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皇紀2701年の零式  作者: SHOーDA
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第2章 皇紀2701年の零式(晶和116年 西暦2041年)  5月31日

幕間2 皇紀2701年(晶和116年)1月末


 海軍大臣富良野良蔵は半ば呆れていた。大本営から、上がっていたアラスカ攻略の作戦案を検討する海軍の極秘会議だが、

「これは軍神山本提督の故事に倣う、必勝の作戦です!」

「まさに、皇島国海軍あっての会心の策!」

 若手参謀中心に、賛同者ばかりだ。積極論こそがもてはやされ、消極論などとても言えない軍の風潮だが、今回は特にひどい。いよいよアメリゴ大陸への侵攻が始まるということで常軌を逸している。

その中にあって、立花中将は一人反対をしていた。この風潮の中、攻勢作戦に公然と反対ができる実績を誇ってもいる。2年前のアリューシャン紛争での逆転勝利は、当時少将だった彼の分艦隊と特機軍の共同作戦の成果と評価され、中将に昇進した。力量から言えばとっくになるべきだったのだが、軍の主流派からの推薦がなく、遅れていたのだ。

立花の反論を聞いているうちに、参謀たちが静まり返っていく。

 戦力、特に地上戦力の不足、支援航空勢力の欠如、特機軍への過度な期待、敵の過小評価、致命的なのは作戦準備期間の短さと敵情の不案内・・・。

「かの軍神山本提督も、真珠湾奇襲前にいかに多くの準備をしていたか。それを考慮せずひたすら攻勢とは、参謀の資格なし。」

 こう言い放って、立花はようやく椅子に座り、目と口と閉ざした。

 その後、しばしの沈黙が続いたが、鶴見中佐が立ち上がり発言を始めた。それは、立花以前の意見の繰り返しで、立花の作戦批判を全く無視したものだった。都合の悪い批判に対して、正面から答えない。今の皇島国ではよくあることだが、富良野は心底情けなく思った。が、実はもう会議の結論は決まっていたのだ。結論ありき。開戦承認。立花も察しているのだろう。後の議論には全く関心を示さなかった。

 そして、数日後の閣議で、全閣僚の賛成よりアラスカ攻略に始まる第四次太平洋戦争開戦が承認された。後は関白閣下に奏上するだけだが、以前とは違い、却下はないだろう。最近とみに無気力という噂である。しかも今回は神威省も賛成の、全閣僚一致。

 しかし、久しぶりの大規模動員が・・・約40年ぶりの・・・これほど容易に決定していいものか。

陸軍省と外務省の連携は今に始まったことではないし、大本営が両省に作戦案を十二分に根回しするのも常套と言っていい。文部省を始め、各省が両省に追随するのも、いつものこと。今回は、海軍省にも、直前とは言え打診が来ただけまだましな方だろう。意外なのは神威省の武内大臣が反対しなかったことだ。特に戦神機の大量投入に反対すると思っていたが・・・逆に賛成なのか。

 富良野は作戦の中心となる海軍の指揮官を誰にするか、という内閣総理大臣の諮問に対し、立花提督、と答えた。事情を知っている者は首をかしげたが、多くの者は安心したようだった。

 すまん、立花・・・この危険な作戦を少しでもマシにするために、押し付ける。頼む。

 翌日、富良野はそう言って立花中将を拝み倒した。


第2章 皇紀2701年の零式(晶和116年 西暦2041年) 5月31日 現地時間1000

 出征から2か月。洋一郎が所属する部隊は、短すぎる訓練期間を経て出港し、目的地に到着していた。

「神藤少尉、凱号零式、発艦します。」

 洋一郎は操縦席で、平静を心がけて言ったつもりだが、緊張はかれに操縦棹を強く握らせてしまう。

「操縦棹は、卵を握るように・・・両足は綿を踏むように・・・。ち。」

教官から教わった基本を思い出して、力を抜く。左足に少し違和感が残る。

最新鋭の凱号の操縦席は、今までの頭部から胸部に移った。そのせいか、主力機の六二式大和尊や九八式大和尊改より頭部はすっきりして、大きな眼鏡をつけた人を思わせるようになり、一方胸部が分厚くなり南蛮鎧をつけたようである。

 洋一郎は、自分が閉所恐怖症でないことを感謝しつつ、練習機の開放感がなくなったのは惜しんでいた。操縦席が頭部にあった時は自分の首を回せば見えていた景色が、今は複数の映像盤を操作して切り替えなくてはならない。慣れるまではかなり煩雑だった。

しかし、なぜ操縦席が移ったのか?多くの操縦士が疑問を持ち、実機訓練で初めて知らされた時に、整備士に理由を聞いた者も少なくない。が、概ね怖い顔で「安全性と電子装備の増加ということだ。あとは聞くな。」とすごまれて終わる。

 先日、洋一郎は、この海神で親しくなった柴田一整曹より別の話を聞いた。その時は呆れた。兵器の仕様とは面倒なものであるが、とんでも兵器伝説が絶えないわけでもある。柴田のいうことが本当なら、今度試してやろう。洋一郎は、無用のことを考える悪癖を自覚し、操縦に集中した。

 初陣である。声が普通に出たのは幸運だった。ロクに声も出せずに出撃しては、神藤家の名に泥を塗る。普段は自分の家名に最低限しか気を遣わないが、さすがに戦場においては「救国英霊の後裔」という虚名も大きく影響を与える。無様な真似は味方の士気を下げる。

 洋一郎は、不安だったが、その乗機は、皇島国海軍の誇る海神型潜水空母一番艦「海神」の甲板を飛び立ち、滑らかな動きで上昇する。特機軍特有の濃紺色の機体に、腕や胴横に細い白線。可変式の補助翼は、大きく展開され、中央の日の丸が目立つ。

 既に隊長機の凱号壱式甲型、通称壱甲は低空で停止して、部下の機体を待っている。隊長の鮫島大尉より洋一郎に通信が伝わる。

「貴様にしては、堂々として見えるな。他のヤツらより無駄な動きもない。」

 これこそ戦場では無駄口だ。比較された同僚のやっかみを買うだけである。訓練中から今一つ上官を高く評価していないのは部隊指揮の拙さと部下への無神経な言動が見られたからだ。もっともそれを素直に口に出さない程度には洋一郎も大人である。

 何より純粋な空戦技術では群を抜いている洋一郎を、鮫島は上回る。更に強力な霊力補正による空中機動。純粋に戦神機操縦士としては自分の目標となりうる人物だ。多少の欠点は・・・いや大きな欠点もかなり洋一郎は目をつぶっている。

「ありがとうございます、大尉だいい。」

「たいい、だ。借り物少尉。」

 大尉は、海軍では「だいい」、陸軍では「たいい」と発音する。戦神機を扱う特機部隊は皇島国の陸軍省・海軍省のどちらにも所属しない神威省直轄の軍だ。しかし第一号機の健御雷が海軍と共同作戦を行ったことに始まり、かなり海軍よりの風潮に染まっている。今回も戦神機を運用している特機軍と海軍の共同部隊である。後続の陸軍はおまけ扱いだ。

 隊長の鮫島大尉は陸軍からの肝いりの出向という触れ込みで、いちいち陸軍風を広めようとする。洋一郎は、なかなか馴染めず、度々修正される。正直言って、操縦士としての技量に敬意をもって我慢している。そのせいか、せっかく操縦を褒められても、すぐに別のことで友軍から失笑される。いつものことである。操縦・射撃・戦術において、同期の中でも洋一郎は傑出している。それでも軽侮される。鮫島からは、軍人らしくない、まるで借り物競争のために借りてきたような軍人だと言われ、「借り物少尉」と呼ばれている。

海神の搭乗機が全機発艦し、編隊を組む。すると、

「さすが、模擬戦の帝王だな。」

という通信も発せられた。ち。そらきた。作戦中にこんなことを言われたくないからこそ、発艦前から気を遣ったのに。僚機の嘲笑はおろか、艦橋の通信士の失笑まで感じる。

「無印の零式だからだろう。軽いし、操作しやすいだけさ。」

 厚い装甲と大口径の九六式120mm加濃砲を装備した凱号壱式乙山型、通称凱山に乗る城嶋が言う。

「いや俺の壱式は乙風型だから、本気を出せばこんなもんじゃないさ。」

 機動力に優れ、格闘戦に特化した機体、通称凱風に乗るのは流川。

「俺は乙火型だ。重量はあるが、攻撃力は比べられないね。」

 八四式多連装噴進弾発射機と九九式60mm速射砲を持つ機体、通称凱火の操縦者は、暮内。

 めいめいが特殊装備を積んだ自分の機体を自慢し、基本装備だけの洋一郎を揶揄する。

 本格的な戦神機も訓練が始まって2年。最初の1年はずば抜けた空戦技術を持つ洋一郎は同期の追随を許さず、「空戦の帝王」と呼ばれていた。しかし、実機に搭乗し、各自の霊力に合わせた戦闘訓練に入ると、一気に追いつかれた。

 戦神機は、操縦者の霊力を発現させる。それは基本的な念信にとどまらず、強力な精神感応や透視、また観念動力や発火能力、精神障壁、瞬間移動など多岐にわたる。

しかし、同期の多くが実機に搭乗することで強力な能力を発現させたが、洋一郎には発現しなかった。それどころか16歳を境に彼の霊力は年々数値が下がり続けている。結果、訓練での戦績はみるみる落ち、ついには「模擬戦の帝王」という屈辱的な称号で呼ばれるようになった。

 また、本人は軍人らしく振舞っているようだが、成功しておらず、その不慣れな物腰が同期からも、嘲笑される。不似合いで意味不明な眼鏡や義足の件もいろいろ言われることがある。これが男女共学で、また眼鏡をはずしていれば、その貴族的な外見は女子の人気になっただろうが、皇島国は中等学校以上は共学がない。むしろこの外見は同性の、しかも軍人から目の敵である。

「本国の宣戦布告も終わったころだ。こちらもそろそろ作戦空域に入る。通信管制だ。以後無駄口を叩くな、ひよっこども。」

 散々言わせておいて今さら典型的なベテラン風。そもそもあなたの無駄口から始まったんですが、という本音をかくし、隊長の声掛けに律儀に洋一郎は応える。

「了解です。」

 途端に罵声が飛ぶ。

「了解で、あります!だ。」

 陸サン得意のあります調だ。再び起こった友軍の嘲笑を聞きながら、洋一郎は気を静めるために作戦前の打ち合わせを確認し始めた。


 本作戦の最終目標は北アメリゴ大陸北西部、アメリゴ合州国領アラスカ州の占領である。皇島国の約4倍の面積147万平方㎞に70万人程度の人口だ。2年前のアリューシャン紛争で、同列島に軍事拠点を獲得した皇島軍は、次の作戦地をアラスカと定めた。広大な土地と資源を得ることで、ユーラシアでの満州国成立を北アメリゴで再現し、新大陸の橋頭堡にしようと考えたのである。その規模は軍事衝突ではなく、本格的な戦争だ。

 そして、第一目標は州都ジュノーの占領。ジュノーは西方に島々が散在し、入り組んだ海路や運河の奥にある、港湾都市である。人口は約3万人。北アメリゴ北部の空路・海路の中心であるが、周辺を山地に囲まれ、陸上交通では外部につながる幹線道路も鉄道もない

かつては「広大な冷蔵庫」と揶揄されていたアラスカは、その後対ソ連防衛と、資源供給地という役割を担うことになった。しかし、それ以上ではないので州内の交通は未だ未整備である。

 州人口はアラスカ半島の付け根ともいえる、クック湾奥のアンカレッジに集中し、空軍・陸軍の基地が守っている。またアンカレッジの更に北方にあるフェアバンクスにも空軍・陸軍の基地がある。

州都ジュノーの防衛は両都市と比べ、手薄と言っていい。アメリゴ軍は、アリューシャン紛争後、アラスカ防衛を見直し、ジュノーにも対空対艦防衛網を急設したが、まだ完成してはいない。

 ジュノー攻略は、皇島国が誇る、世界唯一の打撃潜水隊を中心とした第一潜水戦隊が行う奇襲攻撃である。しかし皇軍の初動の戦力は、5機の戦神機のみ。戦神機とは言え、わずか5機で敵の防衛網を殲滅するという、到底まともな軍が考えるものではないが、決定されれば服従あるのみが軍というものである。

それでも戦隊司令官の立花中将は大本営の初期の作戦に進言を繰り返し、作戦を補正し、戦力を増強し・・・涙ぐましい苦労を重ねられたと聞いていた。尊敬すべきいい上官なのだが、いい指揮官ほど昇進が遅れる。下っ端からすれば残念な風潮である。おかげで青嵐改をはじめ打撃潜水隊にしては十分な新鋭機や護衛潜水隊、最新鋭の白馬型強襲揚陸潜水隊などを得て、戦力を増強できた。

 しかし、5月に入って、大本営の忍耐と称するものに限界がきたらしい。訓練期間の延長と後続部隊編成にも意見具申を行う立花中将に、突如解任の処分が告げられた。戦隊司令部は大きく動揺したが、多くの作戦参謀、部隊指揮官の入れ替えが行われ、戦隊中核は大本営の息のかかった者になっていた。新任の司令上坂中将は、大本営の覚えがめでたい若手の秀才という噂である。首席参謀の鶴見もまた、主戦派の参謀として有名である。

 そのかわり、でもないだろうが、当初2個小隊6機の戦神機九八式大和尊改に加えて最新鋭の凱号零式、壱式で構成される5機の鮫島試験小隊が加わった。合計11機の戦神機が一戦隊の傘下に入ることは異例であり、更に後続部隊にも同規模の戦神機が配備されたという噂である。事実なら20機超の戦神機が同一戦線で参戦するという、皇島国軍史最大の動員ということになる。

そして、その噂は事実であった。ジュノーの占領とアメリゴ本土からの連絡線の遮断さえできれば、後は 陸海軍の後続部隊がアンカレッジはじめアラスカ州全体の占領にやってくる手はずだ。

「基本、準備は万端に、作戦は簡潔に、なんだが。」

 つい愚痴が出る。一騎当千に勝るはずの最新鋭凱号でも、高々5機でジュノー周辺の広大な敵防衛網の殲滅を命じるのは、たとえ可能だとしてもどうかと思う。戦場とは自分の都合だけでは動かず、想定外のことが起きるもののはず。制空権確保にしても九八式6機。予備も余裕もない。

 無論制圧後は速やかに後続部隊が侵攻してくるとは言え、 アメリゴ本土とアラスカの連絡線でもある州都を占領。しかし一歩間違えれば包囲される。敵の無能に期待しすぎていないか・・・。過去の実績を考えればわからなくはないが、皇島国軍は無敵の戦神機に頼って思考停止しているのではないかと思う。

 もっともこの本音を言った途端、非国民として罵倒され、更に特警やら憲兵のお世話になること請け合いである。考えると暗くなるだけ、ということに気づき、また作戦に集中する。


 ジュノーへの侵入経路は、西方のクロス海峡からである。艦隊が侵入する前に、戦神機が、沿岸や湾内の島に設置された対艦・対空の噴進弾や各種の砲座を破壊していく計画だ。

「高度を上げるなよ。」

 隊長機からの指示だ。言われなくても、と言いたいところだが、後続機は怪しかった。高度を上げて敵の電探に見つかることは厳禁なのだが、初陣ということもあって浮かれているのか、上がっているのか・・・。

「編隊、組みなおせ。」

 左右に陸地。正面に海峡。みるみる操縦席の映像の景色が大きくなる。鮫島の壱甲を先頭に右後方に凱風、更に凱火、左後方に洋一郎の零式、凱山と並ぶ紡錘隊形をつくりなおす。

編隊がクロス海峡に侵入する。ここからジュノーまでは約100㎞。そのうち、対艦用防衛網は、クロス海峡入り口と、その奥にあるアイシー海峡内のプリーサント島の二カ所に集中している。他は建設が間に合わなかったのだろう。そして、それを守るために対空噴進弾・対空砲もその周辺に多い。

 もうすぐ敵の迎撃が予想される空域だ。そこで隊長機から流れる、突撃ラッパ。陸軍の慣習だそうである。洋一郎には悪趣味と感じてしまう。ろくな武装もなく敵陣に突撃しなければならない友軍の歩兵たちのことを思い浮かべてしまうのだ。彼らを励ますべき曲を、この障壁と装甲に守られた戦神機の中にいる自分たちに流すのは、なにか違うのではないかと感じている。が、なぜか他の隊員には好評であった。

 もっとも単に洋一郎の趣味でないというだけかもしれない。もし彼に選曲させれば、旧同盟国のワーグナー、陸軍に寄ってもパンツァーリートにするだろう。

「各機、目標に対し、攻撃を開始せよ。」

「了解で、あります。」

 戦神機は散開し、地上の防衛施設を攻撃する。

洋一郎が自分の担当区域に着くと、さっそく噴進弾が雨あられのように迫ってくる。あれは直撃しても大丈夫なんだろうか?教練では「大丈夫である。」というお墨付きだが、ひょっとしたらアメリゴの新兵器かもしれない。霊力機関が張り巡らす障壁も、消耗を避けた方が作戦稼働時間が伸びる・・・。

「考えてる暇、あるか!」

 戦いの意義、自分の苦悩、すべては生き延びてからだ。「お前たちが何を思おうと死ねば終わりだ。」教官の言葉が洋一の脳裏に浮かんだ。自分の悪癖を自嘲しながら、いったん忘れる。回避、迎撃を繰り返す。障壁は、操縦感覚に関わるので加速の影響を軽減はするが解消はしない。強力な加速に、固定しているはずの体が揺れる。押さえつけられる。突き上げられる。後ろから追尾する何機かの噴進弾を急旋回で振り払う。

「ち。」

 正面に別の噴進弾が迫る。近接信管が反応する前に、これも撃ち落とす。爆散した破片と煙で視界が封じられたが、その空域から抜け出し、電探の画像を見る。噴進弾網が散発になっている。最初の一斉射には耐えきった。

「敵さんは一休み。今だ。」

 急加速。座席に体が押し付けられる。対空砲の火線が走るが、かわしながら接近する。

火器管制を操作する。自分に言い聞かせる。あれは無人砲座。人はいない。破壊はするが、人殺しはしなくていいんだ、と。

 中等学校の体育では滑空訓練は極めて優秀だが、射撃訓練で人型の的になると全然当たらなくなった洋一郎である。軍学校でも教練の度に叱責罵倒された。飛行訓練で、的が人型で無くなってからの成績の伸びは周囲をあきれさせた。

「照準固定。」

 零式は固定式の噴進弾や砲を持たない。7.7mmの機銃を肩に装備している程度だ。今は右腕に七二式20mm機関砲を装備しているが、これも豪州戦争以前の旧式。単装式であり、破壊力という面から言えば一般の戦闘機が装備するバルカン砲より劣る。ただ、集弾性の高さと故障率の低さから長年使われている信頼性の高い兵装で、洋一郎は愛用している。

 今作戦では、換装用に九七式携帯型噴進弾発射機も持ってはいるが、弾数が少ないので温存する。他に予備兵装に機刀。これも状況によって使用する。

 洋一郎は、狙いがつくたびに20mm弾を撃ち、一基ずつ砲座を破壊していく。


 隊長機と零式は対空機銃・砲をさけながら20mmで破壊していくが、凱風はその速度をいかし、接近戦用の機槍を用いた一撃離脱を繰り返す。操縦者の流川少尉の念動は、機体を加速し、またその慣性を無視した機動力・運動性で敵AIの照準も追いつかない。

 凱山の城嶋少尉は、自分の障壁を信じてか、ほとんど回避運動を取らず、悠然と120mmで目標を撃破していく。敵の噴進弾が命中するが、全く被害がない。

 そして凱火は移動、範囲攻撃を反復する。単調な動きだがその火力で多数の目標を掃討した。発射された噴進弾は暮内少尉の念動の誘導で外れることはなく、さらに発火能力が爆発力を増大させている。

「あいつら、頼もしいのか、危なっかしいのか、わからないな。」

 僚機の活躍を見ながら、その霊力と機体性能の高さに感心すると同時に、その性能に頼った戦い方に、そうつぶやいてしまった。自分だけ敵の攻撃を大げさによけているようだ。それでも初陣にしてはよく周りが見えていることに、安心する。が、隊長から見れば危なっかしく見えるとも思う。隊長機の速さは尋常ではない。時々分身すらしているようだ。特別霊力を込めることなく、自然に残像を残す。自分のように機体を動かすのがやっとの操縦者とは、格が違う。同期の操縦者の三人と比べても、段違いだ。わざわざ陸軍航空隊から引き抜かれただけのことはある。

「今、弾道曲げたし!」

 高い念動を持つ操縦者は、自分の砲弾を曲げて命中させたり、敵の弾を逸らしたりできるという。今、隊長機の放った20mm砲弾は、明らかに不自然な弾道を描いて対象の機銃座を破壊した。

「指揮官の人格と、操縦者の霊力は一致しないんだな。」

 鮫島の人柄にはかなり困っていた洋一郎としては、つい不条理を感じてしまうのだ。時々素に戻って軍人らしからぬ慨嘆をこぼしながら、それでも律儀に戦況を判断して報告する。

「大尉。クロス海峡部の攻撃対象は殲滅。予定時間をかなり下回りました。なお小隊の損害を認めません。ただし、九八式の葉山・内島両小隊の所在が不明。制空任務に入っているはずですが。」

 洋一郎は、正式にではないが、隊の中では副官的な役割を任されている。陸軍調に馴染まず叱責されることが多いが、航法や戦術などの成績が優秀であったからだ。これも他の隊員からはやっかまれている理由の一つだ。それでも手を抜かず、不要かもしれないと思いながらも、つい進言や報告をしてしまう。無駄に律儀で不器用である。

「信号弾、緑一つ、だ。」

「了解。」

 隊長の指示に従って、本隊に知らせるために「第一段階成功」の合図「緑弾」を撃つ。


 本隊に先行する特殊偵察部隊は、偵察潜水艦「虹神」と、それに搭載される青嵐2機、特殊潜航艇「三虹」4艇で編成されていた。後方部隊の潜水母艦より発進し、現在は第一潜水戦隊の支援任務の一環として偵察任務に従事していた。随分複雑な部隊である。

 実は、海軍の教化部隊、という噂がある。すねに傷持つ軍人が配属され、その忠誠心を試しているのでないかという噂である。俗にいう懲罰部隊であろう。もちろん、公式にはそんな部隊は、忠烈無比の皇島軍にあるはずはない。

 ただ、虹神の副長工藤大路からすれば、自分も含めて、ここはすねに傷を持つのが異常に多いことは間違いない。また将兵の入れ替えも多い。先月も工藤自ら部下を銃殺したばかりだ。そいつはもともと手癖の悪い前歴があり、隊の物資を私物化した。情状酌量は無用だった。そういう内規だ。おそらく自分が何かしでかしたら、日本刀マニアの艦長が喜んで斬殺するのだろう。

 不幸中の幸いとしては、偵察部隊のせいか能力的には優秀な者も少なくない。

 ただ、皇島国軍は、偵察そのものがへたくそだと思う。高性能な偵察専用機やこの偵察用潜水艦なるものまで開発し、まあ能力的に優秀な軍人を配属する。しかし、偵察を何のためにしているのだろうか・・・。

 工藤からすれば、自分の任務が理解できない。第一任務が本隊に接近する敵軍の有無の確認。これですら消極的だ。さらに第二任務が、戦果の確認。戦神機の部隊がクロス海峡強襲に成功し信号弾を上げたら、それを見届け、わざわざ青嵐と飛ばして本隊に伝える。その後の第三任務も、プリーサント島強襲の確認をまたまた青嵐で連絡・・・。どう考えても子どもの使い以下である。さっさと本隊が偵察機を飛ばすなり、戦果をあげたら無線封鎖を解除して通信させるなりすればいいだろう。それほど本隊の所在を知られるのが怖いのなら、さきにアメリゴの偵察衛星を戦神機で破壊すればいいではないか。超高高度兵装の開発も終わったのだから。その上で、潜水戦隊などではなく、大部隊で攻撃、占領すればいいだろうに。おそらく大本営と神威省の綱引きがあるのだろうが。

 できることなら、さっさとジュノーまでの航路確保と防衛施設の偵察を自主的に始めたいくらいなのだが・・・。もちろん、言わない・やらない・悟られない。皇島国軍で生きていくならまあ、この3つは必須であろう。とくにこの部隊では。

 しかし、他の軍人は疑問を感じないのだろうか?まあ、軍学校では精神論、実戦部隊には根性注入棒・・・。何を言っても無駄、みんなそう思ってるのかもしれぬ。自分が思うに、皇島国軍人の最大の敵は、アメリゴ軍ではないのだ。

 という訳で、工藤は任務に不平たらたらだが、それでも艦長に従順、任務には有能で忠実、部下には厳格だが公平・・・この隊に配属され一年になるが、地道にその地歩を固めていった。できれば早々にまともな部隊に転属したいと思いながら。

「副長、緑弾一つ、上がりましたよ。」

「・・・艦長は?」

 艦長室だ。まあ、いつものことではある。うかつに批判すると、逆にやばいのか?

「後で報告しておく。青嵐、水島機を本隊へ送る。発艦用意だ。・・・ついでに三虹も準備しておけ。」

 どうもきな臭い。ギリギリ命令違反ではない程度の勇み足はやっておくべきか。

「・・・いいんですかい?」

「偵察任務だ。これくらいは、裁量でいいだろう。」


 洋一郎は、部隊をまとめ、副官的な確認を続ける。明らかに好まれてはいないが。

「次の目標は、プリーサント島の防衛網です。あ、であります。友軍小隊の所在確認を待たず、予定を前倒しして攻撃に向かいますか?それとも予定時間まで待機しますか?」

 操縦者の疲労を回復するため待機という考えもあるが、戦術的には急ぎたい。敵が予想以上の準備していたなら、皇軍空襲の第一報で迎撃が来ても不思議ではない。ただそれがいつどこから来るか。

防衛網の攻撃中に迎撃機が来たら、多少面倒くさくなる。アンカレッジのエルメンドルフ空軍基地やフェアバンクスのアイルソン空軍基地からは約1000キロ離れている。敵主力機はおそらくF42戦闘機。マッハ2超で超音速巡航を行うという戦闘機では30分もしないでやってくる。また、同機は隠密性が強く、おそらく、地上の防衛網の破壊に手間取ったら、上から不意打ちされることになる。もちろん友軍の九八式6機が対応するはずではあるが、その所在が確認でいていない。

 しかし、プリーサント島の防衛網がクロス海峡と同規模であるなら、先に殲滅することで上空の援護に向かう余裕もでる。迅速な行動が求められる奇襲なら、やるべきだろう。・・・そもそも一部隊に、防衛網破壊二つの任務を当てるからこうなるんだ、と洋一郎は再び思考を空転させてしまう。なお、艦隊とは無線管制中なので、判断は隊長に任されている。

 しかし、事態は急変した。アメリゴは、皇島国軍の奇襲に予想以上に備えていたのである。

電子戦に優れる乙林は不在だが、ほぼ同程度と噂される索敵能力を持った壱甲の隊長機が告げる。

「鮫島だ。敵機が出現した・・・なんだ、この高度は!高度4万?通常飛行高度の5倍だぞ。」

 隊長に動揺されたくはない。戦場は理不尽な場所で、何が起こるかわからない。人生と同じだ。その覚悟だけはしている。

 制空戦闘は友軍小隊の任務だが、実は戦神機の索敵圏外で、F42の大編隊と戦闘中だった。しかし無線管制中ということで、本隊からの連絡がなかったのだ。

 そして・・・洋一郎は一操縦者としては考え過ぎと悪癖を自覚しながらも、疑問を放棄していない。敵機の異常な高度は何だ?予想高度8000mでも戦闘高度としては充分のはずで、仮に戦神機を想定し、高高度戦闘に対応した新型機を量産したとして、高度を取ることでなにが有益なのか?高高度から逆落としの一撃離脱だろうか?

 10年ほど前に勃発した人類史上初の外気圏戦争では、皇島軍は高高度での戦闘を全く想定していないままアメリゴ軍に終始主導権を握られ、結局その末期に戦神機を投入し一矢報いたたものの、初戦の失態を挽回しきれずに終わった。あの反省がろくに生きていない。

 戦神機は、理論上は上昇限度がない。なにしろ液体水素燃料推進機関で宇宙に行ったくらいである。噴霧推進機関が停止する高度でも操縦者に充分な霊力があれば念動で機体を動かせばいい。空気圧も障壁で維持される。しかし機関が停止し、速度は当然激減するので、よほど特殊な状況でもなければ試したくないが。結局、運用上は戦神機であっても高度に関しては航空機とさほど変わらないのだ。

 友軍の所在不明。高高度の敵。螺旋思考に陥った洋一郎に対して、鮫島の判断は直線的で早かった。

「頭を取られた。友軍所在不明だが、こっちでやるぞ。全機、上昇する。俺に続け。」

 性格と判断力はともかく、決断力と霊力は見事だ。ただのイノシシの可能性が高いが、指揮官は迷いを見せてはならない。機体を一直線に上昇させる隊長機に感心しながら、洋一郎は自分の零式をすぐに上昇させる。加速で体が押し付けられた。一方他の3機は大きく遅れた。

「隊長、敵機の機種と数を教えてください。こちらの電探ではまだ発見できません。」

 おそらく隠密性の高い機体なのだろう。壱甲以外はまだ発見できていない。

 洋一郎は情報の共有を求めながら、上昇の軌道が直線的になり過ぎないよう微妙な螺旋を描く。敵機の性能も不明だし、何やらきな臭い感じがする。そもそも敵地であり、味方部隊は単独行動だ。用心が過ぎるとも思ったが、何しろ初陣だ。もともと小心でもある。

「敵機は24、機種不明だ。お前らが来なけりゃ俺一人で食っちまうぞ。」

 隊長機からの返信が聞こえる。新兵を勇気づけるでもなく、けしかけているわけでもない。

ただの本気である。それでも遅れた三機が猛加速するのがわかった。

 敵機を発見する前は低空だった。ここからさらに4万m上昇する必要がある。とはいえ、多少の高度の不利などものともしない性能差があるのだが。

「むしろ慌てて急上昇するより敵の出方を見たいんけど。」

 と独り言をこぼした後、胸中の不安を言語化して、再び通信を送る。

「大尉、敵の意図が不明です。で、あります。今、我が隊は隊長機、ついで本機、後続三機と、各個攻撃される可能性があります。敵は降下して先制するのが有利のはず。それなのに敢えて我々が同じ高度に上るまで何も動きがありません。」

 皇島国軍では、しかもこの隊長では聞いてもらえないと思いながらも進言した。それを凱火の暮内がちゃかす。

「もう怖気づいたのか。さすがに、実戦は模擬戦じゃないからな。」

 低次元の発言に、一瞬怒気を覚えた洋一郎だが、見敵必戦を叩き込まれる皇島国軍人はだいたいそう考えるんだろうと諦める。案の定、僚機が続ける。

「機体が軽くて先行できたからって、やはり戦闘は怖いッと。」

 凱風の流川機は直線的に急上昇し、ほぼ洋一郎に追いついている。

「じゃあ、俺が着くまでまってろ。全部俺が落としてやるよ。なんなら俺の後ろに隠れてもいいぜ。」

凱山の城嶋が言うと、つられてみんな笑い出した。洋一郎は、屈辱に耐え、隊長機が冷静に判断する可能性に期待したが、やはりムダだった。見敵必戦、先手必勝が美徳の皇島国軍人たちだ。勝てば勝つほど、こういう軍人が増える。

 鮫島機は既に敵機との交戦距離に入ろうとしていた。再び突撃ラッパが各機に鳴り響く。

「大尉の霊力は、ずば抜けてる。あの上昇速度は羨望だが・・・。」

 洋一郎は、つぶやきながらも、自分が所属する組織を危ぶみつつ、疎外感を感じていた。


 次の瞬間、上空からの数条の閃光が隊長機を貫いた。胸部の操縦席を削られ、右手の20mm機関砲も、左の補助翼も脚も、一瞬で消滅した。機体は煙を吹き、失速を始めた。


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