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2. 目覚めのスープ(2)



「娘さん気づかれたんかえ?」


 山のような洗濯物を抱えた、ふくよかな女性が部屋を覗き込んだ。若者から発せられたピリッとした部屋の空気が一瞬で和み、女性は笑って話しかけてきた。


「立てるんならこっちでお昼食べたらどがんかえ? みんな済ましてしもうたえ」


 部屋の外からは香ばしいパンの焼けた匂いとスパイシーな香辛料の香りが漂ってきている。急激にユキはお腹が減ってきた。

 どう考えてみてもマリカの手料理は食べていない。

 ユキは若者から視線をそらし、立ち上がると女性の後を付いて部屋を出ようとした。

 若者の視線が突き刺さる。声を掛けたのはモリだった。


「娘さん。履物はこちらに」


 ベッドの下にあった、ピンクのスニーカーを差し出してくれている。それを受け取ると裸足のまま女性の後に続いた。若者の側で靴を履く気分になれなかったからだ。ハイカットのスニーカーは紐を緩めたり結びつけたり履くのに結構時間をくうのだ。


 平らに焼かれたパンにむしゃぶりつき、ほんのりと赤いスパイスの効いた鶏のスープを流し込むと、女性は熱いお茶を出してくれた。寝ている時には蒸して暑いと思っていたが食堂にはよく風が通り、熱いお茶でも苦も無く飲むことができた。鼻にスッと通るお茶にはハーブが使われているのか、一口飲むと爽快感を得られた。

 

 食事がひと段落するのを待っていたのか、お茶をすすっているとモリが食堂に入ってきた。

「足の傷は良いようですね」

 

 苦も無く歩いていたユキを見ていて、モリはそんな風に声をかけた。

 

 そういえば逃げる時に何度も転んで膝には血が滲んでいた。

 足に巻いてあった布をそっと取ってみると、血はずいぶん前に止まったようだった。傷は浅く、歩いたり座ったりする分には気づかないほどだった。しこたま膝を打ち付けた気もしていたが、青あざにすらなっていない。


「ええ。もう血は止まっているみたいで」

 

 ゆたりとほほ笑むとモリはユキから少し離れた椅子を引き腰をかけた。


「私はモリ・シュバリツと申します。娘さんお名前を聞いてもよろしいですか?」


 丁寧に問いかけるモリにユキは落ち着いて答えた。


「私は藤城雪です。えーっと、住所は東京です」


「トウキョウ?」


「はい。東京……日本です。えっとジャパン……」


 そこまで言ってユキはやっと気づいた。

 

 若者はユキに外国人かと聞いてきた。ホリの深い彼らはアメリカ人なのか欧州人なのか――中東のような気もした。ユキとは顔立ちが全く違うのだ。だから外国人かと若者は聞いてきたのだ。

 

 だがユキからすれば彼らこそが外国人だった。

「とうきょう」や「にほん」という言葉が通じないからこそ「JAPAN」と英語で言ってみたのだ。


 しかし思い返すと言葉はずっと通じていた。日本語でずっと話していたのだ。


 ユキは英語を話せない。中学、高校で習う英単語と簡単な文法を覚えている程度だった。日本語オンリーのユキなのだから彼らが日本語を話しているのだ。


「あの。言葉……わかりますよね?」


 問われてモリは一瞬何を言われているのかわからないという顔をした。気を取り直したのか意味がわかったのか目元はまた優しく微笑んでいる。


「ええ。よくわかりますよ。とってもお上手なサマルディア語です」


 今度怪訝な表情を浮かべたのはユキのほうだった。


「サマルディア語ですって?」


 どこからそんな突拍子もない言葉が飛び出したのか意味がわからなかった。

 聞いたことも無い言葉――――


 額に右手をあてて息を吸い込むと

「どこの言葉ですか?」とユキは恐る恐る日本語で尋ねた。


「サマルディア皇国ですよ。この国の言葉です」


 ユキは左手も額に添えてそのまま顔を覆った。


「嘘でしょ!? ドッキリとかならやめて下さい! もう付いていけない。私は日本語で話していて、さっきまで学校にいたのよ!? ここは日本のどこかとしか考えられないんです! ……」



 もうやめて……



 最後の方は声にならなかったのか、発した本人にさえ聞き取れなかった。


「ドッキリ……?」


 意味を介さず呟いたモリは混迷していくユキが心配になった。


「娘さん。怖い事があったのできっと心が疲れているのです。またしばらく横になられてはいかがですか?」   


 ユキは涙が出そうになるのを堪えて呟いた。



「シャワーが浴びたい」

 


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