表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
皇紀2701年の零式  作者: SHOーDA
2/20

幕間 皇紀2699年 晶和114年9月11日 北都宮

幕間 皇紀2699年 晶和(しょうわ)114年9月11日 北都宮(ほくときゅう)

アリューシャン紛争の勝利で世間は湧いている。最大の敵国との、久しぶりの軍事衝突は、皇島国の逆転勝利で終わった。北都宮の中央を東西に横断する国道4号線は、凱旋行進の最中である。勝利の立役者である戦神機の六一式大和尊(やまとたける)3機が大型車両に搭載され、その操縦者たちが群衆の歓声に応えている。その前後には陸軍の精鋭弘岡(ひろおか)第八師団。歩兵が一糸乱れぬ行進をする。九〇式戦車や、八八式歩兵戦闘車も車上に搭乗員がたち、敬礼をしている。

神藤洋一郎(しんとうよういちろう)、16歳。戦後受勲の改姓賜名(かいせいしめい)により「進藤」改め「神藤」となった新貴族の4代目だ。先ほどの第一次太平洋戦争戦勝記念式典で、「救国英霊の後裔」として紹介され、操縦者に花束を渡した。しかし、おそらくここにいる数万の人間の中で、式典を、凱旋行進を、最も憂鬱も感じていたのは彼だろう。彼は知っているのだ。

 敵国が電子戦に情報戦にと多元的な戦略構想に移行し、戦術的にも無人兵器や隠密戦闘機など革新的な新兵器を配備しているというのに、皇島国の戦略戦術構想は、第一次太平洋戦争からほとんど変わらない。臣民の生活も、満州や豪州を支配する大国としては驚くほど貧しい。負けているはずの敵国民がますます豊かになっていくのとは対照的だ。

「戦っても、勝っても、何も変わらない。あなたの理想は何を守ったのですか。」

もちろん、わかっている。洋一郎にだけは、真意がわかっているつもりだ。だからこそ最近の皇島国や軍を見ると何故あの戦争に勝ってしまったのか、疑問に思う。一度疑問を持つと、それは日に日に大きくなっていった。疑問を払拭しようと調べれば調べるほど、疑問は更に深くなる。もちろん考えてはいけないことだ。あの戦争で死んだ人々への冒涜だ。そう思っても、何度思っても、また考えてしまう。

群衆は無邪気に喜んでいる。精いっぱい着飾った姿が、洋一郎には痛ましくさえ見えた。普段はもっとみすぼらしい臣民たちだ。100年以上断続的に続く戦争。度重なる勝利。それなのに。

アリューシャン紛争で、先輩の兄が生きたまま敵の捕虜になった。その先輩は、皇国の名誉を汚した者の家族と罵られ、卒業を前にして特機校を中退した。それ以来消息が知れない。国のために戦っても、捕虜になれば非国民。家族も責められる。そうしてまで、勝って、誰が幸せになるのだろう?

「何のために戦い、誰のための勝つ?」

 続く軍の圧政。進む経済統制。腐敗する官僚組織。広がる支配地との軋轢。悪化する世情。

 勝てば、今の皇島国が続く。きっと、もっと悪くなる。しかし負ければ・・・どうなるのだろう?これ以上貧しくなるのか。人のつながりはさらに薄れるのか。勝利を信じて戦って死んだ者に報いるには、どうすればいい。自分の家族たちを守るには勝つしかないのか?

既に軍学校に入学した。しなければならなかった。しかし自分は何のために戦えばいいのか、答えは出ない。

「神州は世界の象徴!神州は世界の中心!」

群衆が叫びだした。皇島国の形は、世界五大陸を縮小し象徴したもの。そんな思想が広がっている。だから皇島国が世界を統一するべきだ。そんな思想だ。ここ、旧青林県(せいりんけん)が神都「北都府(ほくとふ)」となったのは、世界の中の皇島国にあたるからだ。霊的な象徴位置には、坂上田村麻呂が残した「都母(つも)石碑(いしぶみ)」があった。それには日本乃中央と刻まれている。国中の霊脈はここにつながり、神威省(しんいしょう)が管理しているという。

神皇(しんのう)陛下万歳!皇島国万歳!」

洋一郎の周囲にいる人々も、そうでない人々も、みな、声の限りに叫ぶ。そして自分たちに酔いしれている。

 北都宮にいる数万の群衆と軍人の中、彼だけが孤独だった。


同日同時刻。北都神宮(ほくとじんぐう)。内宮奥。

 その少女は、その時までは「しずめのみこ」と呼ばれていた。先ほど古式に基づく潔斎を終えた今、もうそう呼ぶ者もなくなった。

 今年の大祓で本当はこの世を去るはずだった。この世の全ての災厄を背負って、荒魂を鎮めるため、神界へ赴くという儀式によって。

 そのための12年間だった。それだけの12年間だった。

 しかし、その役割は突如中断された。おそらく自分は不適格で、自分以外の誰かが選ばれたのだ。だから、もうこの着慣れた巫女装束にそでを通すことはない。「しずめのみこ」と呼ばれることもない。ここに戻ることもないのだ。一度も切ったことのないこの髪は、切ることになる。

 少女は、自分用に仕立てられた、紫色の真新しい服をまとい、女官に従って奥から出た。女官は、自分の世話係のようだが、名は知らない。話をしたこともない。だから、立ち去るときも、何の感慨もなく、追い抜いた。それだけだった。何もなかった。これからもきっとそうだろう。

 少女は孤独を知らない。彼女はずっとそうだったから。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ