2. 目覚めのスープ(1)
あつい
あっつい
ムンムンとする部屋の熱気を感じてユキは目を開いた。
夜になると晩夏の今頃は涼しさを通り越し、さすがに肌寒さを感じる。
でも今朝は寝過ぎたのだろう。
とっくに部屋は明るくてムシムシと暑苦しかった。
ユキは重い瞼をこじ開け、寝間の天井をぼんやりと眺めた。
そこにあるはずの赤地に白いドット柄のペンダントライトが見えない。
――――思い出した
昨晩はマリカの家でお泊りだったんだっけ?
ヤバい!!
土曜日はバイトだった……!?
ユキの現実が寝ぼけた頭に一気になだれ込む。完全に目を覚ましたユキは寝床から飛び起きた。
「気づかれましたか? お加減はいかがですか?」
低く落ち着いた声がユキに問いかけた。
声の主は緩やかなウェーブのかかった長い栗色の髪をした美しい女の人だった。涼やかな目元は気づかい気味に微笑みをたたえている。
きれいな人。
一瞬その美しさに目を奪われ、ユキはため息をついた。
でもすぐに自分の置かれた状況を思い出し、その艶やかなお姉さんに確認した。
「えーっと……ここは? マリカ…の家じゃないですよね。えーっとマリカはどこに?」
「私たちが駆け付けた時には、娘さんお一人の姿しか見えませんでしたが……。ご一緒だったのですか?」
落ち着いた頭で聞くと、アルトよりも更に低い声は女性の声には到底思えなかった。
「お姉さん……男?」
微妙な間が開いて答えたのはお姉さんの声より高く、良く通る声だった。
「モリは男だ」
部屋の入り口近くの衝立にもたれかかって若者が立っていた。
くっきりとした目元にはパッと晴れ渡ったような空色の瞳がたたずんでいる。金色の髪はお姉さんより短く、サラリとあごのラインで落ち着いている。白い襟元の開いたシャツに細いベージュのパンツ。腰には紺色の上着と太い革のベルトを巻いている。
若者の顔には見覚えがあった。
覗き込む顔
あの時覗き込んできた空色の瞳――――
洪水のように記憶が湧きあがってきた。
目も眩む光
知らない空
知らない大地
流れる血と……
高く啼くあの鳥の声
マリカはいない
……マリカはここにはいないんだ
だって……電話の向こうで話していたんだから!
ユキの全身に鳥肌が立った。
「ここはどこ! どこなの? あなた達は誰? あいつらの仲間なの?」
掛けられていた麻布に顔を埋めながらユキは叫んだ。
落ち着いた声がそおっと語りかけてきた。
「大丈夫ですよ。私たちはあの男たちの仲間ではありません。彼らは盗賊で私たちは後を追っていたのです」
信じていいのかわからなかったが、この人の声は、ユキに冷静さを取り戻すための精神安定剤代わりになった。
「ここは……どこ?」
ユキは麻布から目だけを上げると今度は静かに問いかけることができた。
答えたのはあの若者のほうだった。
「ここはトーレスの町の西にある『パロ』という小さな村だ」
「パロ?」
聞き返すユキの言葉にかぶさるように今度は若者が尋ねた。
「お前は何者だ? どこから来た? 旅芸人のように見えるが外国の者だろう?」
ユキは若者の勢いに少し気圧された。
彼はそのまま話を続ける。
「悪いとは思ったが盗賊も絡んでいたし、お前の荷を調べさせてもらった。見た事のない物がたくさんあるし、この国の言葉ではない書物も入っていた」
若者の目線の先を見るとチェックのリュックサックがあった。
ユキは寝床から飛び下りるとリュックを手に抱え込んだ。
良かった
持ち物も無事だった
傍らの木のスツールの上にはスマホと、コンビニの袋までもが置いてあった。しゃがみ込むユキの側に膝を折り、若者はユキと目線を同じくした。
「お前は何者だ?」