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皇紀2701年の零式  作者: SHOーDA
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第8章 白鳥七瀬

第8章 白鳥七瀬 現地時間1756


 洋一郎は自警団に捕まり、隊舎に連行された。殴られ、蹴られ、けがの手当てもされなかった。むしろ傷口を踏まれた。老婆に発砲して重傷を負わせ、食料などを奪った敵兵という扱いなのだ。散々罵られているが、言葉はわからないふりを通したし、向こうも皇島国兵がわかると思っていない。

 身分を知らせるものは機内に置いてきている。本来ならば軍の認識証を持っているべきだが、どうせ捕虜にならない皇島国兵である。捕虜の扱いを定めた北ベルリン条約に批准していない。不正に扱われても仕方がない。そう覚悟している。階級章はさっきはがされた。義足はどこかにいった。左足のない自分を、ここでも周囲があざ笑っていた。

 どれくらい暴行を受けただろうか。撃たれた左足が熱い。弾丸は貫通していないようだ。

しかし、その最中でもあの悲痛な叫びが耳から離れない。

「少尉!」

 何度叫ばれただろう。彼の脳裏は、一番聞きたい声を、一番聞きたくない叫びとして何度も繰り返す。聞きたいのか、聞きたくないのか、自分でもわからない。

「ゴメン。」

 一緒に死んでくれるという彼女の決意を、俺は裏切った。虜囚となり、家名を地に落とすことになろうと、あの子に死んでほしくなかった・・・。

「ゴメン。」

 そして、母様。家名は地に落ちる・・・。みんなが非国民と呼ばれる・・・。

「すみません・・・すみません・・・ゴメン・・・ゴメン・・・」

 つぶやきながら、彼の意識は途切れた。


 白鳥七瀬は激昂していた。

 帰還した零式に鮫島が乗っていたことは驚いたが、同乗しているはずの神藤少尉がいない。何より園香が完全に人形・・・抜け殻になっていた。ケガまでしている。何を聞いても全く反応しない。そのくせ零式から降りようとしなかった。降ろそうとする時だけ、全力で暴れ、抵抗する。

 そして、

「少尉・・・」

 時折こぼれる、あの絶望的なつぶやき・・・。聞いている白鳥が泣きたくなった。

 事情が判明したのは、生還した鮫島の報告が終わってからだ。それだって、まとめられて白鳥に知らされたのは、何時間も経ってからだ。その間、園香は副操縦席に立てこもっている。食事もとらない。おそらく寝てもいない。ただ抜け殻のようになっている。

 事情が分かってからは、鮫島に詰め寄った。鮫島の報告そのものは、自分に都合のいい部分が多かったが、零式の記録映像と突き合わせると、おおよそのことはわかった。

 あのお人よしは、友軍兵を助けようとして、その兵つまり上官に裏切られて自分が捕虜になったのだ。自害もせずに。不思議だった。皇島国兵なら、しかも彼の家名を考えると、異常だ。そこまで命を惜しむようにも見えなかった。そして、様々な記録を比べ、見つけた。園香が自害する寸前だった。おそらくあの子は少尉と一緒に死ぬつもりだったのだ。映像は、その園香を少尉が見て、笑い、刀を捨てたところを映していた。

 バカな二人だ。バカでバカで、愛しいくらい。

 少尉は自分が死ねば、園香が死ぬと悟り、彼女を死なせないために捕虜になった。自分の名誉や家名をなげうって。

 園香は一緒に死ぬつもりだったのに死ねなくなった。彼が生きているかもしれない限り、死ねない。そして、少尉を失った。

 最終報告を聞いて敷島大尉はこう言った。

「よくやった。神藤少尉。これでキミの武勲も家名も地に落ちたが、代わりに獅子王計画が残った。僕は感謝するぞ。」

 白鳥はこれを聞いて、上官に向けて中身入りの湯飲み茶わんを投げつけた。彼女は、鮫島も憎いが敷島も憎い。しかも鮫島は機密保持実験継続のための行動ということでおとがめなし。逆に言えば、自分の重要性を考えず軽率な行動をとった神藤少尉が悪い、ということだ。ろくに機密も聞かされていない洋一郎だが、機密保持の誓約をしたからには自分自身のことも守り秘密を守る義務があったのに。今回の件で、今処罰されるのは、上官に茶碗を投げて譴責処分を受けた白鳥だけである。

 白鳥は、憤然としながら、幾度目かになる、園香の説得に向かった。ただ、そこにはやはり抜け殻のような少女がいただけだ。あるいは、もう少女の抜け殻なのだろうか。それでも、白鳥は園香に話しかけることにした。何度か話しかけてもやはり無反応だ。でも、このままではいけない。心も体もきっと壊れてしまう。いや、もう壊れているかもしれない。

 白鳥には園香が洋一郎と会って、ようやく人間になったように感じていた。今朝の園香と、昼前に霊式の操縦席にいた園香は別人に見えた。

 だが、今は・・・。でも、その心はきっとまだ残っている。だから、話を続けることにした。続けながら、自分の方が涙声になっていた。

「園香ちゃん、私、少尉の最後の映像を見たよ。」

 反応は・・・ない。

「少尉、笑ってたよ。」

 一瞬、右手が震えた。

「少尉は、園香ちゃんを死なせたくないから、大事なもの全部捨てて捕まったんだよ。」

 肩が震えている。白鳥は自分が残酷なことをしているかもしれない、と怖くなった。でも、神藤少尉は壊れたままの園香を見たくないはずだ。

「だから・・・きっと園香ちゃんが、一番大事なの、神藤少尉にとって。」

「しょ・・・い・・。」

 かすかなつぶやきとともに園香の瞳から涙がこぼれた。悲しいけど、心が、また戻ってきた。ようやく生まれた、立花園香の心。生まれて、すぐに壊れた、シャボン玉のような心。もう大丈夫。失わせない。もう一度、神藤少尉に会う時まで、壊れたままじゃいけない。

「園香ちゃんは、神藤少尉の宝物なの。だからいつまでもこのままじゃダメ。」

 園香は、大声で泣きだした。苦しくて、悲しくて、悔しくて・・・何よりも会いたくて。白鳥も園香を抱きしめて、一緒に泣いた。 

 園香は泣き疲れてようやく意識を失った。白鳥は、その涙を丁寧にふき取り、彼女を抱え、零式を降りた。そして、零式にむかって言った。頬の自分の涙をぬぐうのも忘れたままだ。

「安心して。このままじゃ終わらせないから。」


 白鳥は園香を医務室に運び、その足で敷島のところへ向かった。上官を説得するためである。敷島の開発部内の仕事部屋は、未整理書類など散在している。来るたびに、白鳥はもっと片付けなさい、私がやりましょうか、とつい言いたくなる。

「大尉、急がないと、獅子王計画は終わりますよ。恥を忍んですぐに提督に神藤少尉の件をお知らせしましょう。」

 実は開発部としては、彼を戦死として処理したいのだ。露見した場合、あまりにも問題が大きい。特機部隊としても不名誉この上ない。戦死、としておいて、後で消息がわかったら、知りませんでした、で押し通す。

「少尉くらいの人材は、他にもいるよ。園香くんがいれば、継続可能さ。」

「何を言ってるんですか。この数値を見てください。」

 白鳥は、洋一郎の出撃前と、出撃後の各数値の測定結果を見せた。予想通り、敷島は食いついた。

「霊性、霊力値、機関係数・・・この短時間でこの上昇!これは本当かい?」

「本当です。間違いありません。」

 実は、一部偽装している。しかしそう見ぬけるものではないし、敷島自身神藤少尉が零式で実験成功と聞いて以来その成長の可能性を探っていた。だからつい簡単に釣られた。ばれたら白鳥は重罪だが、その覚悟はできている。このままでは終わらせない。そう自分と零式に誓ったのだ。


 数分後、上坂の司令室に藤波と敷島がいた。報告を聞いて藤波は敷島に向かい

「あの神藤家の次期当主が捕虜?だからあんな欠陥兵器に乗せておきたくなかったんだ。」

 と怒り出した。

 しかしこれは論点がずれてしまった。

 敷島は凱号が兵器としていかに革新的かを語りだしたのである。

 その話が長々と続き、藤波が切れる直前、

「やめなさい!事態を何だと思ってるんだ!」

 と、上坂の怒号が飛んだ。

 その後、敷島が洗いざらい話し、ようやく全貌が知れた。

「特機軍および開発部の賞罰には異論があるが・・・」

 管轄が違うので直接手が出せない。相手は神威省直轄だ。

「少尉を救出する必要があるのは認める。」 

 自分の経歴にもかかわるとは言わないが。上坂が言うと、

「しかし、本隊の作戦は・・・。」

 と藤波が苦し気に問うた。異常気象の影響で、上陸部隊はまだ出動できない。

 ジュノー攻略作戦は、零式の活躍によって制空権奪取、対艦対空設備破壊など順調であった。しかし、鮫島隊の被害が大きく、また突如の記録的な大暴風の発生、一時的な電波障害など、謎のトラブルが続いている。

 暴風雨が止んだ直後、降伏を受諾するというジュノー市長の親書が航空機によって届けられたが、その後市長が急死した、と指定した回線に無線が入った。今はアラスカ州知事が直接ジュノーを統治し、抗戦の構えだという。

 しかし、事態は更に動いた。


 ジュノー市長と名乗る男が、直接海神に亡命を求めてきたのである。

 着艦した航空機から、6名のアメリゴ人が降りてきた。中には確かにジュノー市長と思われる人物がいた。彼は暗殺されそうになったので、信頼できる者たちを連れて、海神に逃亡してきた、ということであった。

 敵の工作という可能性もあり、慎重に事情を聴いていた。このうち2人が亡命の取り消し・・・というより勢いで市長についてきてしまったが、自分らは帰国したいと言い出した。

 最終的に、この二名をジュノーに返還する。かわりに皇島国将兵の捕虜がいれば返還させる、という交渉がまとまった。交渉中、本隊との停戦は認めた。

 作戦は、数日間の上陸不可能で待機となったが、その間に後続部隊が奇襲を受けた。突如出現した敵攻撃機からの急降下爆撃で多数の輸送船が撃沈された。戦隊司令部は捕虜交換が終わり次第、撤退。作戦失敗の判断を下した。

 なお、洋一郎が捕虜になった一件は、上坂により戦隊内上層部で厳重に秘された。

 

 洋一郎は捕虜になって三日目、海神に帰艦した。が、左足の壊死が始まっており、多量の出血や暴行による消耗が激しく、意識不明であった。敷島大尉らはその容態を見て著しく失望し、彼の任用を諦めた。洋一郎は艦内の医務室で隔離・治療されたが、その後は長距離連絡機に乗せられ、ハワイへ搬送された。


 洋一郎が生きている。帰ってくる。白鳥からそう聞いた時、園香は、また泣き出した。だが、以前のような、絶望的な涙ではなかった。ただ、会えない、ケガをしている、と聞いて、また暴れだした。園香は開発部の、しかも限られた一画しか歩くことは許されない機密だ。洋一郎のいる医務室には行けないのだ。

 暴れて、泣いて、白鳥に「生きていればいつか会えるから」と言われて泣きじゃくった。

 搬送の日、園香は洋一郎を乗せた連絡機を、艦内の窓から見送るしかなかった。


 神藤洋一郎は、公式には戦闘による負傷とされハワイで治療。特機の部隊内では、行動の軽率さを問う声もあったが、最終的には6月30日付で傷痍退役となり、本国へ送還された。

 零式に関わる機密保持を厳重に誓わされ、当分は監視がつくこととなった。


 上坂海軍中将は、ジュノー占領を失敗したが、後続部隊が撤退したことが主因という理由で批判を浴びることはなかった。逆に先任司令の立花中将に対して、特に大本営の参謀たちから、あれほど事前に戦力増強などを申し立てておいて上空監視などの必要を具申しなかった、という不思議な批判が集中した。

 立花は弁明を何一つしないまま、自ら海軍の軍服を脱いだ。


 凱号零式は、なぜかあの日から起動しない。

 園香は毎日のように零式に乗り込んで、何かを祈っている。

 白鳥は、いつも操縦席の外で、そんな彼女の祈りが何者かに届くことを祈っていた。


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