13. 見たいと願うもの(5)
その日アルスは大宮殿で大臣たちと、根を詰めて話し合っていた。
それはあのベルサド王国との同盟についてだった。大臣たちが婚姻という絆での同盟を求めてきたが、アルスもそれを一歩も譲らなかった。
アルスの持論はこうだった。
打算的なベルサド王が姻戚関係だけで、同盟を守るとは思えないという事だ。
ベルサド王国との関係を強める為なら、結局別の方法、つまりは金銭的な支援や軍事協力などが必要になるのだ。
妃というしがらみが増えれば、よりその請求は増えるだろう。過分なまでに。
もちろん大前提はユキの事をあきらめる気がない、ということだったのだが。
一時は自暴自棄になり、全てがどうでも良くなった。それでもこの前ユキが自ら会いに来た事が、アルスの中の何かを変えた。
黒い瞳が見上げてくる。無邪気に笑ったかと思うと、急にすましたように遠くを眺める。
たまらずに声をかけると、そこから流れてくる視線。
目が合うと、また柔らかく微笑むのだ。
アルス…………
闇の先を導いてくれるような、月の光をまとった笑顔。
なぜそれを扉から閉め出したのだろう――――
ユキは忽然とこの世から消え去ったたわけでは無いのに。
確かにまだこの世界に、この国にいるのに。
自分らしくないと思った。
最初から諦めることなど愚か者のやることだ。ユキの言うように現実を見て、それを自分で解決して、改めてユキに会いに行こうと決めた。
何をやってもユキの気持ちは変わらないのかもしれない。
それでも自分から扉は閉めない。
――――もう二度と
今夜は会議が紛糾してしまったせいで、他の仕事も結局大幅に時間がズレてしまった。もう夜も遅いのに、アルスはまだ大宮殿に閉じ込められていたのである。
「大変です!! 皇子! 丘の離宮が火事でございます!」
大宮殿の侍従が血相を変えて部屋へ駆け込んできた。
「丘の離宮が!?」アルスの顔から血の気が引いた。
ユキ!!
書類を放って飛び出すと、大宮殿の入り口で帰ろうとしている者の馬の手綱を奪い、アルスが飛び乗った。
丘の離宮へと馬を走らせる。大宮殿からは西に向かい、丘を登るとすぐに着く距離だ。
前方の空が赤く染まっている。アルスの全身に鳥肌が立った。
ユキ! 無事でいろ!
丘の離宮に辿り着くと、兵士達が宮殿に水を運んでいる姿が見えた。
門の近くに、見慣れた顔が見えた。ヘレムとサラナだ。
アルスは二人を見て安堵した。
もう避難していたか……
しかし周囲を見ても、ユキの姿が見えない。
突然ヘレムが目を見開き叫び声をあげた。サラナの顔は涙でぐちゃぐちゃになっている。アルスは二人が、燃え上がる宮殿の方を見ている事に気付いた。
アルスは嫌な予感がした。宮殿の方を見ると、兵士が誰かを抱えてこちらに走ってくるのが見えた。アルスの心臓がギクンと嫌な音をたてる。
抱えられているのはユキだった。
アルスがその兵士に駆け寄る。
その手からユキを奪うと、ユキの顔を見た。久々に見るユキの顔だ。
「ユキ!」
大声で呼びかけるが、返事をしない。
「ユキ! 目を開けろ」
頬を叩いてみるがユキは目を開かない。ゾクリと背中を冷たい物が撫でつける。
ユキの首筋に手を当てた。
脈が無い。
慌ててユキの顔に自分の耳を押し当てる。
息もしていない。
アルスの心が震えあがった。
ヘレムとサラナもユキの側に来て泣き叫んでいる。
アルスの頭が一瞬何かを思い出した。以前もこの光景をどこかで見た事があったのだ。
混乱していた頭の中で、大男に怒鳴りつけるユキの顔を思い出していた。
ヨデル湖だ……
アルスがユキを地面に横たえると、ユキの胸の上に手を置いた。
「1、2、3、4、5……」
リズムよくユキの胸を圧迫すると、口に息を吹きこんだ。
脈は戻らない。
「1、2、3、4、5……」
またアルスが始めると、泣き叫んでいたヘレムとサラナも泣くのを止めて皇子とユキを見つめた。
一体皇子は何をやっているのか?
口づけをすると、またユキの胸を手で押し始める。
兵士たちもその皇子の行いを呆然と見ている。
――――皇子は気でもふれたのだろうか?
周囲が見つめる中、アルスはまだあきらめない。ユキがヨデル湖で少女にやっていたように、それを繰り返していた。
生き返れ!! ユキ!!
ユキの手がピクリと動いた。胸の圧迫を止めると、ユキが息を吸い込む。
ケホッ。 ケホッ。 ケホッケホケホッ。
ユキが息を吹き返した。
咳が収まるとユキは目を開いて、アルスの顔を見た。
「……どうしたの? アルス? ……汗だくで……剣の稽古中?」
ユキがぼんやりとした顔で何事も無かったように話し掛けて来た。
アルスがユキを思い切り抱きしめた。
「ちょっと……どうしたの? アルス……?」
ユキはあたふたとしている。アルスの肩の向こうにヘレムとサラナの顔も見えた。二人ともワンワンと声を上げ泣いている。
……何だか変なの
ユキはその光景がおかしくて、クスリと笑った。




