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4. 暗闇の月(1)

 翌朝ユキは早々に身支度を済ませ、二人をメリノ宅の表で待っていた。

 

 ここへ来ていろいろと世話を焼いてくれたメリノと別れるのは少し切なく、不安な気持ちになった。

 

 メリノはユキの母親とは全く似ていない。それでもどこか母親のような安心感を持つメリノに頼り切っていたことが分かった。

 

 何かお礼ができないかな……

 

 ユキはリュックを開けてガサゴソと何か入っていないか探した。

 メリノのくれた着替えの為のパテロが目に入る。

 ふとスツールにコンビニの袋を置いていることを思い出した。急いで取りに戻るとユキは袋ごとメリノに手渡した。


「メリノさん。今までありがとう。これ、日本のお菓子なの。よかったらお礼に受け取って。こんな物しかないんだけれど」


 胸を熱いものが込み上げてきた。

 見ず知らずの自分にこんなに優しくしてくれる人がいるなんて。

 

 メリノはギュッとユキを抱きしめてくれた。

「これ泣くんじゃないよ。こっちまで悲しくなるえ。お礼なんていいのにさ……。ありがとね」


 そして生成りのヴェールをそっとユキの頭に巻いてくれた。暑い日差しや砂埃から守ってくれるという。

 涙がじわりとユキの頬を流れていった。

 


「別れは済んだか?」

 背後から声を掛けられて振り向くと黒い毛色の馬と褐色の馬が二頭そびえ立っていた。

 側でアルスとモリがその綱を引いている。


 ユキは目を剥き出しにして、そびえ立つ馬を下から眺めた。


「大きい……」


 テレビや映画ではよく馬を見るが、その大きさは傍で見るとユキの想像よりも一回りほど巨大だった。

 黒い毛の馬の鞍には鷹が止まっていた。


「まさかこれに乗るの?」

 ユキの言葉に今度はアルスが目を剥き出しにした。


「当たり前だろ。まさか歩いて行くとでも思ったのか? コルトは駿馬だが、こいつの足でもここからサインシャンドまでは優に二十日はかかるぞ」


 そう言うとアルスはユキのリュックをモリに渡し、「サイ」と鞍の上の鷹に声をかけた。


 鷹は大きな翼を広げると頭上にスッと飛び去った。


 アルスは鷹の飛び去った鞍の上に乗ると、「ほら手をかせ」とユキに手を伸ばした。

 言われてユキは戸惑いながら、右手をアルスに伸ばした。


「そっちじゃない。逆だ。……まさか馬に乗ったことが無いとか言うんじゃないだろうな?」

 アルスは訝しげにユキを見下ろしている。


「あるわよ。子どもの時旅行で行った牧場で一回乗ったわよ!」

 ユキ自身の記憶には無かったが、確かに旅行先で馬に乗る幼い自分を何度もアルバムの中で見たのだ。

 間違いない。

 

 アルスが大きくため息をつくとモリも手伝いに加わり、ユキはアルスの後ろに何とか乗る事ができた。


 馬上は恐ろしく高かった。

 

 自分を支える手すりも柵も無い二階建てバスにでも乗り込んだように感じた。

 お尻のほうからゾワゾワと冷たい物が這い上がってくる。そういえば高所恐怖症の気がある事をユキは思い出した。

 

 こんなに高くて不安定な所に二十日も乗らなくちゃいけないなんて……

 

 クラクラしながら絶望感を味わっていると、アルスの声がした。

「そんなに掴まれると苦しいだろ」


 気が付くとユキはアルスの脇腹あたりをガッツリと握り締め、シャツをギュウギュウに引っ張っていた。

 言われるやパッと手を離したが、その手はすぐにアルスに捕まり同じ場所に戻された。


「手を離すヤツがあるか。握ってろ」


 今度はギュウギュウに締めないように注意して、アルスに掴まった。

 本当はメリノに手を振りたかったが、ユキにその余裕はなかった。

 

 大声で別れを告げた後、二頭の馬は南に向かって出発した。

 

 


 赤茶色の大地は二日前に見たまま、地平線の彼方まで続いている。


 ユキには道のない場所をでたらめに歩んでいるように思えたが、そこはキチンと「道」らしかった。

 言われてみると、馬の蹄の跡や車輪の跡。そこらにひなびたように植わっている草も道には生えていなかった。


「今日はトーレスの町を目指す」とアルスは言った。

 トーレスの町までは日暮れまでには着くだろうという事だった。

 

 距離にすればどれくらい?

 馬の時速って何キロぐらいなのかな?

 

 尋ねてみようかと思ったが、アルスに聞いてもきっと問答無用で切り捨てられると思って止めてしまった。

 

 黙って掴まり馬の歩む揺れにも慣れた頃、アルスが口を開いた。

「意外と静かだな。馬が怖いのか?」


 怖くて口もきけないと思われていたらしい。なんとなくムッとしたユキは、

「おかげさまでずいぶんと慣れました」と、つっけんどんに答えた。


「もっとうるさい女だと思ったけどな」 からかうように言うアルスに今度は本気でムッとした。


「何なら歌いましょうか? これでもカラオケの女王なんだから」ユキがすぅっと息を大きく吸った。



『みーんなで歩こう。どんどん、どんどん歩こうー。進めば小川が見えてくる。進めば野原がみえてくるー』

 

 アルスはその歌詞を聞くとクククと笑い出した。

「お前歩いて無いじゃないか」


 せっかく日本の名曲を歌ってやってんのに何なのそのツッコミ!?


 二人のやり取りを後ろで聞いていたモリまでもが我慢できずに笑い出した。


 モリさんにまで笑われるなんて


「もぉぉー! 黙ってる!」ユキは膨れ面で返した。

 

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