第13章 決闘(トライアル) 7月15日
第13章 決闘 7月15日
ここ北都宮は本州最北端であり、まだ梅雨の季節。しかし、今朝ほどの豪雨は記録的ですらあった。台風が通り過ぎた。今は温帯低気圧になっているが。
「よほど後ろ暗い人たちが集まってるんだろうなあ。」
自分だけは日ごろの行いに問題あるまい。そう図々しくも思うことにする。なにしろ細かいことを気にしたら胃がボロボロになりそうである。
敵の一人だけは知らされている。特機の代表は大撃墜王。双璧の一人「操神」安井礼三郎その人。自分がもう一人の「鉄神」鋼田昭太郎を差し置いての参加というのもかなりの重圧だが、実際に対戦する可能性を考えると怖気づく。
そして、おそらく後の二機は・・・。
ここ何日か、大湊基地の園香、白鳥、柴田らに連絡を取ろうとしたが、一切音信不通。ならばかなりの可能性で、旧所属部隊が関わってくるに違いない。零式は自分が乗る。自分しか乗れない。後は壱式が二機か?
迎えのヘリとやらは飛べるのだろうか。雨は止まない。風も強いまま。
園香クン・・・。会いたいな。今回は、しかし・・・。
時間が立つほど、昂揚は薄れ、無用のことを考え始める。
が、時間だ。
「洋一郎様。迎えの方がいらっしゃいました。」
朝食はとっくに済んでいる。覚悟は、もっと前にできている。
「百合華、百合菜、ナン。行ってくる。」
まだ着慣れない紫の軍服姿で、洋一郎は部屋を出る。
「御武運を!」
三人はそろってお辞儀をし、主を送り出した。ここ何日か、一緒にいられた。とても洋一郎は優しかった。もうできることは、無事を祈るだけだ。そして、きっと何かを成し遂げて帰ってくる。そう信じている。
「母様。帰ってきたら、お約束を果たします。」
「えへえ、楽しみ。行ってらっしゃい。」
美津姫は笑顔も隠さず、かわいく手を振って息子を送り出した。もう余計な心配はやめたらしい、とつばきは思った。
「つばきさん。よかったら、その時、ご一緒に。」
「えっ?わ、わたしが洋一様とですか?」
考え事をしていたせいか、少しつばきの反応がおかしくなった。
「つばき、わたしも一緒よ。忘れてない?あれえ?」
「ななんですか?」
どうやら、今日の我が家はいつも通り。雨の中、玄関を出る。思ったより風雨は強くない。
洋一郎は思う。そう、踏み出せば、障害は思ったほどではないのだ。
ヘリは猿ヶ盛砂丘のヘリポートに着陸した。ここには皇島国軍の訓練場がある。操縦士の腕に感心しながら、洋一郎は降機した。天気は劇的に回復している・・・いや、まるでこの空域だけ回復したように思えるほどだ。
皇島国で最も広い砂丘だ。当然だが、戦神機の戦いでは地上戦の意味は薄い。地形は重要ではない、という設定なのか。
案内に連れられて、仮設本部に入る。参加者の控室に通された。控室は個別で、参加者は不明。・・・特機の安井少佐にはあいさつに行くべきだろうとは思ったが、場所がわからない。そんな、困惑しているところに彼が来た。
「鋼田だ。この度は、わたしが辞退したために君に迷惑をかけたと聞いている。」
「・・・。」
洋一郎は最近随分と図太くなったと言われるが、この時は自分の未熟さを思い知った。何しろ声が出ない。
「どうやら突然で困惑しているようだな。後にしてもよかったんだが・・・。」
意外に小柄である。肩幅は広い。日に焼けた肌。写真で見たとおりだ。いや、実は・・・。
「2年ぶりなのでな。つい知人のつもりで来てしまった。」
「覚えていてくれたのですか!」
「むろんだ。あの学生が卒業して、先日の第二次外気圏戦役の手柄を独り占めとくれば、会いたくもなる。」
そう、2年前の9月。第一次太平洋戦争戦勝記念式典のおりに、アリューシャン紛争功労者の鋼田に花束を渡した学生代表の一人。あの時は曾祖父の名の下にいただけの自分だった。
「手柄の独り占めは良くない・・・と言いたいところだが、確かにあの高度にあの短時間で達しなければ多くの被害が出ただろう。そういう意味では、分かる者はわかっている。君の判断は正しい。」
自分の判断が間違っていたとは思わない、それでもそれをわかってくれるものがいることが、こんなにも心強い。ましてそれが、自分の目指した人物とすれば。
「あ、ありがとうございます!」
「しかし、傷痍退役した君が、ここにきているとは、随分と複雑なのだな。」
「自ら望んだことです。ただ少佐が辞退しなければ、参加できませんでした。」
既に三十半ばを超え、それでも未だ戦神機操縦士として比類なき強さを誇る、人呼んで「鉄神」。その名は、強力な念動による超高速一撃離脱と無敵の障壁に由来する。
双璧の一人「操神」が、無類の操縦技術と発火能力・念動などなど多岐にわたる能力・戦技を持つのとは対照的だ。
「なに、試作機、つまりは次期主力機を争う場に今更六一式ではあるまい。しかもわたしは、もう六一と心中すると決めている。九八に乗る気にすらなれん。ならばせめて警備と審判として協力するくらいだよ。」
「そうでしたか・・・少佐を押しのけることになったのではないかと、ずっと気にしておりました。」
「なるほど。武内大臣閣下は人が悪いから、知ってて君に話さなかったのだろう。」
「確かに悪い人ですよね、あの方。」
二人は武内を肴にして笑った。
「おっいい顔になったな。・・・その傷のせいか、前より精悍になった。さっきはやはり緊張していたんだろう。」
「はい。鉄神の代役かと思って、ブルっておりました。」
「もうそんな心配はいらん・・・思いっきりやってこい。」
「・・・はい!」
鋼田は、洋一郎の肩を強くたたき、去っていった。
微かに残っていた気負いも、これで消えた。洋一郎は改めて「鉄神」に感謝した。
そして、第一試合が報じられる。
凱号壱式乙山型、通称凱山・操縦士城嶋少尉。
凱号零式・操縦士 神藤もと少尉。
洋一郎が仮設本部から出ると、愛機零式が待っていた。
「よくこいつを連れて来れたもんだ。」
正直、一瞬期待した。副操縦士として園香が操縦し、自分に同乗してくれるのではないか、と。しかし、操縦席に乗り込めば、副操縦席はやはり無人だった。
「相棒。久しぶりだが、今日は相方なしだ。頼むよ。」
対戦相手の城嶋は特機校の同期。学生時代からさんざん戦った相手で互いに手の内は知っている。ただ、実戦ではどうか?もう模擬戦の帝王などと呼ばせるつもりはないが、あの重装甲を突破するにはどうしたものか・・・。兵装は20mm機関砲に携帯式噴進弾、機刀を選ぶ。制式兵装の機刀。陸奥守ではない、これは痛い。
本部では、大きな映像盤が用意され、関係者が眺めている。首相土門力夫、陸軍大臣駒泉、海軍大臣富良野、そして神威大臣武内。神野は今日も欠席しているが、近くで映像は見ているという。これに加えて開発者として、立花和夫技術中佐、敷島慎二技術大尉、青木音二郎技術少尉らも参加している。また衛生兵の中には白鳥七瀬中尉の姿もある。
海軍大臣の富良野が
「立花くん、凱山の勝算はどのくらいかね?」
と聞いている。海軍は乙型の制式採用を望んでおり、推薦しているのだ。一応各機体の性能に操縦士の戦績などは配布しているのだが、直接開発者から聞きたいらしい。武内以外の大臣も興味を持った。
「この条件では試合をする理由があるのか、というくらいです・・・敷島くん。」
「は~い。」
はなはだ不適切な返事をした敷島だが詳しい説明をするのは楽しそうである。
「操縦士の城嶋少尉と神藤もと少尉は学生時代同期で数多くの対戦をしていますが・・・実機を使用しての 戦闘は六対四。これはこの当時から城嶋少尉の霊力が著しく伸び、特にその障壁に対して有効な攻撃を加えることが極めて困難になったからです。一方神藤もと少尉は、霊力については伸び悩み、というより低下傾向にあります。彼が零式に搭乗することになったのは、霊力を多く必要とする機体に乗るのは困難になったから、です。」
「それで六割しかないとは、不思議な数字だが。」
「はい。神藤もと少尉は、空戦技術に卓越しており、それだけを見れば、同世代でも随一。故に城嶋少尉を消耗させ、そのスキを突く。そういう戦法で辛勝することもあった、と思われます。・・・が」
「が?」
「城嶋少尉はアラスカ戦役にて機体を中破させ、その反省から随分と空戦技術を磨いた、と聞いております。何より、凱山は改良を加え、より強固な防御力を得ました。おそらくその固さは鉄神に迫ると思っています。」
ここで武内は小さく鼻で笑ったが、だれも気づかなかった。
「神藤もと少尉は、確かにずば抜けた撃墜数を誇り、戦闘継続時間の長さは異常、かつ第二次外気圏戦役の功労者と一部でささやかれておりますが・・・。」
あらためて洋一郎の戦績を見て嘘ではないか、と思う者もいた。
「それは、彼のまあ、霊力の強さとは無縁の所、つまり対戦神機という戦いで見た場合は」
「凱山が勝つ、と。」
再び立花が口を開く。
「一対一、この条件での試作競争で、鉄神を超えることを目指したのです。いまさら、実験機のままの零式に出る幕はない。」
立花は、明らかに武内に向かって言った。それに対し、武内は答えることにした。
「なにしろ特機には二つ枠があった。一枠はお前の言った通り。だから操神を出した。しかし、鉄神が辞退したからには、一枠は違う理由で選抜してもいいだろう。」
「教えていただきたいものですな。その、おまけの枠の理由を。ぜひ。」
「俺が、いや、そのおまけ枠が勝ったらな。俺だって自信があるって程じゃない。」
戦闘区域は、砂丘周辺の空域または地上、海上または海中と限定されている。反則行為は特にないが、例えば操縦士が降伏したり、その生命が危険な場合は鉄神が介入することになっている。判定は・・・もしも長引いた場合は、それも鉄神の判断に任せる。彼の公正な性格は知れ渡っている。他の制限はほぼない。ここで兵装・弾薬を装備できるのは試合前のみ。
互いに向き合う形で、高度は3000m。距離は1000mで待機する。
開始の合図の赤い信号弾があがる。
洋一郎は、まず高度を取ろうとするが、それで先制を許した。凱山の右肩に装備される127mm単装連射砲だ。至近弾ですらないが、その威力は艦砲並みに思えた。続いて、左手に装備した60mm速射砲、右腕の20㎜多銃身機関砲が次々と零式を追う。回避運動を取りながら、零式は上昇を続ける。直撃はない。が、
「127mm!あんなに重いものに換装して、何と戦うつもりだよ。」
あの装備・・・全兵装で何十トンあるやら・・・加えて以前に増しての重装甲。よく飛んでいる。
しかし、距離をとったと思った瞬間、その重いはずの機体が、恐るべき速度で零式を追随し始め、洋一郎の背筋を凍らせた。
(さっさと落ちろ!お前など今さら俺の敵じゃない。)
城嶋の余裕か、念信が伝わる。さすがに127mmの発射間隔は長く、1秒以上かかる。停止していなければまず当たるまい。・・・が60mmと20mm多銃身は別だ。恐るべき密度で両機の空間を埋める。しかし弾数に限りがあろう。どうもおかしい。戦神機相手にしては武装のバランスが・・・。念信も焦っているようにも感じなくはない。
(なるほど、鉄神戦のために極端な重火力ってわけか。残念だったな。俺が相手で、重火力がなくぞ。127mmなんて換装したら肝心の20㎜の弾が減るだろうに。)
(!)
図星のようである。怒りのせいか、一瞬砲撃が止んだ。が・・・。
(相変わらずこざかしい!)
再び127mm、一弾30kg超の重量弾が火を噴く。洋一郎は余裕でかわした・・・はずだったが、軌道が曲がった!衝撃が零式を襲う。機体への直撃は避けたようだが、障壁には当てられた。激しい振動で揺さぶられる。
ち。あんな重砲を曲射できるとは・・・城嶋め。
好機と見たか、60mm砲と20mmの火線が立て続けに零式に迫る。
60mmどころか20mmでも直撃は避けたい。一弾一弾にそれほどの念がこもっている。余震の残る機体を、それでも制御して回避を続ける。が、火線は水流のように柔軟に動き、零式を追いかける。それでも粘り強くよけ続けているうちに、二つの火線が一つになった。60mm速射砲が弾切れのようだ。
洋一郎は瞬時に機体を横滑りさせ、振り向き、いつの間にか左手に装備した噴進弾を放った。直撃!・・・が、煙のまとったまま、凱山は悠然と飛行を続ける。
ずがああん!
三度めの127mmは、噴進弾による煙を吹き飛ばし、零式に向かう。
ちいいっ!思いっきり操縦棹を左に傾けながら右足ペダルで高度を、左足ペダルで速度を安定させる。零式は機体を左に回転しながら横滑りする。軌道を曲げた砲弾を捕えた洋一郎は、ひきつけてから、右足を蹴っ飛ばし機体を降下させ、かろうじて避ける。牽制のつもりで右腕の20mmを連射するが、気休めにもならなかった。逆に凱山の20mmが襲ってくる。回避、降下を続けるうちに。いつの間にか高度も並ばれた。
「なかなか粘りはしたが・・・やはり零式には攻め手がないですね。」
敷島がしたり顔で話しながら、茶のお代わりを要求した。白鳥は愛想よくその湯飲みに急須で茶を注いだ・・・わざわざ出がらしの茶葉で淹れたやつである。
「ここで終わらない。終わっちゃいけない。そうでしょ。」
映像盤の零式は、まだ戦っているのだから。そして、白鳥は次戦の用意をしている二つの機体を見る。九八式の「操神」に対するは、敷島と青木が改修した壱甲改。
「つらいな・・・。」
白鳥は視線を主映像盤に戻し、思いっきりひいきしている洋一郎の勝利を祈った。
(どうした?お前の火力では、凱山には勝てんぞ。)
模擬戦でのいつもの展開でもあった。洋一郎が城嶋の防御を破るには、彼の集中力や念動力、弾数を消費尽くすか、不意を突くかだけであった。
そして、今日の城嶋に油断はない。よほど賭けるものがあるのだろう。
が、
(そっちこそ、いつまでも念動がもつかな?弾も無限じゃないぜ。)
ずがああん。
返答は四発目。砲身から充分予測した上での回避。比較的近距離のせいで、弾道は逆に曲がるともなく、もっともその分威力は大きいし、狙いは正確・・・正確?
至近弾のせいで、震える零式の中、洋一郎は考える。はああ~それしかないのか?思いついた策に呆れ、思いついた自分を殴ってやりたい。他にないか真剣に考える。浮かばない。
20mm多銃身が火を噴く。回避する。距離は・・・とらず一定を保つ。止んだ。
五発目。回避しつつ20mmをばらまく。無効だが無意味ではない。少しでも障壁に直撃させて、城嶋の霊力を消費させる。あるいは城嶋がそれを嫌がって回避運動をとってもいい。当然ヤツ自身の砲撃の精度は落ちる。であれば回避がより容易になる。
どちらにしても、城嶋にとっては嫌がらせ以外に意味ないが、嫌がらせと割り切れば充分以上に効果がある。
(くだらない攻撃をいつまでも!)
いや、充分に効いている。自分の狙い通り、という意味では。20mmの砲撃を続けながら、むしろ距離を詰めていく。
凱山の20mmが止まり、127mmの砲身が零式を向く。
ち。やるしかないのか、そのつもりでやってるんだけど。
左腕の噴進弾を二連射。直撃し、爆煙が凱山を包む。これで弾切れ、投下。
20㎜も捨て、機刀を構える。
洋一郎は、補助推進機関を最大にする。続いて障壁も推進も霊力はカット。全ての霊力を機刀の切っ先の、さらに一点に込め、凱山の砲身に特攻する。
ずかああん!
127mm砲の六発目で爆煙が飛散し、零式に向かった。
カツ、ガツン。
軽い手ごたえと、その後の重い手応え。
目標を視認しないまま放たれた127mm砲弾は、零式の渾身の切っ先に両断される。
そして機刀は、そのまま凱山の障壁を破り、砲を、機体の右肩ごと破壊した。
バキッツ!
ヒヒロイカネを表面にメッキしただけの制式装備はここで砕けた。が、機刀を投げ捨てた零式は、凱山にくみついたまま攻撃をやめない。
史上初の、戦神機同士の格闘戦!
ここで互いの障壁は無効になり、凱山は20㎜多銃身機関砲を持つとはいえ到底撃てず、むしろ操縦士の自失に加え鈍重な動きから、一方的な打撃を受け続けた。
(き、貴様、何をするのだ?こんな戦いあるものか!)
(戦場は常に理不尽で不条理なんだよ。阿呆!)
重装甲の凱山とは言え、各種探知機、関節、推進器、補助翼と、被甲が十分でない箇所はある。そして、そこへ、洋一郎は零式の手刀に、拳に、膝に、と攻撃する箇所にのみ霊力を込め、攻撃を続ける。凱山は、小破から中破、そして大破へと損害を増やしていき・・・
「神藤くん、零式の勝利だ。もうよかろう。」
数分後、鉄神が呆れたように告げたことで、一試合目の勝敗は決した。
本部では白鳥の拍手が響いている。周りの茫然を無視する、乾いた音に、いつしか武内の笑い声が重なった。
「いやいや、戦神機同士の格闘戦とは、さぞかしいい記録がとれただろう。」
もちろん武内の嫌味である。こんな戦いは対アメリゴ戦では起こり得ず、記録の価値は乏しい。強いて言えば、各部位の耐久性能に多少の寄与があるくらいだ。いや、そうでもないか?
「確かに、あのような変則的な戦いを可能とする機体。今さらながら面白い。」
そう。機体操作の自由度や追従性という点での著しい利点に気づいた者が他にもいた。が、その人物・・・立花は
「しかし、次期主力機は、当然一般的な操縦士を対象にしている。あれを基準にするのはやはり間違いだ・・・彼の操縦技術と判断力に胆力、霊力の制御は称賛しますが。」
とつぶやいた。最後は武内に向かって言った。
「随分と評価が上がったものだ。」
「科学者ですから。事実は認めます。敷島くん、青木くん。」
「はい。修理と整備に向かいます。」
「富良野大臣閣下、乙型の採用、どうなさいますか?」
駒泉は白々しく、自軍が推薦した機体を失った海軍大臣に問うた。富良野は苦々しい表情と沈黙で答える。
ここは精神衛生に悪い。白鳥は自主的に操縦士の健康管理に出向くことにした。こっそりと。
「なかなか面白かった。」
凱山の防御力と攻撃力は確かに鉄神に近いかもしれない。しかし、やはり操縦者の技量が違う。しかも胆力が、な。予想外の接近をされた後は何もできなかった。
「あの鉄神と比べるのが間違いだったな。」
自分ですら、双璧などどいわれるこの安井礼三郎ですら、並んだなどとは一度も思ったことはない。
「・・・さて、こちらはこちらで、準備をするか。」
負けるつもりはないが、今の一戦のように大番狂わせというものはあるものだ。油断などで負けるわけにもいくまい。
「操神」。そう呼ばれるからには、「理由」がある。そして、その「理由」を証明するだけだ。九八式大和 尊改は、既に彼に馴染んでいる。白い機体に麒麟の機章。それは「理由」ではないが、彼の「象徴」である。
対戦相手は、量産仕様で今回のトライアルには最も適した機体のはずだが、なぜか対戦形式になった今では、純粋な戦闘力だけが勝負だ。遠慮なく墜とさせてもらう。
「洋一郎くん、平気?」
操縦席を覗き込んだ白鳥は、洋一郎に飲み物とタオルを渡しながら様子をうかがう。
「ありがとうございます。中尉。平気・・・と強がりたいのですが、疲れました。」
受け取ったタオルは暖かく、遠慮なく顔をふく。
「強がらないってことは、逆に安心。冷静なのね。」
のんびりとした口調に笑顔。なかなか癒される。麦茶を飲み、一心地つく。
洋一郎は、少し悩み、それでも口を開いた。
「中尉・・・この一週間、基地に何度か連絡をしたのですが・・・。」
「あ・・・うん。」
途端に白鳥の表情が曇る。その間のことは話せない、ということだろう。
「やはり・・・では、壱甲の操縦士は。」
「・・・。」
白鳥は何も答えなかった。
「白鳥中尉。お茶、ありがとうございました。」
洋一郎は静かに笑った。覚悟も準備もしつくした。そのはずだ。
「青木少尉。整備に感謝する。・・・どこか異常はないか?」
そう言いながら、機内の映像盤を操作し、次戦の様子を眺めることにした。どちらが勝っても、大敵である。
白い九八式大和尊改。頭部に操縦席があり、視界のいい機体である。そして麒麟の機章。洋一郎憧れの機体だ。右腕に八〇式40mm連装機関砲を装備している。
対するは、凱号壱式甲型改。緑主体に斑をちりばめた陸軍仕様の色彩。そして、零式同様、胸部に操縦席をもつ、複座式。こちらは七二式20mm機関砲。
信号弾が輝き、両機が動いた。しかし、九八式がいきなり早業で直撃弾を与える。通常ならこれで試合は終わったであろう。が、壱甲は微動だにせず反撃する。
「ちいいっ。距離1000の直撃で無傷か!」
安井は反撃を鮮やかにかわし、機体を分身させ敵に接近する。機影が一瞬4つになる。
四つの機体から火線が走る。壱甲改はそれを全て避けながら、距離を保ち、分身が消えたと見るや正確に撃ち返してきた。
「見事な操縦技術に駆け引き。やる。」
加えて、あの障壁。厄介だ。しかし、機体のとっさの反応が自分よりやや劣る。それは致命的だろう。負ける気はしない。障壁は、接近して、不意を突くのが一番有効だ。
「壱甲は、やはり複座か。」
洋一郎は、その操縦士を未だ知らされていないが、あの塗装に熟練した操縦技術、加えて異常に強固な障壁・・・既知の二人組に間違いあるまい。あのアラスカ戦役の。
一人はその操縦技術を目標としながらも、その人柄や指揮能力は批判するしかできなかった上官。
もう一人は・・・洋一郎は自分の右頬の傷を左の人差し指でなぞる・・・言葉にはできないほどの信頼をささげた戦友。
どういう経緯でまたこの両者が組むことになったのか・・・いや、普通に考えれば一番ありそうなことだったか。単に自分が考えるのが嫌だっただけで。
陸軍が戦神機の数をそろえようとするなら、霊力はないが優秀な操縦士と、操縦技術は拙いが霊力が強い副操縦士を組み合わせるのが一番手っ取り早いことくらいわかってよさそうなものだった。意外に思いつくのが遅かった。
しかし、壱甲改の動きは、九八式と比べると鈍いと言わざるを得ない。操縦士の息が合わないのだろう。
いや、単に「操神」が恐ろしいほどに早く強い。それだけかもしれない。いくどか、40mm砲の直撃を浴びせている。しかし、それを完全にはじき返す強固な障壁。あの、分身からの砲撃を浴びてまだ無傷とは・・・。
なぜだろう?とてもイヤな気持ちだ。あの機体に鮫島大尉と園香が乗っている。・・・機体を見るだけで、冷静で無くなる。
「そろそろ、かな。」
安井は幾度かの攻撃を繰り返し、攻め切れないように見せている。次第に壱甲改が砲撃をかわしもせずに反撃するようになってきた。向こうの勢いが上・・・そう見えているであろう。そして、六度目の分身からの砲撃をしのがれ、
「うおう!」
ヤツの20mmが大きく軌道を変え、自機をかすめる。
ッゴオ。
障壁をかすめただけで、この衝撃。
軌道を変え、20mmでこの威力。どれほどの念動なのか、あの操縦士は!
九八式が機体を立て直しているうちに、壱甲改はついにその背後に回り込んだ。
理論上、霊力障壁は機体の周囲全てに張り巡らされ、どの方位からも強固であると言われるが、やはり操縦士の死角、つまり背後などへの不意の攻撃には弱いというのが、実戦を知っている者の経験である。その背後をとられた。
安井は九愛機を駆り、左右に機体を揺らし、かつ速力を上げ、航空機には不可能なジグザグな回避運動をとる。それでも、あれほど軌道を曲げる念の砲弾には有効かどうか・・・。
そして、背後の敵が自分を捉え、充分に狙いを定めて・・・
「ここだ。」
撃った!
九八式は、その砲弾に貫かれた。ほとんどの者はそう思った。
が、その砲弾が九八式に着弾した瞬間、九八式の機影は消えた。砲弾はそのまま通り過ぎた。そして、九八式はいつの間にか、壱甲改の背後下方に位置していた。
「あれが、木の葉返し!」
伝説の戦技。洋一郎も聞いてはいるが、見るのは無論初めてである。
第一次太平洋戦争の零戦操縦士が使ったという戦技「木の葉落とし」とは似て非なる、戦神機独自の技。
「木の葉落とし」は、敵機に背後を取らせた後、機体を失速させて、敵機に追い越させ、逆にその背後から攻撃するという技であった。
一方、安井が独自に磨いた「木の葉返し」は、背後を取らせた後、念と残像を使って機体の分身を残し、本物の機体は斜め後ろ下に全速で加速するという技である。そのあまりの早さから、瞬間移動ではないか、という者もいる。
基本的に戦神機は慣性を中立化しており後ろに全速というのは可能である。しかし、これも人間の心理として後方に全速で急加速という行動はほぼできない。が、安井はその心理的な壁を乗り越え、加えて分身を組み合わせることで完全に背後の敵の、その背後に一瞬で移動し、不意の砲撃を加えることを可能とした。これを「木の葉返し」という。戦神機の操縦士で安井の他にこれを成し得る者も、またこれを破った者もいない。
「確か、本当の瞬間移動の使い手が、似た技を使えたはずだが・・・分身と移動を同時にやることができなくて、むしろキレは落ちる・・・だったかな。安井よ。」
「鉄神」がそうつぶやく。彼にして、「木の葉返し」が決まった時、勝敗は見えた、そう思ったのだ。
白い九八式の40mm連装機関砲が、壱甲改の背後から連射を浴びせた。完全に不意を突いた、至近距離からの一撃。
安井は勝利を確信した。
が。
壱甲改の障壁は、その激しい砲弾を全てはじき返していた。
「バカな!」
安井が愕然とし、九八式の動きが止まった。
そして、次の瞬間、壱甲改は振り向き、分身を繰り返しながら接近する。
「いくつ残像を残すのだ、あれは!」
壱甲改の軌道には全て残像が残る。単なる霊力機関が発する残滓に留まらず、精神的な幻惑かもしれない。
反応が遅れた九八式が、それでも左右に上下に逃れようとするたびに、壱甲改は、残像をのこしたまま追尾する。
九八式の風防には、もはや無数の壱甲改が映っている。
そして、全ての壱甲が、20mm機関砲弾を放った。
「墜ちた・・・操神が墜ちた・・・。」
零式の映像盤で見ていた洋一郎は、壱甲改の操縦士に個人的に心当たりがあり、故に勝負は拮抗する、と思ってはいた。その彼ですら、いざ操神が撃墜された光景を見て、かくも動転していた。しかし、煙を吹き、墜落しているのは、あの純白だった九八式。いまは変色著しいが、まだその白さを残したまま、墜ちていく。
壱甲改は勝ち誇るがごとく、悠然と飛行をしている。それを見る洋一郎の視線が険しくなっていく。
まだ空中にあるうちに、黒鉄の六一式が白い機体を抱きかかえた。
「油断か?安井少佐。」
「・・・いいえ。実力です。皇島国は広い、そういうことです。鋼田少佐。」
勝者は、壱甲改。操縦士は鮫島大尉。そして・・・立花三等飛行兵曹。そう宣言された。
「おい。人形。随分いろいろやってくれたな・・・まあ、今回はどんどん使えってのが敷島大尉の指示だから、仕方ないがよ。」
園香は答えない。外部の様子はほとんどわからないように主操縦席から機能制限されている。敵機の情報すらも。当然、副操縦士としての役割は今はない。ただ、主操縦士が要求する霊力を、言われるがままに供給する。
自分でも、ただの部品に戻ったのがわかる。
だから「やってくれた」と言われるようなことはしていない。「障壁強化」「追尾」「分身」。言われるがままに、力をふるっただけだ。
自分は軍人だ。少尉は随分と変わった人で、ついに退役してしまったけど、自分は軍にいる。理不尽でない命令、いや、理不尽なものであっても命令であれば聞くだけだ。
一度だけ、いや、一つだけ聞けない命令があるけれど。
それ以外であれば、人形になり、部品に戻るのも仕方がない。
そして、少尉と戦うのも、命令であれば従うほかはない。
そして、それが、父の意志でもある。
「人形。水ぐらいは飲んでおけ・・・次は、あの借り物のもと少尉。よく凱山に勝ったと言いたいが、操神にも勝ったこの壱甲改だ。とっととかたづける・・・わかってると思うが、手は抜くなよ、命令だ。」
「・・・命令には従います。手は抜きません。」
少尉は一週間、連絡をくれなかった。所詮、自分は戦いの役にしか立たないからか。少尉の周りには、自分以外の娘が何人もいた。戦うだけの、軍人でしかない自分では・・・。
「まさか、というべきか。」
いや、当然、というべきか。洋一郎はつぶやく。壱甲改は、鮫島大尉と・・・園香くん。自分の翼になってくれた少女。どう戦って、どう勝つか?あの操神にすら勝ったあの二人に?二人?・・・二人だ。
猿ケ盛砂丘より東北東へ500kmほどの場所に、神野はいた。
「やれやれ、これであの子たちが対戦することになったか・・・博士もひどいね。いろいろと。」
おそらく、あのせいだろう。体調を恐ろしく崩した。初めてのことだ。彼女があの時、少しでも自分を消そうとしていたら、きっとあっさり退去させられていた。全く、「しずめのみこ」とはよくいったものだ。
「ん?何だ、この反応?」
皇島国でも、アメリゴでもない、この反応は?まさか、ここに来るのか?このミヨイに?
・・・しまった。反探知磁場の発生が一段階弱かったか。しかし直接ここを狙うとは・・・「協定違反だ!畜生!」




