時にはこう言う事もある
ランシェとイヴが帰って来て開拓者達から大歓声で迎えられた。既にランシェの働きで町を通り越して都への道を歩んでると知られてるからね。頼りになる優秀な行商人として、各地からの援助をきっかけに今後の流通に関わる事になった行商人達からも一目置かれた状態で迎えられてる。
でも、当人はと言うと。
「うむ。それでこそ我が弟。良く似合ってる」
「うううー。酷いよお姉ちゃぁん……」
可愛らしい女装姿のラニに喜んでた。これで結構人気者。初対面のヒトは男と紹介すると物凄く驚くくらい似合ってるし、冒険者達からも苦笑いされつつ応援されてるわ。
「で、弟。ちゃんと働いてる?」
「うん。ニアさんに錬金術とアーティファクト技術を教わり始めたの」
「ん。頑張れ」
それでも頑張ってるラニにランシェも嬉しそう。何だかんだで良いお姉ちゃん。多分。
ランシェとの旅はかなり楽しくて、私とイヴもランシェの物言いがすっかりお気に入り。歯に衣着せぬ言葉の数々でとにかく楽しませて貰ってるわ。洗脳された気分にもなったけど気にしない。
「ニア、パラス。弟を宜しく。好きにして良い」
「安心せい。既に好きにさせて貰っておる」
「可愛がるのが楽しくてー」
二人も気に入ったわよねー。もう家に連れ込んでるし。ラニからすればちょっとしたハーレム状態。主導権は絶対握れてないだろうけど。間違いなく良い様にされてる。見ない様にしてるけど解るから。
道具屋が出来上がったら家と繋がるから、本格的に可愛がるのはそこからでしょ。欲望塗れの爛れた生活まで後少しよ。既に欲望塗れってツッコミは許さない。
「おい。そこの魔族」
んん?
騎士団員っぽいのからいきなり失礼な物言い。声を掛けて来たのは多分騎士団長ね。各国から騎士団も次々と到着してて、挨拶周りもしてるんだけど。到着したばかりの騎士団っぽい。
「なんじゃ小僧。騎士のくせに名乗りもせず呼びつけるとは無礼極まりないの」
「黙れ。何故ヒトの敵がここに居る」
「話を聞いておらぬのか。争いを好まぬ故に付近で隠れ住んでおった所を異変に気付いて加勢しておる。その異変の調査でここが見つかった故、お邪魔させて貰い、代わりに色々と手を貸しておるのじゃが」
「ふん。何が争いを好まんだ。どうせここの者達を油断させて落ち着いた頃に襲う算段だろうが」
私と女神様が見えないのかしらね。頭ごなしに否定するのは面白く無い。ヒトも集まってきちゃったし、何とかしないと。
「嫌なら帰れば?」
「何だと?」
「聞こえなかった? 帰ればって言ったのよ。本当にニアがそんな悪巧みをしてるなら私達妖精は近寄らない。それすら解らない常識知らずなんか居ても邪魔なだけ」
「貴様! 誰に向かって舐めた口を!」
あんたに決まってるでしょ。ここは真っ向勝負で口論してやるわ。こう言うお高く止まった奴は嫌い。ぐうの音も出ない程に言い負かす。
「他の騎士団は王様から勅命を受けて来たって言ってたけど、あんたは違う様ね」
「我等も陛下から勅命を受けて来た! この地の民を守る為にな!」
「はあ? なら自分が自国の威信を背負ってるって自覚が足りないんじゃないの? 王様の勅命を受けた身で妖精がどんな存在か知らないとか、恥を晒ししてる様なもんじゃない」
「何を!?」
「それとも妖精に手をあげる? やれるものならやってみなさい。良いヒトに近寄る妖精に手をあげる事が何を意味するのか。ここに居る皆はあんたをどれだけ信用するかしらね」
「ぐ……!」
周囲からは不信の眼差し。これにも解らない様な奴ならギルドを通すわよ。今後の事を考えれば逃がす事もしない。
「あんたへの信用はあんたの国への信用。そして今後ここからあんたの国に齎される利益の大きさよ。近隣諸国の貴族が揃って多くの援助をするだけの場所から、あんたの国はあんたの振る舞いによって国益を損なうの。ここの皆はニアがどれだけここの為に頑張ってるか良く知ってる。そんなニアに失礼極まりない振る舞いをしたあんたに、皆はどう言う感情を持つのかしらね」
「く……! 行くぞ!」
「「は、はっ」」
「あら、逃げるの。何もしないで。この場を禄に収めもせず、信用を落としに落としたまま」
「貴様ぁ!」
こう言う奴は潰すべき。絶対に逃がさない。
「イヴ。こいつ等の紋章でどの国から来たか解らない? 来て早々に問題を起こした恥知らずとして、こいつ等の国の王様にSランク冒険者からの苦言って事で抗議文出してよ」
「「なっ!?」」
「出しましょう。話になりません。国王陛下もさぞお怒りになる事でしょうね。国と国王陛下の御名に泥を塗る振る舞いです」
Sランクの称号は強し。一発で青ざめた。でも容赦しない。ニアとここの今後の為に見せしめとして徹底的に潰す。個人的感情から考えても潰したい。ほんと嫌い。
「あなたの国では知りませんが、この地の法とその基盤となった国の法では魔族の入国と滞在を禁止していません。つまり先程のあなたの発言は法的になんの根拠を持てない単なる誹謗中傷です。ここの調査段階から駐屯している騎士団やその所属国では町を魔物の群から守った英雄としてニアを称えていると言うのに、先の発言は騎士の身にあるまじきもの。相当な厳罰を覚悟なさい」
「お、お待ちを! どうか!」
「妖精と言う存在より、私の冒険者ランクを気にすると言うのも不愉快極まりますね。今この瞬間、この地におけるあなたの国の威信は跡形も無く消え去った事でしょう。それも全て報告し、適切な騎士団を派遣する様に要請します」
「そんな!」
「「わああ!」」
イヴの宣告に周囲からも大歓声。やっぱり皆もこう言う奴嫌いよね? 他の騎士団はちゃんとニアを認めてるし、誰よりも頑張ってるニアを称えてもいる。頼りにだってしてる。
「そりゃ俺だって最初は魔族が居るって聞いた時は怖えと思ったけどよ。他のヒトが普通にしてるの見て大丈夫なんだなと考え直したし」
「妖精が一緒って時点で普通は解るよな」
「騎士様ってもっと思慮深くて立派な方だと思ってた」
「私も。他の騎士様達とかそうだったもんね」
周囲も色々と言い始めて騎士側が涙目。後はニアに謝らせれば良いかしらね。
「まあ、仕方なかろう」
「「え?」」
あら?
「スノウもイヴもその辺にしてやっておくれ。皆もじゃ。魔族がヒトを襲っておるのは事実であり、恐れられるのは魔族と一括りにすれば自業自得じゃてな。いきなり無礼な物言いをしてきたのは不愉快じゃが、彼とて皆の安全を考えて妾を追い出そうとしたのじゃ。その気持ちは騎士らしいものであろうよ」
寛容ねえ。それで済ませちゃうわけ。まあ、こう言うのも争いの内だからニアらしいのかな。
ニアがそう言うならここまでにしましょ。
「聞かなかった事にしてやるから、そなた達は職務に戻れ。妾はダンジョンの入り口の近くで道具屋を開く。妾の顔を見たくないのであれば、そこに近付かなければ良い。妾はここから出て行くつもりは無いのでな。そなた達は勅命でとは言え後から来た身じゃ。先人が優先くらいは解れ」
「解った……。無礼な振る舞いに心から謝罪する……」
「うむ」
「「わああ!」」
これもニアの株を上げる事になったか。その為の噛ませ犬とでも思いましょう。報告も無し。ほら、行った行った。もうニアに構うんじゃないわよ。ダンジョンの探索で近くを寄っても気にしない様に。
「はふぅ……」
「「うあ!?」」
「ニア!?」
連中が見えなくなった途端にニアがへたり込んじゃったわよ!?
「あうー。口喧嘩であってもヒトが相手なのは怖いのじゃー。今になって震えてきたわい」
「あー……。こんなへっぴり腰でヒトを襲うとか有り得ないわー」
「「あはは……」」
気が抜けたのね。これもニアらしい。ほんと怖かったみたいで涙目。よしよし、もう大丈夫。頭をなでなでしてあげよう。
ギルドには移住者なんかに予め説明して貰う様に頼んでおこう。嫌なら移住しないとか近寄らなければ良いんだわ。
「お。何とか収まったか」
「イヴさんにスノウ達が居りゃ何とかなるとは思ってたけどな」
「ニアさん大丈夫か? へたり込んじまってるがよ」
あ、冒険者達。誰かから聞いて来てくれたのね。普通に歩いてきたところを見ると最悪の事態なら止めようってつもりだったんでしょう。
「ヒトと争うのは口喧嘩であっても怖いのじゃ」
「ああ、そうだったか。まあ、その方が良いやな。俺もヒトとやり合うのはあまり好きじゃねえ。相手が強かろうが弱かろうが、魔族であろうが良い気分じゃねえ」
「俺も俺も。悪党退治ならやるけどな」
「美人が相手なら尚更ってもんだろ。向こうが悪くても引き下がっちまいそうだ」
「違えねえ。女盗賊が一番困る」
「「ははは!」」
あはは、何か解る。ここに来る冒険者って良い奴が多いのよね。下衆な奴が居る様なら容赦なく間引くつもりだったけど、今のところは見てないわ。それもこれからなのかな。ニアも最近じゃ冒険者を生贄にするのはどうかと迷い始めてるみたいだし。下衆な奴限定になるのは確実。それ以外は魔物から精を吸う事になりそう。
「っつーか、ニアさんに喧嘩売るとか馬鹿じゃねえか? この前作って貰った青ポとか錬金術ギルドの青ポより良かったぜ?」
「な。絶対え後悔するぜ。命綱を敵に回したら奥に行けねえって。魔法の武器とかも錬金術ギルドに頼むより良さそうだし」
「騎士団長っぽいのが来たんだけど、可哀想なのは末端よね。顔向け出来ないって言いそう」
「「だよなー」」
まあ、あの連中は死んでも良いや。躊躇無く飲み込んでやろう。装備品とか少し見た目を変えれば喜ばれそうな質だし。
「大丈夫だよニアさん。騎士団でも冒険者でも一度ダンジョンに潜ればニアさんがどんだけ皆の為に頑張ってるか嫌でも解る」
「ありがとう。その為にも良質な物を用意していかねばな」
「今でも充分だって。あの青ポなんか下手な紫ポより良かったんだ」
「おお、そうであったか」
やっぱり凄腕なのね。確かに命綱。
実績も信頼を生んでるし、もう大丈夫でしょ。