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都市伝説と作家と振り回されるだけの俺  作者: スズハラ
口裂け女
17/29

●4 縁、結ぶ



 エレベーターで最上階まで上がる。

 上昇する感覚はごく僅かで、ポン、と軽い音がしてあっという間にエレベーターは哲太と少女を最上階まで運んでいった。

 高層マンションの十七階、一七○二号室。それが少女の家だった。


「こっちだよ」

「ま、待てよ。俺みたいな男がいきなり家に上がり込むとか……その、まずくないか? 親御さんがどう思うか……」

「はは、親御さんねぇ。この状況で気にするとこそことか――ヘタレか」

「ヘタレ言うな大事なことだろっ。いいか。父親ってのはな、年頃の娘がいきなり知らない男なんか連れてきたら普通に泣くぞ。俺なら絶対泣く。むしろ、そんな場面に居合わせるなんて考えただけで胃が痛くなってくる……」

「ヘタレというかチキンだったか。でも、そんな意味のない妄想は必要ないよ。親ならいないから」


 ――親ならいない。

 その言葉が、とても魅力的に響くのは男の性だろうか。


「……んなこと言っても、仕事か何かで遅くなってるだけで後で帰ってくるとかそういうオチなんだろ? しし、知ってるんだぞ、男の夢は儚いんだ」

「オチは私が一人暮らしだってだけ。我が事ながら面白くもなんともなくてつまらないね」


 え、と哲太は思わず弱々しい声を漏らしていた。

 それって――それの方がまずくないか? 一人暮らしの女子高生の部屋にのこのこ入っていくとか、本人が許しても倫理が許さないのではなかろうか。


「はーい、それ以上の無駄な思考禁止。こんなところでうだうだ話すんなら中でいいでしょ、お茶くらいは出してあげるからさっさと入る」

「お、おい、待てって。頼む、お願いだから待ってくださいってば!」

「待たない。そこにいたいなら一人でどーぞ」


 鍵を開けた少女はさっさと中に入ってしまう。

 それでも哲太は中に入ることを躊躇していたが、少女が開けた扉が閉まりかけた瞬間、慌てて手を差し込む。ここに一人で残された方が困る。と言うか、今一人になるのは怖い。

 ええいままよっ、と哲太は意を決して踏み込んだ。


 中に入ると玄関の自動灯が人を感知してついていた。だが、それ以外の電気はついておらず部屋の中は真っ暗だった。一人暮らしというのはまだしも、家に誰もいないというのは本当らしい。

 勝手知ったる我が家であるためにか、少女は特に電気をつけることもなく暗い中を迷いなく進む。その後ろを哲太はおっかなびっくりついていった。玄関からリビングへと続く四メートルほどの廊下は哲太にはとても長く感じられた。


「適当に寛いでくれていいよ。お兄さんには少し休憩が必要だろうからね」


 ああ、と哲太は気のない返事を返す。そんなことより早く電気をつけて欲しい。暗いのは怖い。暗いとどうしても口裂け女の姿を思い出してしまう。

 哲太の願いが通じたのか、少女はやっと電気のスイッチに手を伸ばす。

 パチン、と焦らされたわりにはあっさりと真っ暗なリビングに光が灯る。


 一瞬、明るい光に目が眩むが同時に哲太は安堵する。

 光、それがあるというだけで何もかもが救われる。電気がなかった昔の人は朝日が昇るまで怯えて過ごしたというが、その気持ちが今初めて分かった。文明最高、エジソン発明ありがとう、と心の中で讃える。

 しかし、光が照らした世界には悪夢が広がっていた。


「なんだこりゃあああああ――っ!」


 哲太が連れてこられたのはリビングである。

 二十畳ほどの広さの部屋には大きなソファと大きな机、その上にはデスクトップパソコンが置かれている。物は最小限で少ないが、それが広々としたリビングを開放的にさせていた。

 そして、奥には本当に一人暮らしであるならば勿体ないほどの立派なキッチンがあることが窺えるが、はっきり言ってそんなものは何一つ哲太の目には入らない。

 哲太の目はリビングの壁に向けられていた。


「ぁ、あ、あああ……っ」

「防音だからいくら叫んでも構わないけど、さっきから叫んでばっかで疲れないの?」

「なんでそんな普通にしてられるんだよ!? これ見ろよっ、お前の家、呪われてるぞ!」


 少しも動じない少女を信じられないとばかりに哲太は壁を指差して叫ぶ。


 真っ白の壁には夥しい量の文字文字文字――。

 リビングを囲む全ての壁には、几帳面な字で書かれた文字の羅列によって隙間なく埋め尽くされていた。

 しかも、それは決して規則正しく並んでいるわけではない。まるで思いついたことを片っ端から書き連ねていったメモ紙か何かのように、あっちこっちに文字が書かれているのだ。

 それだけならば、哲太も絶叫などしなかっただろう。

 壁のどこに向けても飛び込んでくるのは『口裂け女』の文字。壁の文字は全て口裂け女について書かれたものであった。


「ああ、それのこと。気にしなくていいよ、書いたのは私だから」

「は、はああっ? おまっ、何でこんな気味が悪いことしてんだよ!?」

「何でってメモ帳代わりにかな。目に入るところにあった方がいろいろ考えるときに便利だから壁をホワイトボードにしたんだよ。そこに何を書こうと私の自由でしょ。そんなことより、さっさと座るなりしてくれ。小汚い格好のままソファに座るなとか思っても言わないからさ」

「それ言ってるのと同じだからな! って、なんなんだよこの部屋はっ! 趣味悪いにもほどがあるぞ!」


 何って、と少女は笑う。

 改めて部屋中を見回し、少女は誇らしげに胸を張って哲太に向き直る。


「そんなものは決まってるだろ、私の仕事部屋だよ」

「はあ? 仕事部屋だぁ?」


 こいつは何言ってやがる、という哲太の思いが顔に出ていたのか少女は怪訝そうな顔をする。

 だが、すぐに理由に思いいたったのか、ポン、と少女はわざとらしく手を叩いて言う。


「そういえば失念していた、自己紹介がまだだったね。私の名前は結城小春。十六才の女子高生で、そして――ただの小説家だよ」


 にやり、と少女――結城小春は笑った。

 開いた口が塞がらない。哲太の表情かおは言葉より雄弁に感情を語っていた。

 ――こいつ、なに、言ってやがる、であった。

 えっへん、と得意げに胸を張る小春に哲太は、ないない、と小さく手を横に振る。


「――いや、その冗談少しも面白くないからな?」


 ないない、あるわけがない。そんな冗談、誰が引っかかるというのか。


「何が女子高生で小説家だ、バカなこと言ってないで現実を見ろ。いいか、小説家ってのはノートにポエム書いてる程度で名乗っていいもんじゃないんだよ。お前さ、高校生だったらもうちっとマシな嘘つけって。もうガキじゃねぇんだから妄想と現実の区別ぐらいきっちりつけろよ」

「な――っ、妄想違うわバカ! 私、ちゃんとした作家だもん小説家だもんっ、本だって出してるし!」

「へー。結城小春なんて名前、聞いたことねぇけどな。そもそも俺、漫画しか読まねぇし」

「……くそ、若者の読書離れめ。別に信じてくれなくったっていいよ。お兄さんが信じなくても私が小説家であるという事実は変わらないからね」


 そう言いながらも、フン、と気分を害したかのように顔を背ける小春。

 ぷくぅ、と膨らんだ頬に年相応な少女の姿を見て、哲太は少しだけ冷静さを取り戻す。話の主導権は握られっぱなしだったが、一矢報いたような気がして気分が良い。


「で、お兄さんの自己紹介は? こっちにさんざんケチつけてきたんだ、さぞかし立派なおかたなんだろうね」


 にっこり笑顔は眩しいのにも関わらず、笑顔の下に隠れた威圧感はすごい。どうやら完全に怒らせてしまったらしい。

 ばつが悪そうに頭をかきながら哲太は重々しく口を開く。

 生きていく上で自己紹介というイベントは避けられないものではあるが、これほど嫌なものはない。特に話すようなことがない普通でしかない者にとっては、自身の凡庸さを痛感させられるという一種の拷問イベントなのである。


「……橘哲太、二十一歳の大学生だ」

「彼女は世にも珍しい口裂け女です」

「違げぇっ、冗談でもそんな怖ぇこと言うな! 初彼女が人間じゃないとか嫌すぎんだろコノヤロウっ!」


 まずい、と哲太は怒鳴ってしまった口を咄嗟に押えるがもう遅い。

 テツくんは口調が乱暴だから気をつけなきゃ、と陽菜からも散々言われていたのだが、脊髄反射で反応してしまうのは抑えようがなかった。

 恐る恐る小春の様子を窺うと、まるで面白いことを発見した子どものように楽しげに笑っていた。


「へぇ、哲太ってばその歳まで生きてて何もなかったと。二十一年間、何一つ?」

「うるせぇなっ、そこに触れんな! これ以上触れたら泣くぞ、本気で泣くからな!」

「ははは、既に半泣きとか説得力でかい。オーケー哲太、これでお互いのことは大抵分かったし、そろそろ本題に入ろうか。私たちには話せなきゃいけないことがある」

「……異論はないけど文句はあるぞ。なんで俺、年下のガキに呼び捨てにされてんだ?」

「世界の全てが年功序列だとでも? 古いなぁその考え方は。少なくとも年下の女子に泣かされかけてる時点で精神年齢的にはどっちが上なのかなぁ」


 ニヤニヤニヤニヤ。

 哲太の反応一つ一つが愉しくてたまらないとばかりに見てくる小春に、哲太は何も反論できなかった。ぐぅの音も出ないとはこのことか。自ら弱みを暴露してしまったのは痛恨の極みだった。


「分かったよ、好きにしろ。俺も好きにする、腹いせにソファに座ってやるからな」


 乱暴に腰を下ろすと哲太はソファの柔らかさに驚いた。何だこれ、座っただけなのに身体を包み込むように沈む感覚が気持ちがいい。新居で煎餅布団が待っているかと思うと敗北感で泣けてくる。


「どーぞどーぞ。じゃあ、私は約束通り、お茶くらい出そうじゃないか」


 そう言ってキッチンへと向かう小春の後ろ姿を見送ってから哲太はゆっくりと目を閉じる。

 単純に壁の文字を見たくなかったからというのもあるが、少し一人で考えたいことがあった。


 それにしても、この少女――小春は哲太に怯えない。

 小春は真っ直ぐに哲太を見て口を開くのを待っている。その少しも臆することのない堂々とした眼差しには逆に哲太の方が怯んでしまいそうになる。

 大きな身体に生来の仏頂面。幼馴染の陽菜以外の女子は哲太を怖がって近寄りもしないというのに、この年下の少女は一切そんなそぶりを見せない。思えば、口裂け女を前にした時だって小春は今と変わらず動じていなかった。小春にとっては哲太など怖いうちに入らないのかもしれない。


 そう思うと、少しだけ胸に込み上げてくるものがあった。

 ごく普通に話せる相手というのは、酷く久しぶりのような気がした。


「はい、お待たせ」


 声をかけられて目を開ける。

 随分早く戻ってきたが、お茶というのもきっと哲太が普段飲んでいるのとは格が違うのだろう。玉露だろうか。

 哲太が少しワクワクしながら目を開けると、手渡されたのはお茶のペットボトルだった。よくある――哲太がいつも飲んでいるものと同じだった。


「何その顔。緑茶は嫌いだとでも?」

「いや、嫌いじゃねぇよ。でも、もっとブルジュワなもんが来るかと」

「なるほど、悪いね期待を裏切ったみたいで。飲食には気を使わない主義なんだ」


 自分も同じペットボトルを片手に小春は机へと向かう。

 椅子をくるりと反転させ、そこがまるで自分の定位置だと言わんばかりに小春は堂々と座る。


「さて、何から話そうか語ろうか。まずは状況の整理をしよう。哲太は夜道を歩いていて口裂け女に会ったんでしょ。あの道を歩いたのは今日が初めて? それともいつもの帰り道だったりするの?」

「初めて……になるのか? ああ俺、昔はこの町に住んでたんだが、引っ越して一度町を出てるんだ。そんで今日からまた住むことになったんだが、ぶらぶらと歩き回っていたその帰り道だったんだよ」

「うわ、わざわざこの町に引っ越してくるなんて哲太は物好きだね。それとも私と同じでそれ目当てだったとか?」

「それってなんだよ、それって」

「都市伝説に決まってるでしょ? だってこの町は都市伝説が実現するっていう有名なスポットなんだから」

「な、なんだって……?」


 ぽかんと、哲太は思わず口を開けてしまっていた。

 まさに開いた口が塞がらないという状況だが、こんな漫画みたいな面を晒している今の俺は今大層アホ面なんだろうな、と哲太は頭の隅で思う。

 だが、それは仕方がないことだろう。理解が追いついていないのだ。

 意味が分からないまま聞き返せば、小春は全てを察したように肩を竦めてみせた。


「なるほど、何も知らずにここに来た――いや、哲太の場合は戻って来たのか。それまた運がない。そして帰郷一日目で口裂け女に会うとか不運すぎる。……まぁ、都市伝説を探していた私からすると羨ましいくらいの幸運だけど」

「ちょ、ちょっと待て、一人で納得してないで一から説明してくれ。俺にはお前が何を言っているのかさっぱり分かってないぞ! 都市伝説が実現とかなんとかって何のことだよ!?」

「その危機感知能力の鈍さとか諸々が不安になるけど、いいとも何でも説明してあげるよ。こうして出会ったのも何かの縁だ。縁ってのはどっちかが繋ぐ努力をしないと簡単に切れてしまうものだからね」


 殊更に強調された縁という言葉に嫌な予感がしてならないが、哲太はそれには触れないことにした。今は自分の身に起きたことを知ることの方が重要であり、何より小春に頼るしかないこの状況では嫌なことはなるべく後回しにしたいというのが本音だった。

 嫌なことは未来の自分に丸投げする。未来で過去の自分を恨むことになってもだ。


「お前さっき、この町が都市伝説が実現するスポットだとか言ったな? 言葉通りの意味なら、この町では都市伝説が実現するってことだろうけど、そんなこと有り得ないだろ?」

「認めたくない気持ちは分かるけど、自分の目で見たことぐらい信じようよ。哲太はあの口裂け女が夢だったとでも?」


 いや、と哲太は言葉を濁す。

 あれは夢でも幻でもない。網膜に深く刻まれたその姿を思い出す度にそう断言できる。

 だが、それでも都市伝説が実現するなんて常識的に信じられない。いや、信じたくないのだ。


「常識を重じるのはいいことだけどね、さっさと切り替えないとこの町では生き残れないよ」


 そう言い切った小春の声には冗談など含まれていなかった。

 先程までの哲太をいじって楽しむような様子はなく、ただの事実として述べているのだ。


「ねぇ哲太、昔の町を知る者からして今のこの町をどう思う?」

「どうって……変わったよ。なんかすげーイマドキだったり、昔とてんで変わんなかったりあべこべだ」

「あべこべ。うん、その言葉はいいね。そう、あべこべなんだよこの町は。五年前に再開発地域に指定されたおかげて駅前や商店街ばかり賑やかだけど、町自体の方は賑わっているとは言えない。むしろ、廃れていっていると言ってもいい。この町の人気の無さは哲太も感じたでしょ?」

「確かに、空き家が目立ってたな。俺が陽菜――知り合いの家族が管理しているアパートに入り込めたのも部屋が空いたからだ。ボロいが貧乏学生には涎ものの物件なのに、前の住人が出ていったのは就職でも卒業でもないって聞いてはいたが……」


 よし、引っ越そう。まだ新居には足も踏み入れてもいないが、哲太は固くそう決意する。破格の物件が曰くつきなのはお約束だが、曰くつきが物件じゃなく町の方だなんて我慢できるはずがない。


「そうだね、普通ならこんな町は選ばない。勘のいい人ならちょっと過ごしただけで嫌な予感を感じとって去っていく。まあ、哲太の直感センサーは反応しなかったみたいだけど」

「ほっとけ。で、この町が都市伝説の実現スポットなんかになっちゃったのは、再開発地域とやらになったのが原因なのか?」

「違う違う、原因でじゃなくて弊害だね。この町は今、ちょっとしたブラックボックス的な状況にあるんだ。急激に近代化が進んだ商店街と昔に取り残された住宅街で、町には現在いま過去むかしが混在してる。それも溶け合うことなく、ね。この不安定な状況が都市伝説を実現させる環境を作り出している。こんな厄介な町に自分からここに来るような物好きは哲太ぐらいだよ」


 発展を願った人々とその熱意についていけなかった町との間にできてしまった歪み。それが都市伝説を実現させるという怪異現象を引き起こす原因になっているのだと小春は言う。

 にわかには信じがたい話ではあるが、町の様子を見て回った後では安易に否定することはできなかった。哲太が感じていたあの違和感は変わってしまった町への郷愁などではなく、異様さを察知してのものだったのかもしれない。


「ここがもっと本格的に寂れて猥雑な町になっていたなら悪霊怨霊の類が集まる怪異タウンになるんだろうけど、哲太の言ったようにこの町はちぐはぐであべこべだ。奇妙で絶妙なバランスの元で成り立っているからこそ、都市伝説のような曖昧な怪談が実現するようになったんだよ」


 誰もが一度は耳にしたことがあるでろう都市伝説。

 だが、その定義はあまりに曖昧だ。都市伝説など嘘か本当かも定かではない、馬鹿げた噂話だと一蹴するかもしれない。

 けれども、完全に有り得ないとも言い切れない。

 それが都市伝説の怖いところなのである。


「……ん、ちょっと待て。お前さっき自分からこんな町に来るような物好きは俺くらいだって言ったよな? じゃあ、お前がこの町に住んでるのは何でだよ? 何か理由でもあるのか?」

「そんなの、この町が都市伝説の実現スポットだからに決まってるじゃない!」


 は、と哲太の眉間の皺が深くなる。待て、こいつはいったい何を言ってやがるのか。

 都市伝説が実現するという怪異的な状況にある町だから人が減っていると言っておいて、小春はだからこそ住んでいるのだと胸を張った。そして、キラキラした目で続けるのだ。


「だって、こんなネタに困らない町、他にないもの!」


 ふむ、分からない。

 これが小説家という人種なのか。てんで分からない。


「でもね、いくら都市伝説が実現するって言ってもそれは時たまレベルなんだよ。幽霊の出現スポットと同じで、そこに行けば毎回絶対に現れるってもんじゃない。この町を拠点にしてかれこれ一年ほどが経つけど耳にするのは噂ばかりで、本物に出会ったのは今回が初めてだ。だから哲太は運がいい」

「どこがだ! 運勢最低だろどう見ても!」


 他人事だと思いやがって、と唸る哲太は仏頂面を思いっきり顰めて睨みつけるが、それを真正面から受け止めて小春は笑う。


「運がいいとも。だって、私と出会えたじゃないか。あの時、私がいたから助かったとまでは言わないけど、あそこで私に会わず死んでいたって展開こそが運勢最低だろ」


 どうよ、と聞かれて哲太は口を噤んだ。

 確かにその通りだ、あの場で小春に会わなければ哲太の運命はそこで終わっていただろう。運良くあの場を切り抜けられたとしても、この高層マンションという現代の要塞に逃げ込むことはできずに捕まってしまっていただろう。


 ……悔しいが認めるべきだ。この酔狂な小説家を名乗る少女、小春は味方なのだと。


 顔を上げる。哲太の視線を受けて小春は次の言葉を待つように首を傾げてみせた。思い返せば、いつだって小春はそうだった。

 常におどけたような物言いで哲太をいじり倒していた小春だが、その言動の端々には哲太に対する気遣いが感じられた。哲太の置かれた現状についての説明も、こうして本題に入るタイミングを窺っていることだってそうだ。

 口裂け女を誘き出したいだけならば、得意の舌先三寸で哲太を利用することなんか簡単だったはずだ。

 ならば、それをしないのはなぜだ? 決まっている、哲太の意志を尊重しているからだ。

 年下の少女にここまでお膳立てされて黙って流されるのは格好が悪い。少なくとも、こちらにも年上としての――男として意地がある。


「結城、お前の目的は都市伝説に出会うことなんだよな?」

「そ。次の作品の題材ネタが都市伝説だからね」

「お前は都市伝説に出会うためにこの町に来て、夜な夜な都市伝説を求めてさ迷い歩いている、と……」

「夜な夜な言うなっ、何だそれ私に徘徊癖があるみたいな散々な言われようだなおい!」

「ああもう、変なところに食いつくなお前は! 言葉の綾だ聞き流せよっ!」


 言葉の言い回しに噛みついてくる小春をなんとか落ち着かせ、自分も落ち着かせるために哲太は大きく息を吐く。

 きっとこれは小春が言おうとしている言葉と同じだろうが、哲太は自分から言いたかった。結果は同じであろうとも、このまま流される形になるのは嫌だった。


「お前は都市伝説を探している。そして、ここに都市伝説である口裂け女に狙われた男がいる。どうだ、俺たちは協力し合えるんじゃないか?」

「具体的に言うと?」

「俺ひとりじゃこんなのに立ち向かえない。だが、事が事だから下手に助けも求められやしない」

「だろうね。そもそも、こんなことを信じてくれる人がいない。頭おかしいとか性質タチの悪い冗談で片づけられるのがオチだ」

「俺だってそのオチで片づけたいよ」


 けれども、それは無理だ。哲太の身体が、脳が記憶してしまった恐怖が、それが冗談では済まないと知っている。


「だから、俺は協力してくれる人間が欲しい。助けてくれるなら奇人変人、どこぞの酔狂な自称小説家だろうが構わないってことだ」

「……オーケー、哲太の言い分は分かったよ。で、その協力関係に関する私のメリットは?」

「お前が欲しがっている都市伝説に関する全てを包み隠さず話す。お前風に言うなら、俺はネタを提供するってことだ。どうだ、小説家だっていうお前にとっては最高の報酬だろ?」


 断れるんじゃないか、そんな不安を押し殺して哲太は笑ってみせる。

 イメージするのは口裂け女と対峙した時の小春だ。あの時の小春の心理がどうであれ、哲太には自信に満ちた余裕のある笑みに見えた。どうか、今この瞬間だけでもそう思われたい。

 哲太の笑みが意外だったのか小春は驚いたようにパチパチと数回瞬いだが、すぐに思い直したように笑う。


「――よろしい、最高の報酬だ! 協力するよ、哲太」


 差し出された小春の手を哲太は握る。

 こうして契約は結ばれた。全く共通点のない哲太と小春の二人だが、都市伝説に関してのみ協力し合う関係の始まりである。


 だが、なぜだろうか。

 哲太は握った小春の手に意識を向ける。哲太の手にすっぽりと収まってしまうほど小春の手は小さい。身体の大きさからいってそれは当然だろう。


 けれども、けれどもなぜか。

 哲太にはこの手はもっと小さかったような気がした。






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