第10章 第二次外気圏戦役 晶和116年 7月7日 未明
第10章 第二次外気圏戦役 晶和116年 7月7日 未明
洋一郎は、暖かい何かを感じて、つい抱きしめる。・・・ナンだな、と思う。時々ナンは洋一郎の寝台に忍び込み一緒に寝ている。部屋の鍵はどうしているんだろう、と毎回ぼんやりと考える彼も彼だが、子どものやることだし、と思ってつい見逃している。だいたいナンは寝台に入ったらすぐ寝てしまう。今も、スヤスヤという寝息を立てている。
気がつくと、ようやく夜に眠れる自分がいる。生きていていい、と言ってもらったから。自分のやるべきことが、ようやくわかったから。そして、自分を信じてくれる人たちがいるから。
ナンの、肩まで伸びた髪を撫でる。ありがとう、と小さくつぶやく。ただ、そろそろこういうのはやめさせないといけない、と思う。この前、久しぶりに一緒に風呂に入ることになったが、以前より娘らしく成長している。今も、微かだが、胸のふくらみを感じてしまう。
とはいえ、ナンが自分のことを思って、慰めに来てくれている気持ちがうれしい。ついお日さまの香りのする髪に顔を埋めてしまう。朝になったら、また百合華に、おままごと禁止、と怒られること必至だ。
が、百合華は、夜明け前にやってきた。
「洋一郎さま、お目覚めでしょうか。」
洋一郎さま。百合華が自分をこう呼ぶ時は、重要な公務の時だ。洋一郎の表情が変わる。一瞬でナンに甘えていた柔弱さを捨て、武人のような剛毅さをまとった。百合華と百合菜が入室した時には、既に起き上がって、義足をつけている。
二人は目ざとく寝台で寝ているナンを見つけ、またおままごと!と言いそうになったが、洋一郎はもう立ち上がり、
「百合華、用件は?百合菜、着替えを。」
と、主人として声をかけてきた。
百合華と百合菜は素早く目くばせをし、洋一郎の覚悟が充分であることを確かめあった。
「神威省の武内大臣から、お使いです。・・・ヘリが来ています。」
屋敷の空き地に着陸しているとか。気がつかなかった。
「なるほど、無駄に広いと思っていた屋敷にも意味があったか。」
と洋一郎は百合華に笑いかけながら、着替えを手伝う百合菜には、
「2分で出る。」
と告げる。用件はわかっているのだ。その意をくんで百合華が早速外出の準備のため退室する。久しぶりの特機軍の軍服だ。退役した身だが、必要な時は着る権利がある。
「百合菜。」
「はいっ。」
着替えを終え、立ち去る直前、洋一郎が声をかける。
「ありがとう・・・ナンは叱らないでやってくれ。」
「・・・はい。御武運を。」
百合菜はさっきまで洋一郎が着ていた服を抱きしめたまま、見送った。
玄関では、美津姫とつばき、百合華が待っていた。
美津姫はまだ夜着のままだ。息子とはいえ、少々目の毒である。
「洋一さん、賭けはわたしの勝ちかしら。期限は昨日までだったと思うけど。」
「いいえ、アメリゴ時間ですから、まだ期限内ですよ。僕の勝ちです。」
一瞬にらみ合う母と息子。仲裁はわたしの役目ね、と諦めながら入るつばき。
「両者、引き分け。でいかがでしょうか。」
珍しく男装していないつばきは、実はかなりの美女である。おしとやかに見える。声まで娘らしく聞こえる。普段の低音は意図して出しているのであろう。
「・・・ま、見逃してあげるわ。・・・つばき。」
「はい。洋一様。これをお持ちください。」
つばきが一振りの無銘の太刀を渡した。受け取る洋一郎。
「・・・これって、当主の証では。」
「ええ。そうよ。」
「しかし・・・廃嫡の件は?」
「ええ。廃嫡になんてしないわ。当主にするだけよ。わたしと引き分けたんだから、上等よ。・・・文句があっても、無事に戻ってからよ。今日は星天祭。あなたの出番もある。遅刻は許さないわ。」
ヤレヤレ、とため息をつく洋一郎である。内心、まだまだこの人にはかなわない、と思う。
「洋一、これも持って行って。時間なくて、こんなのしかできないけど、ちゃんと食べてね。」
百合華が小さな包みをくれた。握り飯のようだ。
「いつも助かる・・・ありがとう。」
「バカ。泣いちゃうじゃない。」
実は、もう泣いてる百合華だ。
洋一郎は見送る人々に、敬礼し、再び戦場へ向かった。
「では、神藤洋一郎、行ってまいります。」
向かうは下北半島大湊基地。
「RJP―02A 宇宙速度に達しました。」
「現在、高度・・・500・・・800・・・高度1000km。」
「LEO低軌道に到達。問題なし。」
「ジュピター2、分離成功。」
「ソーラーパネル。展開開始。」
「姿勢制御・・・終了。」
「地上観測開始。」
「皇島国上空に達する予定時間は1515。現地時間0515です。」
「以後、射出準備シークエンスまで、待機に入ります。」
「フェイズ0より、ファイズ1へ。」
北都府内、いや、国内の特機軍に、2日前から超高高度兵装の用意という大臣直々の指示が出ていた。同時に、次の命令があるまで絶対待機という厳命も。その燃料の手配も済んだ。
唯一の例外が、ここ大湊の港湾施設内にある特機軍、敷島技術大尉が管轄する鮫島小隊だ。
もともと開発部が中心の実験小隊的な立ち位置であった。加えて稼働する機体が一機。搭乗できる操縦士も現在一名。ほぼ戦闘不能の部隊である。
しかし、整備士の一人が未明から突如、稼働不能機の兵装を換装し始めた。
「柴田一整曹、お前、何やってるんだ。零式は今、起働不能だぞ。もう登録抹消の予定だ。他の部隊に来た命令に準じるにしたって、」
青木技術少尉が眠そうに話しかける。未明に全特機部隊へ第一種待機命令が出たばかりだ。柴田は、最近正規に配属になったばかりだが、顔なじみの腕利き整備兵だ。
「換装するならせめて壱式乙山にしろ。」
しかし柴田は手を止めない。
「すいませんっス。でも、今日はこいつの出番なんっス。」
「何言ってるんだよ。」
青木は呆れたが、ついに手伝い始めた。
「バカには勝てんな。全く。武装は、七二式に機刀でいいか?」
「青木少尉、ありがとっス。・・・陸奥守でお願いするっス。」
「陸奥守?あれは退役したヤツの個人兵装だぞ?一品物の。返しそびれてるが。」
その足音は軽く、だから青木にも柴田にも気づかなかった。その足音の主が近くに来るまでは。
「青木少尉。それで結構。自分の所有する個人兵装だが、侍機士の特権で使わせてもらう。」
「神藤少尉?」
青木は驚きで工具を落とした。
「もと少尉です。柴田、ご苦労だった。」
敬礼をしながら応える洋一郎。ヘリで直行したおかげで当初の目標時間を大幅に短縮できた。
「うっス。待ってたっス。」
うれし気に叫ぶ柴田は、それでも手を休めない。
「待て。君は退役した。戦神機はじめ軍の兵器の使用は許可できない。そもそもどうやってここに入った?」
「その説明、何回もするのは面倒なので、責任者を集めてもらってからでいいですか?」
士官、特に各部署の責任者が急遽集められた。神威省の担当官の手配もあり、みんな速やかに集った。不平や不審があっても顔には出していない。敷島技術大尉、鮫島大尉、青木技術少尉に加えて、自主的に参加した白鳥中尉、なぜか海軍特別警察隊の桜庭大尉まで出席させられている。武内大臣直属の補佐官も臨席している。
みな、久しぶりに見る洋一郎に違和感を持った。
「みなさん。しばらくです。」
以前とは覇気が違う。あの、どこか自信なげな様子が失せ、声にもハリがある。
「早速本題です。この隊は臨時に自分の指揮下にはいります。」
いきなり過ぎて、大きくどよめいた。洋一郎は臆せず続ける。
「自分は退役した時、士官でした。ならば退役したとはいえ、戦闘に関わった場合独自の判断で敵に抗戦する権利があります。これは我が皇島国に限らず多くの国でも同様ですが。更に、自分以外に戦闘員が不在の場合、最上位の軍人として臨時に指揮権を所有します。これは特に軍施設・民間人の防衛にあたる際、最優先です。・・・ここまでいかがですか。桜庭大尉。」
公平な立場でかつ軍法に詳しい、そういう理由で桜庭は洋一郎に招聘された。桜庭としても、洋一郎の言っていることが正しいと言わざるを得ない。が
「ああん?借り物少尉が傷物になって退役したら、なにでかい口きいてるんだ。だいたい戦闘員が不在だと?俺が・・・」
自分に大声で詰め寄る鮫島に、洋一郎は使わないのになぜか持っていた杖で、容赦なく喉を突き、手首にひねりまで入れた。鮫島は白目をむいて悶絶した。白鳥はざまあ見ろとつぶやき、補佐官は見ないふりをした。桜庭も困惑し、結局この場は不問にすることにした。
「この部隊は技術将校ばかりで出動可能な戦闘員が不在です。」
にこやかに続ける洋一郎に対し、自分で出動不可能にしたくせに、と思う者もいたが、口には出さなかった。
「そして、今、敵が天空にあり、これを破ることができるのは、この隊の零式のみ。故に、この隊は臨時に自分の指揮下にはいります。」
再度一同を見回す洋一郎。わざわざ次の一言を付け加えたのは、蛇足と言うものであろう。
「・・・ちなみに大臣補佐官がいらっしゃるのは、自分の軍法に基づいた指揮権に感情的に反発する手合いを防ぐための、あくまで予備的な措置でして、・・・本当に合法ですよ?信じてます皆さん?」
後日のことである。今回の洋一郎への指揮権委譲は、物議をかもした。表面上は違法とは言えないが、退役軍人が戦闘に巻き込まれた上での行動という規定内の想定を大きく超えていた。何しろ退役軍人が自ら戦場を求めて、所属部隊に戻り、その事情を悪用しての指揮権委譲である。きわめて特異な状況である故、最終的には不問となった。こんなことは二度とないだろうという判断である。
洋一郎は、もともと単独で大湊に乗り込み、指揮権の委譲を迫るつもりであった。しかし、実はこの場合、多くの犠牲をだしてしまう。
まず時間的に北都宮から大湊まで、通常の交通手段で最短で3時間。その間に敵の人口衛星による攻撃が始まる公算が高い。
加えて、友軍の戦神機が衛星兵器の破壊に向かうだろうが、おそらくその多くは敵軍の無人機・・・あの高高度戦闘機の光線により撃墜されるだろう。
敵の攻撃と味方の犠牲。その上での、やっとの指揮権委譲では、遅かった。
今回は幸いにも、武内大臣の知遇と承認を得ることができた。本当に幸運だった。まあ、彼の方で洋一郎・・・進藤直登の縁の者に注目していたことが大きいのだろうが。
結果として、洋一郎は自分が望む戦いを、完全に実現することに成功した。
そう、敵味方、一人の戦死者も出さずに勝つ。その実現のためにも、彼には翼が・・・彼の戦友が欠かせないのだ。かけがえのない戦友が。
白鳥は洋一郎を園香の部屋に案内した。
「洋一郎クン、やっときてくれた。」
退役してもと少尉になった洋一郎を、白鳥はそう呼ぶことにしたらしい。
「園香ちゃん、ずっと待ってたのよ。」
「・・・すみません。中尉には随分お世話になったみたいで、助かりました。」
「あら、あなた、指揮官でしょう。いいの?わたしに敬語なんか使って?」
「指揮官をクン付けもどうかと思いますし、お互い細かいことは忘れましょう。」
・・・やはり、どこか変わった。
「やはり頬の傷、残っちゃったか。ゴメンね。うまく手当てできなくて。」
歩きながら白鳥が続ける。
「自分も放置してましたし・・・でもこれは残ってよかったんですよ。」
「変な趣味に目覚めた?」
「どんな趣味ですか!」
話をしながらも、しだいに洋一郎が急いでいるのがわかる。やはり本心は気が気でないのだろう。白鳥も察したか、足早になる。
部屋の前に来た。
「一人で入る?」
「・・・いいえ。婦女子の私室です。ご一緒にお願いします。」
「ふふ、物堅いわね。」
呼吸するだけで苦しい。一つ一つの息が、なぜこんな重く胸を圧するのか。息などしたくないのに。このまま消えてしまいたいのに・・・だが、死ねない。一人では死ねない。死ぬときは、少尉と一緒なのだから。
園香は、自室の寝台にいる。あれ以来ここか、零式の中か、どちらかにいた。
起きていても苦しい。寝ていても苦しい。何をしても苦しいのだから、きっと一人で死ぬのも苦しいのだろう・・・だから祈るだけ。祈っている間だけは、この苦しみが和らぐ。祈るのは・・・少尉のこと。思い出すのは・・・少尉のこと。
今、自分は、初めて夢というものを見ているのだろう。祭式に関わらずに夢を・・・見る?いや、見てはいない。自分は聞いている。夢にまで声が聞こえるのか・・・少尉。
先日、少尉の階級章が届いた。まだ真新しいが、特機の記章、銀線一つに月花一つ。特機軍の少尉のものだ。少尉の・・・だろうか?そう思って、ずっと握りしめている。
何故か、少尉の想いが残っているような気がした。だから、あれから食べ物を無理にでも飲み込んだ。体も動かすようにした。でも、なんのためなのか、自分でもわからない。ただ、そうしなくては、と思わせる。
「園香クン・・・園香クン・・・。」
・・・自分を呼ぶ声だ。少尉の声。あの、耳に優しく残る、暖かい響き。もっと呼んでほしい。夢でも、声だけでも。
「ヤレヤレ、とんだ寝坊助だ。しかたない。」
寝坊助・・・「坊」とか「助」とか、男子相手の語彙だろうか?少尉も時々不適切な語彙を使用していた。いかにも少尉らしい物言いだ。・・・体が揺すられる。イヤだ、起こさないでほしい。もっと夢で声を聞かせてほしい。が、声の主はしつこく、何度も揺すられた。
「おい、園香クン、頼む。起きてくれ。俺だ。神藤だ!」
耳元の声が、その響きが、あまりにも本物らしく、つい確かめたくなった。おそるおそる目を開けた・・・。
「園香クン。おはよう。・・・ずいぶんやせたな。・・・すまなかった。」
少尉がいた。両手で、顔に触れる。あぁ、少尉だ。涙があふれた。
園香は洋一郎の頬に手を当てたまま、身動き一つせず、涙を流し続けた。口からは小さな声が聞こえるが、泣き声なのか、よく聞き取れない。しばらくじっとしていた洋一郎も、さすがに途方に暮れた・・・ように見えた。が、白鳥は彼が何かを耐えているように感じた。
一つため息をついて、彼女は部屋から出て行った。
少しすると部屋からは泣き声が聞こえてきた。
やせ我慢・・・男の子も大変ね、指揮官さん。
「園香クン・・。会いたかった。きみに会いたかった。」
止まっていた時間は、この言葉で動き始めた。
園香がおそるおそる声に出してみる。
「・・・しょ・・う、い?しょう・・・い?・・・少尉?」
少しずつ、想いが音に、音が声に、声が言葉になっていく。
洋一郎は園香を抱きしめた。いつしか、その瞳から涙がこぼれた。
そして、会いたかった、いくどもそう繰り返した。
「少尉ぃ、少尉っ、少尉ぃぃっ、少尉少尉っ、少尉!」
園香はひたすら、そう呼び続けた。
どれだけの時間が過ぎたのか。
二人の涙がついに尽きたたころ、ようやく園香は自分にも洋一郎に伝えたい感情があることに気づいた。それは洋一郎の最初の言葉の中にあった。
「少尉・・・わたしも少尉に会いたかった・・・少尉っ。」
そして、かたまっていた両腕を洋一郎の首にまわし、しがみついた。
「少尉!」
二人が部屋から出て来た時、白鳥はわざとらしく欠伸をした。
「長かったね~、洋一郎クン、園香ちゃん。」
洋一郎は顔を赤らめた。
「お待たせしてすみませんでした。白鳥中尉。」
一方、園香は顔色一つ変えず、平然としていたが・・・。
「・・・で、なんでお姫様抱っこしてるの?」
答えに窮する洋一郎だが、その間に園香が答える。
「白鳥中尉、このような姿勢なので敬礼は失礼いたします。」
この第一声を聞いた段階で、白鳥は真面目に聞く気が失せた。
「今、わたしは少尉を物理的に拘束しております。二度とわたしから離れて捕虜になったりするなどの不慮の事態を避けるためです。一方少尉は作戦行動にわたしの同行が不可欠であり、迅速な移動を要求しました。故に両者の意向が一致するのが、この、拘束と移動の両方を満たす体勢になりました。」
白鳥は本気でばかばかしくなり、かろうじてこう返した。
「・・・このまま零式に乗り込むの?初夜みたいね。」
この時の、白鳥の言葉が意味することを知って、赤面した園香が七転八倒するのは、かなり後日のことである。
「いや、実際すみません。危うく自分でせっかく得た時間を無駄にするところでした。」
「ま、ちょうどいいんじゃない?零式の換装も終わったし、細かいところは敷島大尉に委任してたし。補佐官さんもいるし。一番大事な園香ちゃんも、まあ・・・仲のいいことで。
あ、園香ちゃん、これ、栄養剤。体力落ちてるけど、大丈夫よね。」
「いただきます・・・本当にありがとうございました。あなたのおかげです。白鳥中尉。」
格納庫に入ると、洋一郎に周りの視線が突き刺さり、ほとんど痛覚を刺激する。非常識なこの娘は何事もないかのような顔をして、自分に抱き着いたまま栄養剤を飲んでいる。自分の良識が恨めしい。
別に整備兵たちは園香のことを美少女として意識していたわけではない。少女としても軍人としても残念という評価は以前の洋一郎と一致している。むしろ危険物を引き取ってくれて洋一郎に感謝すらしたいのだが、だからと言って見せつけられるのは面白くはない。
洋一郎を見つけ笑いかけた柴田の顔も、途中から仏頂面になった。柴田は先日百合菜に支えられていた洋一郎を羨望したものである。それが、今度は・・・。やってられねえっスという彼の心の声は整備兵一同の思いを代表するものであり、正義の声ですらあった。
洋一郎と園香は、移動昇降機も結局、この姿勢のまま乗り込んだ。
青木が、ついこぼした。
「・・・自爆装置、使っていいですか?」
泣きそうな目で彼を見つめる洋一郎を見て、青木は多少の留飲を下げた。
「冗談です。あの時外したままですから・・・機体だけでも返してくださいよ。」
「はあ・・・主電源、起動。」
「確認しました。霊力機関、始動操作に入ります。」
さすがに操縦席でさっさと園香を降ろした。少し口がとがっていたが、そこまで気にしてもいられない。やれやれ。幾度目かの理不尽な思いに包まれる。・・・何か忘れてる気がしたが。
「了解だ。各部位、異常なし。武装確認・・・七二式に陸奥守。噴進弾はなし、か。ま、当然か。」
単独で超高高度戦闘だ。できるだけ念動を使いたくないからには推進力を重視だ。最悪、紫光剣で充分。軽量化万歳だ。勝負は一瞬になるだろう。
「兵装確認します。液体水素燃料推進機関取付異常なし。燃料増槽確認。・・・」
「・・・あの二人、普通に起動させてますね。」
「なんで動くんだよ。この一か月以上起動しなかったんだぞ!」
「ていうか、動いてるのに驚けよ、二人とも。当たり前じゃないんだぞ。」
整備兵たちのつぶやきが聞こえる。
出撃準備中の喧噪の中で、しかし白鳥は一人、零式に祈りをささげていた。あの二人を乗せて、今再び起動した零式。零式が自分を見ているように、白鳥には思えたのだ。
待機命令中の各部隊にも次第に状況が伝わってきた。皇島国上空を敵の人工衛星が通過、地上攻撃の可能性あり・・・。陸軍、海軍両軍には上層部から情報が流れることはなかったが、特機軍ではいくつかの部隊で迎撃戦の用意を終えている。十年前の外気圏戦役の再来である、として千歳、三沢、百里の基地では発進命令を待っていた。百里基地では神威省の武内大臣に直接出撃の要請を行った。小規模な特機ならではの光景であり、武内の好みでもある。しかし
「厳命だ。待機せよ。」
武内はこの後、立て続けに千歳、三沢からの要請も受けたが、一言一句たがえず却下した。
夜明けには、まだわずかに間がある。薄暗い空を見あげたまま、武内はしばし動かなかった。
「発進準備作業、全て問題なし。・・・作業に当たってくれたみなさん、ありがとうございます。機体周辺から避難をお願いします。」
拡声器を使い、呼びかけた。
整備兵らは、先ほどの自分たちの非礼を忘れたかのように、一斉に敬礼を返し、遠ざかっていく。洋一郎も操縦席で、彼らに見えないのを知りながらも敬礼を返した。
「敷島大尉、天井を解放してください。」
「そんな気の利いた設備はない。外で展開しようにも移送用の車両を手配できなかった。他に持っていかれたんだ。・・・勝手にやってくれたまえ。」
「じゃ、遠慮なく。」
洋一郎は、まるでためらわず、七二式20㎜機関砲を天井に向け、連射して穴をあけた。破片が落ちてくるが、他に被害はない。
「やりたい放題だね。指揮官殿。」
「ええ。無駄な我慢と無用な遠慮はやめました。・・・発進に際して他に何か問題は?」
「全くない。好きにしたまえ。くさっても英霊の曾孫だな。」
あきれ果てた敷島の声を聞きながら、洋一郎は天空を見る。夜明けのようだ。ようやく日の光が差してきた。
「では凱号零式、神藤洋一郎他一名、発進します!」
「・・・少尉、他一名って何ですか!」
「他をつけるだけ、気ぃ使ってるんだぞ。」
「どうせなら名前まで言ってください。」
「語呂が悪い。長い。」
会話の間に、洋一郎は用意してきた音楽を再生した。
「少尉もですか・・・。」
鮫島が作戦開始前に突撃ラッパをかけていたことを思い出したのだろう。園香は少し引いた。
「まあな。ロマンだ。」
「不謹慎だと思います。」
「ただ・・・理由もある。この曲が流れているうちに、作戦を全部終える!そういう覚悟だ!」
零式は格納庫を飛び立った。格納庫内に煙が吹き荒れる。マイナス250度以下に冷却された液体水素の冷気がもたらした氷塊が、発進の衝撃で砕け、機体から飛び散った。それは昇り始めた朝日を受けて七色の光を散らし、天に駆け上がる零式を祝福するようだった。
一方、管制室には、操縦席の会話が駄々洩れだった。緊張感も失せるというものだ。
「あいつら、仲いいのか?さっきまでお姫様抱っこだったが。」
「悪そうですね。やはり、混ぜるなキケンですよ。」
「昔はやった成田離婚みたいなもんでしょう。大湊離婚。」
「音楽なんか流れてるぞ?」
「ワーグナーね・・・通俗的だな。まあ旧同盟国の曲だから、見逃すけど・・・7分余りで衛星軌道に行く?・・・遅いな?1000kmを420秒だと第一宇宙速度の半分にも達しないぞ?・・・寄り道でもする気か?」
「いいんですかね、指揮官でしょ。あの退役軍人。」
「そうそう、いいじゃないか。僕は期待しているぞ。あの退役少尉に。なにしろまた獅子王計画の研究資料と実績が増えるんだからな。」
敷島は幸せである。何しろ好きな研究開発ができればそれでいいのだから。
「外部推進機関、問題なし。推力安定しています。速度、順調に上昇!まもなく第一宇宙速度に達します!」
「園香クン、今回は短期決戦だ。・・・上昇はそのまま外部推進機関に。霊力機関は上昇しながら同調、増幅させる。できるかい?」
「少尉・・・やります。推進機関制御、機体運動、火器管制は少尉にお任せします。」
映像盤を通しての会話も久しぶりだ・・・と思い、ふと首をかしげる洋一郎。
「了解だ。霊力機関系は全て任せる。なあに、目標までの誘導は管制室にお願いする。よろしいですか?敷島大尉。」
「了解だ。もと少尉。・・・急げ。人口衛星の軌道が安定した。もうすぐ射撃準備に入るぞ。」
他の隊ではどこまで危機認識をしているか不明だが、大臣直轄の補佐官のおかげもあって、ここでは充分伝わっている。
「敵機発見・・・デモン機数一!高速で上昇中。ロケットブースター装備の可能性大!」
「迎撃可能部隊は、第一から第四!」
「第一から第四サンダーバード戦隊、迎撃機を展開せよ。繰り返す・・・」
北都府の高度4万m上空。サンダーバード戦隊が攻撃衛星を破壊するために上昇する戦神機を迎撃すべく、密かに待機していた。皇島国の通常監視では未だ発見していない。
人工衛星は高度1000km。文字通り桁違いの高度である。あくまで敵機が通過する途中での迎撃。直掩は任務ではない。
「総司令部より。迎撃命令です。ダニエル司令。」
「たった一機か。全機で迎撃していいのか。」
高高度戦闘用の高出力レーザーは使い捨てだ。もしも後続機があった場合、戦力が続かない。
「とりあえず、小出しにすっか。ホワイトホース、ジムビーム、ワイルドターキーは搭載機を展開して待機。第一小隊をフェイズ1に。」
「司令、敵機確認・・・ZEROです!」
オペレーターが告げる。前回のアラスカ戦役の中、サンダーバード部隊で唯一搭載機を全機失ったのがこの第一戦隊で、その被害を与えたのはZEROだ。
「ジュノー戦の同一機ではなく、同型機、類似機の可能性はないのか?」
「部隊記章、識別確認。ロケットブースターを装備していますが、同一機です。」
「・・・全戦隊機、フェイズ1に。最接近ポイントで各個に攻撃開始。チャンスは一撃だ。必ず仕留めるぞ!」
大気圏を脱出する敵との戦闘だ。その速度は速く、接敵時間は短い。ただ一機があのZEROなら、夷島国の切り札の可能性がある。全力で落とす。ダニエルはそう判断した。
「獅子王計画、封印解除!凱号零式、主・副操縦士、同調・増幅機能、作動開始します!」
洋一郎の頭部を透明な筒が覆う。目の前の筒が青く点滅している。
園香の頭部を覆う筒も赤く点滅する。零式は背部の推進口から噴煙を吐き出し、上昇を続けながら、濃紺色の機体を青く、赤く、交互に輝く。
「霊力の同調、増幅・・・霊力値 40 65? 80 95・・・100!臨界!すごい、少尉。起動から臨界まで最短時間です!」
ぶうううううううん。低い音が響く。輝きと、唸りが同調し始める。
機体全体が青く赤く交互に明滅を繰り返し、すぐに一つに融け合って白に近い紫の輝きを放った。
零式を中心に見えない波動が広がっていく。
空が震えた。周囲の雲が一瞬で吹き飛び、夜明けの空が広がった。
「霊力、完全に融合!」
二人は、今一緒に空を舞っている。時に重なり、時に手を取り、同じように感じ、同じように飛んだ。より高く、より早く。眼下に夜明けの地上。天上に星天を目指して。
「上空に敵機!約100!」
霊力機関の融合を終え、高精度の電探の操作に戻った園香が告げる。
「かまうな。進路はそのまま。霊力機関、推力全開!外部推進機関と合わせて一気に突破する。」
「はいっ!」
零式はその速度を更に上げる。更に、更に!
「まもなく第二宇宙速度に達します!」
「第二、いや、第三超えてもいいぞ。ちゃんと自力で帰ってこられるはずだ。」
「そのまま星間旅行でもお付き合いしますよ。少尉となら。」
霊力融合中の一体感と昂揚感が、園香をして軽口めいたことを言わせているが、洋一郎にはただの本気であることがわかる。
「いい度胸だ。さすが、戦友クン。」
「もちろんです。少尉っ!」
打てば響く。以心伝心。懐かしい、この感じ・・・。洋一郎も園香も、映像盤を見ずとも互いの口元が笑みを浮かべているであろうことがわかっていた。
「ZERO、速度更に上昇!高度30000、32000・・・」
「あれから更に速度を上げた?さすがにモンスターの中でもとびきりたちが悪い。」
「36000 38000 40000 」
「フェイズ2はないぞ!AIども・・・。」
96の不可視の矢が、それぞれの最接近距離で零式に放たれた。時間差を持ってあらゆる方向から打ち込まれたそれは、時に大きく外れ、時に零式をかすめた。
園香と同調しているせいか、不可視のはずのレーザーの光が見えてしまう洋一郎だ。
「ち。つまらんモノが見えちまう。」
とは言え、さすがに光をよける自信はないし、その気もない。
更に速度を上げてまともに照準をつけさせないだけだ。もしも当たっても・・・今、障壁の圧力でレーザーの軌道が逸れるのを感じた・・・障壁で止めるどころか、曲げてしまった。
「こいつは、規格外。期待以上だ。」
そもそも常識を大きく超える上昇速度だ。この障壁が加速の重力を中和してなければ生きてもいられない。
「全機、発射終了・・・ZEROの損害を認められません。」
「・・・全機、収容。再換装作業に入れ。ヤツの帰り際に、もう一戦あるぞ!」
ダニエルは帽子をたたきつけたいのを我慢し、戦力を立て直すことにした。そう、まだ、もう一度チャンスがあるのだから。とは言え、シートに沈み込み、シガレットに火をつけることは、やめられない。
「全く忌々しい。何であんなバケモンの相手を二度もすることになったやら。」
ニューヨークのスチーブンソンは、映像パネルに映ったZEROを見て、ブランデーを吹き出した。おそらく21世紀に入ってここまで展開を裏切られたのは初めてだ。
ZEROの出撃不能・・・その情報は信じるに値した。
委員会の中でも、彼は「情報」の価値を重んじている。この星を密かに支配するのに、技術より効率より、情報こそが重要だと信じている。20世紀中ごろから、この国に巣くってきたファシストやコミュニストの諜報網をつぶし、最大の障害のあの島国・・・情報の価値をまるで知らない野蛮人ども・・・にも独自の情報源を確保した。
当然、零式が起動しないこと、搭乗者が負傷し退役したことも知っている。
なぜここで出現したのか、理解できなかった。とは言え、すぐに気を取り直した、所詮ただの一機。しかもカトーはそもそもZEROが出撃不能だということを知らず、むしろその出撃を想定して作戦を立案したはずだから、かえって問題がなくなった、とすら思いなおし、笑みを浮かべた。
「さあカトー氏。お待ちかねのZEROです・・・カトー氏?」
しかし、カトーはスチーブンソンを全く無視し、ソファーから立ち上がり、振り返ることなく、そのまま退室した。
残されたスチーブンソンは、さすがに途方に暮れた・・・それは、あの100年程の、FIRST DEMONE TAKEMIKAZUTIの襲来以来のことだった。
そして、彼は、カトーの手元にあったチェスのコマの一つ・・・白のクイーンがねじ切られているのを見つけ、肩をすくめた。
「敵デモン、ジュピター2に接近中。高度800kmを超えました。」
「速度さらに上昇!」
「・・・サテライトガード、分離。起動せよ。」
「一度分離すると、後は落下してしまいますが・・・、」
「わかっている。使い捨ての防衛システムだ。今使わないで、いつ使う。・・・神の杖は、まだ射出の準備が終わらないか?」
「敵機の到達が早すぎます。このままでは!」
「サテライトガード、分離、展開せよ。急げ!」
「サテライトガードシステム起動・・・イオ分離 続いてエウロパ ガニメデ カリスト・・・分離しました。展開・・・各機起動開始。」
「敵デモン高度950km!会敵します!」
「デモン進路上に、電磁バリア展開!」
地上の大湊にある特機の臨時管制室には、敷島と青木他数名がいる。
「零式聞こえるか?今、目標周辺に高周波で強力な電磁波の発生が確認された。ちょうど君たちの進路上だ。・・・ダメだ。通信機の電波もあの辺りじゃ・・・ま、何とかしてくれ。」
「電波障害何てもんじゃないですね。ここでも太陽パルス並み・・・あの辺りの電界強度はもっとすごそうですが。」
「限定された空間、瞬間的な展開、指向性の電磁波障壁・・・ってとこか?」
「あれって、衝撃波とかを軽減するもので、物理的なものには効果薄いんじゃ・・・。」
「尋常じゃない高出力の電磁波を投射している。・・・いくらアメリゴでも既存の技術じゃない気がするね。なまじっか超高速で飛んでる分、衝突時の衝撃は・・・どうだろ、今の零式の霊力障壁と・・・どっちかな。強いのは?ところで補佐官さん、こんな観測機械、どっから持ってきたんですか?これがなければ詳細は観測できませんでしたよ。」
「・・・。」
無論、補佐官は沈黙を守った。洋一郎を乗せてきたヘリには、彼が知らない様々な機材が積まれていて、いろいろ役に立っている。
「ま、お互い、言っちゃいけないこともわかりますよ。いくら僕でもね。」
敷島はそう言って、補佐官の肩を親し気に叩いたが、補佐官はイヤそうに顔をしかめた。
「少尉・・・。」
少し戸惑った園香が呼びかけてきた。目標直前だが。
「なんか嫌な予感がしてきたところだ、遠慮なくいってくれ。」
イヤなカンはまず外れない洋一郎だ。
「機体の計測器では観測が難しいのですが、前方に著しく電探の反応が異常な場が発生しています。・・・というより、電探、今ダメになりました。」
「・・・こっちもだ。またまた、とんでも兵器、局地的な電磁波・・・電磁バリアとか、かな。プラズマ兵器じゃなきゃいいけど・・・ちょっと反則級にひどいヤツだが。なあに、やることはどうせ一つさ。・・・外部推進機関、分離、投下!」
「はい。外部機関、分離、投下します!」
零式の背部に取り付けられた、大型の液体水素燃料推進機関が分離され、落下していく。
洋一郎は、高速上昇中のまま、苦労して零式に陸奥守総見を装備させた。
「切り裂くぞ、紫光剣!」
零式が陸奥守橘総見を右手に持ち、天にかざす。それが機体と同じく紫の輝きを帯びる。
剣先から紫の光が伸びて、それが零式を大きな矢尻のように見せた。
「知覚します。あ、もう?3、2、1、接触!」
「突破したら、すぐ本命だ。衝撃2回来るぞ!」
「はひっぃぃぃぃっ!」
返事をしようとして、すぐ衝撃に襲われた園香は、異音を発し続けることになった。その間にも、紫光剣は電磁障壁を貫き、直後にジュピター2・・・神の杖RODs of GODと呼ばれる、高速エネルギー弾を射出する攻撃衛星を切り裂いた。
射出されれば核爆弾に匹敵する威力という、重金属でつくられた小型ロケットは、準備が未だ整わないまま空の塵となった。また、それを守っていた4基の小衛星も地表への落下を始めた。
「見たか!紫電昇星斬っ!」
「・・・お前、もう舌、いいのか。」
相変わらず、ぞの物騒な技の名づけはどうなんだ、と思う洋一郎だ。
零式は第3宇宙速度を上回る勢いでなおも上昇した。
零式の周りに星天が広がり、眼下に青い地球がある。
洋一郎はこのまま星空に囲まれていたいという衝動に駆られたが、こらえ、補助推進機関や姿勢制御を駆使して、霊力機関を止めないまま、強引に方向転換を始めた。慣性を無視しうる戦神機ならではの動きだ。
「星間旅行は魅力的だが、まだやり残したことがある。降下するぞ。目標、敵大型機の編隊だ!」
「本空域の電波異常、回復しません!電探による索敵不能。」
「まあ、クサナギじゃあるまいし、因果律やら何らやで何もなかったことになってるのも不自然だし、いいや。航法でさっきの空域に誘導してくれ。まだ曲も半分以上は残っていると思うが・・・急ぐ。」
「了解です。」
「ダニエル司令、ZEROの接近を確認!」
「もう来やがったか!つくづくモンスターだぜ。・・・搭載機のガンポッドの換装は?」
シガレットを操作盤でもみ消し、ダニエルは確認する。
「間にあいません!」
「ジーザス!」
洋上艦でもそうだが、換装中の母艦、母機ほどもろいものはない。
ダニエルは軍帽を叩きつけた。が、直後
「・・・司令、通信です・・・ZEROのパイロットと名乗っています・・・」
「この状況で通信?降伏しろってか?・・・一応つなげ。」
「敵戦隊の隊長機発見。照準固定!」
「そのままだ。園香クン。」
再度の会敵を果たした零式内で、洋一郎は敵への通信回線を開いた。
洋一郎のアメリゴ語は、堪能というほどでもないが、一応の会話ができる水準にはある。子どもの頃から百合菜について学んだ成果だ。・・・昔は百合華が、自分だけ仲間外れにすると言って、よく怒ってきたものだが。
「敵戦隊司令官に告げます。こちらは皇島国特機軍大湊基地所属、凱号零式の操縦者、神藤洋一郎・・・階級はもと少尉です。」
敵パイロットの若い声を聞いて、ダニエルは更に顔をしかめた。夷島国・・・少年兵を使っているというのは本当らしい。許せない野蛮人どもだ。
「もと少尉?退役したのか?この若い声で実は30過ぎとかじゃないだろうな。連中、見た目は若いっていうが声も若いのか?」
混乱するダニエル。機内のクルーも状況についていけず、沈黙したままだ。
「・・・こちら、アメリゴ戦略空軍所属、サンダーバード第一戦隊司令、ジャック・ダニエル少佐だ。・・・この臨時飛行大隊の大隊長を兼任している。おい、映像つなげよ。顔を見せずに、お話はできんよ。」
「・・・了解です。これでよろしいでしょうか。ダニエル少佐・・・?女性兵なのですか。」
「ふん。名前は、まあ本名じゃない。一応女だ。クルー全員な。そっちはチェリーボーイか。少年兵が退役とは恐れ入る。夷島人はクレイジーだな。」
互いに戦場では会いたくない相手であったらしい。表情の苦さは親戚のようにおそろいだ。ダニエルは、下手をすればジュニアハイのように幼く見えるもと少尉が、すぐに表情を改めて話し始めたのを忌々しく感じた。
「ダニエル少佐、貴隊に勧告します・・・いや、貴軍に、勧告します。この皇島国の上空から、ただちに撤退してください。・・・追撃はしません。時間は貴重です。迅速な返答をお願いします。」
「・・・たった一機で、俺達全軍に撤退しろ、と。正気か?そちらこそ、投降したら、三食昼寝つきに、ここのみんなでかわいがってやるさ。童貞ご卒業だ。」
ダニエルの発言に乗ってクルー一同がはやし立てた。洋一郎は、それらを無視して続けることにした。
「理解できるはずです。少佐。そのたった一機とやらが、この空域、いや皇島国上空の貴軍の航空戦力を全て撃墜できることを。故に貴隊のみならず我が国上空の全軍、と言っています。」
ダニエルもクルーもその冷静な言い様とその内容に黙りこくった。
・・・こいつらデモンを通常戦力で撃墜するには、高高度でのレーザーのみ。・・・しかしさっきあの気ちがいじみた速度で全機の一撃をかわされ、今は、ガンポッドの換装中で戦闘不能・・・詰んでやがる。恐ろしいのは、この中学生、せいぜい高校生らしいのがそれを全部計算してやがったってことだ・・・。しかし・・・。
「あなた方の任務は、地上攻撃衛星の護衛。衛星は、もうないですよ。」
ダニエルは、ぐ・・・とうめいて、シガレットに火をつけた。
「ちなみに、本機以外の戦神機は、厳命により出動しません。故に付帯的任務の、敵戦力の削減も不可能です・・・零式を撃墜しない限り。つまり、あなた方の作戦目的は、完全に達成不可能。」
ダニエルは、再びぐぐぐ・・・とうめき、煙をふかす。
「唯一、どうしても戦果を挙げるために、貴隊以外の貴軍が無人機を地上攻撃用に換装しようとしたら、その瞬間に本機が換装中の母機を撃墜します。充分間に合うでしょう。」
・・・換装には時間がかかる。最短で一小隊20分。このクレイジーなスピードなら、やられておつりがくる。
「・・・了解だ。勧告に従う。追撃はしないって信じていいんだな。若いもと少尉さん。」
ダニエルには、もと少尉と名乗ったこの声の主が微かに笑ったのがわかった。が、その笑いは自分たちをあざ笑ったとか、そういう類の不快なものには思えなかった。
「はい。信じてください。・・・女性とは言え、あなたのような方を指揮官に任命できる貴軍がうらやましい・・・と、これは失言でした。では、速やかに撤退をお願いします。以上です。」
ダニエルは友軍にも撤退を命じた。友軍も追随し、撤退に入る。見届けたダニエルは再びシガレットに火をつけた。
「司令・・・今日もごちそうになっていいんですか?」
オペレーターのキャサリンが半ばからかうように聞いてきた。
「・・・いいや。あいつも言ってたが、互いにいい敵に会えてラッキーじゃないか。なにしろ生きて帰れるんだから。だいたいあんな化け物に二度も会って、俺たちは誰も死んでないぜ。普通に祝杯だろ。ま、金もないしな。」
ZEROをパネルで見た瞬間、カトーは敗北を悟っていた。まずタイミングが早すぎる。しかもブースター装備。つまりは、いつ人工衛星が空にきてもいいように備えていたのだろう。打ち上げ以前から。とどめは出撃が一機のみ。
完全に作戦を読まれていた。こちらの一手目は、敵の望んだ一手になっていた・・・。最初の一手を打った瞬間、自分の敗北が決まっていたのだ。許せない。手元にあったチェスのコマをねじ切って、部屋を出ていた。負けるとわかった勝負をみる必要はない。しかし、次こそは、自分が勝って見せる・・。完全に表情を消したカトーは無言で暗闇に消えた。
戦乙女を讃える曲は終わった。ヴァルハラに迎えられたのは人工衛星のみ・・・消化不良にならなけりゃいいが、と洋一郎は久々に無意味な思考を巡らせる。
「少尉?攻撃しないんですか?」
アメリゴ語がわからない園香は、洋一郎の通信内容がわからなかった。しかし、洋一郎が
何やら微笑み上機嫌で通信を終えたのだから、敵が降伏でもしたのだろうと思った。が、
「少尉!敵機が空域を離脱します。撃墜を!」
「園香クン。敵は撤退する。攻撃の必要はない。」
「何を言ってるんですか!」
洋一郎は、園香の反応を予想していたのか、落ち着いている。
「本機の任務は、人工衛星による地上攻撃を阻止すること。また、我が国、わが軍に損害を出さないことだ。これは特機軍最高責任者、武内大臣閣下の承認を得た作戦だ。そして、これは達成された。」
一言一言、充分に考えながら、しかし明確な意図があることを伝えるため、ゆっくりと話し続ける。
「しかし、追撃して敵の戦力を削る絶好の機会です。見逃せば、あの部隊が今度は友軍に損害を与えるのです!味方が死ぬのですよ!」
「軍の目的は勝利することだ!殺人も破壊も、そのための手段に過ぎず、決して目的じゃない!既にこの戦役ではわが軍が勝利した!これ以上の戦闘は無意味だ!それはただの殺戮だ!」
「少尉!これは利敵行為です!」
園香は副操縦席を離れ、操縦席の洋一郎の前に猛然とやってきた。
「もう一度言います。あなたが見逃せば、次にあの部隊が味方を殺すんですよ!」
しかし洋一郎は動ぜずつぶやいた。
「やっぱり来たか・・・お、こっちもか。良く今までもったな。・・・園香クン。この感じ、憶えてる?」
え?と素直に反応する園香を見て、実はほっとする洋一郎。
「この、独特の浮遊感に続いて・・・地に吸い込まれる感覚・・・まさか?」
「ずいぶん表現力が増えて何よりだ。」
目の前の筒が上に上がっていく。
「霊力機関停止!」
「ご名答。とりあえず、ここが非常席だ。」
そう言って、洋一郎は園香を・・・一瞬自分の左足を見て・・・そのまま左ひざに座らせた。園香は当たり前のように座りながら、洋一郎に抱き着き姿勢を安定させる。
「なんで停止するんですか!」
例によって、顔が近い。
「最初も紫光剣使った後、しばらくしてこうなったろ。今までよくもってくれた。ホントは外気圏で停止したらどうしようかと思ってた。七夕に星の旅も悪くないけどってな・・・こいつが頑張ってくれた。柴田たちもちゃんと整備してくれてた。キミの機関制御も上達してたし。」
園香は、洋一郎以外にはわからない程度だが、不機嫌そうだ。桜色の唇がほんのわずかにとがっている。
「そのキミが、しかも霊力の同調の途中で席を離れれば・・・ね。」
「・・・。」
「だから、こいつはいつ停止してもおかしくなかった。うかつに戦闘を始めて、途中で停止したらどうなると思う?」
「・・・。」
園香の口先がますますとがってきた。
「もちろん、さっき言ったのは俺の本音だ。無駄な戦闘はしたくない。・・・ただ、しないほうがいい実利的な事情もあった。そういうことだ。了解?」
「・・・了解です。で、いつ機体を安定させるんですか?」
ようやく園香が口を開いた。
「大丈夫さ。これだけ高度があれば、のんびりしてても。」
「なんだか落ち着かないんです!」
久々の唾液攻撃だ。しかし、洋一郎は動ぜずにニヤリと笑った。
「実は、気になっていたんだが・・・。」
「な、なんですか?」
珍しく、園香ははっきりと動揺した。
「お前、落ちるの苦手なんだろ?」
思いっきり悪い笑い。
「そ、そんなことは」
「前も、落下の時、動揺してたし、降下翼で脱出するのをイヤがりすぎだ。」
「そんなことはありません!」
唾液を浴びながら洋一郎は、平然としている。
「じゃ、のんびり滑空だ。けっこう楽しいもんだよ。中等学校での滑空訓練、得意だったんだ。知ってるかい?文部省式七八型滑空練習機ってダサい名前の機体が全国の中等学校にあって。」
「そんなの知らないし、やったこともないし、ホントに落ち着かないんです!」
「死ぬのは平気でも、落ちるのは怖い、か。・・・ち。」
もう完全に泣きそうな園香を見て、やり過ぎたか、と洋一郎は反省した。
「・・・ゴメン。ちょっといじめ過ぎた。これじゃ小学生だ。」
園香の髪を左手で優しく撫でる。一方、右手は抜かりなく諸操作を迅速に行い始めた。
「もう・・・バカ。バカ。」
園香は洋一郎をそう罵りながらも、やはり怖かったのか、抱き着いてきた。
通信が回復してすぐ、大湊の臨時管制室の一同は本日何度目かのバカバカしさを感じていた。
「洋一郎クン・・・聞こえてる?あんまり見せつけないで。みんな呆れてるから。」
「全くだ。通信、切っていいですか?指揮官殿。」
「すみません。作戦の意図を部下が理解してなかったので、説得していました。」
と、洋一郎はぬけぬけと言い張った。
「へ~・・・随分と、楽しそうな説得ね。しかも確信犯・・・性格、悪くなった?」
「・・・実は、自覚してます。いろいろありましたから。推力回復。大湊に向かいます・・・でもせっかくですから、5分ほど通信切ってもいいですよ。」
「へえ、そういうことしたくなっちゃった?若いのね。」
「一つしか違わないでしょうに、中尉。いいえ。そういうことはしませんが、恥ずかしい話はします。下に降りたら言えないかもしれないので・・・5分で。」
「・・・5分よ。んじゃ。」
白鳥は、心からいとおしいバカな二人のために、通信を一時切った。いや、切るふりをして、こっそりヘッドホンに切り替えて一人だけで聞くことにした。なにしろ、彼女の乙女ゴゴロが聞かないことを許さなかったのだ。悪趣味である。
「少尉?そういうことって何ですか?」
早速園香が聞いてきた。
「バカ。したくなるから、それは禁止だ。」
「?」
全く理解していない顔。が、その両腕は洋一郎の首にまわされたままだ。
「じゃあ、恥ずかしい話って何ですか?少尉の失敗談ですか?」
「言葉としてはあってるけど、使うところが違う。」
いつの間にか、洋一郎も、園香を抱きしめていた。そしてその耳元につぶやく。
「一度だけだぞ。・・・。俺を、ここに連れてきてくれて、ありがとう。キミは俺の翼だ。キミがいなかったら、俺は何もできなかった、キミのおかげで、俺は自分がやりたいことや、やりたくないことを知ることができた。・・・本当にありがとう。」
洋一郎は、心からの思いを園香に告げた。こんなことを伝える相手がいることが幸せだと思った。自分が本当にやりたいことは、この戦争を終わらせること。したくないことは、人を死なせること。わかったいたはずのことが、わからなくなっていた。それを思い出したのは、この子と会えたから。実現する道が見えたのは、この子と一緒に飛んだから。
一方園香は、よくわからなかった。彼女からすれば、洋一郎はいつもあれはイヤダこれはイヤダと言って、軍律と軍規より自分の屁理屈を優先する上官なのだ。ただ、なぜか、自分に大切なことを伝えてくれた、そのことだけは感じた。
「少尉。わたしこそ、お礼を言います。少尉が一緒に飛んでくれて、初めてわたしは空飛ぶことが楽しいって教えてもらいました。うれしいとか楽しいとか、そういう気持ちは少尉がわたしにくれたんです。・・・少尉と離れて、初めて苦しいとか悲しいとか、感じました。・・・すみません。まだ、うまく言えません。でも、少尉と会ったから、わたしはいろんな気持ちを感じているんだと思います。」
洋一郎は、少し体を離して園香の顔を見つめた。随分自分の気持ちを話せるようになったと思う。
そして突然気が付いた。さっき零式に乗り込んで何回かかすめた違和感の正体に。
「園香クン・・・俺たちって会ったの、まだ2回目なんだよな。」
それなのに、何年も一緒に戦っていたような、強い連帯感を感じている。
「そうです。5月31日の1028ごろに出会って1525ころに別れました。約5時間。今朝だって、再会してからまだ1時間もたってません。」
会うのは二度目。合計6時間弱。それなのに、洋一郎には何年も一緒にいた同期生らよりも園香がはるかに親しく感じられる。
「でも、わたしは、少尉と離れていた一か月の間、あの日の少尉のことをずっと思い返していました・・・何百回も。」
あらためて互いにまじまじと見つめあう。
「わたしは、きっと明日からも、今日のことを何千回も何万回も思い出します。・・・下に着いたら、お別れなんですね。・・・少尉。」
園香の表情は微かにしか変わらないが、大きく開いたその目から一筋の涙がこぼれた。
退役した洋一郎だ。今は臨時に隊を率いているが、それだけだ。別れはすぐ。
しかし、洋一郎は、別なことを聞いてきた。
「園香クン。・・・休暇を取ったことはあるかい?」
彼の顔は人の悪い笑顔を浮かべていたが、その声はとても優しかった。
第二次外気圏戦役は、第四次太平洋戦争の中の一つの戦いである。しかし、一般には、その戦闘時間の短さから一時間戦争(実際の戦闘時間はもっと短い)と呼ばれることが多い。何より、戦史上で特筆されるのは、敵味方一人の死傷者を出さなかったことである。
ただ、その二日前に大湊海軍基地内で、ケンカによる死亡事故があったことは、あまり知られていない。




