第93話 アンファングの町
「まあ、なんときれいなところでしょうか」
私は目の前の風景を見て感動した。それは南国のような異国情緒のある街並みであった。
珊瑚を混ぜた白い家並みに、白い石畳、街路樹はすべてヤシの木である。その下は真っ青な海が広がっており、港には色とりどりの船が並んであった。
ここはマッケンゼン領にあるアンファングの町だという。治めているのはルドルジ・ド・マッケンゼン子爵で、4代前に分家になったそうだ。
「へえ、人間の住む場所にしては、なんだかさわやかだな。というか暑苦しいな」
「ふふん。すてきな町だわさ。ハネムーンに来てもいいだわさ」
まぼろしネズミとウサリーは町の風景を眺めていた。ちなみにツァールトとゲッティンはドレスデンドの屋敷で待機している。連れてきている人間はアンヘンガーだけだ。
「わーお、あなたがハーゼ殿ですモン? 吾輩はルドルジ・ド・マッケンゼンだモン!」
「初めまして、ルドルジ・ド・マッケンゼン子爵さま。ハーゼ・ド・ヴァイスシュネー公爵でございます」
町の入り口で貴族が立っていた。後方には立派な馬車が止まっており、複数のメイドたちが待機している。
ルドルジは元料理ギルドのマスター、ルドルフ・ド・マッケンゼンにそっくりであった。
黒髪を刈り上げており、鋭い目に鋭い鼻、口は髭で隠れており、肌は日に焼けている。
双子と言われても信じるくらい、そっくりであった。
ただしゃべり方が若干変なのはご愛敬である。
「おひさしぶりでございます。小父上。アンヘンガーでございます」
アンヘンガーは前に立ち、ひざまずいた。ルドルジはひさしぶりの親戚の子を見て微笑んだが、同時に着ているバニースーツには懐疑的であった。
「アンヘンガー……。その奇天烈な衣装はなんだモン? それにハーゼ殿の衣装も魔物のバニーガールにそっくりだモン。王都ではこれが流行っているのかモン?」
「はは、何とも言えません……」
ルドルジの疑問はもっともである。ルドルフ氏に似てはいるが、中身は常識人のようで助かった。
さて私たちがここに来たのは軍港に用があるからである。エアツェールング王国の海軍基地があるのだ。船を借りて荒磯の魔女イカロスの元に向かうためである。
イカロスの住む場所は西側にある浅瀬に住んでいるという。その辺りは海流がひどく、多くの船が難破したそうだ。そのため船乗りはそこを船の墓場と呼んでいる。
エアツェールング王国でまともに船を止められるのは、南方のマッケンゼン領だけだという。北方は浅瀬に囲まれており、大型船は止められないのだ。漁船だけしか行き来できないのである。
それに海にも狂暴な魔物が多く、軍艦やドクメント帝国の船以外まともに航海できないそうだ。
「それで小父上、船の件ですが……」
アンヘンガーが切り出した。するとルドルジは渋い顔になる。右手で髭をいじっていた。
「仔細は手紙を読んだのでわかっておるモン。しかし、船を借りることは難しいモン」
「何か条件があるのでしょうか。代償はいくらかけても構いませんが」
「そういうわけではないのだモン。フットナー司令官が首を縦に振らないのだモン」
船が出せない。それには理由があった。以前、ハーゼと名乗る女性が現れた。船を借りたいと申し出たのだ。まるでトドのように太っていたが、王都で噂のバニースーツを着ていたので信用した。
ところが魔除けのハーゼ人形に苦しみだし、化けの皮がはがれた。相手は魔物だったのだ。
そのため司令官は船を貸すことを禁じたのである。もっとも一般人はおろか、貴族に軍艦を貸すことはよほどのことがない限り、あり得ない話だが。
「……確か私の人形は、私そっくりのはずですが。なぜ、偽物を見破れなかったのですか?」
「そいつはお菓子の食べ過ぎで太ったと言ってたモン。最近は王都でおいしい料理が出てきたから、そのせいだと思っていたモン」
ひどい話である。私がだらしない人間だと思われるではないか。いったい誰が化けたのだろうか?
「その魔物はどんな姿でしたか?」
「巨大な単眼の魔物だという話だモン。逃げるときに、早くオガーロに触れたいと叫んでいたそうだモン」
ママスの仕業か!! 私に化けて嫌がらせをしたかったのか!! でも、いつの話だろうか。
「あなた方が来る前の日だモン」
私がオガーロたちの正体を明かした同じ日にやったのか。なんともアグレッシブな魔物だろうか。絶交仮面の力で、息子と離れ離れになった意趣返しかもしれない。
「うっ、くくくくく。ざまあないなハーゼ。ママスのせいでお前は船を借りられないんだからな。これで身動き取れなくなった、くっくっく!!」
まぼろしネズミがいきなり高笑いを始めた。ウサリーは驚いたが、すぐに落ち着いている。
「おお、お姉ちゃんの魔法だわさ。あたしにはビビッときただわさ!」
ウサリーの言うお姉ちゃんはバーニーと言って、バニーガールという魔物だ。人間と同じくらいの大きさで、本物のうさ耳に、胸と腹部はふさふさの毛に覆われていて、脚部は毛が薄いのだ。
「ふむ。まぼろしネズミが悪態をついた。つまり今回の件は大魔女が絡んでいるというわけね。ウサリーは何か役割があるのかしら?」
「うーん、おや? お姉ちゃんから伝令だわさ。屋敷に残っているツァールトとゲッティンに呪いをかけたそうだわさ。出会う人におっぱい大きいねと言われる呪いだわさ。ゲッティンの方はずっとサキュバスもどきに変身する呪いで、楽しそうだわさ」
「それはなんとも……」
なんとも地味で嫌らしい呪いだな。ツァールトにしてみれば知人から初対面の人に対しておっぱい大きいねと言われても、苦痛でしかないだろう。
ゲッティンの場合は呪いというより、ご褒美のような気がするな。
ウサリーはけらけら笑っていた。姉妹の仲は良好で、姉の手伝いができることを喜んでいるようだ。
まぼろしネズミが動いたということは、今回の件は重要な案件と思って間違いないだろう。
荒磯の魔女イカロスとの対決は避けられない。私は決意を新たにするのであった。
「ひゃっほーい、あそこにいるお姉ちゃん、すごいおっぱいだぜ! おっと、あっちのお姉ちゃんのくびれた腰にでかい尻も捨てがたいぜ、ひゃっほーい!!」
いきなりアンヘンガーが壊れた。ルドルジの周りに人が増えたからだ。女性を見て気勢を上げ始めた。周囲の人間はアンヘンガーを見て、苦笑している。
「なんだアンヘンガーの奴、ここに来やがっているのか。迷惑なことだぜ」
「あいつ、ドスケベがすぎて跡継ぎレースから外されたんだよな。本当にみっともないね」
「家臣たちも呆れて見捨てたそうだよ。あんなスケベが一族にいるなんてかわいそうなことだ」
ルドルジの方を見たが、彼は平然としていた。アンヘンガーの事情を知っているためだ。彼の性質を知っているため、無理にスケベキャラを演じる必要がないのである。
家臣の中ではまだアンヘンガーに跡を継いでもらいたいと狙っているそうだ。だからこそ彼は最低な人間を演じなくてはならないのである。
最初に料理ギルドで回収人として出会ったときと比べると、なんとも哀れなものだ。




