第6章 クサナギ
第6章 クサナギ 現地時間1436
拍子抜けである。格納庫に着いたものの、準備がまだ、と言われてしまった。
零式の修理は、意外な部分で難航していた。機体は幕布に覆われたままだ。
「左腕は、いいんですよ。肩からそのまま交換で。すぐ済みました。」
整備責任者の青木技術少尉が、難しい顔をして洋一郎に話しかける。初対面だが、園香よりは自分の方が話しかけやすいのだろう。他の整備員も彼女には近づかない。彼女もわかってるのか、一度機体に近づいたが、今は洋一郎の左にいる。
「後の被弾箇所は、たいして問題ないので、そのままです。」
あちこちデコボコだが、しかたない。
「問題は副操縦席ですね。」
「霊力機関とか、同調・増幅器か?」
聞き覚えた単語で聞いてみる。確かにあの後調子が悪かった。
「いえ。それも、何とか。何しろ初めての起動成功でしたが、加熱したくらいです。部品交換で何とか。本当は一回全部ばらして、記録を取り直して・・・出撃なんか後回しにしてほしいんですがね。」
開発部としては作戦の是非より実験の記録が大切らしい。技術者の立場からすればそうか、と洋一郎も思う。
「ちなみに、なんで起動成功したんですか?神藤少尉?秘訣は何だったんですか?」
俺が知るか。と邪険にしたいところだが、
「事情も何も知らない自分より、この子に聞いた方がいい。」
と園香に振った。失敗だった。青木は渋面をつくったのだ。そんなに相性悪いのか?園香はさっきから無表情のままだが。あわてて言い直す。
「すまないが、やはりあとでいいかな。すぐ作戦開始なんだ。」
「わかりました。必ず機体だけでも返してくださいよ。」
操縦者たちはどうでもいいのかと洋一郎は疑った。
「で、結局副操縦席、何が問題なんだ?」
「あ~何か内装いろいろ壊れてるんですよ。降下翼とか自爆装置の操作関連あたりの。」
ごくかすかだが園香が目をそらした。
「特に自爆装置、危なかったですね。安全装置までいかれてて、いつ爆発するか不安定なままでした。これが結構大変で、もうしばらくかかります。」
洋一郎は、めまいがした。園香を見るが、今度は明らかに目をそらしている。
「・・・自爆装置の方を外せ。頼むから・・・。」
「それならすぐですが。いいんですか?規定では」
「いいに決まってるだろう!そんなのなくたって、爆弾くらい自前で生きのいいのを積んでるよ!」
詰んでるとも言いそうだが。洋一郎は逃げだしそうな地雷娘を捕まえ、左わきに抱えて、昇降機に向かう。
「少尉。この格好は恥ずかしいです。上官による部下いじめに該当します。」
突然のことに慌て抵抗する園香に、まるで誘拐犯のような洋一郎が言い返す。
「勝手な改造による機体の安全性低下、作戦遅延。重罪だが隊内処分で勘弁してやる。処分内容は人前で運ばれることだ。恥ずかしくて何よりだ。」
二人の様子を見ていた開発部員一同が、あっけにとられている。初めて見る取り乱した立花二飛曹と、それを容易く扱う新任の少尉。仲・・・いいのか?同じ機体に乗せていいのか?
混ぜるなキケンというという洗剤の注意書きが現実味を帯びて脳裏に浮かんだ。
園香は泣きたくなった。羞恥と息苦しさで顔がひたすら赤い。洋一郎と会ってから、混乱することが多くなった。あの偽物少尉、と心の中で罵る。
一方、洋一郎は、ようやく園香に一矢報いた気がした。彼にとってはかなりささやかな一矢だが。じたばた暴れる園香を運び、その軽さに驚く。こいつ何歳なんだろう?と思った。
用意された昇降機から操縦席にはいる。そこで、ようやく園香は解放された。
「こんな辱め。少尉・・・覚えていてください。」
これは特撮時代劇で覚えたセリフである。彼女の語彙のほとんどが軍事用語と戦神機の操典で埋まっている。後は過去の祭式に関わること。自分の心情を言い表す語彙は、本当に希少なのだ。その数少ない語彙の大元も、とても残念なことに特撮時代劇に偏っている。
「園香くん。これは正当な隊内処分だ。逆恨みという私的な報復は許されない。」
逆に洋一郎は、彼女に理解できる語彙がわかってきた。自然とこんな軍隊口調になる。
「ふん。後でクチフウジの続きです。」
ひいっ。あっさり謝りたくなったが、こらえて、噴然と副操縦席に向かう後姿を恐る恐る確認する。そこで安心してようやく起動手続きに入る洋一郎。ふと思い至る。しかしあれって俺以外の男にはただのご褒美じゃないのか?つくづく自分の良識が恨めしい。
「はあ・・・主電源、起動。」
「確認しました。霊力機関、始動操作に入ります・・・本当に覚えていてください。」
かなり根に持たれたらしい。やれやれまた地雷を踏んだか。自分からくっついてくるのは平気なくせに。着火点がわからない地雷娘め。と、幾度目かの理不尽な思いに包まれる。
「了解だ。各部位、異常なし。武装確認・・・あれ?陸奥守がないぞ。」
機刀のあるべき場所に、別の装備がある。そこに青木が話しかけた。
「あ~報告が遅れてすまないです。霊力機関がやはりイマイチ不安定なんで、補整の意味もあって実験の第二段階を行うことになりました。」
「ち。遅いよ。」
こっちは生死にかかわるんだぞ、と叫びたくなる。
「すると、追加の神器ですか?」
事情を察した園香が勢い込んで聞いている。地雷娘が反応するということは、相当やばい武器なんだろうな、と洋一郎は不安になった。
「そうだ。神剣を装備した。少尉、詳細は、副操縦士に聞いてください。」
「そうなると・・・第三段階までいってしまうのでは?」
よくわからないが、張り切っているらしい園香の声を聞くと、これは自爆装置の代わりの特攻兵器かも、と、かなり悲観的になっている洋一郎である。
「偵察任務の追加?ち。」
暴風圏の中心、アドミラルティ島上空の観測に地上施設の偵察。先行した偵察部隊もこれ以上は困難らしく、作戦の移動経路になる神藤機に全部やらせようということらしい。
発艦直後に早速の作戦一部変更。思いっきり上層部不信の洋一郎である。が、
「少尉。任務を優先してください。」
と年少で女の部下に叱責され、耐えることにした。園香にすればいい加減にしてほしいというところである。
「わかってる。目標まで、誘導よろしく。」
「了解です。まず東北東へ。以後、副映像盤に情報送ります。・・・本当にわかってます?任務は、あくまで作戦のためですよ。」
つい言ってしまった。言わなければよかった。さっきの、つないだ手が、抱えて運ばれた時の感覚が、言わせてしまった。珍しく、ひょっとしたら生まれて初めて園香は後悔した。
「そう命じられた。了解している。」
洋一郎は平静に、いつもよりやや冷たく感じる声で答えた。その微かな冷たさが、園香は気になった。普段の、少なくても自分に向けられていた少尉の声は、穏やかでもっと耳に心地よかった。胸が暖かくなるような・・・。今は、少し違う。
「・・・少尉。」
「どうした。」
「・・・さっきみたいにならないで・・・ください。軍律違反は・・・。」
洋一郎の士気が秒刻みで下がっていく。はあ~と大きくため息をつく。爆発、暴発、自爆の方が、相当マシだったと思う。不発弾がある意味一番怖い。彼は映像盤を見て、ち。見なきゃよかったとつぶやいた。人の表情の変化に敏感な洋一郎には、一見変わらない少女の表情が、そうでないことに気づいてしまった。もう一度深呼吸をして、心を整える。
「園香くん。今は大丈夫だ。」
「今は・・・ですか?」
そう。今は。
この子と俺は相容れないものを抱えている。一緒にいれば、あんなことは何度も起きるに決まっている。
俺は人を殺したくない。彼女にもさせたくない。だが軍の正義が殺人を肯定している限り、そして彼女がそれに従い、俺がそれを受け入れられない限り、俺たちが反目するのは当然のことだ。
だから、言えるのは、今の気持ちだけだ。
「今は任務を守る。そして今この時はまぎれもなく俺は、神藤洋一郎は立花園香の戦友だ。いや、たとえこの後、俺に何があっても、戦友であろうとする決意に変わりはない。」
つくづく自分はバカだ。でも、ウソも気休めも言いたくない。だから今の本心を伝えるしかない。洋一郎は自分の不器用さに呆れた。
「少尉。誓って・・・ください。」
不安を隠せない声。小さく、消え入りそうな、それでも耳に心地いい、鈴を転がすような響き。
洋一郎にもう迷いはなくなった。
「誓う。いつか、キミに撃ち殺されようと、俺はキミの戦友だ。」
「・・・・・・・・・バカ少尉。わたしが何で少尉を撃ち殺すんですか?もう少しマシな誓いを立ててください。」
途方に暮れたような声がする。映像盤をみると、園香の、無表情というよりは仏頂面がみえる。不本意なのだろう。だが洋一郎からすれば、拳銃を突き付けられ特警に引き渡されるのと、射殺との違いは僅差に過ぎない。初対面では実際に撃たれてもいる。園香自身に自覚はなくても彼女に撃たれて死ぬ可能性は、戦死するより高いであろう、不条理だ。
が、それを伝えるのはためらわれる。だからつい軽口が出た。
「バカ少尉はないだろう?」
借り物少尉はともかく、偽物少尉、お次はバカ少尉。この子、俺を罵倒する言葉だけだんだん増えてないか?たった今まで自分自身をバカと自嘲していたことを遠くに放り出した。
「繰り返します。あなたはバカ少尉です。もしわたしがあなたを殺すことがあったら、わたしも自ら死ぬしかないじゃないですか・・・別にいいですけど。死ぬときは一緒なんですから。」
平然と言う園香。彼女の覚悟はとっくに決まっていた。
「なるほど。」
洋一郎は本当にバカバカしくなった。左手で顔半分を覆って、天を仰ぐ。じゃ簡単なことだな。互いに理解できず対立しても、それが何だというのだ。望めば死ぬまで二人一緒にはいられそうだ。望めば?ケンカするほど仲がいいってか?
「ハハハハハ。」
おかしくなって、声を上げて笑った。園香はびっくりしたようだが。それもおかしくてまた笑う。映像盤の彼女は、こっちをこわごわと見ている。こいつの表情、だんだん分かり易くなる。でも、このままじゃまたなんか言われそうだ。その前にやっちまえ。こほん。咳ばらいを一つ。洋一郎は気を取り直して、姿勢を正し、いつになく真剣に凛々しい顔で告げた。口元は少々緩んでいたが。
「俺は、俺たちは死ぬときは一緒だ。戦友クン。」
操縦席を中心に何かが広がり、零式の全身が一瞬だけ白く輝く。
・・・あ、まただ。白い空間。青い天。緑に囲まれた、小さな社。そして二人。
「・・・言霊によって、再度の誓言が、なされました。もう逃げられませんよ。」
「今まで逃げられたのかよ。」
「・・・さあ。ふふ。」
洋一郎は初めて園香の笑い声を聞いた。ほんの微かだが。いい響きだと思った。
「で、園香くん、そろそろ目標のはずなんだが?」
「あ、もう到着してました。目標の上空500m。・・・バカ少尉がバカなことを言い始めたからです。」
お前の着火点が多すぎるんだ、地雷娘。洋一郎は賢明にもこの言葉は言わなかった。が、そこで突然機体が大きく揺れる。
「少尉!調査区域の大気圧に異常!さらに急激に低下・・・850・・・820・・・局地的に異常な乱気流発生!」
「・・・なんだそりゃ?」
「少尉、真剣になってください。その言葉遣いは風紀上問題です。・・・来ます。」
機体が激しく揺れる。強力な障壁を持つ戦神機だが、大気の強く不安定な振動には影響されざるを得ない。前後左右上下。あらゆる方向に揺さぶられる。
「さっさと観測と偵察を終えて離脱するぞ。」
と洋一郎は言ったつもりだが、舌を噛みまくっている。ててててて。
「操縦感覚を保つために残している慣性も中和します。」
と言っているであろう園香も同じである。口から連続した異音を発している。乙女にあるまじき醜態だ。本人に乙女の自覚はないが。
それでも数秒後、操縦席内の強い振動は収まった。洋一郎はひとり呟く。
「やれやれ口の中に血の味がする。・・・もしも操縦者の舌を噛ませて殺せるんなら、立派なとんでも兵器になるな。柴田が喜ぶぞ。」
ん?今、自分で言ったが・・・兵器?
「少尉、舌をかませる兵器なんて実在するのですか?」
さて、このボケにはどう答えようか? ・・・流そう。
「園香クン・・・指揮官権限において無線管制を一時解除する。」
「少尉?」
不審そうな声が上がる。
「偵察部隊に確認することがある。任務の変更もありうる・・・都市攻撃なんか糞くらえ!」
「少尉!士官にあるまじき下品な発言です!・・・やっぱりその任務がイヤなんですね。」
「あたり前田のクラッカーだ!」
「少尉、意味不明です。」
園香の語彙を増やそうと微妙な発言をする洋一郎だが、うまくはいっていないようだ。
「緊急無線、零式からですよ。」
偵察部隊は、短い時間内で可能な限りの偵察結果を送った後、前例のない規模の悪天候に見舞われ、目標区域近くに待機している。
「副長の工藤だ。しばらくだな。洋一郎。」
通信士の仕事を奪ったのは、洋一郎の特機校二級先輩だった工藤大路であった。
「・・・工藤先輩?なぜ先輩が偵察部隊に?」
「聞くな。大人の事情だ。用件を言え。」
「相変わらずの単刀直入ですね。では先ほど貴隊が戦隊司令部に送った、当区域の偵察結果に気になるところがありまして。」
「面倒くさい。情報を転送する。七の甲だ。」
「七の甲。即断、感謝します。では後日改めて。」
「その時は、おごれよ。貸し二つだ。」
「・・・覚えていましたか。では二つ分一気に。・・・先輩のお声が聞けてうれしかったです。後日、必ず。以上通信終わり。」
工藤は、特機校時代わずか半年足らずであったが洋一郎と少々の交流があった。彼自身は特機校では珍しい平民出である。成績が優秀であればあるほど周りからの一方的な白眼視は強くなった。一方洋一郎も、無駄に目立つ後輩だった。義足ということもあるが、やはり曾祖父が有名過ぎた。しかも皇島国では珍しく良識を隠さなかった。加えて「継戦能力」論だ。
ひたすら攻撃を重視する教員・学生の中にあって「守備」「防御」という語彙を発することすら侮蔑の対象に成り得た。論文や論戦にその語彙が入っただけで評価されなかった。しかし、洋一郎は「継戦」という理論を使い、攻撃偏重を時に論破し、模擬戦で実証した。
単なる猛攻撃による一時的な戦果より、攻撃を続けることによる戦果が最終的にいかに大きいか、そして攻撃を続けるための防衛・補給・待機・そして生存の価値を主張した。
もともと家は近所であり、顔見知りであった。尋常学校時代は妹の同級生でもある。面白い後輩として話すようになった。どうせお互い周りからやっかまれている者同士だ。もっともきっかけは洋一郎に届け物をしにきた侍女に、工藤が一目ぼれしたことであったが。
洋一郎と工藤の楽し気な会話を聞いているうちに、園香の口先が少しとがってきた。通信が終わり、情報が転送されてきたが、しばらく彼女は動かなかった。
「園香クン、転送受け取ったかな・・・園香クン?」
「・・・はい。いただきました。」
「全く、戦隊司令部の手際が悪いから、現場で情報をやりとりなんかするはめになるんだ、まったく。」
洋一郎は、言ってしまってから、ヤバイ、また地雷か・・・と覚悟したが、
「・・・。」
なにも反応なし。・・・不発弾は不気味である。
「園香クン、こっちに送ってくれ。」
「イヤです。」
洋一郎は、この短い返答に戦慄した。
「・・・あ、いえ。今送ります。」
「俺、何かした?」
「別に。」
理解不能である。
が、気を取り直して、転送された情報をもとに零式を移動させた。途中、突発的な強風にあおられたり、小さい振動が機体を揺らし続けたりしたが、操縦に大きな問題はなかった。
「園香クン、キミは、「目」がいいよね。見えるかい。観測機械ではわからないが・・・。」
少し間をおいて、園香はそれでも素直に見たらしい。
「あ、地上から不可視域の光線が照射され続けています!」
「ヨウ素?フッ素化?出力的にはフッ素化重水素レーザーかな・・・・大気圏内じゃどうなんだ?さすがに専門外だが、だいたい当たり。化学レーザーに間違いない。いや、園香クンが不可視光線を見えるんで助かったよ。」
「今、敵性語が聞こえた気がしましたが・・・れいざあ?」
「この異常気象は、敵の気象兵器のせいだ。半世紀以上前から噂はあったけど、あれは人口衛星から上空にってことだったが。まあ高出力光線を照射することで、大気中の気圧をコントロー・・・コホン。操作する技術だ。しかし規模が桁違いだな。地上から?継続的に?それで核融合炉か・・・気づけよ、作戦部。」
「あのう、よくわかりませんが、上層部の批判は・・・。」
「あ、すまん。・・・戦隊司令部へ連絡して指示を仰ぐ、というか、作戦変更を認めさせる。なぜか七二式もなくなっちまったし。」
「え・・・本当だ!・・・少尉、さては20mm機関砲を遺棄しましたね。都市攻撃をしない言い訳に!」
「気のせいだろ。さっきの暴風雨で落ちたんだよ、きっと。」
戦隊司令部は、洋一郎の提案を検討するのに時間を要した。作戦部の面々からすれば、現場からの意見具申など承認したくなかったのだが、都市への威嚇攻撃よりはるかに有効であることを認めざるを得なかった。何より、作戦時間が限られている現状を打開する、唯一の立案であることに間違いなかった。
「神藤少尉、貴官の作戦を承認する。迅速な成果を望む。」
「ありがとうございます。以上。」
洋一郎はろくに復唱もせずに通信を終了した。
「・・・少尉ぃ。」
心配げな声がする。心配?この変人の軍人から?自分は相当に大人げない対応をしていたらしい、と洋一郎は気づかされた。
「・・・ゴメン。心配かけて、ダメな上官だ。」
殊勝に謝る洋一郎だったが
「それは、わかってます。借り物の偽物の壊れ物のバカですから。」
けっこう胸にささる答が返って来た。壊れ物?いつの間に増えたのだろう?と思う
「ただ、上官には礼節を持って対応するべきだと思います。少尉は先ほどから礼を失する言動が目立ちます。」
・・・お前が言うか、そう言いたいのを賢明にもこらえ、洋一郎はもう一度
「ゴメン。気を付ける。」
と繰り返した。
その間も機体は不安定な振動に見舞われ続けており、急ぐことにする。
「じゃ、作戦考えようか?」
洋一郎は、軽い口調で話し出した。
「はい?さっきの作戦提案とか意見具申とかは何だったのですか?」
首をかしげる園香。感情表現がこの短時間で随分増えてきた。
「あれは、目標の変更だ。気象兵器破壊への変更。ただどうやって壊すかは、これからかな?司令部にはデタラメに言ったけど。」
「・・・この、大バカ少尉っ!」
感情表現、成長しすぎだろ、と思う洋一郎。
「お前、俺への礼節はないだろ?」
「ええ、それが何か?」
ち。洋一郎は左手で顔半分を覆って、天を仰いだ。
とりあえず操縦席内の振動は続いている。飛行に問題はないとはいえ、機体そのものは揺れに揺れ、照準がつけられない。紫光剣を放って外せば、二度目は霊力機関に異常をきたして放てない可能性が高い。洋一郎がその推測を園香に告げたところ、
「現状では、少尉の推測の通りです。」
ありがたくない同意をされた。ち。
「攻撃は一度切り。だから目標は一つに絞る。・・・放射線を漏らさないためにも核融合炉の全てを一瞬で消滅させる。問題は機体の揺れによる照準誤差。」
浮遊している限り大気の影響は免れない。・・・。
「対策一。大気の影響を受けない高度からの一撃。課題は紫光剣の射程。」
「少尉?」
洋一郎はなにやらつぶやき始めた。
「二。この最大風力に影響されないほどの超高速飛行で接近後、攻撃。課題。風力不安定を極め予測困難。可能性保留。」
「少尉・・・。」
「三。核融合発電施設に接触。建造物に直接機体を固定して、零距離攻撃。課題。現状の建造物強度不明。さらに攻撃後、霊力機関停止の場合、至近距離での爆発を障壁なしで受ける可能性。」
浮かんだ解決策を片っ端から言葉にしてみる。
「四。障壁の・・・これかな?一番現実的なのは。」
「少尉~。一人で納得しないでください。」
頬がむくれて、口がとがっているように見える。子どもっぽい。そういや何歳だっけ?
「だいたい神剣について知っているのはわたしですよ。自分の兵器を知らないで、どう戦うんですか!」
道理だ。孫子である。敵を知り己を知れば百戦百勝。だが・・・
「なあに。どうせ最後は二人の共同作業だ。」
この軽口の意味を知った園香が、一人赤面するのはかなり後日のことである。
一度、高度を上げて暴風圏内から逃れることにする。
「では、凱号零式、主・副操縦士、同調・増幅機能、作動開始します。」
同調器、増幅器の装着は終えた。調節も終了している。二人の上に降りてくる透明な筒。
順調のようだ。操縦席の筒は青く、副操縦席の筒は赤く輝き、徐々に点滅を早くする。それに同調して機体も交互に青く、赤く輝く。
「霊力の同調、増幅・・・霊力値 40 50・・・」
ぶうううううううん。低い音が響く。輝きと、唸りが同調し始める。
「少尉。今回は大丈夫ですね。」
ち。思い出させるな、阿呆。密かに動揺した洋一郎。何しろトラウマである。意志で抑えるにも限界はある。・・・いかんいかん。月月月。三段突き、違う。
「霊力値上昇52 53 54・・・なんですか、この小刻みな上昇幅は、軟弱者。借り物の偽物のバカ少尉!あら?71!92!できるじゃないですか。もう。100!臨界!」
増幅操作に入って、早々と昂揚感にとらわれていた園香に散々罵られたが、無事霊力機関は臨界に達した。再び白に近い紫色の輝きが零式を覆う。
「臨界、確認。獅子王計画、封印、第二段階解除!神剣クサナギ、抜刀する。」
機体の臨界を受けて、洋一郎が神剣を装備する。ちなみに獅子王計画が何かは知らないままだ。
戦神機の半分にやや満たない長さの両刃の直剣が、鈍い光を放つ。
洋一郎は、機刀と同じように霊力を伝えてみる。うっすら力が流れていくのを感じた。
あとはしばらく機体の位置を維持するだけだ。
「クサナギ抜刀、装備確認。獅子王計画、第三段階、封印解除!起動儀式詠唱、始めます。」
園香の呼吸と動作、霊力によって副操縦席が神域と化す。壁面が輝き始め、副操縦席内の配置が換わった。操縦席と副操縦席の間は開いたままである。洋一郎は、後ろから異音と怪しい輝きが漏れてくるので次第に不安になった。
零式の主操縦席は視界を確保するため映像盤が大きく、機体本体を操縦する機能が座席前面に集中している。
一方副操縦席は、以前見た限り、情報・電子戦が主目的で、小さい映像盤が多い。そのせいか各種操作盤は座席の周囲全てに置かれていた。
それが、今・・・まず目を奪われるのは、映像盤だ。壁と思われていたものがすべて映像盤だったようだ。それが空と森を思わせるような、青と緑に明滅する。青と緑の境には赤い帯が見たことのない文字を並べている。それは大陸から伝わる以前に、皇島国にすでにあったと言われる文字だ。新井白石が、出雲大社や熱田神宮に残っていたと記し、平田篤胤が「神字日文伝」で肯定した神代文字。
壁の一部は、実は榊の木である。榊とは字画では神の木であるし、栄える木、境となる木でもあるという。
そして紙垂に玉串、注連縄・・・。
その様子を確認してから、園香は二礼一拍手一礼をする。何故か、鼓や笙、琴などの音まで響いているようだ。
園香の祝詞が始まる。聞いている洋一郎がつぶやく。
「俺の相棒が、まるで神社になったみたいだな。」
戦場伝説によれば、かつての特攻機にも神棚が据え付けられていたという話を思い出す。
実際に見れば、「まるで」どころではないのがわかるのだが。
しかし、実は様式は完全でなく、敷島らが文献をもとに造ったもので、かなりいい加減な部分もあった。さすがに賽銭箱とおみくじはその後園香に外されたが。
神社庁から本来の祝詞も教えられていない。神威省と神社庁の不仲が原因だ。園香は、大丈夫だろうか、一般的なもので、略式の様式・・・。ふと不安がよぎり、打ち消す。
「かけまくもかしこき ・・・アマテラスオオミカミ、スサノオノミコト ヤマトタケルノミコト ミヤスヒメノミコト タケイナホノミコト・・・・・・」
零式の持つ神剣クサナギは、神皇家に伝わる草薙神剣を分霊したものだ。その御零代とするのは熱田大神、つまりは天照大神とされている。現在、熱田神宮が草薙神剣をその霊形としている。園香が唱えた神名は、熱田神宮に合祀されている大宮五座と呼ばれる五柱のものである。園香は、その五柱に祈り、草薙神剣の分霊を宿したクサナギを使う赦しを乞うている。
「・・・・・・・かしこみかしこみもうす。」
祝詞が終わると、クサナギは淡く、白い輝きを発し始めた。
しばらく沈黙が続いていた。洋一郎が終わったのかな、と思い映像盤を見直した時、園香の様子が変わっていく。洋一郎が、目を疑った。いつもの幼さが薄れ、見せ始めていた人間味が消えていく。一方もともとの美しさがより際立つようになった。
だれ?ついつぶやいてしまう。
園香は、明らかに普段の様子と違う。一度うつむき、ゆっくりと顔を上げた時には、おそらく彼女には何かが宿った。その何かが唱え始めたのは、
「古事記のスサノオの英雄譚?」
さすがに古事記の主要カ所は必修であった。粛々と、朗々と園香の声が神韻を帯びて響く
「・・・すなはち速須佐之男命、其の御佩せる十拳剣を抜きて、其の蛇を切り散たまひしかば、肥の河血に変りて流れき。」
「スサノオが十拳の剣でおろちを切り裂くと川が血で真っ赤になった。」
洋一郎の脳裏に、その景色が浮かぶ。
「故、其の中の尾を切りたまふ時、御刀の刃毀けき。怪しと思ほして、御刀の前以て刺し割きて見そなはししかば、都牟刈の大刀在り。」
「中ほどの尾を斬ると刀の刃がかけた。奇妙に思い剣先で尾を割ると中からツムガリの太刀があった。」
物語が進むにつれて、紫色に輝く零式から、クサナギに青い光、赤い光の、二筋の光が螺旋を描きながら伸びていく。
「故、此の大刀を取らして、異しき物と思ほして、天照大御神に白し上げたまひき。こは草那芸の大刀なり・・・こはくさなぎのたちなり!」
「太刀を取り、その不思議な剣をアマテラス神に献上した・・・これが草薙の太刀である!」
そして、最後の言葉とともに、青と赤が混じり、白と溶け合い、機体と同じ白に近い紫色の光を、しかしより力強く煌々と放つ。
が、園香の声を聴いているうちに、いつの間にか洋一郎は目を閉じていた・・・。
その子どもは、まだ幼かったが、夜明け前には起きている。井戸の水で体を清め、朝日に向かって姿勢を正して座る。まるで太陽の光を吸い尽くすよう大きく息を吸い、それを全て吐き出すよう長々と吐き出す。
朝食は、粥。香の物。汁物。肉や魚は出ない。よくかんで、行儀よく食べる。
庭や建物の清掃を終えると、年長の者が来て、祝詞や所作、祭式に修法のありようを教える。繰り返し教え、真似させる。
昼食はない。多少の休憩はあるが、その子は一人で習い覚えたことを繰り返し練習していた。
午後は、年長の者が来ないこともある。そんな時でも、日暮れまで一人で修行を続ける。手を抜かず、ひたすら続ける。
日が暮れると夕食。雑穀に豆や野菜、香の物、汁物。肉や魚は出ない。
夜、灯りはともさない。その子は、部屋の窓から月を見ていた。飽きるまで見ていた。
そして、床に入り眠りにつく。
十二の歳の大祓い。その日のために繰り返される毎日。その日の祭式のためだけに生きる毎日。その日この世を去る、それだけの一生。
そんな日が繰り返された。そんな日だけが繰り返された。
その子は大きくなり、一度も切ったことのない髪は、足元まで伸びていた。
ある日、その子は・・・その娘は、突然、髪を切られた。そして、紫の軍服を着て、外に出て行った・・・。
ち。何か見えてしまった。霊視が苦手な洋一郎だが、全く経験がないわけでもない。ただ何をいつ見るのか、まったく本人にもわからない。
ただ、見てはいけないものを見てしまった。そんな気がした。
むしょうにやりきれなかった。任務中はともかく、操縦中だ。そうでなければ、あたりかまわず殴り倒していた。天を仰いだ。天につぶやいた。
「あんた、何やってるんだよ。間違ってる。こんなの。」
曾祖父とは違い、神様への敬意はもともと薄い。今、さらに薄くなった。
長い詠唱儀式を、微塵の遅延もなくやり終えた園香は、全身を紅潮させ、肩で息をしていた。疲労はかなりのものだ。それでも瞳の輝きは、強く、鋭い。が、宿っていたものは去っていた。
「少尉、初めての儀式でしたが、無事終了しました。」
軽い躁状態の園香は、いつもより大きめに声を上げる。しばらくまじまじと見つめてしまい、洋一郎は不本意にも、いい子だな、と思ってしまった。そして、園香が褒めてほしそうに見えた。
「・・・よくやった。園香くん。がんばったな。」
「はい!奮励、努力しました!」
ち。洋一郎はその年頃の娘らしからぬ、いかにも軍人という返事に少し苛立った。が、今は続けるしかない。さっき見たことをいったん忘れようとした。
「最終準備段階だ。機体降下、開始。二重障壁、展開。疲れているところ悪いが。」
「大丈夫。外側の障壁は任せてください。内側はお願いします。少尉。」
洋一郎が考えた末、実行を決意したのは、二人の正副操縦者がそれぞれ別の障壁を展開することだ。通常、障壁はほぼ無意識に展開されている。ただ、状況によっては、霊力を込めてより強度を上げるなどの操作は可能だ。そして、今は、まず霊力が高い園香が外側に大きな障壁をはり、洋一郎が内側に小さな障壁をはる。二つの障壁の間は真空となり、暴風のもたらす衝撃や振動を完全に遮断する。二人の操縦者が、霊力の融合をさせながらも、その力の行使を別々に行うという、繊細な作業だったが、うまくいった。
「クサナギ、霊力反応良好です。霊力機関、臨界を維持。ですが・・・。」
「了解だ。急いではいる。が、あわてもしない。」
なにしろ臨界成功例はわずかにこれで二度め。しかも神剣は最初の起動。なにがあっても不思議ではないのだ。
「高度200まで降下。その後高度維持。姿勢安定。攻撃により炉心周辺の放射線量の高い部位を消滅させる。」
「了解です。高度・・・800・・・600・・・400・・300・250・・200!予定高度です。」
「高度維持・・・姿勢制御、問題なし。安定。」
「少尉、霊力をクサナギへ。」
「了解。」
洋一郎は集中する。自分の霊的中枢から霊力を引き出し、操縦席から機体のヒヒイロカネを利用した人工神経を伝わらせる。霊力機関に集まった霊力は、園香のそれと融合し、増幅して機体全身へ張り巡らされる。その融合された霊力は洋一郎と園香に戻り、互いの存在を近しいものに感じさせる。おそらく言葉を交わす必要もないほどに。それでも確認の手順を言語化して一つ一つ、手堅く進めていく洋一郎。クサナギに意志を込める。
「クサナギ・・・霊力伝達確認。・・・臨界です。照準固定!少尉!」
「おうっ。紫炎剣!」
強力な光炎をまとうクサナギをついそう呼んでしまった。零式が、正眼の構えから突きを放つ。
「いけっ!」
「紫炎剣、紫閃穿貫突きぃ!」
なんだ、その物騒な技の名は?と頭の隅で思ってしまった洋一郎である
白紫の強い光が炎と化して一直線に伸び、目標の中心を襲った。それは大きく広がり一面はその光と炎で覆いつくされた。数秒後、ようやく閃光がおさまり、炎も消える。
・・・あれ?
「少尉・・・炉心どころか、核融合炉ほか地上施設、全て消失しました。」
やや呆れ気味の園香の声が聞こえる。園香に呆れられる行為をしたということが、相当不本意な洋一郎だ。それでも無人施設で幸いだった、と胸をなでおろす。
「大気圧・・・1020?放射線量他全て正常値。周辺の空域、全て正常域です。」
「え、それってすげえおかしくない?こんなに短期間に天候回復なんて。周辺の揺り戻しとか。」
洋一郎も臨界中の躁状態のせいか、言葉遣いは乱れ気味になる。案の定注意される。
「少尉、その言葉遣いは皇島国軍士官として品性に欠きます。・・・ええと、そうなんですけど。どうも単純な消滅ではなく、少尉が防ぎたいと思った現象そのものを消滅させたのかもしれません。神器が因果律に影響を与える可能性を、父が示唆していました。」
それはもう兵器じゃないだろう。神器、なるほど。しかも父ね・・・親の顔を見たいって気もするが。などと自らを遠くの棚に放り出した洋一郎だった。
「少尉?」
「・・・いいや、なんでもないさ。作戦はどうなったかなっと思ってね。」
そういうことにしておこう。
「アドミラルティ島周辺に局地的には最大瞬間風速200m超の暴風が発生したと想定されますが、全て回復。作戦行動は再開されると思われます。ただ海上は影響が残っており。上陸は難しいでしょう。」
「ちなみに過去の観測では?」
「皇島国では64mほど、世界では・・・105mほどでしょうか?」
「・・・。」
あの翼のある輝く人に加え、大規模すぎる気象操作。呆れるほどだ。見えない敵。その影を感じたと洋一郎は思った。ふと零式がある方向を向いた。・・・おいおい勝手に動くのか?
ニューヨーク。大きな映像パネルが真っすぐ自分に向けられた剣と、それがまとう不気味な輝きを映している。
異常気象で、ジュノー周辺の戦闘は一時中断した。暴風が止んだ今も海上は激しい時化だ。あと数日は続く。上陸作戦は不可能。まさか、あれほど見事に気象操作を食い止められるとは思わなかったが、戦闘そのものはアメリゴの勝利で決まりだ。
サンジェルマンやラスプーチンのように、騒いで手間をかけるだけの奴らとくらべ、たった一度、端末を操作しただけの勝利だ。効率がいい。
しかし、あのデモン。なぜこちらを見ている?何をしようとしている?あれだけ離れたアラスカから、ここニューヨークに我らがいることが分かるのか?なにかやろうとしているのか?できたとしても、直接我らを狙うのは、シリウス協定に触れる行為だ。まさか、あいつらができるわけがない。
が・・・type ZERO。危険だ。今は、手駒がないが、次はつぶす。
カトーは、いつもの笑みのまま、騒いでいる同僚をしり目に、部屋から出て行った。もう勝利は間違いない。先の見えた勝負に興味はないのだから。
「航空機を出せ!電波も何もダメでも、暴風雨が止んだ今なら。直接敵と交渉できる。自分が直接出向く!」
カトーが知っていれば、自分のたてた計画に、想定外の悪影響を及ぼす彼を暗殺しただろう。しかしケヴィン市長は、彼が知るにはAIの評価も高くない小者であり、その行動は
予測し得なかった。
実はケヴィンは本国の情報機関に一時在籍していた。現大統領らは、彼の知っているはずの情報に過敏に反応する恐れがあり、ケヴィンもまたそう思っていた。
各種通信障害と異常気象は、自分をこの戦役のどさくさで暗殺する前兆、とケヴィンは考えた。
観測の数値を見た工藤は、自分の正気を疑いたくなった。時化こそ残っているが、気圧、風力・・・一瞬で全て正常値である。観測官の槇原兵曹がお手上げの姿勢を取る。
念のため浮上してみるが、確かに風は止んでいる。波はひどいのでさっさと潜ることにしよう。
「・・・これも、観測記録だ。せっかくとったんだから、開発部にでも送ってやるか。」
呆れた工藤に、槇原が呼びかける。
「東北東に、皇島国の信号弾・・・あのあたりには集落があると思いますが・・・。」
「友軍兵が、救助を求めている?」
工藤は、2年前のことを思い起こす。しかし、救出には多くの困難がついてまわる。何より、自分たちの任務ではない。かわいそうだが・・・仕方ない、と見殺しにすることにした。救出にいけば逆に捕まる公算が高い。ミイラ取りがミイラに、というヤツだ。
そう。捕虜になるくらいなら、自害しろ。しなければ、家族にも地獄が待っている。