第91話 晩餐
「さぁ、召し上がれ」
ドレスデンドが真っ白いテーブルの上の料理を披露した。オガーロの、正確にはモノアイ母さんのママスの戦いが終わり、後片付けが終わったときは、すでに時刻は夜になっていた。蒸し暑く、領地は蛍のような灯りがぽやぽやと光っている。
私が高速で動いたので、速く片付いたのだが、それでもかなり時間がかかったのだ。
ツァールトはマスターの私に任せっきりになり、しょんぼりしていた。ゲッティンはまぼろしネズミとウサリーで一緒に遊んでいた。一方的にまぼろしネズミを引っ張っていただけだが。ゲッティンはぬいぐるみのように彼の手を上げたり下げたりしている。まぼろしネズミはされるがままだ。
アンヘンガーは使用人たちに指示している。バトラーも甲斐甲斐しく動いていた。仕事のできる男は動きのキレもよく、見ていて気持ちがよくなるね。
「これは珍しい料理ですね。見たことがありません」
ツァールトはテーブルの上の料理を見て、感心していた。自分では作れそうにないものに、感動しているようだ。
それは色とりどりであったが、初見の料理がほとんどだった。
ひとつはポーク玉子だ。これはポークに玉子焼きを混ぜた家庭料理である。
もうひとつはタコライスだ。メキシコ料理のタコスを米の飯で食べるのである。飯の上に牛挽き肉にスパイスで味付けし、千切りチーズにキャベツ、トマトを乗せ、トマトケチャップで味付けするのだ。
最後はケチャップ焼きそばだ。ケチャップで炒めた焼きそばだ。
これらは沖縄料理の一種だ。特にアメリカ料理に影響したものである。
戦後、沖縄はアメリカの軍政下におかれた。そのためにアメリカやラテンアメリカの料理が流行ったのだ。
ビーフステーキやハンバーガー、ホットドッグにピザやタコスも本土と比べて、いち早く普及したという。外国のハンバーガーチェーン店が出店したのも、沖縄が先だった。
「わ~、おいしそうなたまご~。ケチャップがついててきれい~」
「このタコライスも珍しいだわさ。もっともタコライスなのに、たこが乗ってないのは不思議だわさ」
「この焼きそばというのは、初めて見ますね。うどんとは違う質感でございます。ケチャップの香りが食欲をそそりますわ」
他にもビーフステーキやハンバーガー、フライドチキンも並んでいた。私はそれよりもタコライスやケチャップ焼きそばを口につけた。
転生前ならトマトなどの野菜が嫌いだった。イタリアン料理の店で出されたトマトは甘くておいしかったけどね。転生してから好き嫌いがなくなり、今まで食べなかった料理を作って食べるのが楽しかったね。
「いかがですか? これらは帝国から輸入された料理です。あなたがもたらした王都の料理もいいですが、どちらがよいかは比べられませんね」
ドレスデンドがワインを口にしながら言った。背後にはバトラーが立っている。しかし私には違和感を覚えた。人間の気配がしないのだ。
「……あなたはもしやオガーロでは?」
「はい、その通りです」
ドレスデンドの姿をした魔物はあっさりと答えた。
「実を言うと、すべてはドレスデンド殿の契約なのです。自分の代わりに表に出ることが仕事なのですよ。もっとも面倒な仕事はすべて本人が片づけており、私はこうしてのんびりした生活を送っております」
その後ため息をついた。この生活はあまりよろしくないようである。しかし本物は今も牢屋暮らしなのだろうか。
「兄さんにしてみれば牢屋暮らしは天国以上ですね。ぼくも羨ましいと思いますよ。ぼくらは幼少時から母さんに地獄の修業をやらされましたから」
アンヘンガーが口を挟む。彼らの母親、フレイヤ・ド・マッケンゼンは豪快そうな人物だった。しかし子供たちに虐待を繰り返していたとは意外である。
「断っておきますが、母さんたちの方が厳しかったそうですよ。真っ裸でシュピーゲル領にあるゆきまじんやブルーゴーストを倒せと言われたり、北の海に棲むホタテやあわびを獲りに行かされたり、ウソップへの洞窟に入って、アズキゴケを獲りに行かされたそうです。ちなみにウソップへの洞窟は年に一度結界が弱まる時期があるので、その隙に取りに行くのですよ」
フレイヤだけでなく、ラプンツェルやマギーも同じことをしたそうだ。なんというかアンヘンガーたちの行為がマシに思えるね。息子たちには甘いのだろう。
「そもそも今回の件はドレスデンド殿のしわざですね。マッケンゼン領での奴隷制度は元々決まっていたことですし、お母さんが私にくっついたのは、嫌いな女を遠ざけるためですからね」
オガーロは遠い目をしていた。魔物でも人間の所業には呆れているようだ。恐ろしいのは魔物ではなく、人間の悪意である。
それにこの件は大魔女エヴァンジェリンのあずかり知らぬところらしい。ママスが私やまぼろしネズミを本気で殺そうとしていたのがその証拠だ。
「ドレスデンドの女嫌いはどうなのでしょうか?」
「あれも彼のしわざですね。自分から荒磯の魔女イカロスの女嫌いになる呪いをかけさせたのです。呪われたから女は近づけないとね」
「……ドレスデンド卿はゲイなのでしょうか」
アンヘンガーはぷいっと私から顔を逸らした。なるほど、真性のようである。ただしヘンゼル陛下と違って射精には抵抗はないようだ。なので偽装結婚で女を抱き、子どもを宿すことは可能であろう。
「ドレスデンド卿には婚約者はいないのでしょうか」
「います。エリザーベト・ド・ヨルク様ですよ」
「……なんというか、似た者同士というか」
変人同士相性が良いかもしれない。エリザーベトはうちの回収人で、土鑑定人だ。常にブリッジをしており、土を愛する女性だ。土にしか興味はないが、一応子作りは仕方なくやりそうである。
「わーい、すごくおいしい! ハーゼちゃんがつくったりょうりもおいしいけど、こっちもおいしいね!」
「ふむふむ、野生のタンポポもいいけど、人間の料理もうまいだわさ」
「というかなんで俺様たちはここで飯を食べているのかな」
まぼろしネズミは呆れていた。ゲッティンたちは帝国料理を堪能している。正確には沖縄料理だが、見た目も味も新鮮であった。
ちなみにこれらの料理はマッケンゼン家しか食していない。使用人たちは自分たちで作る気がないようだ。ハンバーガーはつい最近料理ギルドがレシピを公表したので、徐々に広まりつつあるという。
「マスターの仕事は、兄さんの呪いを解くことです。仕事はしているようですが、このような面倒な状況を生み出すのはいただけません。一番の目的は荒磯の魔女イカロスから、呪いを解かせることですね」
アンヘンガーが言った。とてもまじめな表情である。初対面ではスケベキャラを前面に押していたのに、ギャップの差が激しすぎる。
そこにバトラーが口を挟んだ。
「ドレスデンドさまとアンヘンガーさまは対立しておりました。もちろんおふたりは仲の良い兄弟ですが、配下の者が争っていたのです。アンヘンガーさまはドスケベとなり、家臣や領民に嫌われるようになりました。そして、ドレスデンドさまが領主になったため、決着はついたのです」
骨肉の争いを避けるために、道化を演じたわけか。確かに仲の良い兄弟でも、家臣が独断で動く場合がある。下手すれば当主を暗殺してもおかしくはない。
領地の問題は解決済みのようで、目下はドレスデンドの呪いを解くのが先決だな。
ちなみにツァールトの力ではどうにもならないそうだ。普通のトラウマを解決するのは問題ないが、イカロスの呪いはすさまじく、専門家でないと無理だという。
修業をすればなんとかなったかもしれないが、こればかりはどうしようもない。
沖縄料理はアメリカの影響が強いそうです。




