我慢出来ない
錬金術師が到着、したのは良いんだけど。
渋っていたのが良く解る程の人数とやる気で、たった三人の男がげんなりしてる。迎えたこっちもげんなり。騎士団長に至っては頭を抱えてわざとらしく溜め息まで。それどころか小言まで言い出した。
「おい貴様等。もっとしゃきっとせんか。見ての通り開拓中で、貴様等錬金術師の仕事は山程有るのだぞ。それまではこちらのニア殿が本来なら敵対しているはずの我等ヒトを助けようと一人で頑張っていた。錬金術ギルドの錬金術師は魔族にあらゆる面で劣ると思われたく無かったらきりきり働け」
「「は、はい!」」
これで漸く普通の顔付き。但し動きは遅い。あまりにも酷いんでニアに手本を見せて貰う事になった。と言うか騎士団長からも頼まれたし。
錬金術ギルドから持ち込まれた資材を確認し、念の為許可を貰ってから使う。色々と有るのにいい加減な物を作って貰うとか冗談じゃないわよ。
「おい。もう少しまともな素材は無いのか。これではダンジョンで見つけた物の方が上質じゃぞ」
え。
「色々有るけど、そんなに酷い?」
「魔法薬品の材料はそこそこじゃが、アーティファクトの材料となると殆ど使えん。精々形を作る為の金属くらいじゃ」
「それアーティファクトの材料って言わないでしょ。どうするの?」
そして周囲が再びげんなり。渋っていると聞いていてもそれなりに期待してたものね。それがこれだと士気も下がるわ。私もげんなり。
要約すると魔力を込めやすい性質って言うのが素材ごとに違ってて、その性質にも丈夫さが影響するのね。だから金属なんかは込めやすい方らしいんだけど、それだって相応の質に鋳造しなきゃいけないと。で、持ち込まれた金属は全て駄目。ただの金属。
「やむを得ん。鍛冶士を呼んでくれ。鋳造からやり直しじゃ」
「今すぐ呼ぼう。それでどれくらい使える様になるだろうか」
「今の製水器よりは遥かにマシになろう。悪いが騎士団と冒険者にまた爪や牙を集めさせてくれ。それを金属の鋳造時に混ぜて質を上げる」
成る程、ここでも魔物素材。金属の素材にもなるって言うのはこう言う事なのね。騎士団員も冒険者も頑張って集めて来て頂戴。間に合わせの製水器でも便利だったけど、ちゃんとした物が出来るならその方が良い。
鍛冶士が来てくれたから、その事を説明して鋳造の準備を始めて貰おう。そっちはもうやる気一杯。やっぱりこうでなきゃ。
「ねえねえ支部長さん。町作りの為って錬金術ギルドに伝えなかったの?」
「勿論伝えたとも。特殊な結界で入り口が守られたダンジョンの前に町を作る事になったから、錬金術師を寄越して錬金術ギルドを建ててくれってね」
「ふーん。錬金術師って頭が良いヒトばかりだと思ってたけど、そうでもないのね。ヒトが村とか町とかを作る時って、まず水源を確保するもんだと思ってたのに」
「「う」」
ダンジョンの為じゃないのよ。町作りの為に呼んだのよ。脳味噌使ってるのかしら。脳味噌って便利なのよ? 使ってみて。凄い便利だから。
「水源が有るから村や町を作る、と考えたとしても場所が場所よね。山脈にとは伝えなかった?」
「それもちゃんと伝えたのだけどねえ」
「錬金術ギルド大丈夫? 仮に山から川が流れてたとしても井戸は必須でしょ? 山岳地帯で井戸を掘るのがどれだけ大変なのか知らないのかしらね。何の為のアーティファクト技術なんだか」
「「うう……」」
徹底的に貶してやるわよ。そして発言力を落としてやる。発掘された物の優先権を渡したくないもの。とことん後悔させてやるんだから。
「なに。素材さえ揃えば彼等も色々と用意出来よう。そなた達もしっかり働け。事は最早錬金術ギルドへの信に懸かってしまっておる。錬金術ギルドと錬金術師の名に泥を塗りたくなければ皆が必要とする物をしっかり作るのじゃ」
「「はい!」」
ニアの締め括りで何とかやる気を出したわね。後は働きを見て考えましょう。汚名返上の機会なんだからしっかり働きなさいよ。
あ、イヴも来てくれた。やっぱりげんなり。
「錬金術師が到着したと聞きましたが、これだけですか?」
「うむ。しかも素材は魔法薬品用ばかり。金属はただの金属のみじゃ」
「酷いですね。後でわたくしから正式な抗議文を出しておきます。魔法薬品など二の次以下でしょうに」
ですよねー。イヴも解ってる。
Sランク冒険者からの抗議文なら錬金術ギルドも無視出来ないでしょ。増員と物質追加は必要。これから更にヒトが増えるんだから十人から二十人は欲しい。町作り舐めんな。
【イヴ、ちゃんと増援を呼んだらご褒美】
【全力で抗議します!】
頑張ったらちゃんとご褒美。クレイジーランナーの件から家に帰ってないんで数回しか楽しんでない。それはそれでお預けって事でイヴは喜んでくれてるっぽいけど、ご褒美はちゃんと用意してあげる。うへへ。
錬金術師が来た事で前から考えてた事を実行する。先ずは騎士団長に説明。
「む。ダンジョンの魔物では足りないのか?」
「クレイジーランナーの貯蓄が有る故にダンジョンの魔物でも足りん事は無いのじゃが、むしろ精を吸っているところを見られたくないと言うのが正直なところなのじゃ。一応ヒトからも吸えてしまうでな。そう言う配慮もすると知って貰う意味も有る」
「そうか……。となると護衛も付けられんか」
「イヴに頼んだ故に心配は無用じゃ。ついでに外の散策もしてくる。何か食べる物が見つかるやもしれん」
精の補給を敢えてやる。外の魔物から精を吸うと見せれば、それもまた安心させられるはず。まあ、ぶっちゃけこれは建前。本当の狙いは全く別の所に有る。冒険者達や開拓に来てくれてるヒト達にも事情を話して町の外、それも山脈の中に入って行こう。
盆地状だからちょっとした山登り気分。そして当の私達はうきうき気分。
「もうユキさんのデザートが恋しくて恋しくて」
「うむっ。皆には悪いが我慢出来んっ」
「もう駄目です。あの家はわたくしの楽園です」
そう、デザートを食べに帰るのが本当の目的。我慢の限界。甘い物が食べたい。四人揃って意見が一致したんでニアを口実にさせて貰った。ニアも快諾してくれたしね。
食べ物探しも本当にやるつもりで、向かってる先にリンゴの木を植え替えてある。植林は騎士団や冒険者任せ。頑張れ男手。皆の為に必死こいて植林よ。しかも山道経由。頑張れ。
盆地から出て町が見えなくなったら出しましょう。はい、ワープのドアー。妖精の分身を消して家の中から扉を開けてお出迎え。がちゃり。二人ともおかえりなさい。既に食卓には美味しい料理と美味しいデザートが並びまくってるわよ。
更には、なんと!
「ふっふっふ。今日の為にこっそり甘いお酒を作っておいたのだっ」
「「え!?」」
お酒も有るよ! 祝杯を挙げるよ!
「甘い酒と言うのも有るのか!?」
「あ、こっちじゃまだ作られてなかったかしら。強くてクセが無いお酒に果物を漬け込む果実酒ってお酒と、蜂蜜から作った蜂蜜酒」
町作りの為の食料にジャガイモが有ったから、それを能力で複製して焼酎を作ってみた。それに山脈内で自生してた梅やアンズを漬け込んで果実酒にもしてある。蜂蜜酒は山脈内に有ったお花畑から蜜を直接移動させて甘めに作った。勿論どれも能力で熟成速度を加速してるわ。
元々お酒に弱くて飲まないでいたんだけど、今の体なら問題無いって気付いてね。今回を機に作り置きしてみようと考えたわけよ。そしてこの為に炭酸水を出す道具も用意。冷凍庫から氷を出して果実酒を炭酸水で割って出す。
「えー、皆のおかげで無事に計画が軌道に乗りました。まだ始まったばかりだし、ダンジョンを定期的に追加していかないといけないけど、とにかく基盤が出来つつあるわ。ラビリンスの明るい未来と私達の今後に乾杯しましょう。乾杯!」
「「かんぱーい!」」
さて、お味の方は?
「美味しいですね! お酒ってこう言う飲み物なんですか!?」
「いやいやいや! 普通の酒は甘くないぞ! これは飲みやすくて美味い!」
「果実酒は旅の間に何度か飲みましたが、この味はわたくしも初めてですね。こちらはアンズでしょうか。とても美味しいです」
よしよし、喜んで貰えた。我ながら中々の出来だわ。これなら飲める。梅酒や杏子酒はお酒に弱くても好きだったのよね。蜂蜜酒は単純に興味が有ったから。日本だと免許無しに作れないお酒だし。こっちも中々。
ラビリンスにおける法律は騎士団が所属する国の法律をそのまま適用する予定だから、酒造関連法とかもちゃんと定められてるはず。酒造法の本が見つかったらまた話に上がるでしょう。
「この酒もダンジョン内で製法を見つけられるのかや?」
「ええ。町作りが落ち着いたら厨房に一種類だけ改めて配置しようと思ってるの」
「ぬお。他の酒造法も知っておるのか」
醸造酒、蒸留酒、発泡酒と大まかに分けてから一種類ずつ製法を本に纏めてある。何から配置するかはまだ決めてないんだけどね。
「どれも聞いた事が無いお酒ですね」
「んーと、製法で括った分類なの。葡萄酒は醸造酒に含まれるし、この蜂蜜酒もそうね。果実酒は蒸留酒の派生形。作り方が似てても材料で名前が変わったりするし、違う材料でも同じお酒の種類として括られる事もあるわ。だから基本的な製法をまず配置して、そこから材料別でとか普及しようと思ってる」
「本当に博識です。お酒の種類まで増えるとなれば冒険者達もますます探索に出ようとするでしょう」
「「うんうん」」
お酒の場合は最初からそれが狙い。気付くまで私は飲めないと思ってた訳だし。物語に酒場で盛り上がる冒険者のシーンも良く見かけるから必要よねって。こうやって実際に盛り上がってみると、最初に普及する物はちゃんと考えた方が良さそうだわ。