●2 変わった町で変わらぬあなた
店を出て陽菜と別れた後、哲太はすぐに新居であるアパートに向かうのではなく町の探索をすることにした。十年離れていたとは言え、町の構造自体が変わったわけではないのだから記憶を手繰りながら町並みを歩いてみようと思ったのだ。
「……しっかし、随分と変わったなあ」
商店街は哲太の記憶の中とは大きく変わっていた。
以前は目立った店なんて食料品関係とちょっとした衣料品を売っていたスーパーくらいしかなかったのだが、今では飲食店からコンビニにドラッグストアなどは当然として、ダンススタジオからフィットネスジムまである始末。陽菜から聞いたところによると、少し裏手に入るとホストクラブもあったりするらしい。
夕方の商店街はちらほらと彩り華やかなネオンが灯り始めている。
光があるのは人がいる証拠だ。日が暮れると同時に店が閉まっていた十年前とは大きく異なる。寂れていた商店街は今や哲太の記憶の中にしかないのである。
しかし、華やかな一方でシャッターの閉まっている店もところどころ見受けられる。
閉店と書かれた張り紙には次にオープンする店の情報が書かれていた。陽菜の言っていた通り、店の入れ替わりが激しいというのも本当であるようだ。
衝撃を受けつつも哲太は商店街を歩いていく。
町の光景に見覚えはなくとも道筋は身体が覚えており、記憶の中と変わらない場所にある交番を見た時には安堵している自分がいた。
交番の角を曲がり住宅地に入る。すると、さすがにそこは大きく様変わりしているなどということはなかったが、やはりところどころ変わってしまっていた。
哲太が小学生だった頃の通学路を歩いてみれば、遠くに見えていた教会の姿が高層マンションの影に消えていた。元々、日本家屋が多い町並みに教会という存在自体が異質だったのだが、今では一際高いこのマンションが悪の根城か何かのように浮いている。
あんなとこ、好き好んで住む奴などいるのだろうか。そんでもってお高いんでしょう、である。
中でも一番驚いたのが、当時の哲太たち子どもが密かに遊び場としていたコインパーキングがそっくりそのまま幼稚園になっていたことだろうか。
だが、あれから十年だ。十年経てば子どもも大人へと変わる。哲太だって子どもから大人になったのだから町が変わっているのも当たり前だ。
頭ではそう分かっているにも関わらず、それがどこか腑に落ちなくて哲太はがりがりと頭を掻いた。
――この町が変わってしまったことが、俺は寂しいのだろうか。
記憶の中と違う町並み。変わりきったわけではないがところどころ違う町の姿に感情がついていかないのだ。きっと竜宮城から帰ってきた浦島太郎も、自分の記憶の中と何もかも変わってしまった光景に心がついていけなかったのではないだろうか。
「……帰るか」
もう、探索はこれくらいでいいだろう。
これ以上見回っても、きっとこの感覚は強くなるばかりで埋まることなんかない。
暗くなってきたということもあり、哲太は町の探索をやめて新居となるアパートへと向かうことにした。
暦の上ではもう春とは言え、まだ日が落ちるのが早い。商店街の喧噪を遠くに聞きながら、すっかり暗くなってしまった住宅地の古臭い街灯の下を歩いていく。
そう言えば、と昔を思い出す。
子どもの頃、哲太は夜が怖かった。お化けや幽霊といったオカルトものが怖かったのは当時からだが、それ以上に夜の闇が怖かった。真っ暗な闇の中、見えないだけで何かが隠れているのではないかと勝手に想像して身を震わせていた。
はは、と幼い自分の浅はかさに哲太は笑う。
大人になって分かったことだが、この世にお化けも幽霊も存在しない。夜の闇に隠れているのは虫ぐらいで怖いことなど何もない。
そう、何もないのだ。
夜だからといって何の変化も事件も、現実では起こることなどない。
お化けも幽霊も、この世には存在しないのだから。
「――ねぇ、ちょっといいかしら」
だから、不意にかけられた声に哲太はなんの警戒もなく振り返る。
外灯を背に立っていたのは一人の女だった。
切れかけているのか、時折瞬く外灯がスポットライトのように女を照らしていた。
真っ黒の髪は長く綺麗で着込んだ真っ赤なトレンチコートに白い肌はよく映える。鼻から下をすっぽりと覆うマスクのせいで顔はよく分からないが綺麗な人だろうと一目で分かった。
しかし、哲太は反射的に一歩足を引いていた。
きっと陽菜に妙なことを吹き込まれたせいだ。
一瞬、彼女の服装から有り得ない想像をしてしまう。――口裂け女なのではないか、などと。
有り得ない。だって幽霊も怪物も、この世には存在しないのだ。
春先とはいえまだ肌寒い。だからコートを着ていることは不思議ではなく、花粉が飛び交う時期であることを考えるとマスクをしているくらい何のおかしいことじゃない。
そう、自分に言い聞かせる。
哲太のぎこちない反応を知らない人が話しかけてきた戸惑いと取ったのか、女は安心させるように笑った。
「急に話しかけてごめんなさいね。私ね、ちょっと聞きたいことがあるだけなの」
「ぁ……あっ、あの、道のことですよね? 俺、この町には久々に帰ってきたとこなんで、あんまり詳しくはないかもですけど多少なら……」
「いいのよ。この辺りの道なら、私詳しいから」
嫌な想像をしてしまい緊張する哲太を見て女は微笑ましそうに笑う。
愛おしそうに、だが、それは躊躇なく花を摘み取る子どものような無邪気な残虐性を持って――マスクの奥で口をにんまりと笑わせた。
「――ねぇ、私ってキレイ?」




