顧問と秘密とUFO〆
翌日は、おなじみのプリント作業。
現像よりはよっぽど楽だし、写真が目に見える形で出来上がるから、あたしはこっちの方が好きだ。
てらてらと光る印画紙に、フィルムに映る光景が拡大され、焼き付けられていく。
それは、圧倒的な二色の共演。
背景の黒。夜の黒。
舞うのは桜。桜色の吹雪。
あたしがあの日、玉川上水で撮影した一枚が、形になっていく。
「うわあ……綺麗……」
隣で、相生さんが呟いた。
よくよく見ると、ピントはボケてるし、どこを中心に撮ろうとしたのかもさっぱり分からない。
あの時、あたしはただただ必死にシャッターを切ったのだ。
蘭子さんは、「シャッター音はね、決断をした音なの」って言っていたけれど、あたしにとって、決断なんてしている暇もなかった。
風が吹いて、舞い散る桜。
桜吹雪は、あたしに何の準備をする暇も与えてくれなかったのだから。
ただただ、ギザギザを巻き上げて、あたしはシャッターを切った。
それがこの一枚。
「ふうん、いいじゃんいいじゃん。なんか、つばさちゃんの一生懸命が伝わってくる気がする」
「ワタシもこの一枚は好きデス!」
アリちゃん先輩と、フィルマ先輩は優しい。
蘭子さんは無言で、焼付作業を続けている。
あたしが週の頭に撮った写真は、この日、全部が印画紙にプリントされた。
むふふ。
お父さんとお母さんに見せてやろう。
「いいなあ。わたし、立川駅の周りを撮っただけだから、季節感とかなにもないよ」
ちょっと羨ましそうな相生さん。
「そんなことないでしょー。ほら、次は相生さんのをプリントするって。……あれ? 印画紙って高くなかったです?」
あたしはちょっと心配になった。
確か、百枚で福沢諭吉さんが飛んでいくようなお値段だった気が……。
「むっふっふっふ」
「あっ、ニコちゃんが悪い笑い方してる」
「お金なら心配しなくていいわよ。フィルマが入る限り、印画紙は使い放題……!」
「なるほど……!!」
あたしは納得してしまった。
深く詮索したらいけないところから、お金が出ている気がする。
当のフィルマ先輩はニコニコと笑っているけれど、この人、ただのいい人じゃなくて、そもそも二胡先生が話してくれた色々な事情の、中心にいる人なんだよなあ……。
そもそも人というか宇宙人なんだけど。
しかも二胡先生、彼女、じゃなくて彼ら、とか言ってなかったかな?
もしかして、いっぱいいる……?
そうだよね。だってあのUFO大きいもん。
ひえーっ。
「おおおー!」
自分の世界に入り込んで、ガクガクブルブルしていたあたしだけど、どよめきが聞こえて現実に引き戻された。
ちょうど、相生さんの写真がプリントされたからだ。
アリちゃん先輩が中心になってどよめいていて、相生さんは過呼吸みたいになってガクガク震えてる。
「どうしたの?」
「ぎ、ぎ、銀城さん! 写真、写真が! わたしが撮った写真が、写真になってる!」
「うん、うん? お、落ち着いて相生さん」
しがみついてくるので、背中を擦ってあげていると落ち着いてきたみたい。
「動揺しちゃった……。びっくりした。写真ってああいうふうになるんだね。わたし、もっとデジタルな感じで見たままの光景が写ると思ったんだけど」
相生さんを動揺させた写真とはどんなものか。
あたしは彼女の肩越しに、それを見てみた。
「むむう」
あたしは唸ってしまう。
それは何の変哲もない、立川のモノレールを写したもの。
だけど、その後ろにはオレンジ色に染まる空と、商業ビルと、ピンぼけしたUFO。
なんだろう。
今を写し取った光景なのに、どこか懐かしい、なんて思ってしまったのだ。
「フィルムはね、デジカメの写真と比べると解像度が低いでしょ。でも、テレビもそうだけど、何もかもはっきり写しちゃうと、それはそれで完結したものになっちゃうの」
一通りの焼付作業を終えた蘭子さん。
あたしをちょいちょい、と手招きしながら言う。
まだくっついてる相生さんを連れて、あたしは彼女の隣にやって来た。
「ほら、つばさちゃんの写真。何枚も何枚も、桜の吹雪が写ってる。一枚一枚は鮮明じゃないけど、でも、風が吹いて花びらが飛んでいるんだって分かる。……ううん。そういう事が想像できるの」
「想像……」
「行間っていうのかな? フィルムの写真は、何もかも見せてくれるわけじゃない。だけど、だからこそ感じ取ることは、見る人に委ねられてる。想像する余地があるってこと」
「……そっか……。だから、あたしが相生さんの写真を見て、懐かしいなーって思ったのは」
「つばさちゃんが、この一枚からそういうイメージを読み取ったってこと」
なるほどー!
なんか、腑に落ちた。
それに、写真の話をしている蘭子さんが、すごく楽しそうで、キラキラ光って見えて、あたしは嬉しくなってしまった。
彼女の笑顔を見ながらニコニコしていたら、相生さんが呻いた。
「あ、あのー。そろそろ離して欲しいんですけど……!」
あっ。
彼女を抱きしめたままだった。