された過去が及ぼす現代と未来への影響、または有り得なかった意外な展開へと繋がることができることが作品の醍醐味となるわけだ」

「……例えば、過去に戻って織田信長を本能寺の変から救うとかか?」

「お、いいね。哲太にしては夢のあるチョイスだ。歴史として広く知れ渡っているからこそ、過去から見て知識のある未来人である現代人ならではの成し得るかもしれない展開だね」


 哲太が冗談半分で言った言葉に小春は嬉しそうに頷く。

 だか、哲太として頷けない。小春は『アリ』だと言うが、哲太の意見は逆で『ナシ』だからだ。


「ほとんどの場合、そう上手く行かねぇだろ。まぁ、それ以前に未来を知っている程度の俺たちが、そんな大それた事ができるとは思えねぇんだよ。当時のことを事細かく知っているわけでもねぇし、そもそも現代人が戦国時代になんか行ったらその時点でお陀仏だろ。戦闘力的にもな」

「同じ日本人とはいっても、常識――倫理観が違うからサクッと殺されちゃう可能性は高いだろうね。まぁ、そうならないように自分の有用性を知らしめて信頼を勝ち取っていかなきゃいけない。これは物語的には起承転結の承に当たる重要な部分だ。ここをおろそかにするとどんな傑作も駄作になる」

「……頼むから、その物語的つー言い方やめてくれ。話の筋がよく分からなくなってくるのは俺だけか?」

「哲太だけだよ、その証拠に私は筋を見失ってないからね。要するに、哲太は未来人による過去改変はできないと言いたいんでしょ?」


 こくり、と哲太は神妙な顔で頷く。

 夢があろうと何であろうと、過去を変えることは出来ないというのが哲太の認識である。

 それは、哲太が子どもの頃に観た映画が影響している。思えば、あれが哲太にとって初めてタイムトラベルを題材とした作品だった。

 タイトルこそ覚えていないが、天才博士が事故で死んだ恋人を救うためにタイムマシンを作ることを決意するシーンから始まる。そして、苦労の末に作り出したタイムマシンで過去に戻り恋人を事故から救うことに成功するのだが、恋人は別の事故に巻き込まれて死んでしまう。再び過去に戻ろうとも結果は同じで、結局何度繰り返そうともその日に恋人が死ぬという決定事項から逃れることはできないという現実が幼心に衝撃的だったのをよく覚えている。

 過去があって現在(いま)があるのだ。映画の内容で言うのなら、恋人の死をきっかけにタイムマシンが作られた以上、タイムマシンが在るという未来のために恋人の死は覆りようのない決定事項なのである。


「その矛盾をどう解決するか、世界を騙す方法がSFの醍醐味なわけだけど……さすがにこれ以上が脱線しすぎだな」


 名残惜しそうに小春が呻く。

 しかし、哲太にはその言葉の意味が分からなかった。脱線も何も、タイムトラベルこそが本題だ。あわよくば、このまま議論好きな小春に付き合って今回の都市伝説について有耶無耶にさせようなんて魂胆がないわけでもないが、そんなことを顔に出してはならないのである。


「これまでの話でタイムトラベルについての基本事項は確認できたと思う。これを前提として踏まえたところで、そろそろ本題に入ろう。さて、今の話――今回の都市伝説には関係ないから全部忘れてくれていいよ」

「おう。……って、へ? ちょ、ちょっと待て。お前、今なんて言った?」

「今回の都市伝説とタイムトラベルは関係ないので忘れてくれて結構です」


 ばっさりとこれまでの流れを切り捨てる小春に哲太はあんぐりと口を開けてしまう。

 小春が何を言っているのか理解できない。関係ないって、忘れてくれて結構って、だったら今までの話はいったい何だったのか。


「ふ、ざけんなよっ! お前な、自分が何言ってんのか分かってんのか!? ここまで引っ張っといてこの会話に意味はありませんとか、許されるはずねぇだろ!」

「意味ならあるよ、タイムトラベルを通して過去を変えることに関しての認識を確認できたじゃん。でも、今回の都市伝説とは関係ない。全く関係ないわけじゃないけど、哲太が心配しているタイムパラドックスとかは起こりようがないから気にしなくていい」


 そう言いながら小春はホワイトボードに書いた『タイムパラドックス』の文字に大きなバツを書いた。だが、『タイムトラベル』の文字は残し、以前に書いた『神隠し』の文字と一緒に丸で囲んだ。

 ああ、と哲太は痛感する。これで本当に今までの会話が無駄であったと突きつけられた気分だった。ほんの少し楽しかったタイムトラベル理論の話は終わり、都市伝説へと話は戻ってしまうのだ。


「さてさて、ここまでの話で神隠しとタイムトラベルについて確認できたね。この二つが複合したものが、今回の都市伝説と言っていいだろう。つまり、黄昏時にやり直したい過去に戻れるというのは、人が消えて過去という異なる世界に行くということだと私は考える」

「……だから、異世界転移だの過去改変だのって言ってたわけか。でもな結城、今回のお前の説には穴があるぞ。年間八万人の行方不明者がいようともな、夕方に歩いているだけで異世界になんて行けるか。そんなポンポン人が消えてれば、流石に騒ぎにならないはずがない」

「行方不明になっても事件性なしと判断されれば警察もマスコミも動かないのに? 公になっていないというだけという可能性もあるけど、その辺りはあくまでも推測の域を出ることは出来ないな。けど、もう一つの方は断言できるよ。たった一人の例外を除いて、都市伝説はそう簡単に遭遇できるものじゃないのだぜ」


 ニヤニヤと愉しげな小春の笑みに哲太は顔を顰めることしかできない。

 小春の言う、たった一人の例外とやらが哲太であることは言うまでもない。哲太だって、できることならばこんな体質とはとっととおさらばしたいものである。


「まぁ、哲太の言いたいことは分かるよ。今回哲太が持ってきた都市伝説は幼馴染みさんの証言だけで事例がないからほとんど妄想の産物だ。だからこそ、私としては是非とも哲太に体験していただきたいなぁと思っているわけだけど」

「おい待て、俺を実験台にしようとしてるのか!?」


 あははっ、と笑うだけで小春は答えない。

 しかし、黄昏時の都市伝説を検証する手段として小春は哲太を使おうとしていると否定しなかったことこそが何よりも雄弁な答えであった。

 この女、と怒りが湧いてくる哲太だったが、同時に心の隅で諦めてもいた。いくら陽菜の突然の告白に気が動転していたとは言え、小春のもとに都市伝説の話を持ってきた以上、こうなることくらい分かっていたのだ。

 都市伝説と小春、この二つが揃って哲太が心穏やかでいられるはずがない。


「まぁまぁ、そんな嫌そうな顔をしなさんなって。実際のところ、私はこの都市伝説に過去を変えられるほどの力はないと思ってるんだ」

「は? でも、過去をやり直せるって……」

「そのやり直せるっていうのが、ミソなんだよ。ただやり直せるだけなんだと思う」


 さっぱり意味が分かっていない哲太に小春は微笑んでみせる。


「つまり、過去を体験できるだけ。戻った過去を変えても現在が変わることはないってことだよ」

「なっ、なんでそう言い切れるんだよ!?」

「さっきも言ったけど、この都市伝説には情報量が圧倒的に不足しているから。都市伝説にとって誰もが知っている――いわゆる知名度は重要だ。強さと言い換えてもいい。日本屈指の都市伝説である口裂け女が実現することは有り得ても、こんな無名の都市伝説なんかに実現する余地はない」

「……お前ね、わざとだろ? わざと口裂け女って言ったろ?」


 恨みがましげな哲太の視線に小春は笑みを返すだけである。つまり、わざとだということだ。


「でも、知名度はなくても哲太の元まで来てるからね。都市伝説ホイホイである哲太が引きつけた以上、絶対に哲太の前に現われる。賭けてもいい。でも、知名度が低いから弱いんだ。そうなると、噂されるように過去をやり直すだけになるんじゃないかってこと」


 つまり、と小春はホワイトボードに『過去』という文字を書いて丸で囲んだ。

 そして、その隣に『異世界』と書いた後で真ん中の字を手で隠す。


「分かりやすいように、異世界という言葉を使ったけどこれだと語弊がある。哲太にこれから体験して貰うのは――過去という記憶の異界だと思ってほしい」

「……記憶の、異界?」


 そう、と大きく頷いて小春は続ける。


「過去を体験するだけの、黄昏の間だけ見る夢のような時間。――それが、今回哲太が持ち込んできた都市伝説に対する私の見解だよ。これなら過去で何をしようと未来は変わらないし、行方不明者なんか出ないでしょ?」

「……けど、それはお前の推測で確証はねぇんだよな?」

「そうだね。でも、推測を確定させるためにも哲太に検証してもらいたいわけですよ」


 うー、と唸るだけで哲太が頷くことはなかった。

 はっきり言って、嫌だ。やりたくない。もう逃れられないと分かっていても、自分から頷くことなんかできなかった。

 小春を頼ってしまった以上、都市伝説から逃れることなんか出来ないと分かっていながらも、挑むことが決定してしまう前に哲太は悪あがきのように問う。


「……過去に戻って陽菜に告白しろって言ったのはなんでだ? 何を企んでる?」

「企んでいるなんてとんでもない! そして、それは女の子に使う言葉じゃないぞ」

「小説家に使ったんだからいいんだ。人の人生を面白おかしいネタ扱いしているヤツに気を使うほど、俺は酔狂じゃないんでね」

「はははっ、それもそうだ。端的に言えば、その過去なら無害だからってのが一番大きい。黄昏の過去で何があったとしても対処できる範囲だろうし、哲太が告白を受ける勇気を持てたならそれはそれで良しだしね」

「一応、俺のことも心配してくれているってわけか」

「え? 私が、哲太を心配? そんなまさか! 哲太のことなんか一度も心配したことはないよ。安全面に考慮するのはいつだって自分のためだけだ」


 むむっ、と顔を顰める哲太に小春は言う。


「何その顔。私は一人で行けなんて一度も言ってないよ?」

「そりゃそうだけど、都市伝説に巻き込まれるのは俺なんだろ?」

「イエス。でも、一人で行けとは言ってない」


 小春の言葉の意味が分からず、哲太は首を傾げる。さっぱり分からん、という顔だったが、小春は底意地の悪さを感じさせる笑顔を返してくるのみでやっぱりさっぱりだった。

 知らぬ間に目元に力が入り哲太は小春を睨んでいたが、それでも小春の態度が変わることはなく、結局いつも通り哲太が折れる形で質問する。


「じゃあ、俺は誰と都市伝説に巻き込まれてこいつーんだよ? ……陽菜はなしだからな」

「もっちろん、意中の相手を連れて行って告白大会とか御免被る。ホラーだと思っていた本のジャンルが実はラブロマンスだったとか、これ以上の悲劇はこの世にはない!」

「だからまどろっこしい例えをすんな! あ、あとっ、意中の相手言うな、そんなんじゃないからなっ! さっきから聞いてれば、お前、恋愛物に恨みでもあんのか?」

「ないよ。けど、いかにも恐怖を煽っておいて最後は感動系とか恋愛物になるのはいただけない。私は、怖い話が、読みたかったのに!」


 あー、と哲太は頭が痛くなるのを感じた。

 確か陽菜も以前に、怖い話を集めた短編ホラー番組で必ず一話か二話ほど入るいい話が苦手だと言っていた。当人曰く、嫌いじゃないけど今は求めていないんだそうだ。

 本気でこの二人を引き合わせることを考えるが、どう転んでも哲太がしんどいだけなのでこんな気の迷いだけは起こすまいと誓う。

 なんだか話し合いに疲れてきて、哲太は投げやり気味に言う。


「つまりさ、お前は何を言いたいんだよ?」

「つまり? そんなの決まってるでしょ、私も哲太と一緒に行くって言ってんの」


 驚きで目を見開く哲太に小春はにっこりと微笑むのだった。

 その完璧な笑顔を見ると薄ら寒いものを感じてしまうのは――本能が危機を察しているからに違いない。



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