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皇紀2701年の零式  作者: SHOーDA
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第12章 嵐の前 7月8日

第12章 嵐の前 7月8日  


「やあ、今年もありがとう。」

「お安い御用ですよ。曽爺さん。」

 いつもの夢の中であろう。七回目の星天祭も大成功に終わった・・・洋一郎にとってはヒヤヒヤものだったが。

 そして、その夜だった。

「特に、今回はいろいろあって楽しかったよ。ま・・・神野さんに会えたし、キミの当主就任に立ち会えたし・・・しかも女の子を4人もステージにあげて。キミがハーレムルート狙いだったとは、うちの家系じゃ珍しいね。」

「うちのご先祖様方は親類縁者がいないくせに代々子どもが一人しかいないっていう危機管理意識が犬公方以下・・・じゃなくて!」

 危うく泥沼に入るところだった。

「まあ、ご満足いただいて何よりですよ。」

 多少の強引さを発揮してごまかそうとする。

「・・・うん。満足した。だから、俺もさきも、もう終わりにするよ。俺が、元の時代で死んで、キミたちに呼んでもらって、やっとさきに会えて。それから毎年呼んでもらって、すごくハッピーだった。もうリア充大爆発!死んでからだけど。」

「・・・すみません。相変わらず意味が分かりません。」

 本当に同じ言語を話しているとは思えない。

「でも・・・終わり、ですか?」

「ああ。もう6年も二人でキミたちを見ていた。でも、俺もさきも、そろそろ次のステージに行かないとな。世の理というものをとどめるにも限度があるらしい。」

「曽爺さん・・・。寂しくなります。」

「何言ってるんだい。ただ・・・心残りもある。それはキミに託す。」

「それは、大きすぎます。俺にはとても!」

 つい弱気になってしまう。わかってはいる。死者に頼るべきことではない、と。ただ、これもある意味、世の理の外ではないか。影の敵も真の味方も。

「いやいや。ヤタガラス、なかなか似合ってたよ。・・・この時代を導いてくれ。じゃ、な。曾孫くん。あ、これ、もういらないよね。」

「これ?」

 曾祖父は、最後まで軽いノリのまま去っていった。


「曽おじい様!」

 洋一郎は自分の寝台の上で目を覚ました。12歳の七夕以来、曾祖父は自分にいろいろなことを伝えてくれた。時にその価値観は理解しがたいこともあったが、彼の時代がそれなりに発展した理由はわかったつもりだ。そして、この世界に何故かやってきた彼が、あの戦いに巻き込まれ、時に世界の命運に大きくかかわり、時に人を愛し、時に自ら人を殺め・・・そして突如去った。

 まだまだ聞きたいことがあった。話したいこともあった。

 突然の別れに耐えかえて、洋一郎はそばにいた少女を思わず抱きしめた。・・・え?

「ん・・・。」

 え?・・・抱きしめてから気が付いたが、なぜ自分の寝台に・・・。またナンか?

 暗闇の中、恐る恐る抱きしめた感じで確かめる・・・ナンにしてはちょっと育ち過ぎだ。が、百合菜には到底、百合華と比べても・・・。消去法による結論。念のため髪を撫で、その極端な短さで完全に決定。

 ・・・こいつ、何歳だっけ?いやいやそういう問題ではあるまい。少女を起こさないようにそっと体を離そうとした洋一郎だが、

「ん・・・少尉ぃ・・・んん。」

 しっかりと両腕が首に巻きつき、離れようとしない。・・・寝てはいるようである。洋一郎は困った。かなり困った。夜、寝台で、若い娘と、抱き合っている・・・。

 曾祖父との別れをかなり遠くに放り投げて、少女との抱擁に惑溺しそうである。が、かろうじてまだギリギリ何かを保っている。

「んぁ・・・少尉ぃぃ・・・んぅ。」

 もっとも時間の問題かもしれない。この寝言すら、洋一郎の耳の中で甘く浸っている。押し付けられたささやかなふくらみは、その弾力を洋一郎の心臓に直に伝え鼓動を響かせる。そして、少女の体温が肌を伝わって、香りが鼻腔から侵入して脳髄をとろかしていく。

「・・・いかん・いかん・い・か・ん。」

 とつぶやきながら、その両腕は少女を引きはがすどころか、むしろ強く抱きしめてしまう。

・・・が、

「行かないで・・・少尉ぃ・・・少尉ぃ・・・。」

 一瞬で冷めた。何とか自由になった左の人差し指を彼女の頬に伸ばす。その頬は涙で濡れていた。寝ながら泣いているのだ。あの日の、そう5月の最後の日。あの時の夢を見ている。甘やかな気分は去ったが、むしろせつなくつらい思いで洋一郎は園香を優しく抱き、頭を撫でた。

「ゴメンな。」

 たった一日、共に戦った。その日、二度、魂が融け合った。そして、別れ。

多くの者に囲まれて育った洋一郎ですら、心が引き裂かれたような激しい痛みだった。まして・・・そう、あの時見かけた、あんな生活をしていた園香にとっては、これまで人と暖かい思い出を共有したことのないこの子にとっては、その比ですらなかったのだろう。

 ようやく再会して、また共に戦い、心を通わせた。だが、あの時のつらい思い出は、まだこの子の心に深い傷を残している。

 泣いている園香に届いてほしい。そう思いながら、洋一郎はその背中を抱き、髪を撫で、「ゴメン。」

と繰り返した。そうしているうちに

「あ・・・少尉?」

 園香が微かに身じろぎをした。

「起こしちゃったか?」

 洋一郎はそう呟き、あらためてその小さな体をそっと自分から離そうとした。

「え?ダメッ。」

 園香は洋一郎から離れまいと、一層強く抱きつく。

「夢じゃないですよね。少尉ですよね。」

「俺だけど・・・ちょっとまずいよ。園香クン。」

「どうしてですか?いつもこうしてるじゃないですか?」

 誤解されそうだ、と思いながらも、一応自分の記憶を確認すると・・・まるで誤解でもなさそうだ、と思い当る。確かに密着することは多い気がする。しかし

「待て待て、ここは操縦席じゃない。」

 操縦席ならいいというものでもないが、動揺している彼には他に浮かばない。

「そもそも・・・どうやってここに入った?カギは?」

今更である。しかし、確かに侍女たちならまだしも・・・これも本来ならおかしいのだが・・・客としてきたばかりの園香がなぜ?

「あ。ちゃんと訓練通りにやりました。」

 こういって彼女は薄暗がりの中、自慢げに南部十四式と持参した枕・・・なぜか焦げ穴のある・・・を見せた。

「少尉の居場所は、はっきりと感じますし」

 という声は耳にも入らず、洋一郎は左手で顔の半分を覆い、天井を仰いだ。

「お前の教練内容、絶対おかし過ぎる。」

 一度見直してやる、と思った。

 と、

 どかあん!

 突如ドアが蹴り破られた。

「洋一!無事なの?」


 百合華は久々に単独で洋一郎を起こしに行った。ナンは当然、百合菜も昨夜の星天祭の疲れでまだ身支度を終えていない。やはり日ごろの心身の鍛錬が大切であると再確認し、主の私室に赴く。急ぎの件もある・・・昨日の朝の洋一郎を思い出し、ついほおが緩みそうになる。普段は柔弱ですらある彼が、あの変わり身!正直かっこいいのだ。そして今日も早朝からの公務。今日は自分一人にあの凛々しい様を見せてくれるのだろうか・・・。

 しかし。主の私室前に来た瞬間、異常に気が付いた。錠に穴が開いている。明らかに壊されたのだ。刺客?最悪の予想が浮かぶ。洋一の危機だ。侍女であるとともに影の護衛でもある百合華は、ドアを一撃で蹴り破り、自らの危険を顧みず部屋に突入した。

「洋一!無事なの?」

 即座に低い姿勢で飛び込み、電灯をつける・・・あら?

 寝台の上の主の無事は確認したが、同時に約一名の同室にも気づいてしまった。

 またも、ぬかった。油断した。

 まだ幼い外見に、かつての自分よりも少女らしさに欠けるふるまい・・・なのに!

「・・・百合華。安心しろ。刺客じゃない・・・ん?」

 彼女は表情をなくして立ち上がる。そして次の瞬間叫んだ。

「黒峰流護身術、飛燕三式!」

 主に飛び蹴りをかます護身術ってなんだよ、という洋一郎の声は誰にも届かなかった。


「神威省から、急ぎの使い・・・へええ。そう。」

 全く心のこもらない受け答えだが、左目に青痰をこさえた身であればこのくらいでちょうどいいだろう、と著しくやる気のない洋一郎である。あの後、百合華と園香の仲裁に入り、今日の活力は目覚めた瞬間使い果たした、というのが正直なところだ。

 遅れてきたナンが、園香を客室に連れて行った。百合菜が身支度を整える手伝いをする。当の本人はまるでやる気がないが。

「・・・で何だよ。この悪趣味な服は?」

 自分が着せられている服に見覚えは・・・あるけれど。

「神威省から届けられました。ぜひ着用の上、神威省へ、とのことです。」

 ことさらに事務的に述べる百合華。

「俺の自由意思は・・・。」

「とりあえず、そのような面倒なものはお捨てください。」

「百合華ちゃん、変だよ?さっきから・・・。」

 さすがに百合菜がたしなめた。

「あの・・・ヨーイチ様?眼鏡はどうなさったのですか?」

 いつもの場所にある、彼の黒縁眼鏡が見当たらない。しかし

「メガネ?何だい、それ?」

 洋一郎が、そう答えたので侍女たちは一斉に不審な顔をした。が、しばらくすると、彼女たちもそのことを忘れてしまった。


 結局朝食も食べる間もなく、母とあいさつする暇もなく、百合華が握り飯を作ってくれるはずもなく、洋一郎、白鳥、園香の三人は神威省の迎えの車に乗った。三星の帆白。大型の巡航車両である。一番後ろに三人並ぶ。右から白鳥、洋一郎、園香の順だ。

 園香は、今日も、いや、今まで使用していなかった休暇を当分使用し続けるはずであった。しかし彼女にも白鳥にも帰隊命令が来た。

「洋一郎くん、園香ちゃんとおそろいの服だね。」

「・・・送られてきました。これを着て来い、とのことだそうです。」

 神威省から送られてきたのは、階級章のない紫の軍服。確かに園香の軍服と同じ仕様である。おそらく実験部隊の軍服・・・正規の軍人ではない・・・ということなのだろうが。

「特機の服より似合ってるね。」

「・・・それは、どうも。」

 濃紺で襟高の特機の軍服はどうも似合わないという評だった洋一郎だったが、この紫という軽薄な色合いの軍服がまだしも似合っているらしい。

 屋敷を出る時は百合華の雰囲気が微妙だったのか、誰も口に出して批評しなかったが。

洋一郎はふと左の園香を見る。口元が微かにひくひくしている。おそろいという言葉に反応したらしいが、この反応は地雷かもしれず、うかつに指摘はできないと洋一郎は左目を抑えて天を仰いだ。まだ痛い。

車内では、もっぱら白鳥が昨夜の星天祭のことを楽しく語り、洋一郎が時々合の手を入れる、という流れで、そのまま神威省に着いた。園香はじっと洋一郎を見つめ続けていただけだった。運転手に礼を言って降車する。昨日世話になった補佐官が出迎え、案内をしてくれた。

 ただ、降車したのは洋一郎だけである。二人とは、ここで別れる。不安げに自分を見つめる園香に、洋一郎は軽く手をふった。

「大丈夫。後で、な。」

 それでも微動だにせず、車内の園香は自分を凝視続ける。その視線を痛いほど感じる。いや、実際に胸が痛むほどだ。

「中尉、後はお願いします。」

「任せて・・・でも、必ず会いに来てね。」

 こちらは、何の根拠があるのか、不思議なほど明るく請け合ってくれた。

 最後にもう一度、園香を見る。変わらない。自分を見つめる視線にもう一度うなずき返し、洋一郎は一人、先に進んだ。


「神藤洋一郎です。失礼します。」

 数日前に通されたのと同じ部屋である。今日は義足のおかげで安定しているが。

「やらかしてくれたな。ずいぶんと。」

 今日もいきなりの本題。短気である。

「というより、あれは関白閣下をけしかけた大臣閣下の落ち度では?」

 意外に洋一郎は、武内流に順応しているらしい。早速の、しかも強気の返答である。

「それを言われると、確かに痛いが。人任せ、というのはいかんものなのだな。」

 昨夜の侯爵殊勲の件である。もともとは伯爵の後継公認という件で、武内に美津姫から打診があった。確かにあの戦役における洋一郎の貢献は大きく、借りを返せと暗に言われれば妥当であると思った。食えない女とは思ったが、裏でこそこそ暗躍する馬鹿どもよりははるかに好感が持てた。そこで、つい自分の多忙にかまけて暇なはずだが影響力が大きい神野に行かせたのだが・・・。あっさりと

「侯爵にしちゃった。正式な手続きはこれからこっちでやるけど。」

 という連絡が来たときは・・・何年ぶりだろう?開いた口がふさがらないというのは。昨日の戦勝よりも衝撃だ。あいつは、年々人柄が軽くなる。まるで100年前のあいつ並みになってきた。

「しかし、よほど気に入られたものだ。最近では随分と厭世的になって面倒なことは避けていたあいつが、わざわざ苦労を買って出たのだから。もっとも慣れないことをしたせいか、体調を崩したらしいが。」

「なんかすごい軽いノリで、決まっちゃいましたよ。」

 大臣相手に軽い口調になったのは、洋一郎も感化されたのだろうか。今朝別れた、軽い人物に。武内は、そんな洋一郎を相手にとがめだてもせず会話を続ける。

「・・・反発は強いぞ。やつは気にしてないかもしれないが。」

「じゃあ、自分も気にしません。そっちの苦労は母と大臣閣下にお任せします。適材適所です。」

「ぬけぬけと。・・・また図太くなった。」

「なにしろ、退役したら上司がいない。馬鹿な命令を聞かなくていい。こんな素敵な境遇があったんですから・・・あったんですけどねえ?」

 武内は、二つ目の本題を自分以外から持ち出された。これも久しぶりである。ここまで話が早く進む相手は、いっそ貴重である。

「その軍服は、そうだな。そういうことだ。」


 白鳥と園香を乗せた帆白は、大湊海軍基地内に着いた。さすがに昨日のヘリとは違い、時間はかかったが御用車両のせいか体の痛みなどはない。しかし車内では全く会話がなかった。時々白鳥が話しかけても、園香はほとんど反応しなかった。慣れているはずの白鳥ですら気づまりな時間だった。

 まだ、この子は「少尉」がいなければ人にもどれない。それでも一昨日までの絶望に耐えているわけではないし、アラスカ戦役以前のかたくなすぎる様子でもない。ただ、5月31日と7月7日。この二日間の立花園香を知れば、明らかに違いすぎる。それがわかるだけだ。痛ましさを感じながら、降車を手伝う白鳥に、それでも園香は

「ありがとうございます。中尉。」

 と小さく礼を言って頭を下げた。小さいけれど変化はきっとある。白鳥は思った。


「やっとお戻りかね。お姫様方。」

 敷島にしては気の利いた出迎えの文句であるが、園香も白鳥も型通りの敬礼以上はしない。それでも開発部一同総出で働いている様子を見れば、さすがに気になる・・・園香以外は。白鳥は例の件以来つるむことが増えた柴田を捕まえて事情を聴きだした。

「それがっスね、何でも獅子王計画の今後を左右する、そんな命令が来たッス・・・。」

 

 建御雷、大和尊という戦神機は、武内が開発し、神威省が独占している。戦後の大功労者とは言え、二人しかいない不死人が国内で大きな力をふるっているのは、これが大きい。皇島国内の、反不死人派とでもいうべき勢力は・・・軍、政、官の大人数に昇る・・・結束してこの牙城を覆そうとしている。

 それが獅子王計画である。立花和人教授を中心とした科学者集団に、軍・政府の要人がつくる派閥が後押しして進められている、戦神機の独自開発計画。

 その先駆けとなったのは九八式と言われる、大和尊の改修型である。三十年以上最前線で稼働している六一式大和尊は当時未だに無敵。しかし多くの点で課題が浮かんできたのも確か。そこに目をつけ、まずその改修を行うことから徐々に戦神機の開発実績を重ねていった。もちろん、それ以前から多くの研究があったのだが。

 そして、始まった凱号の開発。計画の骨子は操縦士二人の霊力を融合・増幅することによる高出力。さらには機能を拡張する特殊装備・・・三種の神器・・・も視野に入れていた。初代建御雷は一機のみ生産の別格だが、大和尊は充分超えられる目算だった・・・成功すれば。

 だが数年に及ぶ実験はことごとく失敗。最終的に霊力の融合には男女一対が理想的であろうという、予想が立ち、幸い女性の操縦士として最適の素材は選抜し得たものの、男性操縦士との融合は一度たりとも成功し得なかった。皇島国の男子には十二歳までに霊力審査の義務があり、一定以上の保持者は登録されている。軍の登録者を中心に多くの男性操縦士との融合実験が行われ、繰り返すが、すべて失敗である。

 ちなみに霊力の男女一対とは、かつて大和朝廷において支配者が女系であったころはアマテラス神が男神、その後男系天皇になった後は天照大御神が女神へと変化したことに由来する。もちろん大陸由来の陰陽にも類似の思想はあり、霊力の融合には男女一対が必要な要件であることに相違はなさそうである。

 凱号は零式の完成と、しかしその融合実験の失敗から、予備計画に移っていた。量産計画の甲案と兵装強化計画の乙案である。

 甲案・・・壱式甲型の開発。霊力はないが操縦士として優秀な者と、優秀な霊力保持者との複座型。霊力保持者の中には操縦士としては不適格または未熟な者も多く、そのため霊力があっても戦果が乏しい操縦士も少なからずいた。通称壱甲と言われる戦神機での実験は良好であり、このまま量産に推移することで、現行機の2倍以上の戦神機の運用が可能になるであろう。

 乙案・・・壱式乙型、風林火山に代表される四種の兵装を、操縦者の霊力、適性、作戦目的に応じて換装する強化型の開発である。

 速力・格闘戦力の凱号乙風型、凱風。

 電子戦・隠密性に優れる凱号乙林型、凱林。

 殲滅戦・大火力の凱号乙火型、凱火。

 防御力・破壊力の凱号乙山型、凱山。

 いずれも実験では十分な性能を発揮し、実戦での運用段階に入る直前だった。


「閣下・・・これ、軍機ですよねえ?」

「今更なのだろう。そもそもお前が海神で聞いていなければいけなかった話だ。」

「過去形・・・じゃこれ、前振りですか?」

「そうだ。」

 さすがに洋一郎も少々疲れた。重い話を立て続けに聞かされ、そしてそれがまだまだ続くという。この短気な人の長話。圧縮した内容を理解するとかなりの情報量だ。

「お茶、お替りください。うまいですね。この茶葉、いいやつなのでしょう?」

「俺にはわからんがそうなのだろう・・・少し待て。」

 意外に頼みごとが通った。洋一郎は少しだけ、ほんの少しだけだが、ほっとした。


 第三次太平洋戦争以後、西暦で言うところの20世紀が終わると、アメリゴ国では急速に科学が発達した。それに伴い、軍の改革も異常に進む。いよいよ、あの国の陰にある者たちが業を煮やし、表への影響力を強めてきたのだろう。

 それを防ぎ、この100年の戦いをそろそろ終わらせる時が来たのではないか。神野と武内が獅子王計画を黙認しているのは、何かの予感・・・虫の知らせのようなものらしい。そして、その獅子王計画が最終段階で再び動き出した。当初の計画に戻る形で。

 陸海軍はおろか、特機軍ですら次第に潜在的な反対勢力の影響を受けている。武内は神野と謀り、アメリゴではなく、真の敵中枢のみを標的とする組織を創設することにした。


 武内大臣からの最終通達がでた。

 洋一郎が望んだことの実現と、二人の不死人が図ったことの一致。それを万人に理解しやすくするために、表面上はとりつくろわなければならない。そのためには誰が見ても必要な手順を踏むことだ。一週間後の、兵器開発競争の名を借りた決闘で勝つこと。それをなすことができれば、新しい組織の設置と、それへの参加という、不死人と洋一郎の一致はかなう。

 しかし、既得権益を犯すため、他の参加者への大幅な譲歩が必要となった。

 その圧倒的に不利な条件を覆しての勝利。それをなしてこその承認。

 最後は武内が面倒になって思慮を投げ捨てただけ、という気もするが。

 おかげで洋一郎は強敵に立ち向かうことになった。

「・・・鉄神を押しのけての参加だ。覚悟しろ。」

「ぶっ!」

 洋一郎は、せっかくの茶を噴出した。

「あの双璧の代わりですか!」

「・・・覚悟しろ。」

 正直、頭が痛い。肩の荷が重い。胃がうずく。

 それでも、その後は武内と洋一郎の会話はどんどん早さを増し、使う語彙も単語で済む。

「決闘?要は力づく?」

「その通り。」

「他は?」

「陸軍と海軍の推薦各一。」

「期日は?」

「一週間後。正午。場所は秘密。10時に迎えのヘリを出す。」

「了解です。では、失礼します。」

 こうして、洋一郎は決闘に備えることになった。

 一週間後、四つの機体が戦う。その一つに特機軍の代表として自分が乗ることになる。もう一人の代表は、あの「操神」。特機軍の双璧の一人。後の二機は、それぞれ海軍と陸軍の推薦。勝てば、自分が描く未来に近づく。負ければ・・・負けてから考えるだけだ。

 会談の最後はあっさりしたものだったが、洋一郎は冷汗まみれである。最初はそうでもなかったが、長時間武内のペースで話をし、その内容を知り・・・そして敵の強大さに重圧を感じれば、汗をかかざるを得ない。

 帰りの車は、電話で迎えを呼んだ。軽井が運転する下弦四式の中で、洋一郎は初めて一度も口を開かなかった。


 夕刻、屋敷に帰った洋一郎だが、百合華、百合菜、ナンの出迎えにすら反応せず、自室に閉じこもった。昨夜、自分たちを「支え」と言ってくれた時の、あの優しさも気遣いも全くない。それ以前に、こんなことはついぞなかったことである。今朝の不機嫌を残していた百合華も一瞬で慌てだし、百合菜もナンも巻きこまれて、三人そろって半泣きである。

 さすがに聞きつけた侍女頭の三上が・・・洋一郎関連はキホン不干渉なのだが・・・三人を叱責した。なにしろ、7月に入ってのご帰還以来、若君本人もだが自称お付きの三人も情緒不安定なことこの上ない。つい三上はこぼしてしまった。

「お前の方がどれだけ若君のお側にふさわしいか・・・。」

 こぼした相手は極端に内気なので接客担当からは外している中島美紅である。もっぱら家事・・・清掃と洗濯・・・だが、仕事はなかなかにこなし、洋一郎には何やら恩を感じているらしく、彼を見る時の視線がアヤしい。それでも中島は首を振ってその場を離れた。彼女は三人の勇気と覚悟と献身をいつも見ている。今さら代われるものではないのだ。それでもタマタマ通りすがりにお付き三人衆を見かけた。

 百合華がナニヤラ自分の失敗談を数えだし、百合菜が勝手にモウソウをぶつぶつとつぶやき、ナンが壁に向かって膝小僧を抱え込んでいた。

 それを見た中島は、普段の内気で大人しい人柄を、この瞬間だけ投げ捨てることにした。

「ああ若様、若様!わたくしはいつでもあなたのそばに居たいのに、いつもあなたのおそばには・・・がさつな暴力女と半端な迷惑者に無口な厄介者がいて、わたしの邪魔をするのです!」

昨夜の少女歌劇内で大うけしたセリフである。

「あんな三人より、よっぽどわたくしのほうがふさわしいのに・・・なぜあなたはわたくしを見てくださらないのかしら!あんな三人より、わたくしのほうがふさわしいのに!」

 もちろん、屋敷の者も、観客たちも百合華たちをあてこすっているセリフなのは知っているし、その上で爆笑していた。もっとも中には、中島の本心を知って笑えない者もいた。

 中島は、わざわざこのセリフを三人が振り向くまで繰り返し続けた。そして無言の三人が、その瞳にアオジロイホノオを燃やして自分を見ていることを確認する。

「何か、言いたいことがあるなら、やることやってからにして!なんなら、今すぐ代わってあげましょうか!ふん!」

 中島はそう言い放って、立ち去った。少しスッキリした。敵に岩塩をたたきつけるという心地ではある。

が、廊下の角を曲がり、三人から見えなくなった途端、いつもの彼女に戻ってしまう。

「やっちゃった・・・もうあの子たちと顔を合わせられない・・・クスン。」

 と、メソメソと後悔を始める。それでもやらずにはいられなかった。

 一方、中島が去った後、百合華、百合菜、ナンは悔しさと・・・一抹の感謝を持って、手を組み合っていた。

「負けないわよ。洋一を支えるのはあたしたちなの!」

「ウン。何があってもヨーイチ様の味方よ!」

「!」

 百合華を中心に態勢の立て直しを始めた彼女たちは、10分後、洋一郎の部屋の前にいた。

「洋一様、失礼します。」

 三度のノックの後、思った通り返事はなかったが、百合華は平然とドアを開ける。続いて百合菜、ナンも入る。ちなみにドアも鍵も直っている。

 それでも洋一郎は返事をしない。いつものように寝台の上にいて、義足は外している。ただ、別に足を隠すことはないようだ。夕焼け色が部屋を、洋一郎を染めている。百合華は少し安心して、洋一郎に声をかける。

「洋一様、お食事の前に、ナンとお風呂へどうぞ。」

「・・・風呂に入らなくても死なないし、それどころじゃないんだ。」

 まあ予想された反応ではある。一応こちらを見ただけ前回よりはるかにマシ。しかし、それで済ませるなら、わざわざ主の不興を買う覚悟で突入しない。

「・・・洋一、聞いて。」

「一人にしてほしい。」

「聞いて。」

 静かな、しかし揺るがない百合華の声。今日の幼馴染は手ごわい。・・・そう、幼馴染だ。ただの侍女ではない。甘えているのはどっちだろう。洋一郎はつい大声を出しそうになった自分を恥じ、一度目を閉じる。

 気持ちを落ち着かせて、目を開き、そして百合華を穏やかに見つめた。

「ありがとう。聞く気になってくれて。・・・洋一が、また大変なことになっているのは、何となくわかる。でも、何をするにしても、心にも体にも余裕が必要よ。本番前に倒れたら元も子もないの。ここ数日、無理をして、洋一にはきっとかなり疲れが残っている。それを少しでも戻さないと、自分の力が出ないよ。・・・わかる?」

「さすが、黒峰流師範代。いや、北都宮の四天王というべきか。」

「なんか言った?」

「ゴメン。」

 そう言えば護身術関係の話題は嫌がる百合華である。一応乙女心なのだろう。いろいろ手遅れということは本人のみ気づいていないが。

「でも、百合華の言う通りだ。確かに、誰と戦う以前だな。・・・わかった。みんなの言うこと聞く。」

「あら、素直。残念ね。」

「何が?」

「言う通りにしないで、お風呂行ってくれなかったら・・・」

「風呂に行かなかったら?」

「あたしと百合菜もナンと一緒に、三人がかりでお風呂で洗ってあげようっていう覚悟していました!」

百合華の爆弾発言にあわせて、侍女三人衆がそろってへたくそな敬礼をする。

「・・・バカ。」

 一瞬いろいろ想像してしまった洋一郎もだが、言った百合華も百合菜も顔が赤い。平気な様子なのはナンだけのようだ。

 ナンは今回もやや強引に洋一郎の手を引いて浴室へ向かった。

「ふう。百合華ちゃん・・・勇気あり過ぎ。もしもの時は本当に・・・その・・・。」

「もっちろん!・・・ま、でも、もしもの時は、きっと怖気づいて、百合菜に先こされると思うけど。・・・あ、百合菜、お夕食の用意はお願いね。」

「はい。首席侍女様。」

「うん。それ、いい返事。」

「でもね、首席様・・・お風呂・・・そろそろ危険じゃない?」

「やっぱ、そう思う?でもね・・・じゃ、百合菜も入る?」

「え、えと、それは、さすがに心の準備が・・・百合華ちゃんこそ、自分で。」

「あたし、そんな自信ないから。あんたみたいな反則と違って。」

「なにが反則よ。この卑怯者。」

「・・・前から思ってたんだけど、その卑怯って何なのよ。」

「それは・・・さすがに言えないかな・・・お夕食の用意をしてきます。」

 そう言い残し、百合菜は部屋を去った。

 残った百合華は、一つため息をつき、そして洋一郎の義足の整備を始める。この新しい義足の調整はこっそり見て覚えた。大切な主の一部。ただの道具ではない。丁寧に丁寧に。いつしか百合華は楽し気に作業していた。


 ナンとともに浴室から戻った洋一郎だが、わがままを言い出した。

「どうせなら、お前らも一緒にここで食え。」

 最近使い始めた軍人らしい言葉遣いだが、語感は優しかった。自分たちを気遣っているのがわかった。そこで、百合菜は再び厨房に行き、自分たち三人用の夕食を大きなワゴンに乗せ運んできた。サービスなのか、普段の自分たちの夕食より豪華だ。お寿司。陪食用だろうか。単に食べやすいからではあるまい。

「こういうわがままは珍しいですね。若様の。」

 そう厨房担当に言われたが、確かにそうだ。昔から引きこもりの傾向はあったが、誰かといたい、そういうわがままはなかった。でも、でもこれはうれしいわがまま、そう百合菜は思った。


 おそらく洋一郎の私室で、みんな一緒に食事を摂るのは初めて。百合華と百合菜のおしゃべりに、時々ナンが手話で入る。それを洋一郎はほほえましく見ている。

「ちょっと待った。ナン。そこまでやってるの?やり過ぎよ。」

 百合華がナンと話しているが、手話のわからない洋一郎には、多少不安な時もある。

「おい、今、何を話してるんだ?」

「・・・。」

 百合菜は耳を赤くして答えなかった。

 洋一郎は諦めて、寿司・・・日本海産の、透明感があるイカの寿司を口に運ぶ。新鮮なイカの甘みがうまい。シャリがホロリと口内でほどける。そこにワサビの刺激が心憎い。続いて米酒をあおる。飲んだ後、息を吐き出すと、食べた寿司のうまさが米酒に融け合い、鼻から抜ける。味わいが増す。

 それ見てナンも自分用のさび抜きの寿司に手を伸ばす。玉子からだ。満足なのだろう。食べ終わってニコニコしている。

 百合華も百合菜も会話の合間に、食べては幸せそうに笑みをこぼす。ホタテ、ソイ、イワシ、イクラ、マグロなど、北都府自慢の海産物だ。どれもネタのすばらしさは当然、山際の丁寧な下ごしらえに職人芸で仕上がっている。米酒との相性もいい。残念ながら酒を飲んでいるのは自分だけだが。

 ふと美津姫と飲む約束を延期していることを思い出した。この一件が終わったら・・・そう思うと少し心が軽くなっている自分に気がつく。


 洋一郎は、彼女らと食後のお茶を共にし、そしてその後、告げた。

「今日も助かった。おかげでがんばれそうだ。ありがとう。」

 どうやら自分はこいつらがいないと精神的に落ち着けないようだ。なかばあきらめがあるが。三人はもの言いたげ、おそらく洋一郎の抱えている問題のことを聞きたいのだろうが、さすがにそれは我慢したようだ。

「では、洋一様、おやすみなさい。」

「ヨーイチ様・・・明日の朝、またまいります。」

「・・・。」(おやすみと洋一郎の手に指で書いた。)

「ああ、あやすみ。」

 ドアが閉まる。

「さて、と。付け焼刃の脳内特訓でもするか。」

 しかし、やりすぎは寝不足のもと。1時間で終わらせよう、と考え、早めに電灯を消し、寝台に入る。窓が近い。この屋敷で、一番豪華な場所、そう思っている。

 星天がキレイだ。

「ウソくさいな・・・昨日の朝、あの中にいたなんて。」

 あの子といた星の世界。星間旅行、行きたかったな。・・・きっとあいつらに言っても信じないよな。

 洋一郎は脳内特訓とやらを忘れ、左足の痛みも気にせず、早々に寝入った。


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