第十二話 まぼろしネズミとヴォルケの出会い
「クックック、あの女め。逃がすかってんだよ……」
夜中に俺様はぼそりとつぶやいた。おっと、台詞が三下の悪役みたいだな。
俺様の名前はまぼろしネズミ。この辺りを治める魔物である。
今回は俺様の背後にマネギンたちがついてきているのだ。
ここはレオパルド領といい、人間の貴族が収める地域だそうな。
貴族や王様が偉くて、庶民はそいつらにこき使われているという。
ふふん、人間も魔物も大差ないということだ。
さて、今回はマネギンたちに急かされて、ここに来ている。
人間の女、ハーゼに復讐するためだ。
……正直なところあの女とは二度と関わりたくない。しかしかわいい子分たちが「いつコテンパンにやっつけるの?」とうるうるしたつぶらな瞳で見つめられたら、断れないじゃないか。
子分たちの要望を応えることで、親分の器を示すのである。本当は帰りたいけどね。
「ねえねえ、まぼろしネズミさん。人間の女はあの屋敷で、パーティをしているんだって!」
「今なら、村中に放火してやろうよ。きっとあいつら驚くよ」
「それよりも井戸に毒を入れたほうが面白いね」
あら、やだ! この子たち思いのほか残酷だよ!! 俺様より、ワルだぜ!!
俺様としては、パーティのごちそうを盗むのが関の山だな。というかそれしかできん。
でも、先ほどのこいつらの発言と比べると、かなり見劣りしているんだよな。
「お前たち、親分を差し置いて自分の意見を主張するなど、いつから偉くなったんだい?」
それはマネギンのマネビンだった。こいつは他のマネギンより大人だから言うことを聞いてくれるんだよな。正直、俺様より強い気がするんだが、それは気にしてはいけないだろう。
「そもそもまぼろしネズミさんに狡い真似など必要ない。真正面からぶつかり、あの女を始末するに決まっている」
「おお、すごい!!」
おお、すごい……、じゃねえよ!! あの女を倒す? そんなの無茶に決まっているだろが!!
「あの女は強い。二度もあの女から生き延びた、まぼろしネズミは今回も生き延びるだろうさ。そう、人間の女は絶対王者であるまぼろしネズミさんの影におびえて暮らすんだ。それだけでも十分だと思うけどね」
確かにそうだ。一応俺様はあの女から、二度生き延びている。そうとも、俺様は不死身の男なのだ。
赤い帽子に黒マスク、黄色いマフラーなびかせる、この俺様は最強なのだ!!
「ふははははははははは!! この俺様は不死身だ! あの女にまとわりつき、一生魔物の影におびえさせてやる!! 行ってくるぞ!!」
俺様はそう言って走り出した。背後でマネギンたちが声援を送っている。
「やれやれ……、おだてるのも難しいな」
マネビンのつぶやきなど、俺様には届いていなかった。
☆
俺様は裏庭に回った。ここは人気が少なく、馬小屋しかない。
魔物除けの高い塀も、俺様には無意味だ。見張りがいないから楽勝だぜ!
はぁ、あの女と顔を合わせたくないな。前回、なんで俺様は死ななかったのだろうか。
あんだけ投げ飛ばされたのに、死なないなんて奇跡だよ。
マネビンじゃないが、自分でも不死身の身体だと思えてくる。
不死身。なんという甘美な響きだろうか。俺様はどんな危機も乗り越えていく。
溶岩が流れる火山も、命をすべて凍らす氷山も、雷が絶え間なく鳴り続ける雷山も生き延びてきたのだ。
主に脳内のイメージトレーニングで。
「今度こそ、あの女をコテンパンの、ぎっちょんぎっちょんに叩きのめしてやる!!」
「ふ~ん。誰をぎっちょんぎっちょんにするんだい?」
「決まっているだろ! ハーゼという人間の女だよ!!」
俺様はしゃべっているうちに、ふと気づいた。俺様は誰と話しているのだ?
俺様はゆっくりと後ろを振り向いた。そこには壁みたいに巨大な人間の顔があった。
見た目は人間の子供みたいだが、すごくでかいのである。
「ひえええええ!! お前は何者だ!?」
「オイラ? オイラはねぇ、ヴォルケって言うんだよ。雲の上から落ちてきて、ずっと座っていたら、ハーゼがオイラをここに連れてきてくれたんだ」
「へ~、そうなんだ~。俺様はまぼろしネズミだ」
よく見たらここは馬小屋だった。巨大なこいつはまるまる小屋を占領している。
なんというでかさだ。魔物でもここまででかいのはいない。
それに雲の上だと? 伝説の雲魔人じゃなかろうか?
「ところでアンタ。ハーゼに用があるのかい?」
ヴォルケは訊ねてきた。確かに用事はあるが、なんて言おう。
「ハーゼはすごいよ~。肉も魚も食えないオイラのために、野菜の料理を出してくれたんだ~。サラダとか、コロッケとか、いろんな料理を出してくれたんだよ~」
こいつは嬉しそうだ。サラダはともかく、コロッケとか聞いたことのないものばかり出てくる。
ハーゼというのは、魔女ではないだろうか? 怪しい材料から薬を生み出すのは、魔女と相場が決まっているからな。
「そうだ~。お近づきのしるしに、これをやるよ~。ハーゼは夜食だといってくれたんだ~」
そういってヴォルケは紙に包まれたものを差し出す。巨大な手だが器用だな。
「今言っていたコロッケだよ~。オイラ身体は大きいけど、そんなに食べられないんだ~」
「そっ、そうか! では今日からお前は俺様の子分だ!!」
「子分~? 子分てなんだい?」
訊かれて俺様は真っ青になる。俺様は何を言っているんだ?
こいつを子分になどできるわけないだろう!! こいつはハーゼの子分だろうが!!
もっともヴォルケは理解してないようだ。なんとか誤魔化そう。
「子分とは友達の事さ。お前はハーゼが好きか?」
「うん、好きだよ。オイラ今まで同じ場所にずっと座っていたけど、世界がこんなにきれいだったなんて知らなかったんだ~」
「そうか。俺様たちの関係はハーゼとは違う。子分は一緒に遊んだり、話をしたりするんだ。楽しいぞ」
「そうなのかい? ならオイラはあんたの子分になるよ~」
「そうか。でも人間には内緒だぞ。その方が面白いし、もしばれたら来ないからな」
「うん、わかった~」
ヴォルケは納得したようだ。ふぅ、我ながら舌が回ったわい。
さっさと退散しよう。後ろでヴォルケがばいばーいと手を振っていた。
☆
「お前ら、出迎えご苦労!」
「はい! お帰りなさいませ!!」
俺様は子分のマネギンたちに、出迎えられた。なんか期待に満ちたまなざしがいたくてたまらない。
「そうだ、俺様は戦利品を手に入れたのだ。さあ、見ろ!!」
俺様はヴォルケからもらった包みを広げる。中にはキツネ色をした不思議な食べ物が数個あった。
これがコロッケというものらしい。紙は油がにじみ出ているが、なぜだろうか?
「これはなんですか?」
「こいつはコロッケという食べ物だ。人間の女、ハーゼが使役している雲魔人のメスからもらったのだ。なぜならそいつは俺様の子分になったからである。よってあの女は獅子身中の虫を飼う羽目になったのだ!!」
「おお!!」
マネギンたちは歓喜に震えていた。うん、嘘は言ってない。あいつは子分になったんだ。解釈は違うけどな。
「すごいですね親分さん。雲魔人と言えば、雲の上に暮らす魔人ですよね。そんな魔人を子分にするなんて、やはり親分さんはすばらしい」
マネビンが褒めちぎる。よせよ、照れるじゃないか。だって、当たり前の事をしただけなんだぜ? そう持ち上げるんじゃないよ。
「そんなことより、戦利品をやろう! みんなで食べてくれ!!」
俺様はコロッケを差し出した。人間の食べ物なんて喰えるものか。
マネギンたちは嬉しそうにコロッケを頬張る。するとおいしいおいしいと喜んでいた。
俺様は試しにひとつ食べたが、その通りだった。
サクサクの食感に、すりつぶしたイモがなんともいえない。
しまった。ひとり占めするべきだったか。しかし子分たちの幸せそうな顔を見ると、まあいいかと、思えてしまうな。




