桜とカメラとUFO3
学校から出て、少し歩くとバス停。
この辺りは、駅から真っ直ぐに続く道がちょっと細くなるあたり。
かわいい商店街になっている。
「ここねえ、季節によってイベントがあったりして楽しいんだよー。それにね、帰りにもう一度、シャッターが閉まった商店街を見てみて。びっくりするから」
「へえ……」
楽しそうに語る蘭子さんに、ちょっとあたしも興味津々。
「あとで解説したげる。ほーら、バス来るよー」
蘭子さんの言葉通り、駅の方から赤いバスがやって来た。
立川バスだ。
「若葉町団地行……。え? なんか可愛いのがくっついてる……」
バスの頭に、電光掲示板みたいに行き先が表示されているんだけど、端っこに可愛いクマの顔が浮かんでいる。
「これねえ、立川バスがスポンサー? やってるんだとか?」
「クマの!?」
びっくりするあたしをよそに、蘭子さんがバスに乗り込んでいく。
あれ、整理券取らない?
「定期券にチャージすれば、バスで払えるから大丈夫だよ。バスの中でも、千円ならチャージできるから」
「へえー……って、うわーっ!! クマのバスだあ!!」
あたしはバスに乗り込んでびっくり。
可愛いクマのキャラクターがあちこちに描かれた、ファンシーなバスの中。
座席はみんなピンク色のカバーが掛けられていて、席の背にはクマやこぐま、ひよこと言ったキャラクターのコミカルなイラスト。
これは可愛い……!
「ねー。可愛いでしょー」
「可愛いぃ……」
二人並んで、後ろの方に腰掛ける。
前の座席は、横並びの優先席か、車椅子をつなげる折りたたみ椅子だったり。
あたしは、前の席の背もたれに描かれたキャラを、さわさわ撫でていた。
サテン地だから、手のひらがとっても心地良い。
そうしたらいきなり、むぎゅっと蘭子さんが詰めてきた。
おお、密着してる……。
「なんでそんなにくっつくんですか!?」
「私ね、窓から外の景色を見るのが大好きなの!」
「だったら窓際に座ればどうですか? あたし、譲りますよ」
「いやいや、先輩は後輩ちゃんに窓際を譲るものでしょー。そこは大事なところだから」
つまり、窓際大好きな蘭子さんは、窓に近づいて外を見ないといけないけど、先輩である以上窓際はあたしに譲らないといけないと……!!
なんという……。
「おやおや、つばさちゃん、体が大きいから寄りかかっても安定感バッチリだねえ。アリちゃんだと私にくっつかれると、むぎゅうって言うんだよ」
「そ、そうですか……! 一応、中学だとバスケやってたんで……」
「そうなんだ! 辞めちゃったの?」
「あたし、背丈あるって言っても中途半端ですし。あと、あんまり運動神経よくないんですよー」
「そっかー」
「ずーっと補欠でしたからねえ。ま、エンジョイ勢なのでそれで良かったんですけど!」
本来なら、北崎女子に一緒に入学するはずだった、よっちゃんこと音無佳子と、ぺんちゃんこと辺見花純は、学力上の理由により、あたしとは生き別れになってしまったのだ……。
彼女たちは、昔の同じ部の仲間。
一緒に高校生活をエンジョイしようねって誓い合ったんだけど、あたしはぼっちライフをエンジョイする羽目になりかけてしまったのだ。
「あ、ほらつばさちゃん、あれあれ。お蕎麦屋さんなんだけど、有名なボーカロイドと同じ名前なの」
「みく?」
「名字の方。あー、流れて行っちゃった」
そんな他愛もない話をしながら、バスはどんどん進んでく。
砂川九番というところで大きく右折すると、またまたまっすぐ。
そして今度は左折。
いきなり家が少なくなった。
ここ、東京だよね……!?
緑がやたらと多い。
公園地帯って言うわけでもないと思うんだけど。
寂しい所を抜けたら、パッと視界がひらけた。
そこは大きな団地がいっぱい。
そして、道沿いに並ぶ桜。
「わっ」
あたしは目を見開いた。
思わず、スマホを取り出してカメラを起動……。
「そだねえ。スマホのいいところは、そうしてすぐに撮りたいものをパシャッとやれちゃうところだよね」
蘭子さんはニコニコ。
首から下げた大きなカメラを、手に取るでもない。
「カメラはね、ちょっと違うの。まあまあ。今はつばさちゃんがやりたいようにやんなさい」
「あの、写真部見学なのにスマホカメラ使っていいの?」
あたしは恐る恐る聞いてみた。
なんか、みんなフィルムカメラを使ってたみたいだし、デジカメみたいなのは邪道だーって言われるかと思ったのだ。
だけど、蘭子さんはニコニコしたまま。
「カメラはカメラでしょ。私らだってデジカメ使うもの。さっと撮りたい時は、デジタル。何事もTPOだよ」
「そんなもんですか」
「ほらほら、つばさちゃん! 桜並木が途切れちゃう!」
「あっあっ!」
あたしは慌てて、スマホを窓に向けた。
ところが、その頃には桜はもうおしまい。
後ろの方に遠ざかっていくところだった。
そんなわけで……あたしたちは、若葉町団地のバス停に到着。
あたしは初めての土地に降り立った。
「ようこそ、立川市の端っこへ! 一歩外に出ると、あっちは小平市。さあ、目的地はあと一歩だよ。行こう行こう!」
「へえ……ここが……!」
ここで立川市が区切られて、次の市になる場所。
そういうところって、今まで意識したことなかったな。
くるりと辺りを見回してみた。
若葉町団地の中に、大きな道が通っている所だ。
可愛いスーパーがある。
そして振り返ると……。
そう遠くない南の空に、UFOの端っこが見えたのだった。