顧問と秘密とUFO3
ショートHRが終わった後、あたしは相生さんの手を引っ張って、すぐに教室を飛び出した。
いつも異常に早く部室まで来ている先輩方。
特に、アリちゃん先輩の速度はおかしい。
今日は先回りしてやろう、という心づもりだ。
「な、なに? なんか銀城さん、すっごく必死!?」
「先輩たちの先回りをするの! 急いだ急いだー!」
だんだんっと階段を降りて、コの字型校舎の端っこまでやってくる。
学園の裏口に一番近い教室で、特別教室の中でも最も辺鄙な場所にある理科室。
到着すると……鍵は開いてなかった。
「よしっ!! 勝った!」
あたしはガッツポーズを決める。
相生さんはちょっと呆れ顔。
「銀城さんは何かと戦っているの……?」
「そうでもないけど、なんか今日はテンション高いかも。久々にバスケしたから?」
「あー、そう言えば、ブランクある人間の動きじゃなかったもんねえ……。で、どうする? わたしたち、鍵は持ってないでしょ。職員室行けばいい?」
「そうだねえ」
いかん。
考え無しで動いてしまった。
鍵のことは何も考えてなかったなあ……。
「あらら、部室の前の御二人さん……もしかして新入部員?」
そうしたら、後ろから声がした。
さっきまで、全然物音とかしなかったのに。
いつの間にか、ジャージ姿の女の人が立ってる。
あたしは、この人……この先生に見覚えがある。
「えっと、二胡先生」
「ピンポーン。君は、体育の時間のあのスポーツ少女!」
二胡美野里先生は、担当が英語と技術。
最近では女子校でも、技術の授業があったりして、もちろん選択授業なんだけれどもそっちに造詣がある教師があんまりいないんだって。
二胡先生は外部からの先生で、そういうレアな資格を持っているので重宝されているということだった。
彼女の背丈は、あたしよりもちょっと低いくらい。
でも、背筋とかピンと伸びてて、顔立ちはちょっときつめの美人。
お化粧は薄いんだけど、お肌がとってもキレイなのだ。
「相生さん、二胡先生はうちの顧問だって」
「へえ……。って、銀城さんいつ知り合ったの!?」
「それは私も聞きたいなあ。妙に私に詳しくなってる……?」
二胡先生は口元に笑みを浮かべながら、あたしの顔を覗き込んだ。
ひえー、眼力がすっごい。
「ま、いいでしょ。どうせ蘭ちゃんやアリが教えたんでしょ? あら? それともフィルマ?」
彼女はそう言いながら、理科室の鍵をポケットから取り出した。
部室の扉が開く。
「さあ、いらっしゃい。今日は新入生諸君が一番乗りだね」
「むむう」
「どうしたの銀城さん? 行こ?」
相生さんに手を引っ張られて、あたしは部室に入った。
その様子を見て、二胡先生が首を傾げる。
「二人ともまだ知り合ったばっかり?」
「? そうですけど」
何を聞いてくるんだろう、この先生。
「ほら、まだ名字にさん付けで余所余所しいじゃない?」
二胡先生はあろうことか、理科室の黒い机の上に腰掛けた。
ジャージに包まれてるのに、伸ばされた足は脚線美をはらんでて何とも美しい。
「こうかな」
「銀城さん!?」
思わず先生の横に座って、あたしも足を伸ばしてみた。
ほう、あたしの方が足が長いな。
「……君、何気にスペック高いよね……」
「ですか?」
「あれだけ運動できて、ここも入れるってことは勉強できるでしょ?」
「はあ、人並みには……」
「実力テスト、クラスで二位だったくせに」
ぼそっと相生さんに言われて、あたしはビクッとした。
なんだなんだ、今のくらあい声は。
振り返ったら、相生さんはいつもの彼女だった。
うわー。
さっきの声怖かったなあ。
「ところでね。君たちは……知ってると思っていいんだよね?」
そしたら今度は、二胡先生の声が低くなった。
うわあ、怖いよう。
「知ってるってなんですか……? フィルマ先輩のこととか」
「銀城さん言ってる、言っちゃってる!」
あ、つい。
二胡先生の目が細くなった。
あ、笑ったんだ?
この人、笑うと絵本に出てくる狐みたいに、目が細くなる。
「彼……? 彼女がそれを見せたのなら、君たちは認められたってことね。一応、入学当初から全ての新入生はチェックさせてもらっていたの。リスクはあるけれど、それが彼らと私たちの取り決めだから」
「……はい?」
なんだか、話が不思議な方に向かってきた。
「この立川北崎高校っていうところは、色々な意味で今、特別なのよ。君たちはここ最近で、私たちが必死に隠してきた秘密を知っちゃったわけ」
ごくり、と喉が鳴った。
あたしのものかと思ったら、相生さんだった。
なんだ、なんだこの空気。
二胡先生、めちゃくちゃ怖いぞ……!
あたしたち二人が、顔を青くして黙っている。
そうしたら先生は、ぽんっと机から飛び跳ねて立ち上がった。
「なんてね。まあ、知っちゃったものは仕方ないでしょ。私たちは君たちを追認するし、細かな管理は君たちに迷惑がかからない範囲でやっていくから、気にしないで。それも彼らとの約束」
先生は不思議な事を言いつつ、理科準備室へと向かっていく。
そして扉を開けながら、顔だけこっちを見た。
「じゃ、カラー写真の現像行ってみよっか。今日はその予定だったでしょ?」
「あっ!」
あたしは思い出した。
蘭子さんが、週末には顧問の先生が戻ってくるって言ってたこと。
そうしたら、あたしが撮った写真を現像できるのだ。
不穏な感じが一変。
あたしの頭の中は、あの時の桜吹雪でいっぱいになってしまったのだった。