うちと友達とUFO
目覚ましが鳴る前に起きるのが、あたしの特技だったりする。
割と早寝早起きで、部活時代の鍛錬が生きてるのか、早起きは得意。
今日も今日とて、あたしはパッと目を醒ました。
時計を見ると、時間は朝六時半。
いつもどおり。
パジャマのまま扉を出て、まずはトイレ……。
廊下に美味しそうな香りが漂ってくる。
いつもどおり、お父さんが朝食を作ってるんだろう。
うちは、父が朝が強く、母は夜型。
ということで、朝食担当と夕食担当と言う風に、分担が分かれている。
もちろん共稼ぎなのだけど、お母さんはだいたい、お化粧がギリギリ間に合う時間まで寝ている。
今日もそれは例外ではないみたいで、両親の寝室からは、母の寝言がむにゃむにゃ聞こえていた。
トイレのあと、そろーっと廊下を歩く。
兄の部屋の前を通りかかったら、扉の隙間から灯りが漏れていた。
また深夜までゲームしてて、寝落ちしたなあ。
「おはよー」
リビングの扉を開けたら、いっぱいに広がるバターの香り。
なんだなんだ。
お父さん、また凄く凝ったものを作ってるじゃないか。
「やあ、おはようつばさ。土曜日なのに早いねえ」
「いやー、いつもの習慣で……土曜日?」
「そう、土曜日」
お父さんはちょっと振り返って笑った。
お父さんは、真面目そうな見た目で、銀縁のメガネを掛けてる。
背がすらっと高いのは、あたしに遺伝したみたい。
「僕はスポーツがてんでダメだから、運動神経は春子さん似だねえ」
とはお父さんの弁。
うちの母は豆タンクみたいな人で、ちっちゃいのにバイタリティに溢れていて、運動神経抜群。
彼女の背丈は兄に受け継がれ、父の運動神経も兄に受け継がれた。
父の背丈と頭脳、母の運動神経を受け継いだのがあたし。
うーむ。
世の無常を考えていたら、お父さんが手にしたフライパンから放たれる香りが、たまらないくらい芳しく漂ってくる。
「まさか、まさかお父さん、作ってるの……フレンチトースト……!」
「正解!」
あたしは堪らず、コンロまで駆け寄ってお父さんの肩越しに覗き込んだ。
もちろん、背伸びをしている。
この人、身長が180センチを超えてるから、そうしないと肩からだって覗けない。
それで、フライパンの上でじゅうじゅうと音を立てているのは、黄色ときつね色の、見事なフレンチトースト。
そう言えば、この人、昨夜から何か仕込んでいたような……。
マメな人だ。
「つばさも早く着替えて来て。出来たてを食べたいだろう? それで、昨夜聞きそびれたあの写真の話をしてくれないかな?」
「おっけー!」
あたしは大いなるモチベーションを得て、自室へと戻る。
兄の部屋の前を通ったら、寝ぼけた声で「うるへー」とか聞こえたので、あたしの足音で起きちゃったみたい。
ちょろっと部屋を覗いてみたら、小柄な影がデスクから、ごそごそとベッドに潜り込むところだった。
お兄ちゃん、寝落ちするまでよくぞゲームに熱中できるなあ。
ある意味すごいよ。
あたしはさっさと、アッシュブロンドのパーカーとピンクのショートパンツに着替えると、ざざっと顔を洗い、髪の毛を結んでリビングへ。
「いただきます!!」
お父さんが用意してくれたミルクと一緒に、フレンチトーストを食べるのだ。
きつね色の焼き目がついた分厚いパンは、中身まで卵が染み込んでて、ふんわりとろとろ、ほっぺたが落ちそうな甘さだ。
これをミルクでぐっと流し込む。
ふわ~、た、たまらーん。
「朝からつばさの食べっぷりは気持ちいくらいだねえ」
お父さんは半分にしたフレンチトーストを、ブラックのコーヒーでいただいている。
コーヒーはインスタントね。
父は私が食べる様を、嬉しそうに見ていた。
そして食事が終わった頃合いだ。
「それで、写真の話を聞きたいな」
「うん!」
あたしは食器を流しに運んだ後、昨日持ち帰ってきたミニアルバムを取り出した。
そこには、あたしが火曜日に撮影した夜桜が写っている。
「これ、つばさが撮ったんだろう? いやあ……大したもんだなあ。天才かもしれない」
「うや!? や、やめてよお父さん!」
親ばか過ぎる!
あたしは恥ずかしくて、テーブルに伏せてじたばたした。
「いやでもね、フィルムカメラだろう、これ。なんかねえ、僕はフィルムカメラってのはなんとも難しいものだって思っててさ。まさかそれを、つばさが撮るなんてね。つばさはてっきり、スポーツをやるとばかり思ってたんだけど」
「やだなあ。バスケは遊びだよ。友達の付き合い!」
「レギュラー行けたんだろ? もったいない」
「もったいなくないよ。あたしより頑張ってた人いっぱいいたもん。頑張った人がレギュラーになるべき」
「そんなもんかねえ。いや、しかし実に美しいな、つばさが撮った桜! 夜桜は風情があるなあ。ここ、どこなんだい?」
「玉川上水! すごかったよー。蘭子さんに連れてってもらって。『シャッターの音は、決断する音なの』って。かっこよかったの! すっごく! あー、蘭子さんとまた写真撮りに行きたいなー」
お父さんが、ふむ、とメガネを直した。
「蘭子さんって? 父さんに詳しく教えてくれないかな?」
「ええ、なんでお父さんが蘭子さんに興味持ってるのー」
「そりゃあ持つさ。だってつばさが、こんな楽しそうにしてた一週間は、その蘭子さんに導かれたものなんだろう? 君のそんな顔は、僕は久しぶりに見たからさ」
「そ……そんな顔、してた?」
あたしは思わず、自分のほっぺたを押さえてぐにぐにした。
それを見て、お父さんは笑うのだった。