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13. 見たいと願うもの(1)

 サロール陛下が用意してくれた別荘は、深碧しんぺきの宮殿から北西に丘を少し登った所にあった。街中から少し離れていて、静かな所だ。

 

 〈丘の離宮〉と呼ばれるこの建物は白い大理石でできていて、庭園には人口のオアシスがあった。

 たたずまいがエレノワの宮殿を思い出すようだ。

 ここは外国からの賓客の為に作られたもので、サマルディアの代表的な建築様式に則った建物だという。

 ユキは必要ないと言ったのだけれど、大宮殿から交代で一小隊警備に来てくれていた。他に常駐の門番達と、給仕や雑用係など、たくさんの人まで置いてもらったのだ。


 この丘の離宮からはあかつきの宮殿よりもヒリク先生のお宅が近く、ユキは先生の元へ通い、サマルディアの言葉や医術についてたくさんの事を教えてもらった。

 

 

 暁の宮殿を離れ、もう2週間が過ぎようとしていた。

 ここで働く人たちとも顔見知りになり、ユキのここでの暮らしも落ち着いてきた。


 ――――あれからアルスとは一度も会っていない。

 

 誰かの会話の中に、『皇子』と聞こえれば、ハッと顔を上げてしまうし、街中で似たような年格好の男性ひとを見ると思わず追いかけそうになる。

 夜、1人で月を眺めていると、何度も後ろをふり返る。


 アルスが恋しい


 それでも自分の選択は正しいと頭は理解している。

 心が追いつかない。

 ただそれだけの話だ。



 

 そんなある日、丘の離宮をモリが訪れた。

 久々に会うモリにユキは喜んで思わず飛びついた。

「……お元気そうでなによりです」

 モリは驚きながらも笑ってくれた。


 (子どもじみた事をしてしまった)とユキは恥ずかしくなり、すごすごとモリから離れた。

「みんなは元気にしてる? すごく会いたいわ。まだ2週間しか経っていないのに、もう懐かしくなってしまって」

 ユキが興奮気味にモリに話しかけると、モリの優しげな笑顔にふと陰りが差した。


 ユキのはしゃぐ気持ちにも同じように陰りが差した。

 

 ――――アルスの事ね

 そうユキは直感した。


「ユキ様……。できれば一度、暁の宮殿に顔を出して下さいませんか? その……皇子の、アルス様の様子が心配で」

 

「アルスの具合が悪いの?」ユキも心配になった。

 モリの言葉よりも、その逼迫した雰囲気で、ただならないアルスの状況をユキは感じ取れたのだ。


「アルス様の元気がなく、お体の方も心配なのです」

 モリは詳しく話そうとはしない。それでもユキには全てが伝わるようだった。

「私が会いに行ってもいいのかなあ……」


 モリは意を決したようにユキを見つめる。

「ユキ様と出会ってから、私はあのような楽しげなアルス様を初めて見ました。幼少の頃よりお仕えしていて初めてです。……ユキ様はアルス様にとって特別なお方です」


 その言葉にユキの胸がツキンと痛んだ。


 だからこそだ――――

 だからこそ、今ここで会いに行ってもいいのだろうか?


 突き放した張本人が……?


「ユキ様。あなたの笑顔を見ていると心がとても温かくなります」

「へ?」

 唐突なモリの言葉にユキは赤面した。


「お2人に何があったにせよ、それは変わらない事実です。きっとあなたの顔を見ればアルス様はお元気になります」


「事は……もっと複雑なんだけどなあ」

 ユキが困ったように曖昧な笑顔を浮かべる。


「男は単純なんです」

 モリの言葉とは思えずユキは少し面食らった。


「…………モリさんも?」

「ええ、もちろん」

 とびきりのスマイルにユキは再び赤面した。


 モリさんは実はバトー以上の口説き上手かもしれない……

 

「……わかったわ。明日にでも顔を出すね」

 

「お待ちしております」モリはいつものように柔らかい笑顔を浮かべた。



 翌朝準備を済ませると、ユキは馬車に乗り、暁の宮殿へと向かった。丘の離宮からは馬車で30分ほどの距離だ。

 

 宮殿の入り口では、モリとググンが待っていた。


「急にごめんなさいね。ググン元気だった?」

 

 ググンは丁寧に頭を下げたが、ため息を一つついた。

「……わざわざ足を運んでいただき、ありがとうございます。ですが……私は反対です。これは皇子がお一人で乗り越えなければならない事です。ユキ様が今お会いになられれば元の木阿弥でございます」


「ググン様! まだそんな事を言っておいでですか? アルス様には今、ユキ様が必要です」


 二人のただならぬ剣幕にユキがオロオロとする。


「私……やっぱり帰ろうか……?」

 ググンの言うとおりだ。

 自ら距離を置いたのに、また飛んで戻るなんて……

 そんな自分が恥ずかしく思えた。


「いいえ、ユキ様。一度でいいのでお会い下さい」

 いつも柔和なモリが強くググンを睨みつけた。

「ググン様!」

 


「……これじゃあ私が悪者じゃないですか。私はユキ様が嫌いでこんな事を言ってるんじゃないのですよ? この先のお二人の為に言ってるんですから」

 ググンがいつもの早口で話し続ける。

「むしろ今からお会いする、ユキ様が心配です。今の皇子は誰も寄せ付けません」


 最近アルスは元気が無く、公務や会議に一応出るものの、心ここに非ずといった状態だ。宮殿に戻っても自室にこもる事が多く、あまり食事もとらないそうだった。

 

 ユキはそんな話を聞いて、アルスが心配になった。

「私……アルスに会ってみるよ」


「ユキ様!」

「ユキ様……」

 モリとググンの表情は対照的だ。


 アルスが自室に居ると聞いて、ユキは宮殿へと入って行った。

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