●7 ノープラン進撃
「うわ、なにその顔」
夕方、哲太が小春のマンションへと戻ってくると既に小春は学校から帰宅していた。今日の授業は午前だけであり、昼には帰ってきていたのだと小春はあっけらかんと言う。
「……別に。けど、大事なことは先に言えよ。誰かさんがこんな時にも学校なんて行くから、この時間まで俺は必死に時間潰してたのに」
「日が出てる間と人がいる場所にいれば大丈夫だよ、口裂け女は襲ってこない」
「なんでそう言い切れる?」
「前にも言ったけど、それが都市伝説の矜持だから。誰彼構わず襲い出したら、そんなのただの怪物だからね」
小春は絶対の自信を持って断言する。
いや、この場合は信頼とでも言うべきか。口裂け女に対してではなく、都市伝説を都市伝説たらしめている曖昧さに全幅の信頼を寄せているのだ。
「で、どうだった?」
「ん?」
「幼なじみさんとの擦り合わせだよ。会ってきたんでしょ? 口裂け女像は固まった? 対処法はイメージできた?」
まぁな、と哲太は曖昧に顔で頷く。
口裂け女のイメージを固めるということなら、そんなのは初めから出来ている。ただ、対処法については全くのノープランだと言ったなら、小春はどんな顔をするだろうか。
「なら、それを私にも教えてよ。そんでシナリオを作る。これから口裂け女と立ち向かうためのね」
「シナリオってお前な、これを小説とかゲームと勘違いしてんだろ。んなもん作っても、現実はその通りになんかならねぇよ」
「なるよ、だって相手は都市伝説だ。語られている内容を理解すればそれらしい結末だって用意できる。あとはその通りに事を運ぶだけの簡単なお仕事だよ」
小春の都市伝説に対する信頼は哲太の理解を超えていた。
簡単なお仕事などと小春が言うように上手く運ぶとは到底思えなかったし、何よりどこか他人事な語り口が嫌だった。そして、小春までもが『用意』という言葉を使ったのも。
「……結城、俺に考えがあると言ったらお前どうする?」
「まずは聞くとも。考えってなあに、ってね」
「口裂け女と会話してみようと思う」
哲太の言葉に小春は口を挟まなかった。
無言のまま、先を話すように促してくる。
「それ以上でも以下でもない。お前のおかげで口裂け女について詳しくなったけど、疑問が増えるばかりで対処法とかどうにもならねぇ。それに俺は口裂け女を怖がってばかりでまともな会話をしてないんだ。相手のことを知らないまま、用意した答えを言うなんてのは――男らしくない」
「はは、男らしくないと来たか。で、会話してどうするつもり? 上手いこと口裂け女と会話できたとしても、最終的に『私は綺麗?』の質問からは逃れられないよ。哲太はその時、なんて答えるの?」
「んなもん知るか」
はっきりと告げた。
正確に言うならば、今の俺には分からないと言ったところだ。
「話をした後で、その時考える。俺に出来ることなんて真摯に向き合うことくらいなのに、まだそれすら出来てないんだ。ちゃんと話して、その上で答えるべきなんだ。そう決めたんだ」
決意を固める哲太は小春は信じられないもの見るような目で見ていた。
例えるのならそう、未だに調子の悪いテレビは叩けば直ると信じているかのような人種に直面したかのような、諦観の混じった目。
はぁ、とため息を吐いてから小春は面倒そうに頭を掻いた。
「……つまり、哲太はこう言いたいんでしょ? ほとんどノープランだって」
む、と哲太は顔を顰める。
そう言われてしまうとかなり無謀な気がしてきたが、今更後には引けない。その通りだと言わんばかりに自信満々に見えるように頷いた。
「うわぁ、マジかマジだったか。ここまでバカだとは思わなかった。取引したのは早まったかな?」
「うるせぇな。なら、お前が代替案を出せよ。完璧だったらそっちに従ってやる」
「それができるならとっくにやってるっての! いい、あの口裂け女はその姿も性格も哲太の認識を軸に実現してる。哲太だけが口裂け女に干渉できると言っても過言じゃない。要するに、哲太が最善だと思ったことこそが唯一無二の攻略法だったんだよ! だから、哲太のイメージを固めた後でそれとなく対処法を作るつもりだったのに、ノープランで行くって何だよもうっ……」
え、と哲太は自分がやらかしたと理解する。
それも何か、ものすごく取り返しのつかないことを、だ。
「ちょっ、ちょっと待て! お前の言い方だと俺が正しいと思えればそれが対処法になったって事か? 例えば、俺が質問にイエスと答えれば喜んだ口裂け女がそのまま帰っていくとかも?」
「そう思えたならね。でも、人の考えってそう簡単には変わらないものなんだよ。哲太は口裂け女を怖いと思う気持ちを変えられないし、イエスと答えた先にハッピーエンドがあるなんて嘘でも思い込めないでしょ? だから、哲太の話を聞いてその辺を上手いこと誘導するつもりだったのに……」
「……ちなみに、今からでもお前が上手いこと誘導するってのは?」
「無理。だって、哲太が自分で決めたんでしょ? 口裂け女と会話してそれから答えを出すって」
もうどうしようもないよ、と小春はばっさりと切り捨てる。
難しげに顰められた顔が小春の苦悩を物語っていた。
「……でも、敢えてプラスに考えるなら悪い事ばかりじゃないのか。私は口裂け女のことを知れるわけだし」
「お、俺にとってのプラスは?」
「ないよ。女の人とおしゃべりできてラッキーってくらいじゃないの?」
身も蓋もなかった。
哲太は数分前の自信満々だった自分を憎むことしかできない。本当にこれでいいのか? 今からでも土下座すれば、実は小春にはなんとかなる方法があったりするのではないか。
懇願するような哲太の視線に小春は首を横に振る。そんなものあるか、である。
「いいじゃないか、上等だよノープラン。ヤバくなったら軌道修正くらいはしてあげるから、哲太は哲太の思うとおりにすればいい」
さて、と小春は緩めていた制服のネクタイを締め直して言う。
「お手並み拝見といこうか、哲太くん」




