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皇紀2701年の零式  作者: SHOーDA
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第11章 星天祭 7月7日

第11章 星天祭 7月7日 1600


七月七日は七夕であるが、洋一郎の曾祖母の命日でもある。帰らなかった夫、直登との再会を最後まで願っていた神藤さき。現在の神藤家の家風は、夫が望んだものだがそれを伝えようと尽力を惜しまないさきの働きがあってこそと聞いている。あの母が一目も二目も置いているという。だから、今では神藤家は七夕を屋敷のみんなで祝う。曾祖母が、夫と星天で再会していることを願い、そして・・・。

更にここ3年は周辺の住民にも開放するようになり、北都宮の風物詩とも呼ばれるようになった。

 この日の1555。かろうじて洋一郎は祭の開始に間に合った。大湊基地に戻ってから、開発部にデータを取られ、敷島に指揮権を返し、各方面のことは大臣補佐官に任せて・・・慌ててヘリに乗り込み、なんとか間に合った。直接屋敷にヘリで乗り込むという無茶は仕方ない。

 庭師の丹羽が庭の空き地にいて、着陸地点で誰も近寄らないようにしている。屋敷の正門には、大勢の訪問者が押し寄せているが、家令補佐の菅原が居て、皆に時間まで待つように話しているようだ。

「すごいね~神藤家の星天祭、有名だもんねえ。誘ってくれてありがとう。」

 誘ったというか、付いてきたというか、まあ病み上がりに近い園香を連れてくるのだから、専属衛生兵の白鳥が来てくれるのはありがたい・・・なんかいろいろ危険はありそうだが、その危険は本命の園香の方がはるかに高かろう。本当に。リアルで。マジに。本人は普通に

「こんなに大勢の人は初めて見ました。」

 何て平凡なことを言っているが。

 洋一郎は、本日最後の指揮官権限として、園香に休暇を与えた。敷島が難色を示したが、実際彼女は休暇を取得したことはなく、規定違反でもあり押し切った。しかし・・・私服が一着もないとは!さすがに予想をかなり上回った。改めて呆れ、左手で顔を覆い、天を仰ぐ。さすがにこの紫の軍服は目立つ・・・体形的には昔の百合華の服を借りれればいいかな、とも思う。

 ヘリが着地し、3人が降りる。補佐官や操縦士も誘ったが、彼らは謝絶し、そのまま離陸した。洋一郎らは、ヘリに敬礼をし、いったん屋敷に向かう。


「・・・あれって、どういうこと?」

 百合華、百合菜、ナンの、自称洋一様付き三人衆も、今日はいろいろ忙しいのだが、さすがに主人の帰宅は迎える許可をもらった・・・のだが。

「女の方に・・・男の子?」

「・・・!」

 洋一郎が客を二人連れてくるとは聞いていたが、これは反応が難しい。正直に言えば不審と嫉妬を感じてしまう。侍女三人とも血相が変わった。

「3人とも。主人のお客ですよ。それが友人でも愛人でも快く迎え入れないと。」

「あ、あいじん?」

 同じく玄関で出迎える美津姫が、早々と火に液体酸素を投じた。 

「奥様・・・少々、判断が早すぎでは?」

 つばきがたしなめる。

「いいえつばき。むしろあの子の本命がどちらかの方が難しいわ。・・・あの小柄な方・・・変わった軍服姿ね。」

「軍服・・・まさか?ハウチュウゲキジョウノキミ!」

 どうやら洋一郎の「戦友」にはいつの間にか、そういうあだ名がついていたらしい。

「とすれば・・・どっち?」

 息子が命よりも家名よりも大切にした戦友だ。本命はこちら・・・しかし。

「みんな。賭けをしない?」

「では・・・つばめとハクチョウで。」

「つばめは赤と青、二種類用意して。ここ、大事だから。」


 玄関の出迎え後、珍しく自分付きの侍女たちに冷遇された洋一郎は、少々凹んでいた。

 百合華にはわざわざ右足を踏まれ、百合菜には着替えを手伝ってもらえず、ナンには近寄ってすらもらえなかった。

 挙句に園香のために女ものの服を調達するよう頼んだところ、

「まず一勝。」

 と母は不気味に笑い、つばきは目をそらした。

 どうやら帰宅した我が家は伏魔殿と化していたらしい。

 とどめとして、園香と、なぜか白鳥にも着替えとして浴衣が用意された途端、侍女三人の謎の不機嫌は頂点に達した。

 結局三人は、普段は自主的に行っていた洋一郎付きの仕事を放棄して、祭の仕事に走っていった。

既に星天祭は始まっていた。しかし、母と息子には何より優先するべきことがあった。

 侍女の謎の職務放棄により、着替えの終わった客人二人のため、久々につばきが客にお茶の用意をした。本来ならば、家令の仕事とは違うのだが、人手不足でもある。実は屋敷で一番うまいのはつばきの淹れる北紅玉茶という密かな評判で、普段は美津姫しか味わえない。

「申し訳ございません。現在、当家の最も重要な話し合いが行われておりまして、しばらくこちらでお待ちください。」

 本場セイロンの輸入品を北都宮で再加工した茶葉に、食用には酸味が強すぎる紅玉の皮を煮出したお湯で淹れた紅茶。付け合わせの干菓子が絶妙にあう。白磁の茶器も美しい。

 白鳥はもちろん、園香ですらしばらく言葉を失った。もっとも白鳥は男装の麗人つばきに見惚れて腐女子ゴゴロを刺激されていたという裏もある。おそらく園香とつばきという新鮮過ぎる組み合わせに大いにモウソウを掻き立てられているのであろう。その様子をつばきはさりげなくうかがう。

「あなた、しばらくあの方たちのお相手をして・・・さぞや興味がおありでしょう。ねえ。」

・ ・・つばきは、美津姫にそう言い含められていた。まさか、あのことまで知っているのだろうか、あの主は・・・わたしと若様だけの、あの秘密を。そんな恐れを抱きながら、つばきは洋一郎の客人の応対を続けた。


 ここは先代当主惣一朗の私室である。ここで洋一郎と美津姫は対峙している。既に部屋の主が逝去して十六年ほど。しかし今も生前のまま大切にされている。星天祭で場所が限られているという事情を抜きにしても、次期当主に関わる話をするのに、これほどふさわしい場所もあるまい、と美津姫は考えていた。

「洋一さん、愚問ですが、あなたの今日の戦果、いかがでしたか。」

 もちろん表情でわかっている。まして客人まで連れてきた。しかし、ちゃんと聞かなければならないこともある。

「はい。母様。洋一郎は、今日、望んだ戦果を全て得ました。」

 わかっていても、直接聞くのはいいものだ。この息子の誇らしげな顔に声・・・特機校に合格した時ですら、微妙な感じだった。5年前の武勲の時は、誇らしさの反面痛ましくもあり、素直には喜べなかった。今日は微塵も影がない。

「・・・おめでとう。当主の武勲をお喜び申し上げます。」

 美津姫が頭を下げ、祝辞を述べた。本当は堂々とした息子を抱きしめたいのだが、まずはこらえなければならない。

「ありがとうございます。母様。でも、皆に支えられてのことです。幸運にも助けられました。・・・ですが、あの太刀、まだ僕には重いです。」

 しかし、母は

「慣れなさい。その重さに。」

 そう返しただけだった。これで洋一郎の当主就任が内定した。

「それにしても、あなたのお付きたち、ずいぶんね。あなた、躾が甘いわよ。」

「・・・躾、ですか。したこと、ないですね。僕の方が躾けられていますが。」

 美津姫は呆れるしかなかった。まあ、わかってはいたが。

「あまり自由過ぎては侍女としてどうかしら?・・・それとももっとちがう仲になってたの?それならわかるけど。」

 興味津々である。というより、そうなのはわかっていて、それがどの程度なのかを知りたがっている。

「何をお知りになりたいのか知りませんが、あの子たちは僕の恩人であり、今の僕があるのはあの子たちのおかげです。」

「じゃあ、今日お連れしたお客人はどうなの?・・・本命は、あの風変わりな軍人さんね。」

「あの子は、僕の翼です。僕が僕であることに気づかせ、僕一人ではできないことを実現させてくれた、戦友です。」

「・・・ハクチュウゲキジョウノキミ、ね。」

「ハク・・・何です?」

「何でもありません。・・・くくく。そう。ちょうどよかったわ。なんて偶然。ね、洋一郎さん、覚悟してね。今日は。」


「当家の当主代行、神藤美津姫です。今日はよくいらしてくださいました。」

 優雅に微笑みかける美津姫は、伯爵夫人にふさわしい気品がある。さすがに白鳥も緊張した。挨拶も珍しく堅い。

「白鳥七瀬です。中尉待遇の軍属です。神藤もと少尉とは、アラスカ戦役以来です。今日は少尉からお招きいただき、厚かましくも押しかけました。お世話になります。」

 が、園香は臆していないようで、平然と浴衣姿で裾も気にせず直立し、敬礼した。

「立花園香です。階級、所属部隊などはご容赦ください。」

 美津姫は困惑し、つばきに目くばせした。

「外れ?」

「外れでしょう。」

 こんな感じである。 

 洋一郎は、随分風変わりな娘を連れてきた。が、娘としてはともかくも軍人としては優秀なのだろう。問題は、息子の配偶者としては、軍人よりも娘の要素が欲しいのだが。まだ若そうだし、美津姫は気長に待つことにした。別に侍女たちが脱落したわけでもなかったし、当分賭けが続くだけだ。孫はとっても欲しいが・・・賭けは賭けで、まあ面白い。

 しかしつばきからの評価が辛い・・・。ま、あの子も一人の娘、ということね。

 再び目くばせがあり、小広間での談笑の後、つばめの順位は最下位。ハクチョウは、3位と無難な位置となった。

 洋一郎は、この談笑を早々に切り上げ、園香と白鳥を連れて星天祭の案内を始めようとした。が、

「洋一さん、お待ちになって。つばき、手配は済んだの?」

「はい。先ほど。」

 つばきは、園香のためにかつらを用意した。あまりに短い髪では浴衣にあわないし仔細ありげな様子なので変装のために、という美津姫の心配りだった。

 園香は、変装と聞いて、無表情ながら素直にかつらをつけた。

 それを見た洋一郎は、完全に目を奪われていた。

 普段は男子と見まがう短髪である。しかも無表情か仏頂面で、それでも美しさを隠せなかったのだが・・・。

「洋一郎くん・・・わかりやす過ぎ。」

「少尉がどうかなされたのですか?」

「それはね、長い髪の園香ちゃんに・・・」

「母様、では後程。つばきも。」

 洋一郎は強引に園香と白鳥を連れ出した。

 美津姫は手を振り、つばきは優しくうなずいた。美津姫はそのつばきを見て、いささか思いにふけった。


「君たちはお客さんだから、入場料はなしだ。」

「洋一郎くん、入場料とってたんだ?」

 順路通り律儀に入り口から案内を始める洋一郎である。

「ええとですね、これも星天祭の精神で、みんなに参加してもらうんです。だからお金を払うのも参加の形の一つ・・・ま、子どもが簡単に払える程度ですけど。ちなみに入場料や、経費以外の収入は、入場券や飾りつけを周辺の施設の子どもや大人たちにつくってもらって、そのお金を支払う形です。そういう活動を紹介する催し物もあって、だから、入場した人たちは、自分がここに来るだけで人の役に立っている、そのことに気づいてもらうんです。」

 まだまだ小さな活動だが、洋一郎はこういうことを始めた美津姫を誇りに思っているし、こういう活動を薦めた曾祖母を。尊敬している。

 園香はよくわからないようだが、いきいきと祭の様子を話す洋一郎を見て、少尉は随分楽しそうだ、と思った。

 

 屋敷の料理長、山際が陣頭指揮した各種の屋台料理は、普段料理担当でない侍女たちがつくったとは思えないほどうまく、しかも安かった。生姜味噌おでん、ほたて醤油バター焼き、やきそば、焼き鳥・・・。これは事前の下ごしらえを惜しまない山際の手際と職人気質があってのことだ。


 丹羽がつくった菊人形は、毎年弘岡の祭にも展示される出来栄えで、昨年の大河時代劇「新説源氏物語」の登場人物をモデルにした人形の前には人だかりができていた。

「洋一郎くん、あの若紫、園香ちゃんとどっちがきれいだと思う?」

「やめてください、そういう振りは。」


 写真が趣味だという軽井が、その一年にとりだめた写真を飾る一画もある。・・・屋敷で働く侍女たちの写真の前には、若い男が多く群がっている。毎年売ってほしいという申し出があるほどだ。

「少尉の写真がありませんね。」

「俺、写真撮られるの、嫌いなんだ。」

「でも、ここにあるよ。さっきの子たちも一緒だね。・・・出征の日?」

「ああ・・・これだけは、断り切れませんでした。」


 侍女たちが全て自分たちで企画した舞台発表も大人気だ。一年目はまあ、準備不足でせいぜい隠し芸大会みたいなものだったが、随分と大掛かりになった。今年の目玉は、少女歌劇で、敵の二枚目役に家令のつばきを配することに成功した。おかげで、若い娘もひときわ黄色い声をあげている。

「へ~恋人役は中島さんか。よく引き受けさせたな。」

「知ってる子?・・・って当たり前か。侍女さんなら。」

「まあ、年も近いし。かなり人見知りな人なんですが。」

「ねえ。屋敷の若様に片思いって設定、アヤシクナイ?しかも、あの迫真の演技!」

「え・・・何がですか?」

「ダメだこりゃ。」

「少尉、あの舞台の仕掛けはどうなってるのでしょうか?」

「時間があったら、後で見せてもらおうか。」


 七夕特有のあれがない。白鳥は気が付いた。

「ねえ・・・あれは?」

「あれ?」

「星天祭って、七夕なんでしょう?じゃあ・・・笹の葉とか短冊とか?見当たらないけど。」

「あ、ご案内します。」

 しばらく人込みをかきわけて進むと、短冊を書く一画がある。ここも安いが有料だ。

「払うの?」

「はい。ありがとうございます。中は見せずに、このまま箱に入れてください。後で天に帰します。」

「天に帰す?」

「はい。人の願いを天の星として、あの空に帰します。・・・願いは人に言ってはいけませんよ。」

「少尉、願い事とはなんでしょう?」

「え?何か、やりたいこととか、かなえたいこととかないかい?」

 園香はしばし考えたが、首を振った。

「ありません。わたしの願い事は、今日かないました。」

 洋一郎は、そんな園香に微笑んだ。

「えらいな。園香クン。そうなんだ。七夕は願い事を書く日じゃない。願い事を叶える日なんだ。だから、一年間思い続けて、そのために頑張って、その願いがかなったかどうかを見届ける。かなった願いは天の星になる。かなわなかった願いも、地に残って、次の一年自分を支えてくれる・・・そういう想いが、このお祭りの始まりさ。」

 一年間会えない夫婦が、せめてこの日には会えますようにという願いを実現する日が、最後まで夫直登との再会を願っていた曾祖母の命日だった。

 その曾祖母の想いを、母がかなえようとして始めた星天祭。それは、天に昇ったある願いが、一年に一日、地に戻る日にもなった。

「そろそろ僕・・・じゃない。俺も出番だ。・・・キミの願いを、もう一度かなえるよ」

「いいえ、それには及びません。こうしてもう一度少尉に会えたのですから。」

「・・・キミの願いって・・・。」

「はい。少尉にもう一度会うことでした。一か月余りでしたが、それだけを祈り願って生きてきました。」

 園香が洋一郎の目を静かに見つめる。洋一郎は少しひるんだようだ。

「そんな殺し文句、どこで覚えた。・・・じゃ、早速かなえよう。キミの休暇は延長される。今日は俺んちに泊まっていけ。しばらく一緒だ。・・・よろしければ中尉もどうぞ。」

 洋一郎はかなり急ぐのか、走って去っていった。一度振り向いたその顔はちょっと赤く見えた。

「完全にわたしはおまけ扱いね。ま、いいけど。よかったね。園香ちゃん。願いまた一つかなったよ。」

 白鳥は園香を抱きしめた。園香は自分の感情をどうすればいいかわからず、直立不動の姿勢で茫然としたままだった。


 時計は2000を回った。美津姫が赤いドレス姿で舞台に上がる。

「皆様。今宵はよくお越しくださいました。6年前にわたしのわがままで突然始まったこの星天祭も、今年で7回目となりました。七回目の七夕、星天祭です・・・。今日は神藤家の次期当主として、息子洋一郎の就任が正式に決定したことをお知らせいたします。」

 挨拶も早々に火中に固体水素を叩き込んだ。

「正式じゃねえし・・・。」

 当の本人からして仰天している話である。屋敷の者達でも限られた一部しか内定すら知らなかった。しかし、美津姫の放火は止まらない。

「そして、就任に際して、望外のお客様を迎えることになりました。」

 突如、ステージ上の空間が輝きだす。が、それが見えているのは、ある種の霊視や知覚力を持つ者だけのようだ。この場では、洋一郎が何となく、園香ははっきりと認識していた。そして、その輝きが人の形をなし、舞台に静かに降り立った時、万人がその姿を認めた。

「やあ。」

 物心のついた皇島国人なら、全ての者が知っている男が、とても軽く挨拶をした。

「変わった登場の仕方ですわね。関白閣下。」

「時間がないのです。すぐにとんぼ返り。・・・久しぶり。きれいになったね、美津姫。」

 皇島国の関白神野は、ごく自然に美津姫に近づいた。

 庭園にいて壇上を見守っていたものから、一斉に歓声があがった。

「ああ、すまない、みなさん。お静かに頼む。」

 その歓声にかき消された声が、しかしなぜか全員に伝わり、会場が静まり返る。

「相変わらずですね・・・。今日はお暇と伺ったのでお招きしたのですが・・・お忙しかったのですか?」

「彼に比べれば、暇なんでしょうけど。比べる相手が短気な過労中毒者ではね。」


 やや離れた場所で、神野と美津姫の様子を見ていた洋一郎は少々複雑な思いに駆られていた。母親が寡婦であり、男性と親し気にされると面白くはないのが正直なところだが、その相手が関白閣下とは。そもそもなんでここに・・・?どうも自分のペースを乱されると頭が働かないのは未熟なせいであろう。

 一度大きく息を吐いて、次に自分がやるべきことを考える。・・・やはり三人に助けてもらおう。なぜか機嫌が悪そうだが。腕時計についている呼び出し機で三人の侍女を呼ぼうとする。が、

「洋一郎様。」

 その背後に、今呼ぼうとしていた三人が控えていた。

「当主のご就任、おめでとうございます。」

 百合華の祝辞にあわせて百合菜とナンが礼儀正しくお辞儀をする。

「ありがとう。・・・結局、これは使わなくてもいつもお前らは来てくれる。」

 足の不自由な洋一郎のために、お付きの侍女に美津姫が持たせた受信機は、使われた試しがない。

「・・・先ほどは申し訳ありませんでした。」

「お仕事を投げ出すようなことをしてしまいました。」

「・・・!」

 何やらいつもより殊勝な侍女三人衆だが、洋一郎からすれば

「気味が悪い。今まで通りにしてくれ。・・・早速頼みがある。」

 で済む話である。


「ねえ、本当にいいの?洋一?」

 不安げに聞く百合華は、洋一郎の右腕を取り、支えている。

「百合華ちゃん。きっとヨーイチ様にはお考えがあるのです。」

 百合菜は、彼の左腕を抱え、寄り添っている。

 コクコクとうなずくナンは、洋一郎が外した義足をまるで宝物のように大切に抱えている。

 侍女二人に両脇を、一人に自分の義足を。三人に支えられる姿で、洋一郎は舞台に上がった。壇上の彼の姿を見て、観衆がざわつき始める。

「・・・少尉?あの足は?」

「園香ちゃん、知らなかったっけ。・・・あの時のケガがひどくなって・・・もっと上から切断したの。」

「少尉・・・。」

 白鳥は、舞台の下から洋一郎と彼を支える三人の侍女を見守ることにした。動揺している園香を優しく抱きしめながら。

「洋一郎くん。その姿でわざわざわたしの前に現れるとは、少々無礼ではないかな?」

 関白の声に、侍女たちの足が止まりかけたが、

「頼む。」

 という主の言葉に勇気づけられ、百合華は憤然と、百合菜は決然と、ナンは猛然と歩みを進める。そして皇島国唯一の関白閣下、その不興をかうかもしれないという重圧に耐える。

 神野と美津姫が見つめる中、三人の侍女は主の望みに応えた。

「ありがとう。百合華、百合菜、ナン。」

 洋一郎は一人一人に目を合わせ、ささやくように礼を言った。

 百合華は涙をこらえ、唇をかみしめた。

 百合菜は、うつむき白磁の頬を紅潮させた。

 ナンは、抱えている宝物を一層強く抱きしめた。

 三人とも洋一郎の言葉をかみしめ、誇らしさで心を満たしていた。

「関白閣下。お初にお目にかかります。・・・これが今の神藤洋一郎です。」

 美津姫はさすがに呆れ、左手で顔の半分を覆い、天を仰いだ。その伯爵夫人らしからぬ振る舞いに、舞台袖で見ていたつばきも、つられて同じ姿勢を取っていた。

「今の・・・今の、ありのままの君を認めてほしい。そういうことかね。」

「はい。自分の就任には多くの問題があります。ですが、今の自分を見たうえで、関白閣下が就任をお認めくださるのなら・・・。」

 神野は、端正な顔には不似合いな渋い顔になった。

「私を利用しようとは、年と顔に似合わず老獪だ。さすが、美津姫の息子です。」

 いささかの間をおいて、美津姫は息子の狙いを理解した。

「それ、おほめになってませんわよねえ。・・・まあ不名誉な退役、失った足。いろいろと問題は覚悟した上の就任でしたが。その問題をご存知の上で、関白閣下が直々に、となればこの上なく光栄ですわ。」

艶然と微笑む美津姫の様子を見て、神野はため息をついた。

「まさか、前もって親子で謀ってたんじゃないですよね。」

「ご安心ください。自分だって今さっき舞台上の母に正式に就任なんて聞かされたばかりですから。」

 男二人はともに被害者意識で、生ぬるい親近感を持ち始めた。

「ところで、洋一郎くん。この娘たちをわざわざ舞台に連れてきたのは?」

「はい。・・・今の自分が生きていくには、彼女らの支えが不可欠なのです。だから、この三人を含めて・・・自分を見てほしい、そう思いました。」

 百合華、百合菜、ナンは一斉に息をのんだ。しかし、動揺を見せず、自分の勇気を、覚悟を、献身を示すために関白に静かな視線を向けた。

 舞台下で見守っていた白鳥は、必死で洋一郎を見つめていた園香が突如うつむき拳を握っていることに気が付いた。ぎゅっと握られた拳が白い・・・。

 園香の心中を察した白鳥は、彼女をたきつけることにした。機密も何も、もういいだろう。このまま引っ込んでは、園香の立場がない。

「立花三飛曹。許可します・・・あなたの行きたい場所へ行きなさい!機密何て知らないわ。」

 園香は、その言葉にはじかれるように顔を上げて、そして白鳥に敬礼した。

「はい。立花三飛曹、自分の行くべき場所に、万難を排して向かいます。」

 園香は、浴衣姿とは思えない猛烈な勢いで舞台に駆け上がった。

 

 舞台への謎の侵入者に、百合華は主から離れ、半身の構えを取った。百合菜とナンもその動きに合わせ、洋一郎をかばい前に出る。

 が、駆けあがった者の姿を見て、一同声を失った。一人を除いては。

「園香クン!・・・呼ぼうかどうか悩んでた。よく来てくれた。」

「はい。少尉のお側にまいりました。」

 洋一郎は、機密保持はどうしようという悩みを遠くに放り出すことにした。

「百合華、百合菜、ナン。元の場所へ。・・・・園香クン、こっちに。関白閣下、ご紹介が遅れました。この子は、自分の夢をかなえてくれる、自分の翼です。」

 侍女三人は先ほどと異なる複雑な表情を浮かべ、一方園香は目を輝かせてうなずいた。

 神野はその様子を見て、一瞬だけ不似合いにも顔をゆがめ、そして破顔した。

「オーケイ・・・あ、いや、了解です。これが今の神藤洋一郎なんですね。」

 しばらく様子をうかがっていた美津姫は、つばきに合図を送った。

 舞台の背後の幕があがり、大きな旗が現れる。深く濃い紺色の布地に黄金の鳥。その鳥は足が三本あり、大きな翼をはばたかせて、飛んでいた。

「ヤタガラスです。息子の紋章として意匠しましたら、偶然いろいろとかみ合ってしまって、楽しくて仕方なかったですわ。」

 八咫烏。古事記において神武天皇を導いたとされる黄金色のカラス。太陽に向かって飛ぶ三本足の、神の使い。

「美津姫?これを偶然と言い張る?」

 美津姫は胸を張り、堂々と答える。

「ええ。」

 なにしろ四人目を、翼を知ったのは今日なのだから。

「・・・。」

 神野は、美津姫と、そして4人の少女に囲まれた洋一郎を神野は交互に見る。

「神藤家の者はいつも楽しませてくれるのだが、今宵はとびきりだね。」

「そんなに頻繁に関わってないでしょうに。」

「コホン。・・・二十年なんて、あっという間だね。ま、いいでしょう。」

 神野は軽い口調をやや改め・・・本人は精一杯厳粛なつもり・・・洋一郎を自分の前に招いた。

「皇島国の関白太政大臣として、神藤洋一郎の此度の武勲を讃える。敵国の作戦をわずか一機で阻止した、その戦功、真に天晴れであり、故にその身を・・・侯爵機士に叙勲する。」

「は?・・・あのう、ぼくんちは伯爵なんですが?」

 ・・・一瞬舞台の上に沈黙が降りた。

「もう言っちゃったから、そういうことにしようよ。仕方ない。貴族庁には私が話を通しておくよ。それくらいなら、まあ、なんとか。」

 こうして神藤家は四代目にして爵位を上げることになった。大歓声の中、洋一郎と彼を取り巻く少女たちは茫然とし、美津姫は神野に対し優雅に謝辞を述べていた。舞台袖では、つばきが抜かりなく、爵位が上がることでの恩給と各式典にかかる費用などの計算を始めていた。

「つばき、どうせ皮算用しているなら、この場にいる方々に祝杯の手配を。」

「それは菅原さんにもうお願いしてあります。」

「さすがね。これからもよろしくお願いよ。」


 その後、洋一郎と美津姫は、皆の短冊を舞台上で焚かれた篝火にくべていった。願い事に込められた想いを受け止め、一つ一つ。

 園香には、短冊の灰が一つ一つ輝きながら空に舞い上がっていくように見えた。そして、星空から二柱の光が降りてくる・・・。いつしか柱は人の形を取り、洋一郎には、少し、いや、かなり軽薄な異国風の青年の姿が、美津姫には美しく穏やかそうな和服の女性の姿が重なった。

 ・・・どなたなのでしょう?少尉の・・・祖霊様でしょうか?そう思った園香に、青年と女性が遠くから手をふり微笑みかけてくれた。つい、園香も目礼してしまう。

「これ、食べる?」

 百合華が園香に焼き鳥を差し出した。表情も声も固いが、百合華の妥協はここまでが限界だった。戸惑う園香に白鳥がうなずく。

「ありがとうございます・・・わたしは」

「立花園香さん。知ってるよ・・・わたしは黒峰百合華。洋一の首席侍女。」

「わたしは百合菜・ジェニー・グリンウッドです。次席侍女です。そちらは白鳥中尉ですね。ヨーイチ様がお世話になりました。・・・この子はナン。侍女見習です。」

 ナンがかわいくお辞儀をする。その様を見ると百合華は、自分よりよほど大人じゃないかと思ってしまう。ただの八方美人という気もするが。

 互いの自己紹介が終わると、百合華は気になった事を聞いた。

「園香さんって、今舞台に礼をしたけど・・・見える人?」

「え・・・はい。信じますか?」

 実は同年代との会話はほぼ未経験の園香である。しかも、相手は洋一郎にくっついている人たち。外面は無表情に近いが、内面ではいろいろ困惑している。

「わたしは見えないけど、ナンも見えるっていうの。やはり若い男の人と女の人なの?」

 ナンはコクンとうなずき、一度園香を見た。それから手話を使って百合菜に伝える。

「・・・若い、そう、ちょっとヨーイチ様に似てるけど、もっと・・・軽い感じの人?女の人は着物姿のきれいな人・・・ですって。」

 実は百合華や百合菜、つばきら、屋敷の数名はナンと一緒に手話を学んでいた。指文字でナンと会話する洋一郎はわからない。だから実は洋一郎に内緒の話は、手話でしている。

「じゃあ、やっぱりホントなんだ。知りたい?園香さん?」

「あの方々が、このお屋敷の祖霊様方ということでしょうか?]

「え、見ただけでわかるの?」

 平然と先回りされて驚く百合華だが、そもそも霊的な話は苦手なのだ。できれば軽いノリで済ませてほしかったが、どうやらこの娘は軽くはないらしい。

「実は、星天祭は、家祖である直登様とさき様、生前ついぞ再びお会いになれなかったお二人を地上にお招きして、今の神藤家を見ていただくという願いで始まったのです。」

 何やら動揺している百合華の代わりに百合菜が説明をする。

「ですから、ヨーイチ様と美津姫様には、今、直登様とさき様がお宿りになっている・・・そう聞いております。」

 舞台上では、いつの間にか神野が洋一郎の隣にいた。園香には、洋一郎の背後の祖霊が親し気に神野と話しているのが見えた。

 その神野もいつの間にかいなくなった。

 全ての短冊を輝かせて星天に帰し、二人は手をつないで壇上から降りて、楽し気に歩き出した。

 今日、その二人の様子を見たものは、無意識に微笑みを浮かべている。

 ただし

「いつも思うんだけど・・・」

「うん。一番の敵は・・・」

「・・・!」(コクコク)

「ええ?まさか・・・でも似合いすぎ。」

「中尉?みなさん?何のお話ですか?」

 ここの5人中4人はなぜか例外的に微笑んでいなかった。


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