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都市伝説と作家と振り回されるだけの俺  作者: スズハラ
口裂け女
21/29

●8 今夜月の見える公園で



 日が沈む時間を見計らって哲太と小春は公園に来ていた。

 そこは公園と言っても遊具があるわけではなく、だだっ広い広場のようだった。少し先に行けば噴水もあるという。夜で哲太たち以外には他に人がいないからだろうか、哲太はこの公園にどことなく寂れた印象を抱いた。


「……夜の公園って、お前な。誰か来たらどうするんだよ?」

「誰も来ないよ。ここは呪われた家の近くだからね」


 呪われた家という単語に哲太は思いっきり顔を顰めた。

 その様子に小春は肩を竦めてみせる。哲太を無闇矢鱈と怖がらせようとか、そういう他意は無かったらしい。


「あそこの家、知らない? 十年前にこの家にはとある五人家族が住んでいた。けど、通り魔事件で次男を亡くし、悲しみ覚めやらぬ三ヵ月に長男が交通事故で亡くなった。悲しみに暮れた両親がまだ赤ん坊だった長女を連れて引っ越しを考えていた矢先、家に強盗が入って一家は惨殺されることになる。犯人は一家を殺した後、作ってあった夕食のカレーを平らげてから逃げたことが分かっている。だけど、今もまだ捕まっていないという曰く付きってヤツだよ」

「なんだそれやめろよ、怖すぎる。まだ都市伝説の話の方がマシだろ」

「そうだね、こういう話を聞くと本当に怖いのはお化けなんかじゃなくて人だって思い知らされるね」


 やだやだ、と呟いてから小春は周囲を見渡す。

 人の気配のない公園は不気味なほど静まり返っている。今にも何かが出そうなほどに。


「ね、哲太。本当に任せていいんだよね? 口裂け女が出てきてからのこと」

「ノープランだけどな。でも、お前にだって別に何か出来るわけじゃないだろ? それとも小説家とやらは化け物退治が出来るのか」

「まさか。小説家わたしにできるのは物語を語ることだ。哲太が辿る運命にちょっと花を添えるくらいだよ」

「要するにただ口挟んでくるだけってわけか」


 んなもんいらねぇよ、と吐き捨てる。

 小春と手を組んだのは勢い余った感が拭えない。そもそも、こんな年下の女子の手を取ったのは何かの間違いだったんじゃないか。藁にも縋る思いで巻き込んでしまって良かったのか、と不安が過ぎる。

 自分に何かがあるのはいい。けれども、巻き添えを食らって小春に何かあったならば――。

 そう考えると、哲太は身体がぶるりと震えたのが分かった。


 ふと空を見上げる。

 雲の多い夜だったが、月はその姿をしっかりと見せていた。


「――こんばんは。いい夜ね」


 夜の闇から這い出るように、口裂け女は現われた。

 赤いトレンチコートに腰まで届く長い黒髪、口元をすっぽりと隠す大きな白いマスクは昨日と同じで――哲太がよく知る口裂け女の姿そのものだった。

 ただ一点だけ違うのは、まるで昨日の続きからとでも言わんばかりにその手には既に鋏が握られているということだけだろう。

 哲太だけを見つめていた口裂け女だったが、その一歩後ろにいた小春の存在に気がついて、きゅう、っと目を細めた。


「あら、あなたもいるの? お呼びじゃないって分からないのかしら」

「まあまあ、そうつれないこと言いなさんな。今回の私はただの付き添いだよ、見物客とでも思ってくれていい。か弱い女子高生ひとりなんていてもいなくても一緒だよ」

「か弱い、ね。そういうこと自分で言い出す女ほど信用できないものはないのだけど。ああでも、そうね、一応お礼を言っておこうかしら。べっこう飴ごちそうさま、美味しかったわ。今回も同じ小細工なんて興醒めなこと考えてなければ良いのだけど」


 どういたしまして、と返しながら小春が肩を竦めた。

 そして、会話の意味が分かっていない哲太のために解説する。


「同じ手は使ってくんなって。昨日、べっこう飴を使って逃げたことに相当お怒りらしい」


 だろうな、と哲太は苦々しく呟く。

 初めからべっこう飴を使う気など――逃げるつもりでここに来たわけではない。口裂け女という存在と立ち向かうために、哲太はこの場にやって来たのだから。


「……今日はあなたに会うためにここに来たんです。昨日は逃げてしまってすみません」

「あら、自分の非を認めることのできる男の子って素敵よ。それに私、謝って貰えたのは初めてかしら。命乞いなら何度もされたことはあるのだけど。ふふふっ、そんなことされたって許すはずないのにね」


 過去を思い出すように笑う口裂け女。

 まだ口元はマスクで隠されており目が笑ったのしか見えなかったのだが、言葉の物騒さに哲太は早くも怯みそうになる。一体、これまで何人が口裂け女と出会い、命乞いしたのだろうか。話し合うと決めてここまで来たが、そんなの初めから意味なんてないんじゃないだろうか。

 迷いが生まれた哲太の心を見透かしたように口裂け女は笑う。


「また逃げられたりしないように、脚の一本でも切り落とすところから始めましょうか?」


 じゃきん、と開閉する鋏。

 その鋭利な刃にかかれば、何であろうと簡単に切り落とされるだろう。


「――落ち着け」


 強い口調にはっとする。

 哲太が気がつくと小春はすぐ隣にいた。


「あんなのただのハッタリ。口裂け女は哲太を傷つけられない」


 小春は力強く断言する。

 哲太には分からない確固たる自信があるのか、その声に揺らぎはない。


「まだ答えを聞いてない以上、口裂け女(あなた)は哲太を傷つけることはできない」


 低く、淡々とした声だった。

 小春がそう言うと、哲太には不思議とそれが正しく思えた。口裂け女は誰に対しても必ず自分が綺麗かどうかの質問をする。同じ結末を迎えるとは言え、それの答えによって展開が変わるのだから答えるまでは先に進めないのだ。

 なら、大丈夫。話し合う余地はまだ残っている。

 大きく息を吸い、動揺する心を哲太は何とか落ち着かせた。


 その一部始終を見ていた口裂け女は、身体に何か違和感を感じたのか、両手を持ち上げて目を左右の手に向ける。

 そして、ああ、と納得したとように頷いた。


「……そう、そういうことなの。あなた、語り部(ストーリーセラー)なのね」


 それは哲太の知らない言葉だった。

 口裂け女の視線は小春に向けられている。小春はその視線を真っ向から受け止めた。


「へぇ、分かるんだ?」

「ええ、分かるわ。私を誰だと思ってるの?」


 口裂け女の手が耳にかかる。

 そして、ゆっくりとマスクを外す。

 右頬に耳元まで走る歪な傷跡、整形手術で失敗した代償、裂けた三日月が露わになる。


「私は口裂け女よ。一体、私はこれまで何回あなたたち(・・)に弄ばれたのかしらね」


 哲太には言葉の意味が分からなかった。

 しかし、小春には心当たりがあったようで顔色が変わる。

 僅かに顎を下げた小春が警戒するのが分かった。


「……まさか、全ての記憶があるとでも?」

「そんなまさか。でも、心当たりはあるんでしょ? これがあなたの筋書き通りなら、穴だらけよ。あなたは今までで一番下手ね」


 だからほら、と口裂け音は鋏を見せつけるように眼前に持ち上げた。

 刃の閉じたそれはまるで槍の穂先のように鋭く、月明かりを鈍く反射させる。


「あなたが前に出て来ちゃダメじゃない。――簡単に殺せてしまうわ」


 ダン、と地を蹴る音。

 突進とともに突き出された鋏の切っ先は小春に向けられている。


 逃げろ、なんて言葉はもう遅い。

 いくら肝が据わっていようとも小春はただの女子高生だ。逃げるなんてできるはずがない。

 それに、なぜだか哲太は分かってしまうのだ。小春は絶対に逃げない。逃げるくらいならば――自分が死ぬことになったとしても全てを見届けると。


 だから、動け。

 ここで動かなければ、何もかも終わってしまう――。


 自然と構えは取れていた。距離は十分。そう思ったと同時に哲太の身体は動いていた。

 小春と口裂け女の間に入り込む。一瞬、意外そうな顔をした口裂け女だったが、標的はまだ小春のままだ。哲太という壁になど構うことなく、小春のみを狙っている。

 この際、怖い顔でも何でもいい。こっちを見ろ、と哲太は全力で睨みつける。


「お前の相手は俺だろうがっ!」


 気迫を込めて息を吐く。

 哲太は膝を抱え込むように振り上げ、そのまま一気に振り切る。

 狙うは口裂け女の持つ鋏のみ。子どもの頃から何百回と繰り返した上段回し蹴りは、狙い違わず口裂け女の手から鋏を弾き飛ばした。


「素敵」


 まるで感銘を受けたかのように口裂け女の目が緩む。

 驚きと悦びが入り交じった笑みがささやかに、だが、裂けた口が尊大な笑みに変える。


 まずい、と哲太は直感する。

 これは非常にまずい。鋏という武器を失っても口裂け女の余裕は失われない。それどころか愉しげに微笑むのだ。まだ何かがあるとそうとしか考えられない。


「なら私も」


 口裂け女の手がトレンチコートの中へと伸ばされる。

 その内側、ちょうど腰の辺りから取り出したのは――一本の包丁だった。


 ぎょっとした。ちょ、おま……っ!

 そう叫んだ言葉は声にならない。嘘だろ、二つ目の武器を持っているなんて反則だ!


 しかし、有り得ないことではない。

 口裂け女には諸説ある。彼女が持つ武器として語られるのは、鋏に包丁、鎌やメスなどなどなど――。複数語られる武器のうち一つしか持っていないなどとは限らない。現に哲太が知っている口裂け女も『鋏か包丁を持っている』と語られ、どちらか一方と限定はしていなかったではないか。


「真剣にお相手しないとね」


 ペロリと、裂けた口から伸びた舌が包丁の刃をそっと舐めた。







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