序章 皇紀2605年(西暦1945年) 9月9日
あらすじを見ると、ずいぶん暗い話に見えるのですが、ミリタリーの皮を借りたライトな話なので、お読みいただくと、そうでもないんじゃないかな、と思っています。執筆経験は本当に浅いので、いろいろご教授ください。
ただ、あの戦争に勝っちゃった後の話なので、社会情勢は当然平成の現在とは大きく異なる部分と、しかし似たような民族性の皇島国では、やはりよく似た部分があります。そういった部分はもっとうまく書きたいと思っています。そこをたくさん書き始めるとUSJとかのソーシャルサイエンスフィクションになっちゃいますね。今のところは押さえています。
加えて、あの戦争に勝つには相当無理な裏がないとムリですので、無理な裏をつくっています。ほとんど特撮っぽくなりそうな雰囲気です。 2019.3.2 作者
序章 皇紀2605年(西暦1945年) 9月9日
進藤直登中尉は、イー400から発艦し、機体を上昇させる。そして、一月の間世話になった艦を、その目に焼き付けた。全長122mの破格の潜水空母。しかし、見るのは最後だ。別れは済ませてある。ちなみに本人は先月誕生日を迎え27歳になったはずだ。誰も祝ってはくれないが。
計画では旗艦イー401から発艦する晴嵐3機が彼の援護につくはずだったが、先頭の機体が甲板に出ることができず、作戦開始には間に合わないと判断された。
晴嵐は潜水空母に搭載するために開発された組み立て式の航空機だが、その開発は難航し、本作戦の遅延の一因となった・・・。
「援護は無用ですよ。」
もともと、この神龍特別攻撃隊は、その名の通り特別攻撃を指示されていた。進藤中尉は操縦席に置いた、第六艦隊司令長官醍醐中将から贈られた短刀を見る。
「この作戦は、敵艦の撃沈ではないし、敵部隊の殲滅でもありません。それに、作戦そのものは本機だけでなし得ることです。ならば時間と、そしてそれ以上のものを失うべきではありません。」
そう彼は言い放った。
「同感です。別に護衛がいたから、有利になる訳でもありませんし。」
真上が同意したことで、作戦開始が決まった。
そして、彼らは発艦したのだ。
それ以上のもの。そう言われ有泉司令も折れた。そして、忌々しくもアメリゴ軍仕様に塗装された晴嵐を発艦させるために、恥を忍んで作業をしていた乗組員たちに告げた。
「艦長より達する。晴嵐の発艦は不要である。本作戦は、進藤中尉一機にて実行する。」
艦隊は、進藤機の発艦を見届けると、再び潜水を始める。この後は、特イ号雷作戦の成否を見届ける任務がある。
「また早くなったな。」
潜航に要する時間は1分といわれる艦だが、速やかに海中に没する様子はもっと早いように思う。
さすがに時計で測る余裕はなかったが、できるものなら艦長に賛辞を贈りたい。無線を封鎖しているにもかかわらず、進藤中尉は、ふと思い、微かに笑う。
「みんないい人ばかりだったなあ。」
まだ慣れない機体のはずだが、彼の機嫌そのまま、上昇を続ける。本来、イー400型潜水艦に搭載されるはずだった晴嵐ではない、異形の機体。それが、進藤中尉の乗機である。現在皇島国で唯一の戦神機「健御雷」。
わずか一月半ほど前に完成した機体は、人の姿を模している。
「いや人ではない。神だ。戦神機とは神の姿を模し、その力を宿した神器なのだよ。」
開発者の竹内技術大佐に言われた時のおぞましさを、彼は忘れられない。また、その時は、この異形の機体をどう扱えばいいのか、なぜ自分が選ばれたのか、困惑を隠せなかった。
「ふん。君もそんな顔をするか。ま、乗ってみたまえ。答えはそれだけだ。」
そう言い捨てて開発者は操縦方法すら教えずに去った。残された整備士も、乗ればわかるの一点張りで、しかし不審に満ちて乗り込んだ頭部の操縦席は、確かに慣れ始めた航空機のそれによく似ていた。しかし、これではあの手足はどう使うんだ、ただのはったりか?
あの時は、しかたないよな。何も知らなかったのだから。手足は、自分のだと思ってください、か。
上昇を終えた機体の左肩を回す。彼のイメージ通りに左肩が動く。
「いい機体です。もっと乗っていたかったです。」
海軍機の暗緑色ではない、濃紺色の機体色。背中から広がる翼に日の丸。まるで人の頭部のような電探・観測器。角のようなアンテナ。皇島国で唯一の戦神機か。普段は砕け気味だが妙なところに律儀でもある進藤には、神である健御雷の名は恐れ多くて口に出せるものではない。しかも愛機に敬語で語っている有様である。が、乗ってしまえばこれほど素晴らしい機体はない。潜航続きでまともに訓練もしていないことを忘れさせる操作性、追従性。今日が最後なのが、惜しまれる。
そう、これが最後の任務だ。
最初の任務は、広志摩上空に飛来したB29を拿捕したこと。二度目はサイパンとテニアンの敵基地を攻略したこと。三度目は、拿捕したB29がシベリアに特別爆弾を投下する任務の護衛をしたこと・・・。あの爆発は、いまだに恐ろしい。おばあちゃんから聞いていた話は本当だった。それに自分が参加することになろうとは。無人の荒野にしてよかった。それでも、未だ、悪夢に襲われている。
そして、今、背中に取り付けられた特別爆弾。占領した敵基地から奪ったものだ。これをもって敵本土に侵入し、そして・・・。
残してきた、あの人にはもうきっと会えない。生まれてくるであろう、子どもにも。
「調子はどうかね、進藤中尉?」
伝声管から声がする。今回の任務のため、背部に取り付けられた居住槽にいる真上だ。彼は特別な任務を持った外交官で、最終的には彼を送り届け、無事帰国させるのが進藤の任務である。
「絶好調です!真上さん。」
心中の屈託をまるで感じさせない進藤の声に、真上は呆れた。
「それはうらやましい。私は不安と緊張で、大和男児にあるまじく震えっぱなしだ。」
この時代の人には珍しく、無用な強がりをしない真上は、進藤にとって話しやすい相手だった。年も近い。
「私も心臓がバクバクですよ。おんなじです。」
「ばくばく?君の言葉は時々わからない。」
「すみません。私も心臓が苦しいほど緊張していますよ。」
進藤と真上は、伝声管を通した会話で互いの気負いを和らげていく。
「・・・複座って良いですね。真上さん。私は航空機訓練をかなり省略したおかげで練習機とかに教官と乗って怒鳴られたりする経験があんまりなくて、ラッキーだって思ってたんですけど。」
「コホン。」
進藤も真上もアメリゴ語は達者である。が、つい習慣で敵性語の使用はためらられる・・・いやな風潮だ。軍の用語も一部制限があるほどだ。一般社会では目も当てられない。
「あ~運がいいと思ってたんですが、でもこうやっておしゃべりしていれば、楽しいですね。」
「複座にそういう効用があるのかね・・・ん、確かに私も気が楽になったよ。」
「・・・空を飛ぶって、すごく楽しいけど、時々誰かと話したいって思ってました。」
「それでは無事に生還したら竹内中将に具申したまえ。ただし、その時はちゃんとした複座式にするべきだね。こんなとってつけたヤツじゃなくて。」
「・・・結構乗り心地悪いんですか、それ?」
「覚悟はしてたがね。予想以上さ。」
「それはご愁傷様・・・電探に反応あり。敵機かな。真上さん!」
「任せた。私はしばらく亀になるよ。」
西暦1942年。皇島軍の航空機や潜水艦による、アメリゴ西海岸への攻撃は大いにアメリゴ国民を不安にさせた。2月にイー17潜水艦がカリフォルニア州のエルウッド石油製油所への砲撃した。その直後に、皇島国の攻撃に怯えたロサンゼルスで大騒動が起きたことは有名である。また4月、イー25潜水艦が、零式小型水上戦闘機によるオレゴン州爆撃、6月のオレゴン州陸軍基地への砲撃を成功させ、直接的な戦果は少ないものの、世論に大きな影響を与え、政府・国民を動揺させた。
この年、改丸五計画によりイー400型潜水艦が、アメリゴ東海岸への直接攻撃という目的で建造が始まったが、時すでに遅かった。ミッドウェーでの敗戦で制海権を失った皇島軍は、その機を失ったのだ。パナマ空襲、ウルシー環礁特攻と次第に作戦規模を縮小していく計画は、しかし、戦神機の開発によって、起死回生の特イ号雷作戦として再生したのだ。
進藤機は、予定時間通りに作戦の目的地上空に達した。
「真上さん・・・やはり・・・交渉の内容、変える訳には・・・。」
「いかないよ。そもそも外交交渉そのものに反対する馬鹿が多すぎた。命令に従うだけだ。」
「大統領!敵機がロサンゼルス上空に侵入。先月鹵獲した特別爆弾を以て、攻撃すると通達してきました!」
ホワイトハウスの広い執務室に、アイゼルはいた。補佐官の連絡を受けてたが、最初は何の冗談だ、というのが本音だった。
前任者の急病によってアメリゴの大統領となって以来、アイゼルにとって、これほどの凶報はなかった。戦況は一方的有利であり、課題はいかに戦勝の利益を独占するかであったはずだ。
しかし、先月決行した、原子爆弾による敵本土攻撃は失敗した。奪われた原子爆弾がシベリアに投下されたのは悪くなかったが。あれで社会主義者どもは極東から手を引いた。もっとも拿捕された機体をそのまま使われたせいで、ソ連との関係はかなり悪化したが・・・。
「通達だな。まだ投下していないのだな、コネリー。」
「はい。大統領。」
コネリー補佐官は有能な男で、要領よくアイゼルの意図にそって答える。
「敵機は、我が国の降伏を条件に投下を停止すると言っております。降伏の条件は経度180以西より撤兵し、同地の施設・財産・一切の権利を放棄すること、10年間の同地への侵入を禁止すること。受諾すると返答した場合、当該機に同乗する外交官が外交文書を持参、我が国の承認を得た上で全権大使としてホワイトハウスに出向き、調印を行う。以上です。」
「ずいぶんと大雑把な条件で性急な交渉だが、賠償金その他の要求はなしか。」
政治的な利害を考える。クッションのよくきいた椅子に一度背をもたれさせる。がすぐに先に確認することがあることに気づき、体を起こした。
「ロサンゼルス上空及び周辺の敵の戦力は?奴ら、どこから来た?」
右手を葉巻に伸ばしながら聞く。
「確認しうるのは、一機のみ、とのことですが・・・。」
珍しく言いよどむ、信頼する補佐官の様子を見ながら、葉巻に火をつける。
「敵機は、人の形をしている、と報告されてぃます。」
「人型?」
思わず顔をしかめ、煙を吐き出す。ひどい冒涜だ。人の形とは、神が己の姿をかたどってアダムをつくって以来、欧米人にはある種の禁忌が残っている。しかもどこからか空を飛んできたという。ありえない話だ。
まさか天使とでもいうのか?もちろんそのはずはない。相手は異教で異民族だ。
「デモン、とでもいうのか。一機だと?」
「一機です。」
たった一機?
「撃墜は可能か?」
そのまま大都市に落下されたら大被害だが、何とかならないものか?軍のぼんくらも少しは頭を使えばいい。軍帽の置き場所以外にも使い道があるんだから。
「失敗しました。」
淡々と答えているようで、コネリーも冷静ではないのだろう。声に動揺が隠せない。
「敵機がロサンゼルス上空に達した直後、周辺の味方機が迎撃に向かい、全て撃墜されました。その後、敵機より無線による通達があった、とのことです。ちなみに敵機は最初から単機であった、と。」
「コネリー、要するに敵は最初から一機で、我が国の防空網に潜入し、迎撃機を退け、なおロサンゼルス上空に健在である。そして、わたしからの返答を待っている。そういうことだな。」
「その通りです。大統領。」
祈るように自分の答えを待っているコネリー補佐官に対し、祈りたいのは自分の方だ、と心中で毒づく。ただし、祈る対象は意外に身近にいるが。
「返答時間は三時間。残り2時間45分です。なお、協議に必要なメンバーには声を掛けましたが、集合可能な主な者が集まるのは1時間後です。」
1時間はここで、あと1時間半は会議室で、しかし、最後は・・・・あの方々の判断を仰ぐ事案だろう。敵のパイロットは無論、現地とも直接やり取りは出来ないはずだ。できるだけタイムロスは避けなければ。
三時間経った。さすがに長い三時間だった。
真上との会話もさすがに途切れ気味だった。
喉が渇く。ゴクリ。返答が来た。
頼む。受け入れてくれよ。そう祈った進藤の期待は裏切られた。
「降伏の受諾はできない。」
無線は冷たく告げる。何かが崩れる。そんな感触が彼の心中に伝わった。
「繰り返す。降伏の受諾はできない。」
「いいのか。本機には貴国が開発した特別爆弾が搭載されている。これを投下すればどれだけの被害が出るか、貴官たちの方がわかっているだろう?」
現地の通信士に言っても虚しいだけだ。わかっているのだが言わずにいわれなかった。この作戦に故国の命運がかかっているのだから。操縦棹を握る手に力がこもる。多くの同胞の命がかかっている。戦友たちの期待も。その重さに耐えて一人でここまで来たのだ。その彼に、無線がさらに言葉を続ける。
「私は、政府の決定を貴官に伝えるだけだ。・・・だが、おい、夷島人。頼む。ロスには、俺の家が・・・子どもが生まれたんだ。頼む。爆弾を落とすのはやめてくれ!」
進藤は取り乱した悲鳴を伝える無線を切った。やりきれなかった。敵とはいえ、相手も人間で、家族がいる。
目をつぶり、半ばあきらめる。これで作戦は終わりだ。背中の爆弾を投下して、こんなものをつくり、人や街を焼こうとした愚かさの報いを受けさせればいい。あわよくば、これでアメリゴ国民の中央政府への支持が急落して、戦争中止への動きがはじまるかもしれない・・・。もちろん進藤にはわかってぃる。そんなに都合よくいくはずがない。それなのに、ここで暮らす人々を、何十万という人を殺すのか。よりによって、自分が!
テニアンで、戦闘機を墜とした。戦車を壊した。あれでも何人も死なせてしまったのに。
せめて講和の条件なら、まだもっと可能性があった・・・。しかし受けた命令は降伏勧告。
どうにもならなかった・・・本当に?もう、本当にどうにもならないのか?・・・いや!
進藤は目を開き、覚悟をもって彼の機体を東に向けた。目標は遠い。そこは本来の作戦地ではない。しかし。
「失礼ながら相棒殿。あなたには、神の力があるのでしょう。では、やれますよね。」
進藤は、乾いた声で、しかし決然と機体に語り掛けた。戦神機は、進藤の想いに応えるかのように、青く輝く。そしてその秘められた力を発現し始めた。
「すみません。真上さん。巻き込みます!」
「え、なんだって?」
「作戦を変更します。了承してもらいますよ!」
進藤の叫びとともに、建御雷は、限りなく白い青の輝きに包まれ、姿を消した。