桜とカメラとUFO〆
ほうっ、とため息をついた。
どんどんと日が暮れていく中、あたしは夢中でシャッターを切った気がする。
すっかりレンズ付きフィルムの扱い方にも慣れた頃、フィルムは切れてしまった。
ぐりぐりっと巻き上げても、もう撮れない。
「もう……?」
「そ。24枚。デジカメと比べたらあっという間でしょ。この中に、カメラマンは色々なものを込めるの」
蘭子さんも、カメラからフィルムを取り出すところだった。
新しいフィルムは持って来ているみたいだけど、もう使うつもりは無いって。
辺りはすっかり薄暗くなって、学校もそろそろ一斉退校の時間。
「じゃ、戻ろっか」
「はい。えっと、写真はどうやってみるんですか?」
あたしはレンズ付きフィルムをかざしたり、裏面をのぞいたり。
そうしたら蘭子さん、事も無げに言うのだ。
「それはまた後日ね。さっき見た暗室で現像しないと、どんな写真が撮れたかも分からないの」
「ええーっ!」
なんだそれは。
フィルムを使ったカメラって、まるでギャンブルじゃないか。
それは……。
そりゃあ、どこでどうシャッターを切るか、慎重になるよ。
限られたフィルムの枚数に、仕上がりは現像してみるまで分からない。
「それじゃあ、現像は明日とか?」
「カラーフィルムはまた難しいんだよね。顧問の先生が週末には手が空くから、その時かなあ」
「ええ……。今日、火曜日……」
あたしはがっくり来た。
週末って言うのが金曜日だとして、あと三日も写真の仕上がりが分からないまま過ごすなんて。
生殺しだあ。
あたしと蘭子さんは、またバス停に戻ることにした。
スーパーの前で待っていると、ガラガラのバスが到着。
「全然乗ってないですねえ」
「この時間、駅から帰って来る人がメインだもの。学校からだと、バスに乗らなくても歩くのと変わらないし」
運転士さん以外、二人きりの車内。
今度はクマのキャラクター座席じゃなくて、普通の座席だ。
なんとなく、二人で最後列に乗った。
街灯に照らされる桜が、横を流れていく。
団地の窓はぽつぽつと明かりが点り、あのたくさんある窓の全部に人が住んでるんだなあ、って思った。
「……あれ?」
一瞬、ベランダからこっちを見てる人と目が合う。
いや、そんなはずは無いんだけど、あたしは目が合った気がした。
髪が短い女の子で、確かあたしのクラスにいたような……。
「どしたの?」
「あ、いえ、多分気のせいだと思います」
あたしはそういうことにして、この事は思考の外に置いた。
何度か角を曲がったバスは、やがて立川駅へ向かう立川通りへ入る。
ぐーっと大きくカーブするこの道は、やや右手の方に駅上空に浮かぶUFOが見える。
おー。
夜に見るUFOは、きらきらしてて綺麗だなあ。
空に大きなイルミネーションが浮かんでるみたい。
「はい、到着!」
高校最寄のバス停についた。
そこでは、見覚えのある二人が、あたしたちのカバンを持って待っている。
「おかえり~」
「遅かったです。つばさちゃんお帰りなさい!」
アリちゃん先輩と、フィルマ先輩。
蘭子さんの荷物はやたら多くて、アリちゃん先輩はそれをドサドサっと手渡してきた。
小柄な体に見合わず、蘭子さんはこれをラクラク受け止める。
あたしのカバンは、フィルマ先輩。
明らかに日本人じゃない彼女は、薄く青い瞳でじいっとあたしを見た。
「楽しかったですか、つばさちゃん?」
「あ、はい! とっても!」
ちょっと気圧されたけど、あたしが口にした言葉は嘘偽りのない本心だった。
そうしたら、フィルマ先輩はにっこり笑った。
「写真、とっても良いです。蘭ちゃんもアリちゃんも一緒にいて楽しいですけど、仲間がまた増えてさらにさらに楽しいです」
「おっ、銀城さん、もうフィルマに気に入られちゃった? これは才能あるなあ。さすが、蘭子が連れてきた子だわね」
「アリー! それってどういう意味?」
「類は友を呼ぶ」
「こらあー!」
アリちゃん先輩と蘭子さん、追いかけっこしながら駅まで走り出してしまった。
「あっ」
目を丸くするあたしの手を、フィルマ先輩が引っ張った。
「追いましょう、つばさちゃん! こういう時、地球では追いかけるものだって学びました!」
「そうですね!」
あたしもなんだか楽しくなって来ちゃって、フィルマ先輩と一緒に走り出した。
先輩は、なんかちょっとおかしな事を言ってた気がしたけど……きっと聞き間違いだよね。
「でも、蘭子さんあんなに荷物持って、はやい!」
「蘭ちゃんはいつも三脚持ってるですから! 重い撮影器具を運ぶのには慣れてるですね!」
なるほどー。
写真部なのに、重いものを持って移動することが多いから、鍛えられてるんだ、きっと。
立川駅前までやってくると、会社帰りの人も増えてきて、簡単には進めなくなる。
ここで蘭子さんはアリちゃん先輩に追いついたみたい。
二人でわあわあ言ってる。
「二人とも、追いついたですー!」
フィルマ先輩が手を振ると、周囲の注目が集まった。
銀色の髪の外国人の女の子が、流暢な日本語で叫んでるわけだから、そりゃあもう目立つ。
だけど、その注目はすぐに逸らされた。
フィルマ先輩が、腕時計をぐりぐりっといじった直後のことだ。
不自然なくらい、周りの人たちがフィルマ先輩とあたしを見なくなる。
「フィルマ帰るの?」
「またね」
そんな光景も当たり前みたいにして、蘭子さんとアリちゃん先輩が手を振った。
フィルマ先輩も、満面の笑顔で手を振り返す。
そして、あたしに振り向き、
「また明日です、つばさちゃん!」
そう言うと、彼女の体がふわっと浮き上がった。
……えっ!?
見上げれば、空を覆うUFO。
その一部から光の帯が伸びてきて、フィルマ先輩を包み込んでいる。
彼女はまるでエレベーターに乗ってるみたいに、UFOへと戻っていってしまったのだ。
「え……え……? え、ええええ──!?」
「これはフィルマも、つばさちゃんを仲間だと認めたね」
「つばさちゃん、晴れて我が写真部の仲間だね!」
アリちゃん先輩と蘭子さんに、肩を叩かれたり腕を組まれたり。
だけどあたしの頭は大混乱だった。
だって、だって。
この写真部って、宇宙人がいるの!?
「なななな……なんだこれ────!」
あたしの叫びが、立川の夕べに響き渡るのだった。