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13. 見たいと願うもの(4)

 その夜ユキはまたあの夢を見ていた。

 

 闇に埋まる体。

 追いかけてくる男の手。

 

 力いっぱい叫ぶのに声は出ない。必死にもがく。闇を掻く。

 それでも前に進めない。

 

 誰かこの手を引いて――――

 お願い……アルス……

 アルス!!



「……様……ユキ様。……起きて下さい!」

 目の前にはヘレムの顔があった。サラナもユキの手を握ってくれている。

 

 悪夢を見ていた自分を助けてくれたのだろうか?

 まだ夢の中を漂いながら、ユキはぼんやりと考えていた。


「ユキ様起きて下さい! さ、早く」

 サラナがユキの手を引っ張る。

「火事です。宮殿に火がついています。お早く!」

 ヘレムの叫び声で、ユキはようやく夢の中から戻った。


「……火事?」

 焦げ臭いにおいがツンと鼻をつく。

 警護の兵が部屋に入って来ると、ユキとヘレムとサラナの三人を表まで誘導してくれた。

 

 逃げる途中、焦げ臭い臭いはするものの、煙もあまり見えなかった。

 呆然として正面玄関のあるエントランスを抜け、門まで来ると宮殿を振りかえった。


 宮殿の裏手のほうからモクモクと煙が上がっているのが見えた。

 中のカーテンにも燃え移ったのか、遠くの窓から赤い炎が上がった。

 

 ニュース映像みたい……


 ユキにはまるで現実味がなかった。

 隣にいるヘレムとサラナに目をやると、手ぶらでぼんやりと逃げてきたユキとは対照的に、2人の手の中にはユキの洋服やリュックなど大量の荷物があった。

 ユキの大切な宝物を守ってくれていたのだ。


「2人とも……ありがとう。私、何にも考えつかなかったよ」

「ユキ様は御身を大切にしていただければ、それで良いのです」

 言い切るヘレムが笑って返してくれた。


「ほんとにありがとう」 

 心から感謝をしてユキは2人を見つめた。

 

 しかし手の中の荷物を見て、ハッとユキは思い出した。

 今まではリュックに無造作に〈医療基礎学〉を収めていた。でも不審な者がいるとググンに聞いてからは、〈医療基礎学〉とそれを書き写した〈女神の書〉はユキの寝室に置かれた、立派な造りの机の引き出しへとしまうようにしていたのだ。

 

 なぜならその机には鍵付きの引き出しがあったからだ。

 ユキは自分の手首に巻かれた革ひもの先の小さな真鍮のカギに目をやった。

 

 いけない!女神の書が燃えてしまう!

 

 ユキは突然宮殿へ向かって一目散に走りだした。

 驚いたヘレムとサラナが叫んだ。

「ユキ様!? 何を!?」


 走りながらユキが振り返る。

「女神の書を取って来る!」


「私が参ります!!」

 サラナの声が聞こえたが、振り返らずユキは走った。

 その場にいた兵士たちが慌ててユキを追いかけた。

 


 ユキが宮殿の中へ入ると、焦げ臭さは先ほどよりも増していた。1階は煙に覆われている。

 ユキは上着を脱いで鼻と口を押えた。目指すは自分の部屋だ。


 階段を2階へ駆け上がるが、まだ火は回ってはいない。


 部屋に辿り着くと、腕から革ひもを外し鍵を手に持った。

 机の引き出しを開けると、この前しまったそのままで、〈医療基礎学〉とユキのたどたどしい文字の羅列する〈女神の書〉が出てきた。

 ユキはそれらを落とさないように上着にくるむと、鼻と口を押えて廊下に飛び出した。

 

 ――――そこでユキは驚いた。

 先ほどまで無かった煙が充満していて、一歩先も見えないほどだった。

 後を追ってきていた兵士の声が階下から聞こえる。


「ユキ様! どちらですか!?」

 ユキが返事をしようとすると、煙が喉にダイレクトに入り込む。ユキは思わず咳き込んだ。

 

 これはヤバい!

 ユキは一気に恐怖に包まれた。

 一歩一歩を確認しながら手探りで階段があるはずの場所を目指した。

 手すりを掴み、なんとか1階に下りる。


 ユキの行く手から熱気を感じた。すぐ側まで火が迫ってきているのだ。


 一瞬尻込みしたけれど、足を踏み出す。


 煙で前が見えない。

 目に煙がしみて涙が出てくる。


 炎の熱気から逃れようと足を速めるが、思ったように足が前に出ない。

 

 そこでユキはカクンと何かに躓いた。転げてしまったけれどそんなに痛みを感じなかった。

 立ち上がろうと膝を立てたのに、そこから力が抜けていく。

 目が回りそのまま床に突っ伏した。

 

 どうして? ……立ち上がれない……


 麻酔でもかけられたように、頭の中は痺れてしまい思考すらうまく繋がらない。


 ユキは無意識のまま、見たいと願うものを見つめていた。


 真っ白になった世界で……

 


 ギラギラと照りつける赤土の大地。

 乾いた風が砂を巻き上げ吹き付ける。

 涙で滲む世界に顔を上げると、鮮やかなコバルトブルーが見えた。

 

 大丈夫か? ……大丈夫か?

 ……ユキ……


 

 アルス…………

 アルスに会いたい…………

 

 何も考えずにただ側にいればよかった……

 

 ユキの眼前の真っ白だった世界が、瞬時に暗闇に落ちた。

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