桜とカメラとUFO4
若葉町団地を過ぎて、少し行くと閑静な住宅街。
やっぱり、凄く緑が多いなあ。
ここで立川市が終わって、小平市に入る。
だけど、この家並みはすぐに途切れて……目的地がやって来た。
「玉川上水! 太宰治が入水自殺したことで有名だよねー」
「や、それって知ってますけど、あんまり綺麗な話じゃないじゃないですか」
「ちょっとしたエピソードを知ってると、これから行く所も特別に見えてくるでしょ? 『ここが太宰の入水自殺したところ……すっごく綺麗……』みたいな」
「ならないよ!?」
蘭子さんとヘンテコな会話をしながら、私たちはそこに到着した。
コンクリートで囲まれた川がサラサラと流れていて、その両岸には、水面に枝を伸ばすように桜が生い茂る。
右も左も、見渡す限りの桜。
「すっ」
あたしは一瞬、言葉を失った。
「すっご──いっ……!!」
「絵になるっしょ」
ここに来て初めて、カメラを手にする蘭子さん。
「今年はね、学校が始まる前から何回かここに来てるの。満開はもう過ぎちゃったけど、少しずつ散っていく桜っていうのも、乙なもんでしょ?」
「ですねー」
あたしは頷きながら、スマホを取り出した。
この光景を、パシャッと。
「そこよつばさちゃん」
「あひゃっ」
いきなり、蘭子さんが脇腹を突いてきた。
ぴょんっと飛び跳ねるあたし。
「そのポッケに収まったものは何かな?」
「何って……えっと、レンズ付き……」
「レンズ付きフィルム! それで撮っちゃおうよ」
あたしは、ここに来る前に蘭子さんから手渡された緑色の箱を取り出す。
手の平に収まってしまうような可愛いそれは、細長い箱の真ん中にレンズがついていて、上にはのぞき穴。ボタンにフラッシュがあって、裏側にはギザギザがついた箇所がある。
「なんだか、おもちゃみたいですよね」
「つばさちゃん、レンズ付きフィルム使ったことない人?」
「はい。普通のカメラくらいなら見たことあるんですけど、うちの両親はずーっとデジカメだったんで……」
どう使うのか分からなくて、手の平の上でいじりまわす。
「基本的には銀塩カメラといっしょ。カメラに入るフィルムがあるでしょ。そのフィルムにカメラの機能を持たせたみたいなものなの。まずは、何も考えずに被写体を決めてファインダーをのぞく。それからボタンを押してみて」
「ボタンを……。はい」
あたしは言われるまま、桜並木に緑の箱を向ける。
そして、のぞき窓を通して被写体を決めて。
ぱしゃり。
「あっ」
ボタンを押したら、撮影の音がした。
これ、スマホで写真を撮ったり、スクリーンショットする時と同じ音?
ううん、なんか違う。
機械が動いた結果、そういう音が出た、みたいな。
「スマホやデジカメは、電子的にそういう音を作ってるの。本当は無音で撮れるけどね。盗撮とかを回避する意味で音をつけてるんだって。だけど、そういう作られた音と自然に鳴っちゃう音は違うでしょ」
「うん……。なんか、音がしたら手に伝わってきた気がする」
「そそ。こういうアナログなのもいいものよ」
蘭子さんは、あたしに向けてにんまり笑うと、自分でもファインダーを覗き始めた。
「シャッター音はね、決断をした音なの」
「決断?」
「そ。デジカメと違って、フィルムカメラはフィルムで決められた枚数しか撮れない。交換すればまた撮れるけど、フィルム代だってバカにならないでしょ。だから、一枚一枚が真剣勝負」
蘭子さん、じーっとファインダーを覗いたまま、カメラのボタンを押す気配がない。
「シャッターを切る時を待つの。なんていうのかな。銀塩カメラって、ボタンを押すって言うことの重みがあるんだよね」
そんな事を言う彼女の横顔は、とっても真剣だった。
ちょっとかっこいい。
あたしがぽーっとなって蘭子さんを見つめていると、突然びゅうっと一陣の風が吹き抜けた。
桜の枝が揺れ、桃色の花がさらさらと音をたてる。
ぱしゃり。
蘭子さんがシャッターを切った。
そのまま、立て続けに三回。
「あ……花びらが舞って……」
風が花を散らしたんだろう。
玉川上水の水面に向かって降り注ぐ花びら。
風に舞うその姿は、まるで桃色の吹雪。
「わっ……!」
あたしは無意識の内に、レンズ付きフィルムを持ち上げていた。
ファインダー越しに、渦巻くピンクの花弁を捉える。
夢中になって、ボタンを押した。
だけど、反応しない。
「あ、あれっ!? なんで!?」
「つばさちゃん、後ろ後ろ! 巻き上げて!」
「巻き上げ!?」
「そこのギザギザ! 親指で回すの!」
蘭子さんに言われて、あたしはレンズ付きフィルムのギザギザに指を当てた。
左右に力を掛けてみて、動く方向へと回してみる。
ぎっ、ぎっ、と小気味いい感触が伝わってくる。
やがて、これ以上は回らない、と言う風にギザギザが止まった。
改めて、ファインダーを覗くと……。
「あー」
あたしはちょっとお間抜けな声を出した。
風は止んでしまっていたのだ。
桜吹雪はおしまい。
はらはらと散る花びらが、上水の水面に降り積もる。
「あら、水の上を漂う花びらだって、素敵だと思うな」
むふふ、と蘭子さんが笑った。
そう言われると、そうかもしれないなあ。