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皇紀2701年の零式  作者: SHOーDA
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第3章 タンデム

第3章 タンデム  5月31日 現地時間1028


「こちら、ジャック・ダニエル。ハハハ。先行した敵機を撃破した。」

 過去の大戦で、夷島軍のデモンが通常の兵器によって傷ついたことはない。つまりこれは史上初、ということになる。アメリゴ軍は初の快挙に沸いた。軍の規模、兵器の性能、作戦能力、諜報活動、補給体制などほとんどの面で夷島軍を圧倒しながら、この100年、勝ちえなかった(2010年代のサイバーウォーと2030年代のサテライトウォーは例外である)のはひたすら戦神機の存在があったからだ。そのデモンに、ようやく勝利する。それはアメリゴの悲願そのものであった。

 20世紀の三度にわたるパシフィックウォーでの敗北。まず西太平洋を失い、次いで同盟国オーストラリアを、最後は最重要拠点ハワイを失った。再興されたカメハメハ王朝が傀儡であろうとも、もともと日系移民や親日派が多い土地だ。かつて強引に支配したつけが来た。

 それを挽回すべく21世紀に入ってからの、電子化・情報化・自動化による軍の大改革。現在では陸軍の歩兵すら、機械分隊、つまりはロボット兵器が主力である。海兵隊の強化装甲部隊に至っては、ハインラインのパワードスーツを思わせる高機動重装甲大火力だ。

そしてついに得たサイバーウォーとサテライトウォーでの勝利。

 それでも、いまだデモンが支配するこの世界での勝利はおぼつかない。3年前に起こったアリューシャン列島での軍事衝突も、通常兵器で圧倒しながら、最後はデモンの登場によって参加した海空戦力のすべてを失った。

 あの敗戦の後、来るべきアメリゴ本土決戦に備え、防衛計画の策定と多くの新兵器が配備された。その一つがアラスカ防衛に備え配備された戦略空軍のサンダーバード戦隊である。

 SA―01サンダーバード。両翼下部に2機ずつ、計4機のAI式無人戦闘攻撃機FAQ―47シルバーホークを搭載する、通称飛行空母。爆撃機と異なり、機体本隊の地上攻撃能力はないが、その胴体部で搭載機の整備や兵装交換を行い、4万kmの航続距離を誇る、アメリゴが極秘裏に開発した戦略攻撃機である。高高度を飛行し、またその巨体をも覆う高いステルス性により、敵機は突如上空から多数の航空機が出現するという事態に直面する。もちろん低空飛行による侵入も可能である。搭載機数は洋上の航空母艦に及ぶべくもないが、その速度とステルス性は、奇襲により敵主力艦の撃沈や敵基地の破壊を可能とする。一個飛行小隊は4機で編成されるシルバーホークは、今作戦の性質上、ロケットエンジンを装備した高高度戦闘用であり、推力変更ノズルや補助バーニアによって方向転換、姿勢制御を行うものの、空戦仕様のAIが得意とする格闘戦は想定してしない。無敵を誇るデモンを葬るべく、空気の薄い高高度で最も威力を発揮する高出力レーザーをガンポッドに装備している。瞬間的な貫通力は、デモンの障壁を上回ると想定されるが、出力の高さ故、使用は一度きり。バッテリーもレーザーガンそのものも壊れるので、ポッドごと投棄される。


「第一小隊、ガンポッド投下しました。」

 オペレーターの報告に安心する。順調だ。デモンを迎撃する作戦である。AI式無人機の運用はいくつかのフェイズが自動的に進むのだが、人間が確認しなければならない点も多い。それでも機内にはキャプテン(機長)・パイロット(操縦士)・オペレーター(航空士兼管制士)・エンジニア(機関士・整備士)の4人しかいない。極端な自動化によってこの人数に抑えているのだ。後部には長距離飛行に対応した居住区まである。

 戦隊司令(兼機長)ダニエルは、次の指示を出す。

「オーケイ。第一小隊のフェイズ2への移行は?」

「確認しました。また、第2から第5小隊はフェイズ1へ移行。第6小隊はフェイズ0を維持しています。」

 敵機がレーザーの有効射程距離に入るのを待って狙撃するのがフェイズ1。そして、レーザー発射後、ガンポッドを投棄して、急降下により敵機に突撃し、内蔵されたN2爆弾を作動させるのがフェイズ2。第一小隊は、先行し損傷した敵機に急降下を開始する。また第2小隊から第五小隊は、それぞれターゲットに指定した機体に向けて機体を向けだした。第6小隊はいまだフェイズ0の待機状態で、第1~5小隊が敵機を打ち漏らした場合、それを攻撃する手はずになっている。本来シルバーホークは無人とはいえ高額な兵器で、敵機撃墜後は所属する指令機に帰還するのだが、戦神機を想定した今作戦においては完全に使い捨てである。現在戦隊の6機のサンダーバードは作戦空域から管制可能限界距離で、搭載機の戦果を見守っている。


「やられた!」

 高高度にまんまと引き寄せられた。洋一郎は、先行した隊長機の大破を視認した瞬間、自機を回避運動させた。もともと用心していた凱号零式は、速やかな回避によって4条の光を避けた。

しかし並んでいた凱風は閃光によって大破した。背中の増幅器と主翼は融解し、機体は制御できていない。濃紺色の機体が変色している。

「城嶋少尉、暮内少尉、降下、回避しろ。」

 味方の足並みがそろっていないことが幸いした。だがそれは偶然で全滅を避けただけだ。流川の生存は絶望的だ。隊長もそのはずだが・・・なぜか不思議と気になる。壱甲から、気配を感じる。それはほぼ確信に近い。

 鮫島大尉の壱甲は操縦席も破損し、降下しているが、まだ原形をとどめている。生きているとは思いにくいが、もしそうなのなら救出可能かもしれない。ただ、単機で戦闘を継続する自信はあっても、救出した隊長をつかんだままでは戦えない。

 そして思い出した。整備士の柴田との整備中の会話だ。本来は機密中の機密、凱号は開発部以外の者の整備まで制限付きである。操縦者の自分は特別許可により、機密に関わらない通常整備を行っていた。その時、柴田はこんなことを言っていた・・・。

「実は凱号は本来、複座型なんス。二人で作業は半分こ、霊力は二人で倍増って計算ッス。ところが操縦士と副操縦士の霊力を合わせると、足し算にならずに、引き算になっちまったッス。霊力の同調は相当難しいし、もともと二人の相性が重要らしいス。でも、実験はまだ続けてるんで零式の副操縦席はそのままッス。だから、ここをこうすれば・・・ほら。しかし」

 これは機密漏洩か、いつもの与太話で自分を担ごうとしているのか?が、「しかし」の後は聞けなかった。見回りの海軍特別警察隊、通称特警が来たのだ。特警の桜庭大尉は、時々整備の様子を巡視に来るが、案の定開発部の人員に退去を迫られていた。自分と柴田は、互いに無駄口してませんの小芝居をすることにして、それっきり話の続きはなかった。

 ・・・やはりとんでも兵器伝説で、また柴田に担がれたのか?だが機体の整備を操縦者が行う際も、操縦士席の後部は厳重に封鎖されている。極秘部分ということで。いかにもではある。本当であれば、この後ろに座席があるはずだ・・・。

 洋一郎は一瞬後ろを振り向き、覚悟を決めた。

「暮内、暮内!」

 城嶋の声だ。ち、降下しなかったのか?俺が副官扱いでも「借り物」の指示は聞けなかったのか?残念軍人たちめ。つい毒づく。暮内機がやられたようだ。

「城嶋少尉、暮内少尉の救出は可能か?可能ならば、やってくれ。」

 返事は来ないが、下は下に任せるしかない。敵機一個小隊が隊長機を目標に急降下を始めている。いや、その後続に4機、更に8機。光線の射出後は特攻の姿勢だ。特攻は皇軍の特許ではないようだ。大破した機体相手に容赦もためらいも全くない無機質にそろった動きも見て、開発の噂がある無人機を連想した。

「無人機?ならば!」

 洋一郎は落下を続ける隊長機の上に出て、敵機と隊長機の直線上に位置する。まだ散開しておらず、隊長機と自機を狙う2個小隊が、そろいすぎた動きで縦に並んだ状態になる。アメリゴの無人機は、一対一ならまだしも、小隊・編隊ごとの動きはまだ不十分のようだ。そして、密集を回避するため散開する前に、右手に装備している20mm機関砲、肩部の7.7mm機関銃を放つ。

「零式をなめるな!」

 密集した編隊への連射は、狙い通り数機を大破させ、狙い以上の効果を上げる。シルバーホークに搭載したN2爆弾が爆発し、後続を巻き込んだのである。

 連鎖するN2の爆発は、広範囲を巻き込んだ。それでも凱号の障壁は機体を守り、一方シルバーホークはその多くを破壊された。残存する機体も、索敵機器がいかれたらしく、無秩序に飛行している。

大きな爆発の連鎖は洋一郎を一瞬茫然とさせたが、彼は接近する敵影がいないことを確認すると、隊長機に向かった。


「ジーザス!」

 ダニエルはじめ、サンダーバード内で戦況を見ていた者たちは、一斉に憤慨し、呪いの声を上げた。あと一歩で完勝するはずだった。しかし一機のデモンが逆転させた。しかし、まだ第6小隊が残っている。ここで、GOを出すか、帰還を命じるか、或いは・・・ダニエルは判断を迷った。そして自分の指示を待っているオペレーターに

「GO!それだけだ。」

 と伝える。そう。任務はデモンの撃滅。味方機、まして無人機の損害など、最初から度外視の作戦なのだ。デモンさえ葬れば、他の夷島軍など、恐れるに足らない。

 司令機の指示を受け、第6小隊4機は、待機のフェイズ0より、レーザーによる敵機の狙撃フェイズ1に移行した。しかし敵機は降下中であり、また射線上はN2爆弾の連鎖爆発の余波が残留していて狙撃不能である。小隊はAIの判断で降下しつつ散開を始めた。


 洋一郎は損壊した隊長機に自機を正対させる。そして自機の操縦席を開いた。

「大尉!ご無事ですか?救出に来ました!」

と叫びはしたが、操縦席の損壊はひどく、隊長の姿はおろか座席すら全くない。きれいに削れている。しかし、ではあの気配は何だったのだろう。

 念信を送ってみるか、と思い至る。鮫島隊では念信をしたことがない。同じ隊の者の間では、無線封鎖や緊急時に備えて、念信も訓練して互いの念の特徴をつかんでおくべきなのだ。もっとも念信の伝わり方がいいと、相手の本音が分かり易くなるともいう。仲がいいならまだしも、仲が悪いのに本音だけわかっても不快なだけでもある。しかし今は緊急事態だ。洋一郎は念信を送ることにした。

(ご無事ですか?)

(・・・!)

 反応はあった。しかし、意志というよりは、一種の感情の揺らぎのようなものだ。しかも、念には、だいたい本人の特徴が出てしまうものだが、鮫島大尉らしさを全く感じない。一度も念をかわしていないので、なんとも言えないのだが。

 しかし、どこにいる?いや、ここしかない。そう。開かずの謎空間。おそらく、操縦席後部の空間に避難している。洋一郎は機体に乗り移り、柴田から教わったとおり巧妙に偽装された板を開くと、確かに隠れていた操作盤があった。ボタンを押す。すると壁が左右に開いた。

「ホントに開きやがった・・・。」

 そこには確かに噂の副操縦席があった。そして、人がいた。

「ご無事ですか?隊長?」 

 パン。

 軽い銃声が響いて、洋一郎の言葉を打ち消した。右頬から血が流れる。

 警告も誰何もなしにいきなり撃つか?陸軍式はなんと非常識な!と思う。

 一度身を隠し、慎重に覗き込む。洋一郎は、副操縦席にいる小柄な人物を発見する。名前通りのいかつい鮫島大尉とは全く異なる。誰だ?何で?疑問が頭の中を猛烈に駆け巡る。

 皇島国軍の様式に似てはいるが、しかし見慣れない紫色の軍服で、階級章はない。短い、しかし男にしてはやや長めの髪・・・少年か、少女か、洋一郎は判断に苦しんだ。飛行帽はかぶっていないので顔は見えるのだが。まだ十代前半くらい。表情は険しい。洋一郎を見ている。右手に旧式の南部十四式。洋一郎は深呼吸を一つついた。

「きみはだれです。なぜ隊長機に少年兵が乗っているんだい?」

 洋一郎は、できるだけ穏やかに優しく語りかけたつもりだが、成果は不明だ。

「まず、あなたの官姓名を名乗ってください。」

 鈴を鳴らすような、美しく響く声。しかし声の響きと裏腹に、口調が厳しい。

「自分は、神藤洋一郎。皇島国特機軍少尉であります。」

 つい鮫島相手のように陸軍調を付け加えたが、

「その無駄な、あります、は、鮫島隊の所属に間違いないですね。」

 無駄と思っていたのは、どうやら自分だけではないらしい。この場面では奇跡的に有効だったようだが。

「神藤少尉。鮫島小隊副官扱い。知っています。」

 幸い自分を知っていたようだが、つい大人げなくつぶやいてしまう。

「知ってるなら撃たないでくれないか。」

「撃たれる前に撃て。見敵必戦、先手必勝です。」

 と、平然と言い返す。皇島国軍人なら模範の発言ではあるが。

「敵じゃない。」

「確認していたら、手遅れになると思いました。」

 助けに来た友軍兵を撃ったという後ろめたさが欠片もない。言ってることは正論に聞こえるが実際の行動は非常識なヤツだ。そろそろ丁寧な口調も苦しくなってきた。

「こっちが問答無用で撃つんなら、乗り込んだりしないで機体ごと葬る。捕虜にしたり尋問したりするとしても、勧告してからだ。こっちからいきなり撃ったりしない。救出にきた。だから入る前に声もかけた。」

 道理を尽くして説明すると、相手はようやく

「あなたが救出にきたことを理解しました。」

と言いながら、銃を拳銃嚢にしまった。

 洋一郎はひとまず安心しながら、相手の言動に違和感を感じていた。そもそも性別不明で年齢からして軍用機にいてはいけない存在なのだが、それ以前の何かが変だ。いろいろ言いたいこともあったが、相手は年若い友軍兵らしい。できるだけ穏やかに穏やかに、と自分に言い聞かせる。

「鮫島大尉は・・・戦死か?」

 洋一郎の気遣いは、あまり報われないようだが、それでも小さな首肯が一つ。

「貴官は皇島国軍人だね。」

 再び首肯。おそらくは非公式の実験部隊。

「壱甲の・・・副操縦士、なのかい?」

 反応なし。が、ここで首を振らないということが重要だ。

「では、貴官をなんと呼べばいい。」

 しばらくの躊躇。その後、小さな桜色の唇が動く。

「・・・立花、三等飛行兵曹、と。」

 立花、ときいて思わず背筋が伸びる。

「立花三飛曹?せっかく答えてもらってすまないが、立花は尊敬する提督と同じ名字で恐れ多い。できれば下の名も教えてくれるかい?階級も階級章がついてないし確認できない。」

 つまらないところで謹厳、律義さを発揮するのは、遺伝病らしい。

ためらったのか、しばし間をおいて返答があった。

「園香です。」

 立花園香。これで性別確定。洋一郎も男子である。この場面でも救出する対象が鮫島大尉より謎の美少女のほうがいい、と密かに喜んでもおかしくない。が、洋一郎は、常日頃軍人らしく振舞おうと努力中で余裕がない。なにより、この奇妙な少女に困惑している。

 しかし、この場は仮に軍人として扱い、事務手続きを進めていくことにした。ふと「借り物」少尉と呼ばれる自分が、誰かを仮に軍人扱いすることに自虐感を覚えた。

「では、園香くん。本機は廃棄する。何か必要な処置や持ち出す記憶媒体はないか。」

 戦神機は軍事機密の塊であり、しかもこの機体は謎の実験とやらをやっていたと考えるべきだ。廃棄するにしても零式より面倒そうだ。そう考えて話したのだが、

「必要な措置は、最終段階を除き終了しています。」

 洋一郎は不本意ながら感心した。自分が来るまでに、この子はいろんな覚悟を決め、正しく判断し、迅速に行動したようだ。なるほど、違和感の正体はこれか。見目麗しい女子学生?が、典型的だが優秀な皇島国軍人らしく振舞っているのだ。

「では、皇軍特機所属、神藤少尉は上官として貴官に、当機の廃棄と必要な情報・物資の回収、および自分の乗機凱号零式への、避難、を命じる。」

 洋一郎が自機への搭乗ではなく避難を命じたのは、できるだけ戦闘行動に関わらせたくないというためらいからである。いくら変でも年若い少年兵を危険にさらしたくはない。第一次太平洋戦争で、なんと多くの少年兵が犠牲になったか。100年前のことでもあり、多くの皇島国人は忘れているが、洋一郎は知っている。副操縦士として認め、搭乗させてしまえば、そのまま戦闘を続けなければならないが、避難であれば、機会を見て零式から安全な場所に降ろすこともできる。そもそも彼女が自身を副操縦士であることを認めていない。この事情も配慮している。

「避難、ですか。」

 が、洋一郎の配慮はまたも空転し、園香と名乗った少女は、

「私はまだ戦えます。」

 そう言って、真っすぐ見つめてきた。しかし、彼は軽侮されがちな挙動とは裏腹に、まっとうな感覚と知識を持った軍人だ。

「所属不明な者に兵器の使用は許可できない。キミの所属・部隊名は?任務内容は?階級章はなぜついていない?指揮系統はどうなっている?・・・なんて聞かなきゃいけなくなる。それは、お互いのためにならないと思うよ。」

 血気に逸っているらしい少女に、自分の困惑を隠して洋一郎は優しく告げた。園香も、この場は納得するしかなかった。そして、

「立花三飛曹、了解しました。最終措置を実行後、神藤機に避難します。」

 と、慣れたしぐさで海軍式のひじをはらない敬礼をし、復唱した。


 一秒を争う事態、という程ではないにしろ、迅速性が求められる救難行動なのだが、軍、しかも特機という戦神機を扱う部隊では手続きは重要である。それでも無駄なく終え、洋一は自分の機体に飛び移る。そして、園香の手を引いて、飛び移らせた。操縦席に飛び込んだ園香は、態勢を崩したが、洋一はすぐに体を支え、安定させた。ちょっと顔が近い。

 ふと幼馴染や妹分のことを思い出して、軽口を言いたくなった。

「大丈夫だな。では、園香くん。後部の、非常席、に座ってくれ。」

と非常席を強調する。

「非常席、ですか?」

 園香は、なぜ副操縦席と言わないのか、と問いたげに、首をかしげている。そういう仕草をみると、さっきと別人に見える。洋一は、つい、顔を覗き込み、わざと真面目ぶった口調で語りかける。

「そうさ。凱号に副操縦席なんてものはない。そう整備主任が言っている。君も副操縦士じゃない。本人が認めていない。だから、これはたまたまついていた非常席だ。」

「了解です。」

 洋一郎の言いようがおかしかったのか、園香の表情がかすかに緩んだのが、他人の表情に敏感な洋一郎には感じられた。一瞬、年相応の少女に見えた。お互いに抱いていた警戒心がわずかに薄れていった。

 その時、洋一郎の背筋を殺気が撫でる。電探盤を一瞥する。

「ち。のんびりしたつもりはないが。」

あわてて操縦席に座り、固定帯を締め・・・園香の存在に困惑する。後ろに行かせる暇はない、か。

「敵機だ。とりあえず、ここが非常席だ。」

といいながら、正面の胸部装甲を閉じる。同時に少女を強引に自分の膝に横向きに座らせ、左手で肩を抱き、位置を固定する。そしてあっけにとられたか無抵抗の園香に言い聞かせた。

「しばらく我慢してくれ。」

「はい。了解です。」

 意外に素直に聞き分け、自分に抱き着いて体を固定する少女に、この子は状況がわかっていないのか、羞恥心がないのか、軍人として訓練された成果なのか、戸惑う。もっとも考えながらも体は的確な動きを怠らない。

 が、柴田整備士の「足し算のつもりが引き算」という言葉を思い出してしまう。洋一は機体が正常に動くか不安になる。考えすぎの悪癖である。

「頼むぜ、相棒。お前は船じゃないんから、女の子を乗せても機嫌悪くするな。」

女性を乗せると愛機がやきもちも焼く、と洋一はくだらないことを考えているが、フランク語系では飛行機も船も女性名詞ではある。ただ戦神機がそうかは、洋一郎も知らない。アメリゴでは「デモン」と呼ばれるが、それは中性名詞だろうか?ちなみにアメリゴ語には男性女性名詞はない。

幸い機体はいつも通り動いた。背後では隊長機が自爆し、その破片が飛び散った。たいして好きでもなかったが、自分の隊長が戦死したことを改めて思い出した。

「仇め!」

 機影は四。シルバーホークの第六小隊は、降下し、神藤機を包囲しようとしていた。

洋一郎は隊長機の爆発を利用して、機体加速や敵の射線妨害を瞬時に計算する。更に機体を降下させた。先ほどの光は搭載型光線で、大気で威力が減衰しない高高度まで自分たちをおびき寄せたことに思い当たり、逆に、濃密な大気のある高度まで下げてやろうと考えたからだ。

 高高度仕様のシルバーホークは、高度を下げられ、かつ時に慣性すら無視する戦神機の運動性にはかなわなかった。一撃必殺の高出力レーザーが、ロックオンすらできない。アメリゴ軍の空戦AIの格闘戦力は既に有人機を超えているが、洋一郎は戦神機ならではの複雑な方向転換を繰り返し、敵を一機ずつ無駄なく撃墜していく。

 一方、非常席こと洋一郎の膝上の園香は、自主的に電探や火器管制の制御を補佐しようとして失敗した。自分が操縦しない戦神機でこれほど振り回されたのは初めてで、しかもまだ機体と同調していない。さすがに機器の操作どころではなかった。懸命に洋一にしがみついて体を固定してはいたが、

「少尉。わたし限界です!」

 操縦者への気遣いも忘れて耳元で叫んだ。何しろ乙女らしからぬ行為まで秒読み段階である。乙女の自覚はないようだが。

「あ!」

 切迫した声に、洋一郎も同乗者の存在を思い出し、自分の今の動きがどういう影響を与えるか思い至ったようだ。戦闘前までは無駄な思考にとらわれていたくせに、いざ始まると膝の上に人を乗せておいて、それを忘れるほど戦闘に集中していたのだ。かつて練習機に乗った時、操縦者の動きについて行けず副操縦席で吐きそうになったことを思い出した。敵機を全て落としたこともあり、零式を優しく減速、静止させる。

「すまない。忘れてた。大丈夫かい、園香くん。」

 女性への気遣いと戦場は両立しがたい。それでも撃墜した相手が無人兵器ばかりで殺人の後ろめたさがない。そのせいか、優しげな声にはなった。左手で軽く少女の背をポンとたたく。この辺の扱いは多少慣れている。異常事態続きで、自分が初陣ということは忘れられた。

「ええと、袋はいるか?」 

 相手が年若い女性ということもあるが、ここは精密機械だらけの操縦席だし、なにより自分にもっとも被害が及ぶ。洋一郎は、せいぜい気を遣うべき場面であることに思い至った。

「遠慮します!」

 怒っているようだ。耳元で怒鳴るなと言いたくなったが、そもそもこの態勢に問題がある。まだ密着したままでもある。この子は気にしてないようだが、自分は気にするべきだろう。

 少女から身を離しながら、気にかかったことを聞いてみる。

「ところで、キミは航空機演習はあまり経験がないのかな?」

「・・・何故そう思ったのですか?」

 不機嫌そうな声は「ご名答」の裏返しであろう。

「加速に弱すぎる。早めに避難した方がいいな。」

洋一郎としては早々に機から避難させたいので重要な結論のつもりだ。

「確かに、わたしは航空機での演習過程を省略して育成されました。しかし、決して加速に弱いとは思いません。少尉の操縦に問題があります。」

 が、逆襲された。

「少尉は敵の銃撃を恐れて無駄に回避しすぎです。あの程度の火力、凱号の障壁なら物の数ではありません。いちいち、ちまちまとかわす必要があるのですか?」

 洋一郎は距離を取って話しそうとしたつもりだが、激高した相手はむしろ詰めてきた。逃げたくなった 洋一郎だが、事が事だけに引けなくなった。むしろそっちがその気なら、と近づく。これも相手の指摘が的外れではないことを裏付けるのだが。相手の吐息すら感じる。

「いつも敵の兵器が無力とは限らない。自分の障壁が常に万全と決まってもいない。さけられる危険は避けるべきだ。」

「己の強さを信じずして、無敵皇島国軍はありません。」

 超接近しての舌戦、まさにつばぜりあいである。互いの唾液で。

「その結果、壱式が撃墜されただろうが!」

 少女の唾液まみれの洋一郎。妹分にすらここまでされたことはない。

「・・・。少尉はあの時、敵の行動に不審を抱いていましたね。」

 一方、自機が撃墜されたことに思い至ったのか、園香はやや冷静になった。

 彼も、年少の、しかも少女に強く言いすぎたか、と思い、口調を改める。

「では園香くん。作戦を再開する前に、君を地上に降ろす。作戦が終わったらちゃんと迎えに行く。」

 と、洋一郎は園香に告げたのだが、

「少尉。わたしも皇島国軍人です。作戦の妨げにはなりません。また、わたしの避難を優先して作戦を遅延することも許されません。」

 真っすぐな、迷いのないきれいな視線が、洋一郎の瞳を穿つ。しかしそれが戦闘行為にかかわることであれば簡単に同意できない。現に今、自分が危なかったと思う、別の意味で。

「では、降下翼は使えるね。それで本隊に向かい合流したまえ。それなら遅延にならない。」

降下翼とは、凱号の操縦席下部にあり、戦神機の霊力を使用した短距離用飛行機具である。脱出や特殊任務に使用する。

「そんなに私が邪魔ですか!」

「当たり前だ。」

 再び至近距離で密着した美少女と見つめ合う形だが、全く心洗われない。彼女の唾を浴びながら洋一郎は困惑を極めていた。この子の距離感はどうなってるんだ。いろいろおかしい。

「なんでそんなに戦いたがるんだ。キミの任務なら実験の記録を本隊に持ち帰るのが優先だろう。何よりキミが生還することが重要だ。」

 洋一郎にしてみれば、人道的にも任務的にも軍法に基づいても、正体不明の少女を戦闘に関わらせたくない。

「敵と戦うのが軍人の務めだからです。」

 が、これも当たり前に言い放つ少女に、この子も模範の皇島国軍人か、と思う。残念軍人。勇猛果敢と猪突猛進をはき違えている。自分の周りは、というより友軍はみんなそうだ、と非国民的思考に至る。

 一方、この2年間軍人としての速成教育を受けた園香は、素直に皇島国軍の風に染まっている。当然この少尉こそ残念軍人と判断した。操縦や戦術に優れているのは認めるが、戦い方が慎重すぎるのが腹ただしい。端的に言えば小心者だ。しかも、なぜこうも自分を戦闘から遠ざけようとするのか。利敵行為ではないのか。それに

「私の任務?少尉は凱号の複座のこと、知ってましたね。最初から副操縦士と聞いていましたし。あなたには間諜の疑いがあります!」

 園香は再び反撃に出た。洋一郎の顔から、唾液がしたたり落ちる。

「間諜?冗談じゃない。待て。少し離れてくれ。」

 小娘相手に心外だが、これは風紀上問題になるのではないだろうか?くっつきすぎだ。なにより唾をふきたい。

「いいえ。あなたは目をそらしました。やましいところがあるからです」

洋一郎には、むろん、やましいところがある。少女と密着しているこの状況がやましい。ついでに言えばこの唾液攻撃に困惑して顔をそらした。

「少尉、これはクチフウジです。」

 園香は一層密着する。相手が退いたとみて強気になっただけだが。なぜ洋一郎が困っているかは全くわかっていないし、実は年相応の羞恥心はない。そういう環境にいなかった。

「少尉。要求があります。まず壱甲の実験について他言無用です。そして、実験の継続のために、零式での戦闘参加を認めてください。」

 これは、脅されているのだろうか。洋一郎は混乱する。自分の良識が恨めしい。

「もしも、要求を聞き入れられない場合は・・・。」

 思いっきりイヤナヨカンがする。いやイヤナヨカンしかしない。

「海神にもどったら、いろいろ言いふらします。あることないこと。」

 なんでこんな理不尽な脅迫を受けることになったのだろうか。今日自分がどこで判断を誤ったのか、洋一郎は考えても思い浮かばなかった。

 ちなみに園香は間諜、つまりスパイだと言いふらす、そう言っているのだが、洋一郎には、この状況から、別な意味にも聞こえたのはいたしかたない。

 そこに突然、時報が響いた。園香は驚いて洋一郎から少し距離を取り、操縦席を見回した。

「・・・時報だよ。作戦の残り時間が少ない。」 

 洋一郎は、このまま少女が離れてくれることを微かに祈りながら、力なく答えた。

「・・・少尉が細かいことで時間を無駄にするからです。決断を急いでください。」

 再び距離を詰める。俺のせいかよ。洋一郎はついに音を上げた。そして左手で、顔半分を覆って天を仰ぎ、ため息交じりの声を出す。

「了解だ。ただし条件がある。今すぐここからどいてくれ。」


「・・・全機、破壊されました。」

「説明ありがとう、キャサリン。・・・見りゃわかるがね。」

 新設したサンダーバード第一戦隊の司令・・・外れか。あんなバケモンがいやがった、とダニエルは敵デモン小隊の撃退という任務に失敗したことを自嘲し、この部隊に配属されたことを呪った。冷静に考えれば、今まで無敵だったデモンを3機大破1機小破と部隊としては壊滅に導いた大功と言えるのだが、ただ一機でも残したら戦局に多大な影響を与えるデモンである。その一機を仕留め損ねてしまった。しかも、シルバーホーク第六小隊を投入する前に、高高度兵装から通常兵装に換装するべきだったか、とためらった。ひょっとしたら、第六小隊の惨敗はそのせいか、と悔いが残った。現実的には換装の時間はなかったが。

「ダニエル司令、ホースから入電、今後の指示を乞う、です。」

 ホワイトホースは戦隊の二番機である。

「わざわざ聞くことかい?わかり切ってるだろ。」

 ダニエルはシートに体重をかけて、肩をすくめる。

「全機、帰投。でよろしいですか?」

「大当たり。基地に着いたら、ご褒美でも用意しておくよ。」

「期待してますわ。司令は残念な時ほど厄払いで散財なさる、と聞いておりました。」

「へっ。そりゃどうも。」

 もうやることはないと言わんばかりに、帽子を目深にかぶってよりシートに背中を預ける。しかし、心中は、敵の最後の一機のことだった。

 作戦は、確かに完全じゃない。それでも夷島軍がメスとみればすぐ突っ込みたがる盛り犬だらけだってことはほぼ正解だった。・・・だが、その群れん中にいて冷静なサルは、よほどキモが据わってる。そして、あの腕・・・ゼロか。いやなヤツだな。もう会いたくねえぜ。

 ダニエルは、機内の空調が高性能なのをいいことに、禁止されているはずのシガレットに火をつけた。クルーは諦めているのか、誰も注意しなかった。

 翌日になる。サンダーバードの第1~第4戦隊の中で、搭載機を全機撃墜されたのは第1戦隊だけであったことが判明し、ダニエルは更に不貞腐れることになった。が、軍上層部から咎められることはなく、早速次の作戦に加わることになった。


 園香は、操縦席後部の隠し扉を開き、副操縦席についた。洋一郎から見ると生き生きとしている。彼には、そんなに戦闘が楽しいのか、変人だと思われている。本人は、そう思われていることに気づかず、気づいたところで平然と「変人ではありません。軍人です。」と答えるだろう。

 園香は、収納されていた同調器を見つけ、胸部に装着した。これで操縦士の動きについていくことができる。しかし増幅器は作動させない。作動すれば、きっといつも通り逆効果になる。

「もう大丈夫です。」

 その間、周囲を警戒する洋一郎は、園香の戦闘への参加を許したことが後ろめたくなった。それが女々しいと言われたら、仕方ないと思う。

「少尉。次の目標は、プリーサント島の防衛網でよろしいですか?」

 なお迷いの残るらしい少尉に、園香はそう促した。ついでに会話用の補助映像盤を操作し互いの顔が見えるようにした。そして様子をうかがう。彼も迷いを振り切り、映像盤の園香に言った。

「そうだ。・・・これでいよいよ死ぬときは一緒だな。戦友クン。・・・ところでそっちの電探の方が範囲が広いのかな?」

 ・・・反応がない。

「あれ、園香くん?」

「・・・戦友・・・借り物少尉に言われたって、信用できません。」

 そう答えたものの、園香は考えこんでいる。少し顔が赤い。実はムズムズしている。軍人たるもの、「戦友」という言葉への憧れがある。彼女の場合は、「戦友」になれば機密保持も安心、という事情もある。これは重要なことなのだ。何より貴重な、自主的な協力者だ。園香は、そう自分に言い聞かせた。

「・・・少尉、今の発言に偽りはありませんか。誓いますか?」

 洋一郎は、年少者にまで借り物少尉と言われ、実はかなり傷ついた。それでも期待されているらしい言葉を言うことにした。誓うからには律儀にも姿勢を正した。いつになく凛々しい口調になった。

「誓う。共に戦うからは、キミは俺の戦友だ。約束する。」

 同じ機体に乗る相手である。部下と呼ぶより戦友といった方が今の二人の関係を簡単に言い表していると思う。これで変な小娘が正常になってほしい、せめて機嫌を直してほしい、という期待もあったかもしれない。が、

「略式ですが、言霊に基づき、誓言はなされました。あなたとわたしは戦友です。」

ゾッとするほど真剣な声がした。


 白い空間。ひたすら白く清浄な場。その中心に小さな社。その前に洋一郎と園香はいた。

「え?」

 と思ったときは、風景は消えていた。気のせい。錯覚の類・・・。


 洋一郎は思わず何かから逃げ出したくなった。自分は死刑宣告でもされたのか?操縦席が神社にでもなったかのような、場違いな、厳粛とも荘厳とも言えそうな雰囲気だった。

これはまずい。これなら戦闘の方がましだと罰当たりなことを思った。

「では、すぐに戦闘に入らなければならない。いいね。」

「お気遣いなく!」

 誓った後、何やら赤くなって怒っているらしい園香を見て、神功皇后や巴御前じゃあるまいし女は戦場に出るべきではないな、と洋一郎は思った。実は本人はムズムズに堪えかねているだけなのだが、知らない方からすれば反応がいちいち奇矯過ぎるのだ。補助映像盤から眼を離し、副映像盤で次の目的地を映した。

「ところで園香くん。味方機の状態は把握できるか?」

「はい。凱号壱式乙山・・・」

「城嶋機。」

「はい。城嶋機はクロス海峡から西へ、おそらく味方艦隊と合流を目指していると思われます。」

 合流するということは、回収した機体の暮内は生きているのか。なら、いいが。その分こっちは単機で作戦を実行する羽目になった。 

「ち。やってやるさ。」

思わずつぶやく。

「はい?」

「いや、何でもない。独り言だ。」

 つい同乗者を忘れてしまう。独り言。螺旋思考。無駄に律儀。最近自覚した、三大悪癖だ。ちなみに舌打ちも悪癖だが、それは自覚してない。

「本機は、当初の作戦を実行する。プリーサント島の防衛網の破壊だ。」

 悲壮な気分を引きずって一機で敵防衛網を破壊すると豪語したのだが、園香は反応しない。

「了解です。では目標の情報をそちらに転送します。」 

決意をあっさり無視され、気が抜けた。補助映像盤を見て

「・・・手際がいいな。」

 と言うしかなかった。そして転送された情報を読み取る。

 電磁誘導弾投射砲、戦術高出力光線砲、自動追尾式40mm高射砲座・・・やれやれ、さっきの無人機や搭載型光線砲もだが、ちょっと前の空想科学小説の世界だな。ありきたりな対空噴進弾発射機を見つけ倒錯的な安堵すら覚える。

 皇島国は戦神機の登場以来、新型兵器の配備は以前に増して遅い。戦神機があれば、他の新兵器がなくとも、兵力が不足しようとも、作戦がミスしても勝ってしまうのだ。だから、国も軍も本気で戦争しているつもりでも、かなり甘い。しかしもう限界ではないのかと洋一郎は思う。実際、油断し敵作戦にはまったとはいえ、最新鋭の凱号を、初陣で3機も失った。晶和20年以来この96年間初めてのことだ。

しかし、やりようでは単機でも制圧できる。そして、作戦を終わらせて、少しでも早く講和に持ち込まなければ、と思う。そうしないと国がもたない。まだもってるのが不思議だということに、いつみんな気づくんだろう。

「ち。残念軍人たちめ。」

 しばらく考え込んでから、そう口にする洋一郎の後ろで、園香は不安になった。自分の戦友こそ残念な軍人だ。借り物少尉。まだ自分を副操縦席に置いたことを悔やんでいるようだ。女々しい。しかも舌打ち。独り言。行儀が悪い。それでも、自分を戦友と呼んでくれたからには、できる範囲で手伝ってあげねばなるまい。さっきまでは、自分は隊長機の部品扱いだった。しかし、この少尉は戦友と誓った仲だ。園香はいつになく張り切っていた。

「では、零式はプリーサント島の防衛網破壊に向かう。誘導頼む。」

 という洋一郎の声に、園香は

「目標まで、東南東へ約20Km!少尉、一層奮励努力してください。」

 と応え、映像版に向かって言った。励ましているつもりである。

 洋一郎は、数回のまばたきをし、その後笑みを浮かべた。誰かに応援される。近年ないことだった。とてもやさしい声が自然に出た。映像盤の前に拳を突き出す。

「了解、戦友くん。当てにしてるよ。」

 この子を死なせたくない。だが、作戦の遅延は友軍の犠牲を増やす。下手すれば占領地の抵抗を強め、ジュノー市民にも犠牲者を出す。だから、作戦の速やかな成功が、最も望ましい。女で年少の同僚を案じる心を押し殺し、洋一郎は自機を目標に急がせた。


 ふと、園香は思い出していた。今乗っているのは・・・やはり、以前自分が乗っていた機体だ。ここに部品をぶつけてついた傷が残っている。この機体での実験は一度も成功しなかった。獅子王計画の本来の目的には、この実験が最も重要なことに変わりはないはずだ。もう一度、試したい。幸い、戦友ができた。軍人らしくはないけど。この少尉は面白そうな人ではある。そういう意識が自分に芽生えたことに気づき、園香は戸惑った。

  

 プリーサント島は、州都ジュノーの西60kmにある。込み入った湾内にある島の一つで、島の中央部はやや平坦な高地であり、2年前より太平洋方面からの敵の侵入に備える防衛施設が急設された。本来ならばジュノーを北、西、南から覆うように位置するアドミラルティ島の突き出た北端が最終防衛線に望ましいのだが、そちらはいまだ施工されていないという調査結果だ。

 神藤機は降下し、プリーサント島に接近する。

「少尉、対象を補足しました!」

 手慣れた様子で機器を操作する少女を奇異に思うべきか、頼もしく思うべきか、一瞬悩んだ洋一郎だが、後者に決め、声をかける。

「了解。そろそろ向こうも撃ってくるぞ。舌かむなよ。」

「はいっ。」

 相方の機嫌がよくて何よりだ。副操縦席に座ってからだな。機体を急降下させながら、地上の対空砲火に備える。あれは無人だ、と自分に言い聞かせる。

 時々機体の周りで障壁が輝く。不可視の高出力光線がかすったか。照準を固定されないために回避運動を取りながらも速度は上げる。と、衝撃が伝わる。電磁誘導弾だ。これもこれほどの速度で降下すれば、まず直撃しないはずだ。直撃でなければ当たっても障壁で弾道がそれる。噴進弾や機関砲弾など気にする余裕もない。通常の航空機なら不可能な降下速度だ。機体がバラバラになる。しかしそれができるのが、戦神機だ。そのまま地表に接近する。さっきまで小さかった島が広がり、みるみる景色が大きくなる。もう視界全部地面だ。

「っ。」

 体にかかる重力がきついのか、小さく押し殺した声が後ろから漏れた。

「もう少しだ。我慢できるかい。」

 優しく声をかけると

「はいっ。」

 と、また元気な声。だが、戦闘になって元気が出るって危ない娘だ。ここで泣かれるよりましだが。降下続行。

「高度読み上げ開始します。500・・400・・・250、

予定高度!」

 機体を引き起こす。そのまま地表すれすれの低空飛行をすると、音の壁を突き破る衝撃が広がり、地面を掘り起こしていく。単機で広域の防衛網を破壊するために洋一郎が選んだ戦術である。砲弾に限りがあり、機刀で一つ一つ撃破するのは手間がかかる。なにより高速を維持して直撃を避けないと、いかな戦神機の障壁でも危険な威力の敵兵器である。だから低空で超音速飛行することで衝撃波を起こし、目標を破壊しているのだ。通常機なら地面に反射した衝撃波に巻き込まれるが、戦神機の障壁が機体を守ってくれる。かなり揺れはするが。

 神藤機は最初に大型の電探設備を破壊し、次いで中央部の対空設備、さらに沿岸部にある対艦用の設備を衝撃波に巻き込んでいく。島の地表が激変し、各種設備が破壊される。防護設備内にあって原形を保った砲も、精密射撃を行う能力はなくなった。それでも念のため砲撃可能と思われるものを、20mmで狙撃していく。

 園香は驚いていた。もともと零式の兵装は貧弱と言っていい。主武器は七二式20mm

機関砲。航空機相手でもギリギリ、まして広範囲の地上施設を、しかも短時間で破壊するような大火力はない。まして、少尉には念動や発火能力の顕現もない。しかし、困難を可能にする戦術を選定し、しかもやり遂げた技術、胆力。「借り物」・・・とんでもない。戦友として誇らしいと素直に思えた。

「目標、全て沈黙しました。」

 補助映像盤の印を再度確認し、園香が報告する。

「時間は?」

「間に合いました。本隊の行動開始予定時刻まで、あと5分16秒。」

「了解だ。緑弾三つ!」

「はいっ、少尉!」

 いい返事だ。連続して上がった信号弾を見ながら、洋一郎はなにやらほほえましくなってきた。この物騒な娘はどんな表情で、どんな気持ちで戦争してるのやら。幸い目標はアメリゴ自慢の無人兵器だから、人殺しにつき合わせていない。よかった。自分が初陣であることは遠い忘却の彼方に放り込んでいる。


「副長、緑弾、3つですよ。」

「あの零式一機でか?・・・意外だな。」

 工藤は驚嘆した。先ほどの空戦の結果、これで作戦失敗と思っていたのだが。

「艦長、青嵐2号機、木梨機、発艦用意でいいですか?」

艦長の川口大尉は退役間際の42歳である。さぞかし何事もなく定年除隊を夢見ているだろうにと思える容貌なのだが、しかしこんな部隊の指揮官であるからには、相当の事情をお持ちなのだろう。

「ああ、まかせるよ。副長。」

 鷹揚にうなずく。本当にただのいい人にしか見えないが。あれで日本刀マニア。隊内処分と称して、工藤が知っているだけで部下3人は斬殺している。体のいい試し切りだろうと思う。

「ところで、三虹の用意をしているようだが?」

 そらきた。

「はい。諜報部の報告を疑っているわけではありませんが、最終的には先行する偵察部隊我々の肉眼で見届けるべきかと愚考しました。もちろんあくまで準備をしただけです。艦長のご判断を仰いだうえ、と思っておりました。」

「・・・アドミラルティ島に接近したい、ということか。」

「はい。卓見恐れ入ります。接近しての観察、不審なら上陸しての調査が必要かと。」

「戦隊の参謀たちが嫌がるだろうな。現場判断を。」

 皇島国軍の悪癖である。とにかく前線、現場の自主的な工夫や判断を病的に嫌がる。海軍はそれでもまだましだ。陸軍はあの薄い装甲の戦車に砂袋をつけるとかの工夫すら禁止されている。

「何もなければ、それで済む話です。」

 先に偵察して、何もなければよし。何かあったらその時に考える。偵察もしないで本隊が接近して、ドカンより一億倍もマシであろう、と工藤は思う。

「わたしは聞かなかった。キミの独断でやり給え。・・・こんな部隊でそこまでするか、と言いたい気もするが。」

 じゃあ最初から聞くなよ、という言葉を喉の奥に引っ込め、工藤は艦長に敬礼した。


 ここはニューヨークの、とある密室。一見実業家風のメンバーが大きな映像パネルを見ながら会談している。卓上には葉巻とクリスタルの灰皿、ブランデーグラス。全員が長身の白人で金髪、エルトンの高級背広を着ている。上流階級のアメリゴ人だ。年齢は20代から70代まで幅広い。しかし、一人一人の声も外見も、妙に印象に残らない。

「なんだ、あのデモンは?」

 アラスカの局地戦とはいえ、むろん戦闘の詳細は本国の司令部にも、そしてそれを上回るここ最上層部にも伝わっている。アメリゴが誇る監視衛星など、多くのシステムはこのためにあると言っていい。

「知っているでしょう。夷島国軍の最新型デモン、GAI。type ZERO。デモンとしては特別、高性能という訳ではありません。電子装備を改修したというNinty Eight adbanceより、少々マシと言えるかどうか。むしろ撃墜したtype ONE KOやOTUの方が攻撃力・防御力は高いです。これはクロス海峡戦での映像で確認できました。」

「PSYCHICも、明らかに他の4機が優れていた。特に、typr ONE KOの機動力に念動だ。ここで20mm砲を曲射している。これほどの弾道の変化は、あの忌まわしくも懐かしいFIRST以来だよ。」

「それで、だ。その恐るべきモンスターどもを撃墜し、大勝利のはずが、なぜ、そのZEROにしてやられたのだね。」

「戦闘の極意は、パワーでもスピードでもないよ。センスだ。これはパイロットの、タレントだね。ZEROのパイロットは操縦技術も判断力も素晴らしいとの、軍AIの評価だ。」

「ZERO。それも忌まわしい名前だな。ZERO FIGTERからちょうど100年。あのあたりから、計画が遅れ始めた。」

「これ以上の計画の遅延は、致命的だ。」

「では、保険とやらを使うのか?」

「その決議のために、委員会全員に急遽、転移してもらった。」

「とっておきのホストが、あれではね。もう保険に賛成にするよ。」

「遅い。96年前から、わたしはそう主張している。」

「同意だ。このままでは、本星から処罰、最悪は召還されかねない。」

「しかし、シリウス協定への違反がばれませんか。本当に大丈夫でしょうか?」

「今なら、夷島のデモンはただ一機。それさえつぶせば、サンダーバード第5戦隊を派遣すれば充分だろう。」

「ドローンを大量にばらまくやつか。地上支援用の。」

「夷島の上陸部隊など、それで十分だろう。住民をスマホとやらで識別し誤射をさけるシステムの実験にもなるし。」

「その辺はプレジデントでもコマンダーでも、勝手にやるさ。我々は、ただ一機デモンを消す。それだけなら大したことではない。」

「では、地球製に偽装した、オルトの科学を利用した兵器を使用、でよいのかな。」

「・・・いいのかね?今すぐ出せるのは、彼の作品だが。」

「あれですか。あの偽装は何とかなりませんか?」

「確かに、センスを疑うよ、あれは。性能が悪いのは仕方ないが、あの外見は。」

「だからだよ。あんな外見だから、監視をごまかせる。」

「何を言ってるんだね。あれは私がデザインしたものだ。いかにも地球的で、気に入っている。」

 そう言った40代の男は、突如中世天主教の司教のような装いに変わった。

「この星の至上な者をこよなく愛している、わたしラスプーチン自慢の作品だ。」


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